56.母を見つけた!
タキはヨルの手を握る。
幼児特有の温かさが、手からじんわり伝わってくる。
(腹減ったな・・・ヨルだけもそろそろ何か食べさせてやりたい・・)
思考は既に食べ物の事。
そんな少年をこれまた幼い手が引き止めた。
アイリだ。
「ちょっと待って!私、この服は要らないの、服が捨てられていた場所が知りたいだけよ!」
受け取ったばかりの服をタキの胸元に突き返す。
「だけど・・・これはお前の母親の形見だろ」
「形見じゃない!ママは絶対に生きてるの。それはわかってるの、だけど居場所が分からないから探してるのよ」
「・・・本当か?じゃぁ、これ貰っていいんだな」
「いいわよ、約束する。だから、拾った場所に案内して!」
「ヨル案内しろ」
「わかったタキ兄」
三人は海岸を後にし、薄暗い港の倉庫場にやってきた。
以外にも規則正しく建てられており、碁盤の目のような通路となっていた。
逆に言うと、遠方から見つかりやすい。
3人は細心の注意を払いながら進む。
その道中、自己紹介をする。
タキはアイリの3つ上、ヨルはアイリと同じ年。
二人とも、この港周辺で親に捨てられ、路上で過ごしている内に、二人は知りあった。
それから共に、ゴミ漁りをしながら、生きていたとの事だった。
タキは8歳になれば、宿場街で堂々と働けるようになる。
春まで食い繋げれば、飢えを凌げるんだと真っ直ぐな目をしてアイリに教えてくれた。
過酷な環境でも、希望を失わない姿に、少し気弱になっていたアイリは勇気を貰う。
そうこうしている内に、前方に周囲よりも少し小さめの倉庫が見えた。
周りの倉庫と異なり、見張り役と思わしき人が扉前に立っていた。
ヨルは指を刺し、あそこから拾ったんだとアイリに教えた。
(このまま行っても、追い払われるだけよね・・・)
一旦身を潜めて策を巡らす。
すると見張り役が辺りを伺いながら、ポケットからタバコを取り出し火を着けた。
白い煙が、短く空に立ち昇る。
見ていると、急に吸ったばかりのタバコを足元に落とし、火を消すように足で踏みつけその場を去っていった。
(チャンスだ!!)
アイリは好機を逃してなるものかと、建物に近づく。
だが、案の定鍵がかかっていた。
小声で母を呼んでみるが、返事は無かった。
その場でがっくりと項垂れていると、タキとヨルが手招きし早くこいとばかりに呼ぶ。
アイリは急いで彼らのもとに戻った。
間一髪で、反対側からマントを目深に被った人が近づいてきた。
3人は物音を立てないように、静かに身を潜める。
マントを被った人のすぐ後ろにも、背丈の小さなマントを被った人がいた。
先程の見張り役も続き、三人で倉庫を訪れていた。
その時、突如突風が吹き、悪戯に二人のフードをとりはらった。
フードの下には、男爵領であったあの乳母の姿。
もう1人は、男性だった。
明らかに貴族と思われる佇まいに、緑色の髪海風に煽られて靡いていた。
(やっぱり、あの乳母がリークしたのね!ということは、隣は恐らくパルプ公爵?)
その男性が懐から鍵を取り出し、乳母と共に倉庫内部へと入っていった。
見張り役は、そのまま扉の前に立ちふさがる。
(あの見張り役・・・邪魔)
子供の力では、どうしようもないため大人しく場の様子を見守る。
どれくらい立ったのかわからないが、今度は倉庫内から、3人で出てきた。
其内の1人は、明らかに歩き方がおかしかった。
耳を澄ますと、何かを引きずるように、ジャランジャランと音を立てて歩いていた。
いや、歩かされているようだった。
(母と同じぐらいの身長・・・)
アイリは思わず出ていこうとする。
それをタキが必死に止める。
「辞めろ、見つかるぞ!!」小声でアイリの耳元に忠告する。
タキはこの現場が、自身の思っていた状況よりずっと悪いことに気がついていた。
見張り役の体格は屈強。
腰に帯剣しており、相手は見るからに貴族だった。
孤児が立ち向かっても、無駄に命を落とすだけ。
下手すれば、全員の命が危ない。
タキは、全力で3人が立ち去るまでアイリを抑えこんだのだった。
漸く身体の拘束を解かれたアイリはタキに詰め寄る。
「なんでよ!なんで!!あれは、絶対ママよ」
泣きながら、タキをバシバシ叩く。
タキは甘んじてそれを受ける。
「助けられたかもしれないのに・・・」
悔しくて、悔しくて涙が次から次へと溢れる。
そんなアイリの事を、慰めるようにタキは、ヨルにしてたように、頭を撫でる。
タキの優しい手が触れるたび、アイリは次第に冷静になっていった。
「・・・止めてくれてありがとう」
「あぁ」
冷えた頭で考えると、状況的にあのまま出ていったところで、勝算が0なこと。
母を助けるどころか、自分も囚われるか海の藻屑になっただろう。
更に、タキもヨルも一緒にも被害が及んでいたかもしれない。
そう思うと、今更ながら背筋がゾッとした。
冷静になったアイリを見て、タキは安堵する。
そして、今なら言って大丈夫だろうと、アイリを倉庫付近に連れ出し、下を指差した。
地面には、鎖の引き摺られた跡が鮮明に残っていた。




