46.男爵領で事件発生です!
父親と別れたウィルは、再度陛下の元に説明に向かった。
だが広間ではすでに他国への謁見が始まっていた。
それが終わるまで、会場の片隅で待っていた。
すると会場内で非常に良く見慣れた人物がいた。
フォレス国のウィルター・パルプ公爵だった。
パルプ公爵はパーティ嫌いで有名だった。
フォレス国において、このようなパーティではよほどのことが無い限り、自身の留学中も見かけることはなかった。
ましてや他国のパーティに出席とは、まさに天変地異の出来ごどたった。
陛下もそう思っているのか、特別な日に来てくれたことに感謝の辞を述べていた。
違和感を感じつつ、ウィルがその場を眺めていると、ふっとパルプ公爵と目が合う。
そのまま逸らすのも失礼に当たるため、軽く会釈をした。
妹との婚約破棄以降、ウィルは早々に留学先から引き揚げ自国へ戻ってきた。
それは研究所のトップパルプ公爵の面子をつぶしたことにより、帰国せざるを得なかったことと自国の父から返ってくるよう指示があったからに他ならなかった。
パルプ公爵とは研究所であまり顔を合わせることはなかったが、妹との婚約が決まったあたりからちょくちょく先方から接触してきたのであった。
当時若かった自身は、妹とパルプ公爵への婚約にやはり納得できず、かといって態度にすることは公爵家としてはふさわしくなかったため、なるべく合わないように避けて生活していた。
その公爵が、陛下との挨拶を終わらせ、にこやかな顔つきでこちらへ歩いてきた。
「久しぶりだね」
「ご無沙汰しております」
「今回の帰国のパーティー豪華絢爛だね。私も凄く楽しみにしてたんだよ」
「ありがとうございます」
そこで公爵は唐突もなく話を変える。
「そうそう、私が探していた花が数年ぶりに見つかったんだよ」
「公爵がお探しとは・・・よほど希少な物なのでしょう」
「あぁ、とても希少な美しい花だよ」
柔和な笑みを浮かべ、公爵は軽やかな足取りでその場から立去った。
その言葉にウィルは何故か嫌な感じを覚えたのだった・・・。
陛下が他国との謁見を終わらせた直後、父が急用でこの場を去ることになった旨を簡潔に陛下へ報告し、ウィルは妻をエスコートすべく会場内へと戻っていった。
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息子と別れたシーナ公爵は、自身の煌びやかな衣装を変えることなく、その足で馬小屋へ向った。
厩務員を呼び、たてがみが美しい愛馬を出させる。
その間に、近くに控えていた精鋭の部下を一人呼び寄せた。
公爵は一言部下にクローバー男爵領に向かう事を告げ騎乗をした。
それに続くように、部下も急ぎ自身の愛馬を連れ出し騎乗したのだった。
こうして一同は、クローバー男爵領を目指し駆け出した。
馬の休息以外はひたすら走らせ続けた。
日が暮れ、夜の帳が降りようとも、朝日が降り注ごうとも自身を休ませることはなかった。
公爵は、手綱を握りしめながら、イーリスの無事を願う。
その甲斐あり、通常馬車で3日かかる距離をわずか1日で到着した。
男爵領に着いた頃には、すでに陽は西に沈みかけていた。
煌びやかな装飾が施されていた衣装は、土埃で汚れていた。
だが、そんなことで公爵の威厳は損なわれることはなかった。
男爵領の門番ですら、公爵の佇まいからしてただ者ではないと感じ取っていた。
それでも、自分の役目を果たすべく身分証の提示を求める。
部下と思わしき人物が2人分の身分証を提示した。
それに目を通し、やはり自分の感は正しかったと門番は思い、丁寧に対応してよかったと心から安堵した。
そして、丁重に門内へ招き入れたのだった。
公爵一行は、そのまま丘の上へそびえたつ男爵家の屋敷へ向かった。
主人不在の際に、先ぶれもなく突如現れた公爵に執事と召使たちは慌てふためいた。
執事たる者、貴族の主な紋章は頭にいれているのが常識であった。
今目の前に守衛から渡された紋章は、どこからどう見てもシーナ公爵の紋章であった。
この紋章を勝手に使う輩もこの辺にはおらず、また無断使用における処罰を考えると、本人と考えるのが妥当であった。
執事は緊張しつつ、公爵を外で待たせるわけにもいかないと主人不在の屋敷に招き入れたのであった。
公爵を案内しつつ、執事は不安に襲われる。
険しい顔で急ぎでやってきた公爵の態度から察するに、建国パーティーで自身の主人たちがなにかやらかしてしまったのではないかと、内心冷や冷やする。
(ご主人様は確かにケチだが、賭博等違法な物に手を出せるほどの大胆さは持ち合わせていないですすし、奥様は聡明な方だから、そもそもそんな心配しなくていい・・・はず)
動揺を隠しきれない執事を見ながら、公爵は冷静に急に訪れた詫びを告げる。
そして、急遽やってきたのは刺繍師に会うためだと伝え、呼び出すように執事につたえるのであった。
それを聞き、執事はホッとしながら召使に早馬でスイリを連れてくるよう命じた。
また、公爵をおもてなしすべく応接室に案内したのであった。
時計の針がチクタクと響くが、30分経っても召使とスイリは現れない。
おかしいと思った執事は、別の者を呼びに行かせる手配をしようとする。
それを聞いていた公爵が、会話を遮り自ら行くから道を教えてくれと頼む。
執事が慌てて止めようとするも、自ら行った方が早いと公爵の威圧で黙らせたのだった。
執事に渡された地図を頼りに、馬を目的地の場所まで駆けさせた。
すると森の付近に建物らしきものが見えてきた。
近づくにつれ、建設途中を思わせる庭に置かれたレンガの山。
最近まで使われていたのも怪しい朽ち果てた木の板の山。
屋根だけがボロボロの小さな家だった。
そして一番気がかりなのは、暗くなりかけているというのにも関わらず灯一つも灯っていない家。
公爵は嫌な予感がした。
腰につけていた剣に手を伸ばし、家に近づく。
庭の付近にはこと切れた召使の姿があった。
そして、小さな家の扉は破壊され、部屋の中は物が散乱していた。
(また一歩遅かったか・・・・)
公爵が落胆しかけたその時、どこからか何か衣擦れの音がした。
敵がいるのかと身構えるが、殺気等は漂ってこない。
ましてや、隠れる場所等ほとんどないこの部屋で、敵が潜んでいるとも考えにくかった。
とすると、もしかしてイリースが隠れているのではないかと公爵は思い、9年ぶりに娘の名を呼ぶ。
だが、返答はなかった。
部下が気を利かせて光の石で灯を灯すも、やはり誰もいなかった。
公爵はため息をつき部屋の中を見回した。
物が散乱とはいっても、殆ど物らしいものはなかった。
木でつくられたお皿に唯一あったのだろう陶器のコップ、そして野草の詰まった瓶。
カーテンすらかけられていない窓であった。
ベットを見ると隙間から藁がこぼれだしており、その貧しい暮らしぶりが垣間見れるのだった。
「ん?藁がこぼれている」
そこに公爵は違和感を感じた。
争った跡は入口付近だけであり、ベットは整っていた。
それにもかかわらず、ベットの下を覆い隠すように不自然に藁がベット下にこぼれていたのであった。
「ベットの下にいるのは誰だ。大人しく出てこい」冷ややかな声でそう問いかける。
するとその声に動揺したのか、ベットのしたでモゾモゾと動く感じがしてきた。
公爵は念のため剣を構えて佇む。
ベットの下の主は観念したのか、ズルリズルリを音を立てこちらにでてきた。
現れたのは、顔面蒼白のイリースそっくりな顔をした幼女であった。




