7.トマトの力はすごいです!
トムじいに許可も貰え、アイリはホッとしていた。
これで正々堂々と持って帰れると思うと少し浮かれる。
ウキウキしながら、先ほど引っこ抜いた苗をこっそり置いておいた場所に向かった。
置いたときは確かに日陰になっていた場所だったが、今や太陽が燦々と降り注いでいる。
慌てて地面に目を向けると、干からびたトマトの苗がお出迎えしてくれていた。
悲劇のヒロインの如く、がっくりと地面に手をついた。
(なんてこった!)
昼ご飯につられ、すっかり失念していた。
この天気のいい日に根っこを引っこ抜いて水も与えていなかった。
更に、日陰に置いておけばいいという安易な考えの元、午前中と午後の影の位置が変わるってことをすっかり忘れていた。
花より団子ならぬ、トマトより昼飯。
何故、一時期の欲望を選び取ってしまったのだろうか。
飢えとは恐ろしい・・・・そんなことを思いながら、アイリは食べられそうな実だけでも収穫しようと
枯れたトマトの苗を持ち上げた。
先ほど途中から苗ごと引っこ抜いていたので、赤色の実は結構あった。
それをもいでは、トムじいが貸してくれているかごへ入れ、もいでは入れを繰り返す。
もぎ終えた苗は、当初トムじいから指定された廃棄場所へ捨てに行き、何往復したころには
山になっていた苗もわずかになっていた。
日も傾いてきたし、そろそろ帰らなきゃっと一息ついていると、下の方に重なって苗が目についた。よく見てみると、姿は汚れているものの、上に沢山の苗が乗ってたお陰で日陰になっていたのか、青々としていて元気がよさそうだった。
アイリは、これなら自宅に植えれそうと思った。
落ち込んでいた気分が急上昇する。
いそいそと苗を起こし、帰る支度をした。
本日のお持ち帰りの品々:
ズタ袋にいれた食糧(食べ残しパン、じゃがいも、玉ねぎ、人参)
かご一杯のトマト
生き残りトマトの苗 5株
アイリは並べてみてから、ある事に気が付いた。
子供が持ち帰るにしては、無謀なのではないかと・・・。
とりあえずやれるだけ、やってみようと自身に暗示をかける。
「私は出来る、できる子よ!」
ズタ袋を腰に巻き付け、トマトかごを背負い、苗を両手で抱え込み、勢いよく立ち上がる。
ふっ・・・・・・ん
くっ・・・・・
・・・・
現実は厳しかった・・・・。
「アイリちゃん、何か面白い遊びしてるね!筋トレかしら?」
突然声をかけられ、ふっと見上げるとスイリが近くにやってきていた。
必死過ぎて、気配を感じ取れなかった。
スイリは微笑ましそうにこちらを見ながら、
「ママ、筋トレでマッチョになったあなたも好きだからね」っとウィンクを飛ばしてきた。
アイリはスイリの思考回路について行けず、一瞬フリーズした。
ジト目で母を見つめ返す。
「ア・・・アイリちゃん~??」
「・・・ママ、筋トレじゃないってことだけ言っとくよ。とりあえず、この苗以外全部もって!」
こうして、アイリは、スイリに無言の圧力をかけ、有無を言わさず荷物(おそらく10㎏超え)を持ってもらい、無事に岐路につくことができた。
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家につくなり、アイリはすぐ庭の柵付近の土をスコップで耕し始めた。
周りが森に囲まれている家のため、土がフカフカですぐに耕し終わった。
土だけではない。
家と庭がある部分だけ木が無いので、日当たりについても問題ない。
この土地に植えれば、おそらくスクスクと育つのではないかとアイリは考えていた。
トマトのツタも木の棒とかに絡ませようかとおもっていたが、家の周辺に建ててある柵を使えばいいと閃き、その問題も難なくクリアすることができた。
アイリは、柵を支柱代わりにして、苗を等間隔あけて植えていく。
ただ、この作業も体力勝負だった。
5歳児の身体は、すでに悲鳴をあげており、本当は家に着いたら、ご飯を食べ寝たかった。
道すがら持って帰ってきた、苗5株も重く、帰り道何度もくじけそうになった。
あまりの過酷さに、一瞬5歳児になりきって『ママ抱っこ』っと言いそうになった。
母はきっと抱っこしてくれると思う、ただ抱っこを要求した時点で、母は背に背負っているトマトかごを下すだろうことが目に見えてわっかった。
トマトを犠牲にするか、自分を犠牲にするか、迷いに迷いそのたびに、自分を犠牲にすることを選んだ。
こんな苦悩の過程を隔てて持って帰ってきた苗だ。
ここで作業の手を止めたら、トマトドリームが消えてしまう。
全ては、継続的なトマト摂取のため、すべてはトマトのために!
その思いでアイリは、すべての株を植え終わらせた。
仕上げに、苗にバシャっと水をかけお終い。
数時間ぶりの水はおいしいらしく、苗が喜んでいるようにみえた。
アイリは達成感に浸っていた。
そして、我が子がこんなに頑張っていたのだから、きっと母は窓から見てるに違いない。
そう思って振り返って家のほうをみると・・・・母はいなかった。
そうだ、優しい母は家に着くなり
「これ重過ぎよ!ママ疲れちゃったからもうシャワー浴びてくるわね」っといって
さっさとシャワー浴びに行ってしまったのだった。
ちょっと薄情じゃない?って思ったが、まさか全くこちらに来ないとはおもってなかった。
シャワー浴びたら、声くらいかけてくると思ったんだけどな。
そんなことを思いながら、服と手についた砂を軽く払って、ようやく家の中に入ったのだった。
中に入ると目に移り込んできたのは、口の周りを赤く染めて机に倒れているスイリの姿だった。
その光景にアイリは息をのむ。
「い・・・いや!!」
大声で叫ぶと、スイリがむくりと起き上がった。
「どうしたの!アイリちゃん」
「・・・?」
「なにがあったの?」心配そうな顔でこちらを見てくる。
スイリから、強烈なトマトの酸っぱいような青臭い匂いが漂っている。
アイリは、ちょっと腹立たしく思いながら、
「・・・・もしかして食べた?」と聞く。
「なんのことかしら~」
母の視線が揺らぐ揺らぐ。
「トマト食べたでしょ?抜け駆けしてずるい!!」
「ふふふ、ばれちゃった。それにしても、この赤い実トマトって言うのね。初めてたべたんだけど、酸味があるけど甘さも備わっていてとてもおいしいわ!」
そこで、私は重要なことに気が付いた。
「ママ、具合悪いところない??」
「どういうこと?これ食べれるからこんなに持って帰ってきたんじゃないの?」
「実は、これ観賞用で植えてあって、トムじいからは毒々しい色の実は毒があるから食べないようにといわれてたの。でも、私絶対食べれると思って、自分で毒見しようとしてたんだ」
「今のところ、何ともないわよ、それにあなた自分で毒見なんて!そんな危険なことしたら、許さないからね!」
「ご・・ごめんなさい・・・」
これは厄介なお説教コースになりそうな予感がして、アイリは次に振りかるであろう、スイリの言葉をビクビクしながら待つ。
「まぁ、わかってくれたらそれでいいのよ」
「・・・?」
「これね~お風呂上りにつまんでから1時間以上たっているし、二三個食べてのピンピンしてるから、毒は多分ないわよ。それにしても本当美味しいわ!果物みたいだわ!」
怒りの形相はすぐなりをひそめ、そこにはただただ、ご機嫌なスイリがいた。
やはり、トマトの力は偉大だった。
トマト話から抜け出せませんでした。。。




