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52.ママを救いに向かいます!

執事が話し終えると、部屋は静まりかえり、時計の秒針だけが規則正しくチクタクと時を刻む。


執事は当時の様子をありのまま話した。

だが、本当にこれでよかったのだろうか?

把握している事実と号泣しながら奥方に謝っていたサラの姿が脳裏をよぎる。

幼いころから、彼女を見てきた。負けず嫌いだが、まっすぐな心根の優しい女の子。

その子が、公爵令嬢をさらうようなことをするのだろうか?

言い終わったものの、どこか後味の悪さを感じる。

そんな執事の思考を打ち破るかのように、ドアをノックする音が聞こえた。


公爵が入室を許可する。

やってきたのはポールだった。

公爵は労いの言葉をかけると、執事の隣に座るように指示する。

「いえいえ、私は作業着で汚れておりますのでここで立ったままで」

「構わないから、座り給え」


公爵の圧に負け、ポールは渋々座った。


「私に御用があるとのこと、何なりとお尋ねください」

「君にはお礼を言おうと思ってな。娘イリース・・・いや、ここではスイリか。スイリと孫娘アイリのために色々手助けをしてくれていたと聞いた。家も君がボランティアで建て替えをしてくれているそうだな。ありがとう」


そう言うと、公爵は不意に手を差し出した。

ポールは反射的にその手を握り返す。


「これは感謝の気持ちだ。受け取って欲しい」

執事の時と同じく、サラサラと大金を記載し小切手を渡す。

ポールは拒否するも、無理やり握らせる。

そしてもう用はないとばかりに、執事とポールを部屋から下がらせた。


二人の退出を確認し、そのまま窓辺へと移動する。

窓に手をかけ、押し開ける。

一気に冬の突き刺すような空気が部屋に入り込んでくる。

それとともに、大空を旋回していた一羽の白鷹が羽音を響かせ、さっと部屋の中に入り込んできた。

部屋をぐるりと一回り飛ぶと、公爵の肩の位置に停まった。

公爵は鷹の頭を撫で、足元に括り付けられていたた筒をとる。

中から現れたのは、息子ウィルからの手紙。


そこには、シーナ領からクローバー男爵領に向けて人を派遣させたこと。

会場内でウィルター・パルプ公爵にあったことが綴られていた。


(可能性としては、パルプ公爵か・・・・。やっかいだな。だが、腑に落ちないな。婚約解消も正式に行い。既定の損害賠償も支払った。なのになぜまだイリースに執着するのだ?奴の目的はなんだ・・・)


そこへ、今度は軽めのノック音が聞こえてきた。

(アイリが起きたのか)


公爵は部屋に入ってくるように伝えた。


アイリはオズオズとドアを開ける。

先ほど食べながら寝てしまうという失礼極まりない失態を犯してしまい、恥ずかしさにかられる。

けれども、恥ずかしがっていても始まらないと気持ちを切り替え、公爵のいる場所までやってきた。

そしてベットまで運んでもらったお礼を伝え頭を下げた。

その際、テーブルの上に広げられていた手紙がチラリと視界に入る。

小さい文字だがくっきりと見えた。

だが内容はさっぱりわからない・・・。

この世界の文字を習得していないため、前世で言うと外国語そのもの。

もう一度火事場の馬鹿力で見れるようになれないかと見てみるも、やはり言語の習得はそんなものではどうにもならなかった。


状況把握するには、目の前の公爵に聞くしかない。

しかし、普通はなんだかんだ言って幼児に知りえた情報をすべて教えることなどしないだろう・・・

だけど、母を救うにはアイリの協力が必要だと言い切った公爵を信じることにした。


「おじいちゃん、私に知りえたすべての情報を教えてください」

公爵は元よりそのつもりだと「ああ」と一言返事をした。


こうして、アイリはサラの状況からウィルから来た情報まですべての情報を公爵から聞くことになった。


公爵はこの情報からアイリがどう推理するかは重要視していなかった。

所詮は幼児だ。難しいことはわかるはずがない。

ただ、一緒にイリースを探すという当事者意識を持たせようという心づもりで伝えた。


けれど、アイリはすべての情報を聞き終えてから、公爵と同じ結論を導き出していた。


「パルプ公爵が犯人の可能性が高いですね。そして、協力者としてサラさん、あとあの怪しい乳母ってところだと思います」

「・・・なぜそう思う・・・」

「それしか点と点がつながらないからです。サラさんの話で出てきた新聞に掲載された似顔絵のくだりで、その乳母がリークしたのではないかなと。だって、深窓の公爵令嬢で社交デビューしてもお茶会も開いたことがないとママが言ってました。とすると・・・限られたものしか顔を知らないはず。そして、その間よく母の顔を知っている人とすれば、乳母ではないかと思います。このタイミングで不意に現れた事、それに、私乳母と会った時に違和感を感じたんです。格好はボロボロなのに、ちらりと見えた手が綺麗だったんですよ。ママや私よりずっと」


そう言うとアイリは自身の手を見た。

野草の収穫、家の修繕で、手は傷だらけな上にいくつもの固い豆だらけ。

だけれど、これはアイリにとって楽しい思い出。

生きてきた証だった。

ギュッと固く握りしめる。


「フォレス国へ、取り戻しにいきましょう私たちの大事な人を」

「ああ」


(この子は一体何者だ!?)

公爵はこのアイリの推理に内心舌を巻いていた。

5歳児がこんなに理路整然と情報を整理し推測するとは、本当に思いもよらなかった。

正直、アイリを過酷な探索に連れて行くか少し迷っていた。

だが、この天賦の才能を目の当たりにし、公爵は連れて行くことを決意したのだった。


こうして二人はフォレスト国へ乗り込むことにした。


その前にと公爵は、自身が連れてきた厳ついクマの様な体格のロイ・コナラをアイリに紹介した。

非公式の場という事もあり、ロイは気さくに話しかけていた。


「おお、こりゃイリース嬢にそっくりだな、俺の事はロイと呼んでくれ」

大きな手がアイリの頭にポンと置かれた。

「大丈夫だ、俺はこれでも優秀な騎士なんだぜ。頭脳はあいつに負けるけどな~」

自信満々で自分の事を紹介する。

アイリはロイの目を正面から見つめて頼りにしていると一言告げた。


二人を引き合わせ終えると、各自体を休めておくように告げた。

そして、公爵は早々に執事を呼び出し慌ただしく旅支度に関する指示を出し始めた。


『出発は夜明けだ』

そう告げられたのは、夕食をとっている時だった。

とうに覚悟できているはずなのに、緊張でわずかに持っているグラスの水が揺れる。

「わかりました」と告げ、アイリは静かな夕食を終え与えられた客室へ戻った。


客室にはいつのまにかアイリの隠密用の服が用意されていた。

恐らく、男爵家の縫い師たちが急ピッチで仕上げたのだろう・・・・。

その傍らには、パンパンに膨れた小さなバックがあった。

中を見ると詰められていたのは着替えと携帯食料。

それらにはアヤメの花の刺繍が入れられていた。


「お守りだ・・・」


縫い師達はアイリの名前の由来を知っていた。

アイリスの花の咲く時期に、産まれた子だからアイリと名付けたとスイリから聞いていた。

そしてこの国には、女の子は花の名前からとることが多く、お守りとして名前の由来となった刺繍を入れることがあった。

縫い師達は、はじめ執事から大まかな事情を聴いた際、同僚のスイリが公爵令嬢だったことに驚いた。

だが、それ以上に彼女のことが心配だった。

そして母親を探しに行くというアイリも心配になった。

だから、お守りとして時間の無い中アヤメ刺繍を施したのだった。


アヤメの花言葉は・・・『希望』

縫い師達は一針一針、スイリの無事とアイリの武運をこの刺繍に託したのだった。


アイリはしっかり縫い師たちの気持ちに打たれた。

母の身分を知っても、それでも尚且つ心配してくれる優しい人々。


(絶対連れて帰ります)

誰もいないが、服に一礼をする。

そうして、ベットにもぐりこんだ。


空がまだ暗いうちにアイリは自然と目が覚めた。

アイリは用意された隠密用の茶色の服に着替える。

温かく、動きやすい。

皮手袋を嵌め、厚手のマントを羽織る。


最後に、首にかけていた母から貰った指輪を引張り出す。

その輪郭を指でなぞり、握りしめる。

無機質な指輪なはずなのだが、なんだか少し心が落ちつく。

そして、部屋の扉を開けた。

いつから待っていたかしらないが、壁に寄り掛かった体制で公爵がいた。


「いくぞ」

「はい!」


こうして、アイリ達一同はイリース救出に向けて出発したのであった。

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