55.探し人は案外近くにいるようです!
アイリはロイの背中を見送り、そのままくるりと後ろを振り向いた。
するといつの間にか公爵が直ぐ側で立っていた。
驚き目を開く。
「おはよう」
「おはようございます。あっ、今ロイさんが・・・」
そこまで言うと、公爵はわかってるとばかりに頷く。
よく見ると、公爵は既に身支度を整え終わっていた。
かたや自分は、起きたてホヤホヤ。
寝間着姿に、ボサボサのヘアー。
(あ!私だけ出発準備できてない!!)
その事に気づいたアイリは、支度をするため、慌てて公爵の横をすり抜け部屋へ入る。
急に慌てだしたアイリを見て、公爵はロイに見張りに行かせたから、朝食がてら昨夜の話をすると言った。
暗に、急ぐ必要はないと伝えてきたのだった。
ゆったりとした足取りで、当たり前のようにアイリについて、部屋に入った。
(何故おじいちゃん、部屋の中に着いてくるの?)
首を傾げて部屋をぐるりと見渡すと、壁と同一色で塗られた扉が、橋の壁に存在していた。
公爵はスタスタとそこまで歩き、ドアノブをひねると、内扉で繋がった部屋が表れたのだった。
既に朝食の支度が整えられており、注ぎたてのスープの香りが、口鼻をくすぐる。
主食は少し硬めのライ麦パンのようだった。
テーブルを見ると、アイリの意識とは別に腹時計が盛大に鳴り響いた。
(そういえば、昨晩は何も食べずに寝ちゃったな)
思い出すと余計にお腹が空いてきた。
アイリは、イソイソと着席し、視線で公爵に早く席についてくださいと促した。
公爵は、そんな視線に苦笑しつつそそくさと席につく。
こうして、二人は朝食を取り始めた。
アイリの予想通り、海沿いの街らしく、魚の出汁がたっぷり溶け込んだ魚介スープが冷えた身体に活力をみなぎらせる。
海の魚だけあり、臭みもなく脂のたっぷり乗った切り身をフォークで持ち上げる。
ホロホロと崩れる前に、口の中にキャッチさせた。
淡白ながらも、旨味だっぷりの味。
添えられてたパンは、噛むごとに、炒った小麦の香りが口内を充満する。
野菜サラダに添えられていたのは、懐かしの海藻。
コリコリ食感が魚醤ベースのドレッシングによくあった。
あまりの美味しさに、公爵の存在を忘れて、朝食を堪能していると、正面から態とらしいゴホンという咳が聞こえてきた。
(あっ、やっちゃった・・・)
恥ずかしさで顔が赤くなる。
「ここの宿屋の料理は美味いんだ。気にするな。ところで、イリースがここの土地に居ることはほぼ確定した」
「本当ですか?」
「ああ。あと、公爵の滞在場所も取る予定の船便も判明している」
「ママの居場所もわかったんですか?」
「わからない。だが、その周辺にいるとは思っている。昨晩、怪しそうな場所を探してみたが、何も見つからなかった。」
「・・・そうなんですか・・・」
母がこの地に居ると聞いたときから、てっきり囚われた場所までだいたい検討が付いてるのかと思ったら、違うらしい・・・。
こんなに、ゆっくり朝食を取っていて良いのだろうかと疑問に思う。
手にしていたフォークを一旦置く。
「予約されてる船便の出発時刻はいつですか?」
「午後13時だ」
「?!!」
アイリは、時計を見て驚く。
時刻は既に朝の7時。
出港まで、後6時間しかない。
「こんなにのんびりしてたら駄目じゃないですか!!」
思わず声を荒げ、椅子から立ち上がる。
「あぁ、そのとおりだな。だが、ロイと私が一晩中駆け回っても見つけられなかった。あとは、公爵が乗り込む時刻にかけるしかない」
「でも!」
「勿論、このまま指を加えて待ってるつもりはない。朝食を食べ終えてから、お前を連れて探しに行く。腹が減っては戦はできぬだろう、まずは食べてからだ」
これで話は終わりだと言わんばかり、公爵はパンを口に放り込んだ。
アイリも早く食べ終わろうと、食べるペースを上げたのだった。
ご飯を食べ終わると、アイリは、瞬殺で身支度を終え、漸くマム領の港へと出発した。
馬で移動するのかと思いきや、宿泊場所は、乗船所から近く徒歩10分の距離にあった。
更に、パルプ公爵の宿屋も、乗船所を挟んて、アイリ達の泊まっている宿屋の反対側に位置する場所にあった。
(意外と近い・・・いや、近すぎない??)
恐らく、予めこうなることを予想して、宿泊場所を決めたのだろうと推察された。
直接受ける冬場の海風は、着込んでいても冷凍庫レベルて寒かった。
それでも、倉庫付近や海辺を散歩してるふりをしながら、母の手がかりを探す。
最初は公爵と探していたが、いつの間にかはぐれてしまっていた。
慌てて、辺りをキョロキョロしていると、後ろから少年の甲高い声が聞こえた。
「お前、ここで何してるんだ!」
アイリより少し年上と思われる少年が、こちらを睨んでくる。
「ちょっと探し・・・」
「ここらは、俺等の縄張りだぞ!帰れ帰れ」
その激しい物言いに思わず目を丸くする。
改めて少年を見ると、ツギハギだらけの衣服に、ブカブカの靴。
恐らく孤児と思われた。
「違うよ!」
「違うもんか!どうせお前も親に捨てられたくちだろ。こんな時間帯に、ここに来るやつは大抵そうなんだよ」
そう言い捨てる口調はどこか悲しげな声音が滲んでいた。
すると「タキ兄〜」と後ろから少年がヨロヨロ駆け寄ってきた。
背にボロボロの袋を担いでいる。
「ねぇねぇ、タキ兄!凄いもの拾ったよ」
興奮気味に語り、背負っていた袋を開ける。
中からは一着の服が出てきた。
「これ捨ててあったんだけど、破れてないし、綺麗だから売れるよ!!3日ぶりにご飯が食べれる」
そう言うと幼い少年はピョンピョン飛び跳ねた。
先ほど怖い口調でアイリに詰め寄っていたタキという少年は、一気に表情を崩し、苦笑しながらその子の頭を撫でた。
その表情とは対象的に、アイリは少年の手首を掴み「これ、何処で拾ったの」と詰め寄る。
先程からのアイリの変化に、少年達は見つけた獲物を取られてなるものかと警戒する。
「お前もやっぱり、捨てられたんだろ!これは俺達のものだ」
「違うわよ!それは、私のママが着ていたものなのよ!」
アイリは涙を流しながら言い放った。
その姿を見て、少年達は目を丸くする。
涙でぐちゃぐちゃになりながら、
「ママが攫われたの、だから探しに来たのよ・・・」
そう伝え、アイリはカバンに入れられた刺繍を見せる。
そして、少年達にその服の襟元を見るようにいった。
お仕着せの襟元には、持ち主がわかるようにと各自の刺繍がいれられていた。
そこには、カバンと同じアヤメの刺繍が入れられていた。
「本当だ。あのカバンと同じマークがある・・・タキ兄・・・」
せっかく拾った換金できそうな物。
ましてや空腹の極限だった。
だが、タキ兄と呼ばれる少年は、お仕着せに視線を落とす。
「これやるよ、母親のなんだろ」
ぶっきらぼうに服をアイリに押し付ける。
少年は知っていた。
この辺で、服が捨てられている意味を・・・。
(こいつの母親、今頃きっと・・・)
苦い感情が押し寄せる。
それらに背を向けるように、自分を慕ってくれる幼い少年ヨルに行くぞと声をかけたのであった。




