66.復讐の代償は悲惨です!
夕闇が来るたびに、か細い声が牢獄に響く。
次は誰がつれていかれてしまうのか・・。
戦々恐々として日々を過ごす。
クローバ男爵領で働いていた時よりも、遥かに豪華な食事。
甘い砂糖菓子すらも出てくる。
望めば素敵な洋服も、宝石もなんだって出てきた。
絵に描いたような贅沢三昧な生活。
周りにいた女の子たちは、現実から目を背けるようにそれらを享受していた。
『自由』を感じるのは、要望した物が届く時だけだから・・・。
私はそんなものに興味は持たない。
植物さえあればいいのに・・・この地下牢では植物等見ることも育てることもできない。
ひたすら希少な学術書を取り寄せ、読み込む。
少しでも、この恐怖から逃れるために・・・。
でも、これらの代償はこの格子が開けられた時に誰かが支払わねばいけない事は決まっていた。
初めてここに入れられた時、親切にしてくれた少女がいた。
「一人誰かが出ていくと、新しい人がやってくるんだけど、貴女が今度の新しい人ね」っと。
前のいた人はどうなったかと聞くと、その人は役目を終え故郷へ帰ったのよと怯えた目をしながら話していた。
どんな役目かと聞くと、悲しそうに微笑んだ。
よく周りをみてみると、この場にいたのは瞳が、私と同じく黄色みがかっている子と水色の瞳の子ばかり。
黄色と水色の瞳の持ち主は、かなり珍しい。
そう考えると、瞳の色が原因で捕らえられたことはわかった。
だが、それがどうしてかはわからなかった。
ただ一つ言えることは、これは恐らく公爵の『秘密』になるということだ。
秘密を知った者末路など、古今東西同じ。
生きて帰りつくことなどない、片道切符。
死を覚悟しながら日々を過ごす。
気づくと、広々とした牢屋の部屋に私だけが残った。
次は私の番なのだと思うと、胸が苦しくなる。
何処で道を違えてしまったのだろう?
私はただ、私の夢を潰した公爵令嬢に少しだけ復讐をしたかっただけ。
そして、あの時に得られたはずの植物研究所での学びを希望しただけだった。
だから、スイリさんがシーナ公爵令嬢だと確信した時、ようやくあの時の夢がかなうと心が高鳴った。
パルプ公爵と取引ができると、本気で思った。
フォレスト国に馬を走らせた時は、希望にあふれていた。
事前に告げた面会手続きの際、執事経由で公爵様も快諾していると聞いていた。
儀礼的に面会するように言われ、応接室で顔を合わせた瞬間、急に背中に悪寒を感じた。
薦められた紅茶には甘ったるい香りがし、嫌な予感がしつつ口を付けた。
その予感通り、気が付けばこの部屋に連れられていた。
今は、植物を触ることも、空さえ眺めることができない。
これは、私が馬鹿だった・・・復讐なんてくだらないこと考えなければよかった・・・。
何度思い返しても、深い後悔しか湧かなかった。
そんな時、誰かが廊下を駆け抜けてくる音が聞こえてきた。
(聞きなれたお世話係の足音ではない!)
高そうな革靴がカツカツと牢屋に共鳴する。
自ずと自らの体を抱きしめた。
遂に私の番が来てしまったのだと・・・。
出来るだけ部屋の隅っこに身を隠した。
そんなことしても無駄だと判っているが、体が恐怖を感じ逃げ惑う。
ギーっと鈍い音を立て、牢屋の鍵が開けられた。
現実を直視したくなく、目をつぶる。
(もう・・・おわり、助けて!助けて!!)
すると頭上から『もう大丈夫だ』という声が聞こえた。
そしてふわっと私を抱き上げる。
震えている私を慰めるように、温かい手が優しく背を撫でる。
「ここから逃げるぞ。目をつぶっておけ」
私は言われたとおりに目をつぶる。
片手で私を抱え上げた声の主は、そのまま全力で走り出した。
途中で、いつの頃からか嗅ぎなれた鉄の匂いが立ち込める。
金属のぶつかり合う音が聞こえた。
覚えているのは、ここまでだった。
気づけば豪華な部屋に寝かせられていた。
傍らには、私を救い出してくれた男性が椅子にもたれかかっていた。
「起きたか、ここはフォレスト国の王城だ」
「!!」
「悪いが時間がない、今から一緒に来てくれ」
「な・・なにを?」
「証言してほしい、貴女が知りえた事包み隠さず全部」
「??」
「貴女をとらえていたのは、パルプ公爵だ。そして、彼が行っていたことを生き証人として証言してほしい。俺は奴の貴族籍のはく奪と刑を望んでいる」
「!!」
「俺は・・・パルプ公爵の息子だ。あの人を公爵の椅子から引き摺り下ろすには、証言がどうしても必要なんだ。それもすぐに。対価は望む物をやる」
「・・・わかりました。証言いたします。でも、対価は要りません」
「俺は奴と違って、本当に払うぞ」
「・・・であれば一つあります」
「言ってみろ」
「ことが解決したら、シーナ公爵令嬢に合わせてください」
「わかった・・・・貴女の名前は?」
「サラと申します。平民なので、姓はありません。メール国クローバー男爵領の出身です」
「そうか・・・」
こうして、サラは急遽開かれたパルプ公爵の貴族籍はく奪諮問会にて、証言することになった。
自身の囚われた状況を事細かく伝える。
後を追うように、パルプ公爵の息子がそれらを裏付ける証拠を提出する。
こうして、長年にわたるパルプ公爵の罪が白日の下にさらされた。
だが、審議の結果このことを知りえるのは、この場にいる者だけと限定された。
人体実験とも言えるこの殺人事件だが、フォレスト国の秘薬も絡んでいるため公に公表することが憚られた。
また、公爵の長年の国への貢献を考慮され、公爵の地位剥奪及び地方の牢獄へ流刑されることに刑の内容が留まる事となった。
そのことに一番反発したのは、パルプ公爵の息子だった。
「陛下!こんなに人を殺めている者を、生かすのですか!」
「・・・・お主の父親だぞ」
「そんなの関係ありません。奴はきちんと罪を償うべきです。平民の命はそんなに軽くありません、我々と等しいものです」
「ははは・・・お主は若いな。そして、分かっとらんな・・・」
フォレスト国の王が、自身の知らなかった父親の一面を語りだした。
父がまともだったころは、餓死を防ぐために寝る間を惜しんで作物の品種改良を行っていた。
流行病がはやった時も、いち早く薬を開発したり、人々の命を救ってきた。
研究バカだが、平民の事も考え領地の税率のコントロールも行っており、見えないところで領民のために尽くしていたとのことだった。
狂うまでは、まともだったのだと。
陛下は坦々と告げた。
「死ぬのは一瞬だが、生きて償いをさせる方が死ぬより苦しい。私はその罪を奴に自覚させたいのだ。生きる苦しみを与えたいと思っている。これは温情では決してない」
それでこの話は終わりだと、陛下は席を立った。
こうして、諮問会は幕を閉じたのであった。




