67.お別れです!
爵位剥奪の正式文書を握りしめた男が、苛立つ足音を隠すこともせず、足早にフォレスト国の王城を後にした。
向う先は、父のいるメール国マム領。
希少な瞳を集めるために、父は領内だけでなく他国まで手を広げていた。その購入先がマム領だった。
実家から探し出した裏帳簿には、多額の金額で人身売買の取引されていた。
メール国のパーティー後、向う先はきっとマム領に違いないと目星を着けていたため現地へ向う。
たが、途中で密偵からもたらされた情報により、目的地を変更せざるを得なくなった。
父の人身売買がメール国で露見してしまったのだ。
それにより、現在メール国城へ護送中との事だった。
詳細は記載されてないが、平民に人身売買がばれ、その領地の兵士に逮捕されたとのことたった。
父にしては、やり方が杜撰すぎた。
今迄何年間も上手くやってきた奴が、どうしてだと思わざるを得ない。
人身売買の記録を見つけてから、これは国際問題になると覚悟していた。我が国でもメール国でも許されていない事だ。
ただ、ザード国では人身売買というか奴隷制度が今も尚残っており、ザード国から密かに奴隷を買うものがあとを絶たない状況だった。
マム領はザード国への貿易上の入口となっており、そこさえ通ってしまえばあとは合法的に人身売買ができるというきな臭い土地となっていた。
だからこそ、父を自国へ連れ帰り、詳しく事情聴取を行った上でフォレスト国として賠償を行う予定だったのに、あと少しと言うところで出遅れてしまった。
そんな思いを胸に、急遽メール国の王城へ行先を変更する。
どちらかという、変更先の王城のほうが、フォレスト国より近かかったため、先触れを出す前に到着してしまった。
門前払いを覚悟の上で、謁見を申し込んだところ、あっさりと城内に通された。
あれよあれよと言う間に、メール国陛下へお目通りする事ができた。
「急な申し入れにも関わらず、謁見をお許しいただきありがとうございます」
「なに、かまわぬ。フォレスト国王から連絡をもらっていたからな。言ってみろ」
「ありがとうございます。既にご存知かと思いますが、父の貴国への来訪目的は、人身売買でございます。それを阻止及び父の逮捕が目的で、此方にやって参りました。フォレスト国でも、同様の件で既に刑が確定しており、父は貴族籍を剥奪されております」
「そうか」
「はい、貴国には多大なるご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございません」
深々と頭を下げ謝罪した。
「して、貴殿はどうするつもりだ?」
「父を捕らえ、そのまま自国の裁判にかけ・・・」
「そんな事はわかっとる。一平民のことなど聞いてはおらぬ」
「では?」
陛下は深いため息をついた。
「貴殿も察しが悪いな・・・もうよい」
「??」
「もう間もなく、貴殿の父とシーナ公爵一行が到着する予定だ。丁度良いから彼処に隠れておれ」
陛下に言われた通り、身を潜めているとシーナ公爵一同が現れた。
そして、兵士達に連行されてきた父。
豪華な刺繍が施されているであろう衣服は汚れ、しわくちゃであった。
やつれはしているが、異様に目がギラギラしていた。
その姿に公爵家当主としての威厳を感じられなかった、ただただ異質さを放っていた。
怒りに任せてここまで駆け抜けてきたが、そんな父の姿を見て感情に支配されていた頭が、冷静さを取り戻していく。
ここ数年父を公爵の地位から追い落とすために、身を潜めてきた。
ついに尻尾を掴み、あとは国元へ連れ去るだけ。
ここは静かに傍観した方がよいだろうと、陛下からのお呼びがかかるまで待機することにした。
そして、陛下から自身へ呼びかけを受けた。
いよいよ父との対話が始まると思った。
だが・・・・こちらの気持ちとは裏腹に、公爵としてのプライドなのか致死に至る実として有名な鈴蘭の実を食べ自害を計った。
残された時間は少ないと思い、最後の最後に懇願する。
どうか理由を話してほしいと。
何年もの間、父の悪事の実態を掴もうと思ってきた。
証拠だけでなく、こんな重大なことをしでかした理由も知っておきたかった。
そのために自身は何年もの間父を追跡してきた。
父とはいっても、幼いころから疎遠だった。
人柄も全く知らず、周りからも『感情が無い人』と評されていた。
だが、フォレスト国の王城で聞かされた話からすると、父も不器用ながらに民の事を思って研究してきたのを知った。
父にも人の心があったのかという意外な気持ちに襲われた。
自分が見ている姿だけが、真実とは限らない。
だからこそ、理由が知りたくなった。
自身の願いなど聞いてくれるはずもないと思っていたのだが、一か八かで伝えてみる。
すると、驚いたことに父は理由を話し始めた。
時折噎せながらも、なんとか最後まで話し終えると口から大量の泡をふいた。
息苦しそうな息遣いが、段々と静かになる。
辛うじて上げていた瞼も落ち始め、中途半端に開いたまま動かなくなった。
片膝を立て父の上体を起こし、そっと手を翳し瞼を閉じてやった。
それが別れの挨拶となった。




