60.勝利宣言いたします!
寒さを孕んだ海風が、突如左から右へと流れを変える。
太陽も真上の位置から西に少し傾きを変え、正午過ぎを告げていた。
そして、地上はというと海男達の参戦により、戦況が逆転し始める。
それらの変化をいち早く感じ取ったパルプ公爵は、一歩一歩後退り、遂に船にむかって猛ダッシュしはじめた。
兵士も公爵に追随する。
行く手を遮る者達に、容赦なく剣を振るう。
だが、海男たちだって馬鹿じゃない。
既に仲間内から公爵たちの乗る船を聞き出しており、その周囲を包囲していた。
それでも、パルプ公爵家の兵士達は、任務を遂行しようと果敢に挑む。
しかし、健闘虚しく捕縛されたのであった。
こうした一連の流れが終わった頃、ようやくマム領の兵士達がやってきた。
「・・・大分暴れたな・・・」
呆れた声でマム領の兵隊長が、ダナンに話しかけた。
ダナンは『まってました!』とばかりに、身振り手振り交え、意気揚々と武勇伝を語る。
だが、話を聞かされている隊長は、聞けば聞くほど顔色が真っ青になる。
(相手貴族だと?!聞いてないぞ!!)
ダナンの話は信じがたい出来事だった。
乱闘の一報が入った時は、いつもの平民同士の喧嘩と聞いていたはず・・・。
この簀巻き状態にされている相手は、見るからに貴族。
それも明らかに上等な衣装をまとっていた。
(いやいや、こんなところに高位貴族なんているわけない)
心を一旦落ち着かせ、話の続きを促すと、まさかの『他国の公爵』と・・・。
(聞かなければよかった・・・)
激しい後悔に襲われている兵隊長にはお構い無しで、ダナンの話は続く。
自身の戦いっぷりを、身振り手振りで表現し、クライマックスはリリーとの再会を涙ながらに語る。
(こいつ、感情の振れ幅すごいな!)
二人のイチャイチャ話になってきたため、これで重要な話は終わったのだろうと安心していた。
肝心の乱闘の原因を聞いていないが、もういいやの気分になっていた。
そんな兵隊長の心を裏切るように、最後の最後で、ダナンは公爵による<女性達の誘拐及び人身売買>が乱闘の原因と爆弾を投下してくる。
こうして兵隊長は見事にフリーズするのであった。
ダナンに揺り動かされながら、隊長は一周回って、冷静になった。
どのみち立派な犯罪行為であるには違いなく、平民なら即逮捕の上処刑のコースだ。
事案が重大なだけに、領主様にお伺いを立てなければと思う。
だが、相手は他国の高位貴族。
領主様のためにも、ここは一旦パルプ公爵の縄を解いて連れていけないかと思案を巡らせる。
そこで、チラリと海の男達を見る。
だが長い付き合いの海男達は、鋭い眼光でこちら思惑阻止してくる。
(俺は一体どうすればいいんだ!下手したら生首飛んじまう)
隊長の脳裏に浮かぶのは、自身の死刑台の映像・・・。
そこへ現れたのは、シーナ公爵たった。
周囲の者に支えられながら、マム領の兵士達に自身の身分を開示する。
自国の『公爵』の登場に、周りはざわめく。
これから起こることは、全て自国ナンバー2のお方の指示ということであれぱ、叱責を受けることもない・・・死刑台から遠のいた未来に、隊長は一人ほっと胸を撫で下ろした。
だが、そんな隊長とは逆に、海男達の顔が真っ青になり始める。
貴族とは、薄々感じていた。
だが、こんな所に居るのは、低位貴族くらいだろうと思い込み、親しげにシーナ公爵に肩を組んだり、話しかけていた。
まさかの『公爵』・・・不敬罪にならないか、冷汗が止まらない。
急に静かになった海男達に、シーナ公爵は苦笑した。
「助かった。礼は後ほど・・・戦友!」
そう伝えると、片手を上げた。
それは、事実上この戦いの勝利宣言だった。
周囲にいた海男達は『おおっ!!』と歓声をあげ勝利に酔いしれるのであった。
その後、シーナ公爵はふらつく身体で全員牢屋へ連れてくように命じ、自身も付き添ったほうが話が早いだろうと同行する旨を隊長に告げたのだった。
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メール国では、通常2種類の牢屋が有る。
平民用の牢屋と貴族用の牢屋。
平民用は市街地から少し離れた場所似合った。
格子があり、手足を繋がれ冷たい床での生活。
貴族用の牢屋は、領主の館に用意されていた。
刑が未確定の場合は、外扉は施錠され見張りはいるものの、普通の部屋と変わらない構造になっていた。
マム領の伯爵家も例外なく、地下に貴族用の牢屋があった。
早馬で事の経緯を聞いた伯爵家の執事は、諸所の準備を素早く終わらせ、シーナ公爵達を迎い入れた。
マム伯爵達は、国立記念パーティーから帰り着いていなかった。
執事は家の主人に代わり詫びを入れ、シーナ公爵を部屋に案内し、医師に怪我の手当をさせた。
シーナ公爵は手当を受け終わると、医師が止めるのもきかず、足早にパルプ公爵の拘留されている牢屋へと向かった。
パルプ公爵は、脚を組み優雅にお茶を飲んでいた。
やってきたシーナ公爵に一瞥し、公爵の足元が若干ふらつくのを目に止めた。
「お怪我大丈夫ですか?」
パルプ公爵は、心配の声音など一切感じられない冷淡な口調で、儀礼的な言葉を発した。
シーナ公爵もその問いには答えず、本題に入る。
「何故こんな事を?」
「・・・」
「貴方程の方なら、これが国際問題に発展しかねないことぐらいわかるだろう」
「・・・」
「何故、そこまでイリースにこだわる?9年前もそうだった。イリースを貴方の息子にと婚約を持ちかけた際、あなたはイリースを自分の花嫁にと望まれた。何故そこまであの子に執着する?」
「・・・」
「話を変えよう。イリースの瞳の色彩を何を使って変えた?」
「・・・安心してください。10年くらいでもとに戻りますよ」
「今は、どうやって変えたかを聞いている!」
「・・・」
「それも答えないのか、ならばもとに戻す方法は教えろ」
「知りません」
「何?!」
「私も知りません、これは嘘ではないですよ」
「・・・原材料教えろ」
「・・・」
「人の娘を変えておきながら、良くそんな事が言える。であれば、なぜその執着するイリースを変えようとするのだ」
「・・・望む物を全て手に入れてきた貴方にはわかりませんよ」
それ以上話す事はないとばかり、パルプ公爵はお茶に口をつけ始めた。
シーナ公爵は、また来る旨を告げると、踵を返した。
地下牢にカツンカツンと靴音が響き渡る。
遠ざかる足音を、聞きながらパルプ公爵は首元からロケットネックレスを取り出し、中の肖像画を眺めるのであった。




