8.今日は棚ぼた祭りです!
いつの間にか毒見も終わっていたトマト。
安心安全のトマト。
アイリは、もう我慢できなかった。
だご、いかんせん朝から晩までの畑仕事で、上から下まですっかり泥だらけ。
流石にこのまま食卓には就けないので、浴室にむかった。
お湯に代わる時間も惜しい、もう水でいい。
覚悟を決め、勢いよく蛇口をひねると冷水が襲ってきた。
思いのほか寒すぎたが、後には引けない。
カタカタと震える生体反応を無視して、素早くタオルで体をこすり、シャワーを終わらせた。
浴室をでると、テーブルにはお屋敷残飯と安定のカピパン、そして、山盛りになっているトマトがお皿に鎮座していた。
「トマトーーー!」とアイリは思いのたけを叫んだ。
よく考えてほしい。
トマトを見つけたのは、私。
トマトを収穫したのも私。
毒見予定&この世界初のトマト実食者になるはずだった私。
そして「おいしい!」を最初に叫ぶ予定だった私。
そんな私の思いを!初体験を!最後にちょこっと運んだだけの母が、全部搔っ攫っていった。
ドロドロとした感情がこの「トマト」の叫びに現れてしまったことぐらい、許してほしい。
母には声が大きすぎだといさめられたが、食事の挨拶をすませ、トマトを手に取った。
そのまま勢いよく齧り付いた。
口に広がる瑞々しい果汁に、トゥルンとやってくるゼリーのような種の部分、
酸っぱいながらもどこか甘さを感じる見事な味のバランス。
これこそ王道の『トマト』!!
知らないうちに涙がでてきてしまった。
かたやスイリはというと、一時間前に3個食べているのに、また食べていた。
アイリは、そんな母の姿さえ眼中になく、トマトを夢中で食べていた。
食べながら、いつの間にやら意識が遠のいていった。
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アイリがすっきりした頭で起きた頃には、すでにスイリは仕事へ行った後だった。
テーブルの上には、朝食が用意されていた。
トムじいのくれた柔らかパンとトマトだ。
トマトを原型のまま皿に乗せるのは、母らしいなっとアイリは思いながら、台所に置いてあった包丁で、トマトをスライスする。
ついでに、期待値0位の気持ちで調味料を探してみることにした。
すると、棚の下から塩、酢、油、酒っぽいものを発見した。
恐る恐る味見してみると、白のざらざらしたものは塩、茶色の液体は酢、黄色の液体は、オリーブオイル、赤色はワインの味だった。
母が調味料を保有していた事について、アイリは驚きを隠せない。
それと同時に、購入時期が非常に気になった。
気になるが・・・考えたらダメな気がした。
腐るもんじゃないから、最悪お腹壊すだけだろうと、アイリは腹を括り、早速使う。
まず、切ったトマトに、パラパラ塩を振りかける。
パンの真ん中にも切れ込みを入れ、切込み個所にオリーブオイルを塗りトマトを挟み込んだ。
完成したのは、そう、サンドウィッチ!
柔らかパンに挟まれた、花師トムじい監修のトマト。
ミネラル豊富な塩がそれを引き立て、アクセントを添えるかの如く漂うオリーブの香り。
元の素材が良すぎるのか、はたまた貧乏生活に慣れ過ぎたのかわからないが、
完璧なマリアージュ!を作り出した。
アイリは自分が料理の天才かもしれないと、素材の良さを完全に忘れ去って、自画自賛に浸る。
食後は、昨日植えたばかりのトマトの水やりを行う。
植え替えたばかりだから、枯れていないか心配だったが、見た感じ生き生きとしている。
森の土は腐葉土たっぷりで、トマトとの相性が良いのかもしれないなと思いつつ、水を桶に組んで、柄杓で水を掛ける事を繰り返す。
水やり後は、昨日耕した草や土を再度一か所に移動させることにした。
作業をしていると、嗅いだことのある香りが漂っていた。
何の香だっけなぁっと思いながら、足元にあった葉っぱを見てみると、ハーブのバジルがあった。
試しに摘んで、揉んでみると、やっぱりバジルのスパイシーな香りが漂ってくる。
忘れていたが、ここの世界観は、中世ヨーロッパ。
トマトは食べないが、ハーブは豊富なのかもしれない。
それに、さっき見つけたバジルと調味料を使えば、大好物のアレがつくれる!
アイリは顔のニマニマが止まらなくなった。
その状態のままで、約束の時間にトムじいの小屋へ向かう
「・・・具合悪いんじゃろ」と心配されてしまった。
アイリは、失礼な!っも思いつつ、少し気になり両手で自分の方をピシャリと叩いた。
それでも、緩んだ頬を引き締める事はできなかった。
そんなやり取りを終え、アイリは昨日と同じく庭へついていこうとした。
すると、トムじいから止められた。
今日はどうやら別の所へ連れていくらしい。
トムじいは納屋から荷台を取り出し、アイリを荷台の上へひょいっと乗っけた。
今日は、少し離れた場所にあるレンガ作りの建物に連れていくと告げられる。
おとなしく荷台の上へ座り、トムじいが運んでくれる中、改めて男爵家の庭全体を眺める。
トムじいの小屋からレンガの建物までは、大人の足で徒歩20分くらいの距離にあった。
花師が管理している庭から始まり、その奥に菜師が育てている野菜畑や果実園を見ることができた。
更にその右隣に目的地のレンガの建物があった。
建物周辺に着くと、周りは、とにかく木材とレンガの山だった。
キレイなレンガもあれば、崩れているレンガもあった。
更に、建物からは煙も出ており、一目でココがレンガ造りの場所だと判った。
「トムじい、まさかレンガ造りもやるの?」
「フォフォフォ、まさか!わしは生粋の花師じゃ、建師の事はせんよ。わしは優秀でやればできるだろうけど、花師が一番すごいからな」っと例のドヤ顔をしてきた。
このドヤ顔とマウントさえなければ、まともにみえるのになぁ・・・とアイリが残念そうな目で見ると、
「・・・今失礼な考えしとるじゃろ!わしは本当にすごいんじゃよ!!」と言い張るやっぱり残念なじいさんだった。
突然レンガ造りの扉がバント開いた。
中から色黒のマッチョな男性がでてきた。
「トムじい、声聞こえてるからさっさと入って来いよ」
「普通そこは、挨拶からはじまるじゃろ!」
「いったけど、そっちが聞こえてなかっただけだろ」
「その口の利き方、年長者に対して礼儀がなっとらん、お前は昔から云云かんぬん・・・」
「はぁ・・・わかった、わかった、いらっしゃい。ともかく二人とも入れ」
マッチョさん(仮)は面倒くさいといいたいばかりな声音で、アイリたちを招き入れた。
テーブルに案内されると、すぐにお茶を出してくれる。
アイリは、この世界にお茶は存在する事を初めて知った。今まで、飲み物イコール水か酒のみと思っていたが、そうではないらしい。
この世界にお茶があるなんて嬉しいなと思いながら、久々のお茶に口をつける。
一口飲むとまさに紅茶そのものだった。
久しぶりの紅茶を堪能している間に、トムじいとマッチョさん(仮)の話は終わったようだった。
「そういえば、そちらのお嬢さんお名前なんだ?」彼の白い歯が光る。
「アイリといいます。ママは男爵のお屋敷で働いているメイドのスイリです」
男性が驚いた表情で、スイリちゃんのお子さんだったんだねっと呟いた。
「ママを知っているんですか?」
「もちろん知っているよ。あ、俺はポールだ。よろしくな!でも、そうか・・・そうか・・・、あの森の中の小屋にまだ住んでるんだよな?」
「そうですよ」
「明日、家行ってもいいか?」
「・・・ママ狙いなんですか?」
「違う!」真っ赤な顔になって叫ばれた。
(え?なに、ちょっと可愛いかも)
「あの小屋建てたの俺なんだよ!しかももう建てて数十年は経つのに、一切手入れしてない状態で男爵が二人をあそこに追いやったから、家の状態が気になっているんだよ」
「ポールお前は言葉が、いつも足りんのじゃ、だからそういう誤解をまねくんじゃよ、フォフォフォ」
「トムじいは黙ってろ!で、嬢ちゃん行っていいだろ、ついでに修理してやるからさ」
「いいですよ!ママに伝えておきますね」
『ついで』って、ママに会うついでってことかな?!えー面白い!なんてアイリが心の中で、思っているとはつゆ知らず「ああ、よろしくな」そう言うとポールは、大きい手でアイリの頭をぐちゃぐちゃに撫でた。
何か楽しい予感がする!
そんな気持ちで、アイリはレンガの建物を後にした。
マッチョといえば黒、白い歯といえばマッチョ。憧れのマッチョ姿を詰め込みました。




