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50.胃薬が欲しいです!

空っぽになったお皿を背に、アイリは早速公爵と部屋にあるソファーへと移動する。

そこは日当たりが良く、燦々と朝の柔らかな日差しが降り注いでいた。

アイリがフカフカのソファーへよじ登っている時に、部屋の外からノック音が聞こえた。

公爵は足音で誰が来たのか察していたようで、すぐ部屋に入るように命じる。


髭面の厳つい屈強な体格の男性が入ってきた。

衣服は汚れており、夜通し駆け回っていたのは見て取れる有り様であった。

彼は公爵の前まで来ると、片膝をつき謝罪の言葉を述べる。

公爵は彼が扉をノックする前から、こうなることを予想していたのか、動じることなく淡々と報告を聞いていった。


アイリ達の家の周辺を隈なく探したが、イリースの手がかりになるようなものはなかった。

そのため、町まで降りて城門にいた兵士にも聞き取りを行った。

だが、怪しい馬車や集団なども通ってないとのことだった。


要するに何も手掛かりがないという状態であった。


公爵は報告を聞き終わるとねぎらいの言葉をかけ、一旦休むように命じ下がらせた。


そして、ベルをチリリンと鳴らした。

屋敷の使用人に紙とペンをもって越させた。

「やはり、アイリの協力が必要不可欠だ」

そう言うと、正面から手を伸ばし頭をポンポンと撫でた。

アイリが首を傾げる。

公爵は真剣な目で、アイリ達のこれまでの生活ぶりを覚えている限り話してほしいと言ってきたのだった。


アイリは、それに応えようと転生直後の事を必死に思い出し話し始めた。


自身の治療費のために、母が殆どの家財を売り払い、薬代を工面し自身が健康になった。

だが、その代償で暫く一日一食生活でくらしていた。

ただ、自身が健康になったため、母も再度働き始め、またアイリも花師の手伝いをして食材を貰い、安定的に食料を確保できるようになった。

今年の夏、男爵が急に家の修繕材料費を出してくれることになり、作業は建師のポールさんが、休日に無償でやってくれている。

調味料系の植物が、山に生えていて、それを菜師のサラに教えてもらい確保しはじめたが、サラは何故かゼラチンの実の事を知っていて、母が非常に警戒していた。

5日前、突如母の乳母を名乗る人が、身ずぼらしい格好でこの街に母を探してやってきていたことを

マシンガントークの様に詳細を話した。


話を聞きながら、公爵は時折眉間にシワを寄せた。


最後までアイリの話を聞き終わる頃には、時刻は昼を回っていた。

休憩がてら、昼食をとることになった。


雑談しつつも、公爵はさり気なく気になった点を質問していく。

アイリはモグモグしつつも答えていった。

そうこうしているうちに、昨日からの急展開に加え、話し疲れた事もあり、うつらうつらと船をかき始めた。

そして、ついにテーブルに頭をぶつける前に、公爵はアイリの側にさっと近寄り、そっとアイリを抱きかかえた。

アイリは既に夢の中。

スヤスヤと寝息を立てている孫娘をベットへ運ぶ。

上掛けをかけてやり、そのまま部屋を後にした。


公爵が部屋を出ると、扉の外に執事が待機していた。

「部屋に戻る、君にも聞きたいことがある」

そう一言告げると、公爵はスタスタと自分に用意された部屋へ向い歩き出す。

執事は重い足取りで公爵に付き従っていく。


(旦那様達には昨日早馬を飛ばしましたが、急いで帰ってきていただいてもあと1日か2日かかってしまいます。私が頑張って公爵様のお世話をしなければ!)


執事は気合を入れようとする。

だが、一歩足を踏み出すごとに思い返すのはスイリへの仕打ち。

今まで見て見ぬふりをしていたが・・・男爵があたえている待遇を思い出すごとに白髪が増えていく気がした。


スイリはどこか浮世離れしていると感じたのは、最初からだった。

執事としては、所作や教養から恐らくどこかの没落貴族の一因だろうと思っていた。

人の好意や金銭に疎い感じが察せられた。

男爵もその辺を感じ取ったらしい、それに漬け込んで愛人ポジションだが、スイリ達に与えたのはボロボロの住まいだった。

一般的な愛人なら、この点で待遇改善を交渉してくるものだが、それが一切なかった。

更に、男爵との子、アイリにいたっては教育を一切受けさせなかった。

スイリが自身になびかないのが気に食わないのか、アイリが病気になった際も見捨てようとした。

執事もさすがに程度が超えていると思い、その時は、男爵が与える気にならなかった食料を配給するように苦言したものだった。

そして、男爵夫人がスイリにつけていた予算を男爵は、こっそり横領していたのも知っていた。

男爵は執事に、つけられた予算を外に作った愛人に回すように命じていた。

これも、執事は反対した。

だが、外にいる愛人がこれまた強かな人だった。

男爵がだめなら、夫人と交渉すると平民ながら屋敷に乗り込もうとしてきたのであった。

男爵は、家の安寧のためには仕方ないんだと執事を説伏せ、スイリの予算を使い込みしていた。


(甲斐ないのに、次から次へ外へ手を出されるからこんなことになるんです・・・はぁ)


こうして、長年無事にバレずにいた。

だが、近年スイリの刺繍のお陰で地域の社交界の地位を確立できたと喜ぶ夫人から、執事の元に過去に男爵の件でひと悶着あったけれど、直接スイリの家へお礼に行きたいとの相談があった。

それを聞いた執事が、慌てて男爵に報告。


浅知恵だけは働く男爵は、すぐさま夫人にスイリの家は今ちょうど改装中のため、来年くらい尋ねたほうがいいと説明した。

こうして一旦は、難を逃れた訳であったが・・・・そこで、ケチり過ぎたのが運の尽き。

人件費の予算をケチったがために、現段階でも家は完成していなかった。

全てポールの無償提供による作業のため、進みは休日のみとなるため、工期から数か月たった冬場の現在も終わっていなかった。


(いつもの胃薬がほしい・・・)


既に胃痛を感じ始めた執事であった。

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