48.前世の記憶はちょっと辛いです!※シリアス
静寂を打ち破るように、公爵は羽織っていたマントをバサッと外した。
そして、片膝をついて幼女の身体に巻き付ける。
少し触れた頬は冷たく、身体は硬直していた。
それを感じた公爵は、ゆっくりと低い声で話しかけた。
「怪我は無いか?もう大丈夫だ。私は、ハリー・シーナ。お前の祖父だ」
そうして、アイリの背中をトントンと軽く叩いた。
糸の切れた人形のように、ぎこちなくアイリは公爵を見つめる。
「おじいちゃん?」
「・・・そうだ。イーリスから知らせを受け助けに来た」
「ママは?ママはどこ?!」
「・・・わからない」
「何で?ママから連絡を受けて来たってっ・・・」
「すまない」
「帰ってきたら、部屋がぐちゃぐちゃで、ママがいなかったの。ママの一番暖かい服を私に貸してくれたから、ママ外に出ると寒くて死んじゃうよ!ママを探しに行くの!」
「もう外は暗い。私の部下に周辺を探させてる。」
「私も探すの!!」
「絶対に捜し出してみせる。だから大丈夫だ。」
「でも・・・でも・・・」
そう言うと、アイリは本当の5歳児のように顔をぐちゃぐちゃにしながら泣き叫び始めた。
「ママ!!ママ!!」
アイリは、不安だった。
前世で小説の中で読んだことのある無償の愛を、今の世では確かに受け取っていた。
それを授けてくれた母が、不自然な形で、忽然と消えてしまったのだ。
脳裏を過るのは、最悪の事態。
それだけは嫌だと、身体が勝手に震え、目からは止め処無く涙が溢れる。
恐怖に囚われてしまったアイリは壊れたロボットのように、ただ「ママ、ママ」と繰り返し叫び続けるのであった。
その姿をいたましげに見る公爵。
アイリを引き寄せるとぎゅっと抱きしめ、そのまま抱き上げる。
どれくらいそうしていたかわからないが、気付けばアイリは公爵の腕の中でそのまま寝ていたのであった。
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アイリは前世の夢を見ていた。
夢というより、前世の記憶。
転生前、アイリは17歳の普通の女子高校生。
名前は森村 愛花。
家族構成は、両親と3歳離れた兄一人。
兄はとても優秀だった。
スポーツをすれば、いつも一番。
模試を受けると全国1位。
とにかく、何をやらせても卒なくこなせるタイプだった。
大学も当たり前のように旧帝大に進学。
家をでて現在は一人暮らしをしていた。
かたや愛花は、凡人だった。
所謂、普通に属する人間。
だが、両親の基準は、兄だった。
兄と同じ自分達の遺伝を引き継ぐのだから、娘もそれ位できて当たり前という態度で接してきた。
愛花もその期待に応えようと、必死で努力した。
中学校までは、勉強も、スポーツも猛練習して、ようやくクラスで1番というポジションをとっていた。
勿論、高校は県内一の進学校しか考えられなかった。
家族の中では当たり前と思われていた『合格』も、愛花の中では受かるかどうか不安だった。
合格発表の日に、祈りながら掲示板を見上げ『合格』の文字を見た時にはホッとしたものだった。
だが、入ってからが大変だった・・・。
卒業したあの優秀な兄の妹という事で、学校の先生達からは過大な期待をされていた。
それに加え、中学とは違い難易度の高い授業に、頭のいいクレスメート達。
それらについていくのに精いっぱいだった。
努力しても、成績は漸く平均点に届くか届かないか位。
先生達からの視線は、入学後すぐ失望の眼差しに変わった。
母は、そんな愛花に対して、勉強をサボっていると決めつけた。
いくら、やっていると言っても、信じてくれなかった。
日を追うごとに、叱責は苛烈を極める。
愛花は、それでも母の期待に答えようと、遊びに行かず、毎日机に向かう。
だが、無理に無理を重ねる生活は、愛花をますます追い詰めていった。
そんな感じで一年が過ぎる頃、何時もは夜遅く帰ってくる父がふらっと夕方、愛花の部屋にやってきた。
脳裏をよぎるのは、先日受けた中間テストの成績。
(成績の事でお母さんみたいに怒られるのかなぁ・・・)
愛花は俯き身構えた。
すると父は口を開いた。
「他の学校に転校してもいいんだよ。もう精一杯頑張ってきたのはわかってるから」と肩にポンと手を置いた。
愛花は驚いて、父を見る。
「もっと早く声を掛ければよかったな。お兄ちゃんと比べて悪かった。お父さんはな、愛花に昔の様に笑っていて欲しい。成績も大切だが、高校生活を楽しく過ごしてほしい」
(お父さん!!)
愛花は嗚咽を押し殺して、その手を取ろうとした。
その時、バンと扉が開いた。
凄い形相の母が怒鳴り込んできた。
「貴方!何度も言ってますが、これはこの子のためなんです。ここで踏ん張らないとどこへ行っても逃げるだけです!」
「愛花がもう限界なのは、一番近くでみている貴女がわかっているだろう!この子のためなんていって、本当は自分のエゴのためだろう!」
「なんですって!全てこの子のためです。私だけに育児を押し付けてきたくせに今更口出ししないで頂戴」
「・・・」
「お兄ちゃんが、あんなに優秀にそだったのは私のお蔭です。愛花もきっとそう。今はちょっと調子がでないだけです」
そこで、母はこちらを向いた。
「そうでしょ、愛花、あなたまだ頑張れるわよね。次は一番を取りましょうね」
狂気が宿る笑顔だった。
それに、愛花はただただ頷くしかなかった。
その日を境に、明らかに家の雰囲気が変わった。
母と父の仲は、日に日に険悪になり、家の中は常にどんよりとした空気に覆われていた。
それに嫌気がさしたのか、父は段々深夜に帰るようになった。
母は、父が深夜帰りするようになってから、更に成績に固執するようになった。
中学校の頃は、試験の成績が良ければ、ダイニングテーブルで母と一緒に食事を摂ることができた。
悪ければ、一人ご飯だった。
高校生になると、成績が落ちると出される食事の内容に影響してきた。
平均点以下の時は、高カロリーのお菓子がポンと机の上夕食として投げられた。
平均点の時も、勉強しながら食べることを条件で、自室の学習机の上で食事していた。
平均以上の時だけ、ダイニングテーブルで母と同じ食事をとることを許された。
毎日の勉強時間の報告を義務付けられ、母の基準に満たないと怒られる。
そんな日々だった。
もう、父と逃げたかった。
でも、母を捨てられなかった。
そうこうしている内に、高校で三者面談が行われることになった。
当然のことながら、母が面談にきた。
担任が愛花の学校生活の様子等を話した後、進路の件に話が及んだ。
娘さんの今の成績なら、このあたりの偏差値の大学を狙ってみてはと担任が言及する。
愛花はチラリと母を見ると、母は、外見上にこやかに聞いていたが、目が笑ってなかった。
「先生、この子は兄と同じところへ行きたいと思っています」
「・・・お母様、お気持ちはわかりますが、現在の成績ではちょっと厳しいかと思います」
「大丈夫です、ここ一本でいきます。できるわよね。愛花」
「・・・はい」
「ほら、本人もこう言っておりますし、この子の進路は兄と同じ大学にします。それでは、失礼いたします」
担任が呼び止めようとするも、それを振り払い席を立つ母。
愛花はペコリと一礼すると、足早に去る母を追いかけていった。
「待って、お母さん」
信号で漸く母に追い付く。
母はイライラしているのか「本当、失礼よねあの先生!愛花ちゃんは、お兄ちゃんと同じ大学に行くのは当たり前の事なのに!」
愛花はいつものように遠くをぼんやり眺めた。
それは突然起こった。
車が突如猛スピードでこちらに突っ込んできた。
全てがスローモーションのように見えた。
その瞬間、愛花はとっさに母を突き飛ばす。
鈍い音共に、地面に倒れる。
あぁ、久しぶりに空を見上げたな、空がこんなに青かった事を忘れてた。
急に雨が降ってきた。
とめどなく顔に降り注いでいく。
ちょっとしょっぱい。
誰か何か言っている。
聞こえないけど、きっと母なんだろうな。
抱きしめられたのっていつぶりかなぁ。
あったかい。
なんだか昔みたい。
そうそう、忘れてたけど、お母さんが時折買ってきてたハードパン美味しかったな。
カチカチのパンを、侍見たくスパッと切ってく姿に、よく拍手してたっけ。
それをトースターでカリっと焼き上げる。
熱々のうちにたっぷりのバターを乗せて、茶葉から煮出した甘いミルクティとお喋りを共に食べる。
『お父さんには内緒よ』と言って、ウィンクのつもりの両目ウィンク。
あぁ、懐かしい。
あぁ、あの頃に戻りたいな。
そんなことを思いながら愛花は目を閉じたのであった。
アイリはぼんやりと目を覚ました。
視界は涙でぼやけていた。
蘇ったのは、あの悪夢のような前世の記憶。
それを今まで忘れていられてのは、間違いなく今の母のお陰だった。
そして、その母は行方不明。
アイリは、不安にかられ無意識に自身の身体を抱きこもうとした。
しかし、寝具のフカフカ具合に手が取られてしまい、ボフッと音を立てて、ベットの中に沈み込んでしまった。
慣れない感覚にワタワタしていると、大きい手が不意にアイリの脇の下をひょいと掴みかみ、布団の海からすぐに出してくれたのだった。
見上げると、昨日見た公爵が無表情でいたのであった。




