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54.黒い扉は悪趣味です!

公爵とロイは、寝ているアイリを起こさない様に、そっと扉を閉めた。

予め用意していた平民の衣装を着崩し、マントを深めにかぶる。

一歩外に出れば、冷たい空気と共に、潮風の独特の匂いがする。


港町だけあり、宿場外は等間隔に置かれた街頭で明るく、賑わっていた。

外との温度差を表すように、呼び込みのために開かれた扉からは白い湯気が立ちのぼる。

表通りから一歩路地に入ると、気だるげな恰好をした娼婦たちが、今宵の相手にと手招きをする。


それらを振り払い、更に奥へと進む。


表通りの煌びやかさとは対照的な薄汚れた路地へと辿り着く。

浮浪者達が、寒さに身を縮ませて地べたへ座り込んでいた。

二人を見かけると、やせ細った両手を差し出してくる。

公爵はロイに視線を投げかける。

ロイは、その者の手に金貨を一つ握らせ「黒い扉」と告げる。


浮浪者は心得ているとばかり、よろめきながら立ち上がった。

路地裏の入り組んだ道を一刻ほど進むと、レンガ造りの建物に到着する。

店だと言うのに、窓の一つもなく、漆黒の闇を思わせるような、不気味な扉。


扉を開けると、以外にもカランコロンと鈴の音が鳴り響く。視界に映るのは、カウンターのみのこじんまりしたパブ。

客は誰もおらず、店主がこの通りに似合わない佇まいでにこやかに「いらっしゃいませ」出迎える。


公爵はカウンターの真ん中に座った。

「お客様、何になさいますか?」

「・・・黒酒を1杯」

そう告げると、カウンターに金貨の詰まった袋を乱暴にドサッと乗せる。


店主は手慣れた手つきで、袋を持ち上げる。

そして、扉に移動し鍵をかけた。


「今宵は何をご所望?」

店主は茶化すような口ぶりで、公爵に尋ねる。

「この領地にフォレスト国のパルプ公爵が来ている。奴の滞在先と抑えている渡航予定の船便を教えろ」

「あらあら~黒酒1杯では、割に会いませんね~」

「・・・」

公爵はロイに目線で合図し、2つ目の袋を渡させた。


店主は、袋を受け取る。

金貨の重みから大体の金額を予想し、満足いく金額だったのか、2つ目の袋を棚にしまい込んだ。

そして、懐から一枚の紙を取り出した。

まるで、はじめから公爵がやってくるのをわかっていたか、それを滑り込むように公爵の手元へ渡す。


「・・・相変わらず嫌なヤツだな」

「あら、最上級のおほめの言葉ね」


白い紙きれを受け取ると、さっと席を立つ。

「暫くここに居るのか?」

「ヒ・ミ・ツよ」


(相変わらず天邪鬼なやつだな・・・)

店主は、自由気ままに旅をして情報屋。

情報収集能力をかって、公爵は過去何度も利用していた。

彼は、情報収集能力に長け過ぎており、一箇所に留まると情報が集まりすぎて、集める面白さが半減すると昔から豪語し不定期で移動する。

同じ土地で2度会う事は稀だ。

さらに、厄介なことに一番知りたいことは、決して教えてくれないのだ。

どんなに金を積んだところで、教えてくれるのは解像度の低いヒントのみ。

一度何故そんな事をするのか尋ねたことがあった。

すると、彼いわく、情報という名のピースを必死で多人が繋ぎ合わせる作業を見るのが、楽しいとのこと。


全くもって悪趣味だ。


依頼者としては、そんなのどうでもいいから正確な情報だけをくれと思うが、それを言ったら最後、彼が依頼を受けなくなるのが目に見えてわかっていた。遠回しのヒントでも、無いよりはマシだと割り切って利用していた。

その上、神出鬼没で基本的に、居場所は不確定。

だが、今回は公爵が建国記念日パーティー出発前に、彼がマム伯爵領にいるという情報がもたらされていた。

だから会いに来たのだが・・・やつの事だから、恐らく事前に公爵がここに来ることを、見越していた可能性もあるなと、冷静に分析する。


次はいつ会えるのか、分からないが取り敢えず「またな」と挨拶をし、扉を出ていこうとした。


扉を開ける直前、店主が態とらしく言い放った。


「パルプ公爵の欲しがってた花、今掌中にあるらしいわよ~」


「・・・ありがとう」


一番欲しい情報を、店主はさらりと告げる。

これを引き出すために、前の2つの質問をあえてしていたため、欲しい情報を手に入れることができ、少しホッとする。


公爵は今度こそ、扉を閉めた。


欲しい情報は手に入れた二人は、そのまま夜の闇に溶け込み下見に向う。


パルプ公爵は、予想通りマム伯爵領の港街で一番良い宿に泊まっていた。

周辺を探してみるも、イリースの居場所はつかめないままだったため、一旦二人はアイリの寝ている宿屋へ戻ることにした。


宿屋につき、二人はアイリの様子を見に行く。

布団に寝そべるように大の字になって同等とベットを占領していた。

足元に落ちてしまった掛け布団をかけてやり、二人はアイリの部屋を後にした。


翌朝、アイリは自身の腹時計の合図で目を覚ました。

何時でも何処でも正確な時を告げる腹時計は、ある意味非常に優秀であった。

(精度半端ないっ)


そんな事を思っていると、ドシドシと重量感溢れる足音が扉の前を通り過ぎる音が聞こえた。

気になりドアを、少し開けると、案の定ロイだった。

身支度を終え、何処かへ向うようだった。


(昨夜私が寝ている間に、何があったんだ!)


自然と扉をガバっと開け、ロイに声を掛ける。

「おはようございます。何処行くんですか?」

「アイリちゃんおはよう!俺は今からパルプ公爵の宿泊してる宿屋へ向かうよ」

「えっ!見つかったんですが?」

「公爵はな・・・イリースの居場所がわからないから、公爵を尾行してくる。もう行かないと夜が明ける。詳しくは、公爵に聞いてくれ」


ロイはそう言うと、足速にその場を去っていった。

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