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51.人心掌握はお手の物です!

公爵が部屋の前まで到着すると、執事はさっとドアを開けた。

そして執事もするりと中へと入る。

応接セットの中央にドカッとソファーに腰を下ろしたタイミングで、執事はささっと紅茶を用意し始めた。

一客分の用意をしていると公爵から声がかかった。


「君の分も入れたまえ」

「滅相もございません」

「二度は言わない」

「か・・・かしこまりました」

(こ・・・これは、明らかに話が長くなるぞの予告・・・)


嫌な予感しかしないが、この部屋に入った時から覚悟をきめた。

もう煮るなり焼くなりしてくださいの勢いで、執事は自身の分の紅茶も携え、応接セットの机上に二客分の紅茶を置いた。


「座りたまえ」

「畏まりました。失礼いたします」


ささっと目の前のソファーに座り、一体何を聞かれるのだろうと身構える。

開口一番公爵が口にした言葉は、スイリの待遇への批判の言葉でもなんでもなかった。

ただ一言迷惑をかけたなと執事に伝えたのであった。


予想外の言葉に、執事はフル回転で頭を使うが、公爵が一体何に対してやんわり謝罪をしているのか

見当がつかなかった。

貴族の頂点とも呼ばれる人の謝罪に意味がない物はないだろう。

だが、分からないものは、わからない。

そんな心の声を伝えるわけには行かないため、とりあえず『滅相もございません』と無難に変身をする。

それを聞いた公爵は、懐から白紙の小切手を取り出し、さらさらと数字を書き入れていく。

それを執事に差し出した。

(いや、だからなんの賠償金なんですかー!!)

「こ・・・これは、受取れません」

「そのようなわけにはいかない、我が子のせいだからな」

「いやいや、それでも」


かみ合わない押し問答を繰り返す。

「残された家族がいるのではないか?」

(誰のことですか・・・・)

「君はその者を見捨てるつもりか」

(いや、何のお話なのか、私にはさっぱりわかりかねるのです)

「決してそんなわけでは・・・」

「では、これは受け取り給え。命令だ」


こうして執事は公爵に、何の賠償かわからない小切手を渡されたのだった。

戸惑いつつも、一旦執事は懐へしまう。

その様子をジッと見つめていた公爵は、執事の戸惑いを何となく察した。

「今回亡くなられた召使の方の残された家族が、つつがなく暮らせるように采配を頼んだぞ」


そう伝えると、目の前の公爵は優雅な手つきでソーサーを持ち上げ紅茶を一口飲んだ。

漸く小切手の理由がわかり、執事は胸をなでおろす。

(それにしても・・・・亡くなった召使の事まで気を配ってくださるとは・・・。しかもこの金額、男爵家の一年の予算を優に超えるものです。やはり、公爵家は心意気も格も男爵家とは大違いですな・・・)

自身も平民出身の執事は、この公爵の行動に感銘していた。

公爵も男爵と同様、平民の命など軽くみてると思っていた。

だが、謝罪されただけでも驚きだが、賠償金も支払うとは、その行動に面食らう。

その動揺を落ち着かせるために、執事もソーサーをとり紅茶を飲んだ。

ダージリンの華やかで高貴な香りが、自身の緊張を落ち着かせていく。


紅茶の湯気が立ち上る。

目線の先には、本物の貴族がいた。

『ノブレスオブリージュ』これを体現している方がこの世にいるとは・・・・。


こうして執事はあっという間に、公爵に魅了されたのであった。


公爵はめまぐるしく変わる執事の様子をつぶさに観察していた。

こうなることはわかっていたため、咳ばらいをして一旦執事を現実世界へと呼び戻す。

アイリの会話で気になる点があるため、いくつか質問をしたい旨を告げたのだった。

執事はなんでも答えますと返答した。


公爵が一番最初に確認したい事項は、アイリについてだった。

アイリはスイリこと、イリースの娘なのか。

外見からしてそうだと核心はしているが、娘に会いたい一心で自身の目が錯覚を起こしている可能性もあったため、念のため確認を行う。

間違いなくイリースの子だと執事は断言した。

だが、相手は男爵の可能性が高いが、別にもう一人直前まで付き合っていた彼氏がおり、その人の可能性の捨てきれないのだとメイド長から伝え聞いていることも伝える。

このことを知っているのは、男爵夫人とメイド長と自身のみとのことだった。


そのあとは、アイリの話にでてきた建師ポールという人物の事を聞く。

するとポールは、9年前から働き始めたものだった。

ふらっとどこかからやってきて、いきなり雇ってほしいと申し出てきたのだった。

聞くと建築に精通しており、前に居たところでも建物を作っていたとのことだった。

人手不足という事もあり、即日採用してその日から働きはじめた。

仕事ぶりは真面目で誠実。

(ちょうど、イリースが働き始める3年前か・・・)

その人物に会うことができるか問うと、執事は呼び鈴を鳴らしメイドに呼びに行かせた。


そのあとに、菜師サラの事を尋ねた。

サラはこの領地の出身だった。早くに両親を亡くし、男爵家で菜師として働いていた祖父と一緒に暮らしていた。それからここでお手伝いから初めて、祖父亡き後に正式に働き始めたとのことだった。

だが、最近突如行方をくらませたとのことだった。

「では、その者はここを去る前に一度も領地から出たことがないという事か?」

公爵が質問すると、執事は言いにくそうに思い口を開いた。


サラは一度この領地を離れたことがあった。

向かった先は、フォレス国の植物研究所。

この研究所は、優秀ならばどの国の平民でも貴族でも植物の事を学ばせてもらえて、かつ平民の場合は学費から衣食住すべて免除になるという画期的なシステムを持った場所だった。

サラは幼い頃、男爵家に来ていた男爵令嬢の家庭教師と仲良くなり、その情報を教えてもらっていた。

その話を聞いて以降、独学で勉強をはじめた。

現男爵の奥方が嫁入りしてきて暫くたった際に、サラの噂を聞き男爵家の書籍や家庭教師にも少し勉強を見てもらえるように取り計らいサラの支援をおこなった。


こうして、サラが18歳になる頃、満を持してフォレスト国へ試験のために向かった。


だが、サラを待ち受けていたのは絶望だった。


サラは順調にフォレスト国へ到着し、次の日さっそく試験を受けにいく。

勉強してきたかいもあり、張り出された試験結果はトップクラス。

後は3日後の最終面接だけという時に、事件は起きる。


ウィルター・パルプ公爵の婚約者、メール国公爵令嬢が失踪。


センセーショナルな話題は、あっという間にパルプ国に広まった。

人々は、結婚が嫌になった令嬢が別の男性と駆け落ちしたのだろうと邪推し、この格好の話題に、新聞社も便乗した。

《メール国の裏切り》と記載された新聞が連日速報で飛び交う。

出所不明のイーリスの肖像画と特徴が事細かく記載された内容が、いたるところで散見されるようになった。


焦ったのはメール国の受験者たち。

サラ以外の貴族は、情勢をさとり試験会場へ行く前にそのまま帰国した。

サラだけはどうしても研究所へ入所したく、一塁の望みをかけ面接会場に赴く。


だが、研究所の所長はウィルター・パルプ公爵であり、その面目がつぶされたのだ。

当然メール国の受験者は、面接試験など通るはずもなく、会場に足を踏み入れる前に門前払いをされたのだった。


研究所入所を目指して研鑽してきた6年。

それが、世間知らずの貴族の義務を果たさない我がままな令嬢のせいでつぶれた。

働かないで優雅な暮らしをしているくせに、そのくせ庶民の夢まで平気でつぶすなんて・・・

許さない!

サラは失意と怒りをもって、男爵領へと帰ってきた。


その手にはクシャクシャに握りしめられた新聞を持って・・・。

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