5.そんな予知夢はいりません!
―人は誰しも得手不得手がある―
そんなことは、前世でに学習済み。
あれは中学二年の家庭科のエプロン制作の事だった。
一人一台与えられた、ミシン。
電源のスイッチを押し、布に針が刺さる度にミシン針がボキボキ折れていった。黒板に書かれた手順書通りにやっているのだが、不思議な事に、私のミシン針だけが軟弱すぎて折れていく。
見かねた先生がちょうどいい感じに針と糸の強さを調節してくれたのにもかかわらず、折れる針。
先生も首を傾げたまま、最後は、手縫いに変えましょうとミシンを奪われたのは、遠い日の夏・・・。
なんだか懐かしい夢をみた朝だった。
今日こそ脱カピパンと思い、アイリは気分良く起き上がった。
部屋はいつもより少し暖かく、朝から調理場に火が灯ったことを知らせてくれていた。
鍋からは湯気がモクモクとでている。
あたりに立ち込める香ばしい匂い。
小鳥のさえずりも聞こえ、壁の隙間越しに、鮮やかな新緑も見える。
何気ない朝の風景にも、ただ感激する。
スイリはメイド。
しかも男爵家のメイドだ。
メイドといえば家庭的なこと全般ができて、もちろん調理のお手の物のはず。
もう一回繰り返すが、更にお貴族様お抱えのメイドであれば、おのずと能力は高いはず!
食材はじゃがいもと、玉ねぎだけとはいえ、私達の家では豪華な食材だ。
それがいよいよ食べられる。
そう思うと、期待に腹が鳴りはじめる。
スイリは既に身支度を終え、調理場付近にいた。
後ろ姿しか見えないが、なんとなく元気が無いような気がしたが、その考えを振り払う。
だって、今日は新たな食材でカピパン以外にも朝から食べれるものがある。
それに、スイリだって昨日喜んでくれてたから、きっとお腹が空いているだけなのだろうと勝手に想像した。
アイリは顔を洗う為、ベットから立ち上る。
すると、たまたまテーブルが視界に入った。
謎の黒い物体が3つとお馴染みのカピパンと水。
ん?
あの物体って、何だろう。
なんだか、嫌な予感がしはじめた。
「ママ、おはよう!机の黒い物体ってなに?」
「・・・なにかしらね」
「・・・もしかして、じゃがいもと玉ねぎなんてね」
「・・・・」
スイリは泣きそうな顔をしながら、アイリをチラチラ見る。
アイリは、じゃがいもと玉ねぎではないことを祈りつつ、恐る恐るテーブルの上の黒い物体に近づいた。
じっくり見てみると、形状からしてじゃがいもと玉ねぎだ。
黒焦げにも関わらず、独特のフォルムは維持していた。
こんだけ形状維持されてるのだから、もしかして、外側だけ黒く中は食べれるかもしれないと希望を抱いて手に取ってみる。
軽かった・・・それも異様に・・・。
この軽さは、靴の脱臭をする際に購入したことのある、炭と同じくらいだ。
昨日受け取った、じゃがいもらしい、玉ねぎらしいどっしりと構えた重さは皆無だった。
重さで食べれる、食べれないの判断できるようになる日が来るとは思わなかったなと、アイリが現実逃避する。
その傍ら、スイリが目じりに涙をキープしてきた状態でアイリをみて来た。
(まさかの泣き落とし・・・)
アイリは、泣き落としされそうになりつつ、必死に頭を振り払う。
必死で手に入れた食材。
あの苦労を思い返すと、アイリの方が泣きたい。
それにしても、どうやったら、あんなに炭にまでできるのか不思議でしょうがない。
調理場をみると、鍋がドンと置いてあるだけ。
もはやスイリにある種の才能を感じる。
そんな中、スイリがボソリと話し始めた。
「ほら・・・人間一つや二つや三つや四つ、苦手な物ってあるじゃない?私はそれが、たまたま料理だったってことよ!今までも家で調理せず、お屋敷からもらってきてたじゃない?今後もそれでいいじゃない」
「・・・・苦手なこと多くない?」
「アイリちゃん、怒ると可愛いお顔が台無しよ!大丈夫、今日はカピパンもあるし、残飯もまたもらってくるから」
「・・・・」
「アイリちゃ・・・」
「はぁ、もういいよ」
結局アイリは泣き落としされてしまった。
昨日節々に感じた違和感は、これだった。
今朝の夢も、浮かれすぎている私に神様が見せてくれた予知夢だったのか・・・。
そんなことを思いながら、今日も朝からカピパンをゲジゲジと咀嚼する。
炭化したじゃがいもとたまねぎは、我が家初のインテリアとして活用する事になった。
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朝ごはんを食べ終わると、スイリは急ぎ足で家をでていった。
アイリも精神的ショックを引きずりつつ、身支度を整えてトムじいのもとへ向かう。
朝の森はひんやりとしていて、清々しい。
森林浴で疲れた心が癒されていくような気がした。
それに、トムじいの手伝いをすれば、今日も食糧がもらえる。
お昼ご飯も出してもらえるかもしれないと思うと、アイリはなんだか心も軽くなった。
考える事は、昨日貰ったサンドウィッチ。
今日も貰えるかなと期待しながら歩いていると、あっという間にトムじいの小屋へ到着した。
トントンとノックをし、来訪を告げる。
「アイリちゃん、待っとったぞ!ほら、行くぞ」
トムじいはドアをバタンと開け放ち、アイリに軍手とバケツを押し付けさっさと歩きだす。
姿を見失わないように、アイリが小走りでついてくと、立派な花壇と奥まったほうにレンガ造りのお屋敷が見えてきた。
中世ヨーロッパのような建物。
ここが異世界だという事を、改めて思い知らされる。
これが、あのクローバー男爵のお屋敷。
私達母娘にはぼろ小屋を与え、本人はあんなに立派な屋敷住まいとは、本当にろくでもない性格だなと更に嫌悪感が増す。
そんな思考を断ち切るように、トムじいの急かす声が聞こえた。
アイリは意識を切り替え、トムじいの下へ駆け寄った。
「アイリちゃん、今から植え替えをおこなうから、あの赤い実がついているやつを引っこ抜いてくるんじゃ」
トムじいが言った先には、赤赤とした丸いフォルムをしたトマトがあった。
美味しそうに鈴なりになっていた。
アイリは思わず喉がごくりとなる。
だが、これは男爵のお庭で生っているトマト。
この間みたいな、無管理のお花畑ではなく、明らかに整えられた場所に植えてある。
これから行う収穫は、男爵達本家の人が食べる用と思うと悔しさが立ち込めてきた。
トマトは前世から大好物だった。
アイリは、ガッカリしつつ手を動かさなきゃとトマトの茎に手を伸ばす。
ちょっとザラザラした茎は、ガッシリと太く、生っているトマトも完璧なフォルムに美しい色艶をしている。
このトマトを作ったトムじいの実力の一端を垣間見た気がしたアイリは、トムじいへの尊敬度が少し上がった。




