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63.イリースの決意!

ロイがアイリを抱っこしようとするのを断り、イリースは自ら抱きかかえた。

腕にずっしりと重みを感じる。

その重さに浸りながら、可愛い我が子をそっとベットに横たえた。

幾日かぶりにやすらかな寝顔に、思わず頬が緩む。

どんな夢をみているのかわからないが、時々「フフフ」と楽しそうな寝言をいう。

優しく髪をなでてあげると、その手に引き寄せられるように頭を寄せてきた。

まるで撫でて、撫でてと可愛くアピールしているようで、愛おしさがこみ上げてくる。

暫く撫ていると、満足したのか熟睡モードに入ったのか動きがパタリととまり、規則正しい寝息の音だけが月明かりに照らされた部屋に響き渡る。


イリースはおもむろに立ち上がると、窓辺へ身をもたらせた。

夜空を見上げれば、丸い月がポカリと空に昇っていた。

少し前までは、雲の合間に月明かりがチラリと除く程度であった。

だが、夜が深まるに連れ強風が吹き周囲の雲を全部蹴散らしてしまったようだった。


(まるで今の私のようだわ・・・)


自身の正体がバレた以上、クローバー男爵領にはもう居られない。例え逗留したとしても、『公爵令嬢』の肩書があるかぎり、今までと同じ暮らしはできない。

そして、警備手薄な家では、色々な人達から狙われてしまうのは明らかだ。

下手すると、今度はアイリを巻き込むだけではない事態になるかもしれない。

そう考えると、父と一緒に領地に帰るしか方法はない。

ほんの少し前までは、領地に帰る事は、アルをあきらめる事になるため、絶対嫌だと思っていた。


だけど、今回の件で180度変わった。


以前はあんな冷たい家と思っていたが、自分が幼く気づかなかっただけ。

父は父なりに愛情を注いでくれていた。

それを先ほどの乱闘で体感した。

それに加えて、この屋敷に来る途中、ロイが馬車の中で教えてくれた父の行動に驚愕した。

イリース似の人がいると聞けば、古今東西、忙しい公務の間をぬって何処へでも自ら飛んでいったという。

それは9年経つ今も変わらない行動だと・・・。

また、乳母が解雇されたのも、理由があった。

母へ割り当てていた予算の使い込み、母がいない場での他の使用人への傲慢な態度。

それでも、母の乳母ということまで、ギリギリまで目をつむっていたとのことだった。

最終的には、イリースにあることないこと吹き込みはじめ、イリースの予算を使い込みしようとしたため解雇したとのことだった。

多少過保護な面もあったが、理由なく解雇した者は一人としていなかった。

イリースに甘い顔して近づいてきた者は、大抵下心があった。

だが母を亡くしたばかりの少女に、それを伝えるのはあまりにも不憫だと。

『公爵のお眼鏡にかなわなかった』という表向きの理由を作り、処理してきたとのことだった。


その話を聞いた時は思わず「お父様もお話してくれればよろしかったのに・・・」と口をついてでた。

「俺もそう助言したんだが、ハリーの奴聞かなかったんだ。あいつ外交は器用にこなすくせに、家族に対して不器用な奴なんだよ。あ、俺がこれ話したの内緒な」と茶目っ気を交えながらロイは話した。


そんな話を思い出し、イリースは目を瞑った。

「私何をやっていたのかしら・・・」

知らず知らず、口を突いて出るのは後悔の言葉。


この数年アイリにも苦労を掛けた。

衣食住ままならず、いつもお腹を空かせていた。

頼りない自身を反面教師にしたのか、次々と食料品を持って帰ってくる日々。

更にいつの間にか周囲の人たちとも仲良くなって、住居まで建て替えが進むことになった。

これもアイリの努力のお蔭だった。


イリースは自身の出自がばれないように、なるべく周囲と距離をとっていた。

多少は仲良くするが、基本的に一歩踏み込まれないようにしていた。

一緒に働く裁縫師達へは勿論、メイドや使用人達とも当たり障りない会話しかしない。

ポールへもそうだった。

だけれども面倒見のいいポールは、最初から同情的で優しかった。

いつも心配事は無いかと声をかけてくれていた。

あの時素直に頼ればよかったのだが・・・・クローバー男爵の件があったため、特に男性と距離をとっていた。

いくらイリースが「大丈夫」と答えても、ポールはめげずに話しかけてきた。

今の対応ではポールの中で、『遠慮している人』認定されて埒が明かない。

イリースは途中からそう考え、敢て『筋肉好き』のキャラを作り、ストーカーまがいの事をポールに行った。

予想通り、暫くするとポールの方から近づくことはなくなった。

だから安心していた。

けれど、アイリはいつの間にかポールと仲良くなっていた。

あれよあれよと、無償で家の建て替えを行ってくれることになってしまった。

断ろうと思ったが、それにしては家がボロ過ぎた。

今年の冬もアイリに寒い思いをさせるのかと思うと、拒否するのがためらわれた。

仕方なく、当初自身が設定してしまった『筋肉好きキャラ』のため、ポールが家にくるためそのキャラで通しすことにしたが、その度に罪悪感が増す。

そして、これは推測だが、ポールが今回近づいてきたのは、おそらく家がぼろ過ぎてこの冬持たないと思ったのだろう。

だから、アイリを思いやって家の修繕を申し出て来たのではないかと考えられた。


自身が素直に人の好意を受け取っておけば、アイリにこんなにも苦労をさせることはなかったのではないか?

食糧の問題だって、アイリみたいにトムじいに相談したりすればよかった。

ポールに素直に早くから頼っていれば、冬場温かい家に住めたのではないか・・・そんなことをつい考えてしまう。

それに、極貧状態になる前に父に頭を下げていれば、そもそもアイリに苦労を掛けることもなかった。


全て自身の判断が誤ったもので、そのしわ寄せがアイリにいっていた。

今さらだが、それに気づきイリースは自身を責められずにはいられなかった。

だからこそ、今度はアイリの幸せを願って動こうと決心する。

アルの事は・・・もう忘れよう。

9年も連絡がなかったのだ。

自身が捨てられたと思いたくなくて、目を背けていたが、連絡がないのがすべてだ。


もう、これからはアイリの事だけを考えていこう、アイリのためならばたとえどんな茨の道でも歩んで見せる。

『悔いなくやってみせるわ!』

誰も聞いてない部屋に、イリースの決意が放たれた。


翌日、冬の透き通った青空が広がり、太陽が優しく照り付けた。

朝早い時間にも関わらず、マム伯爵夫婦は慌ただしく屋敷に戻ってきた。

早馬ですでに領地に起きた事件について伝え聞いており、出発間近の公爵に領地不備について謝罪を行った。

公爵は逆に自身の娘が関与していたこともあげ、迷惑をかけたと言葉を交わし、屋敷に滞在させてもらった礼を伝えるとアイリ達をつれマム領を後にした。


一同向かうは、国王のいる王城。


今回は馬車の旅であるが、チンタラ進むわけには行かなかった。

罪人ではあるが、他国の公爵を乗せているため、道を急ぐ。

途中休憩をはさみながら、夜通しで馬車を走らせ四日間かけてお城へ到着した。

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