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42.丸は憧れの拘りなんです!

青空が広がり、日はまだ高かった。

広場では相変わらず威勢の良い掛け声と、屋台から漂う香ばしい香り。

だが、ばあやに持ってきた全財産を渡したため、二人は無一文。

買出しに来た大勢の人たちに逆らうように、トボトボと町を後にした。


屋敷へ向かう帰り道、スイリの謝罪行脚が始まった。

ばあやに有り金全部を渡してしまい、お買い物を楽しめなかったこと。

特にアイリが楽しみにしていた『お肉の塊』については、全身全霊を込めた謝罪をしてくるありさまだった。

アイリがいくら「もういいから」っと言っても辞めない。


すれ違う人も、若干引き気味でスイリの様子を見ていた。


『ショッピングは帰宅するまでショッピング!』がモットーのアイリ。

ショッピングは楽しくなくちゃと繰り返される、謝罪に終止符を打つため、先ほどであったばあやの話を聞かせてほしいとスイリに強請った。

すると、スイリは目を細めて昔を懐かしむような姿で、今日であったばあや・・・もといい自身の母に仕えていたばあやの話をしてきたのであった。

その話を聞きつつ、アイリは笑顔を作りながら相槌を打った。


だがアイリは、あのばあやにどうも違和感を感じていた。

なんと表現していいのかわからないが、スイリと話しながら涙を流す姿がどうも嘘っぽく、目が全然笑っていない・・・寧ろ恐ろしいような目つきだと思ったのだった。

母の話を聞く限りだと、スイリのために公爵に意見を述べてクビになったという話からも、愛情深い人のように思えるが、本当にそれだけで公爵がクビにしたのだろうかと感じていた。

(それを自身が知る手立てがないけれど・・・あのばあやとやらには気を付けたほうがよさそう)

最近自然の中で育っているアイリは、自分の野生の感を信じることにしたのであった。


なんだかんだ、母とのおしゃべりを楽しみながら自分たちの家へとたどり着いた。

門扉の前に着くと、母がポツリと「本当、あの小屋がここまで見違えるなんて・・・」っと呟いた。


最近スイリは休日返上し、早朝から日が暮れるまで働いていたために、家の完成度具合を見ることがなかった。

こうして明るいうちにマジマジとみてみると、寸分の狂いもなく積み上げられている美しいレンガに加え、ところどころに施されている意匠に驚く。

窓の形は可愛いからという理由で、丸窓が採用されていた。

通常の四角窓であればもっと早く簡単にできるが、一度でいいから丸窓枠のレンガを作ってみたい、丸の窓ガラスを制作してみたいというポールの探求心を叶えるため、この形状が採択されていたのだった。

ポールも初めて作るらしく、この丸窓だけでかなりの日数を費やしていた。

更に、入口の扉の上部のレンガもアーチ状に変更されていた。

屋根の形に至っては、以前資料でみたことのある異国のモスク調にしたいと言い出した。

施工方法を考えたいからと言って、現在屋根はまだ未施工の状態であった。

その間、アイリが空き時間を見つけてはひたすら普通の壁部分を黙々と積み上げていったのであった。

こうして師匠と弟子の二人三脚で、スイリが予想していたよりも大分家が出来上がっていた。

四方の壁は完成し、一応隙間風問題は解決された。

肝心の屋根ができていないため、雨漏りと隙間風が厳しかったが、以前よりは大分マシだった。


だが、スイリの本音としてはノーマルな普通の三角屋根でいいから早く完成させて欲しいという気持ちの方が強かった。

意を決して、一度ポールに丸でなくて普通の三角にしても素敵だと思うと伝えたことがあった。

すると、ポールだけではなく、アイリからもレンガで作る丸の形状がどれだけ推考され制作されているのか、どれだけ難しくて芸術的なのかを小一時間説明され、さらに実物を見せながらこのカーブ具合がドウノコウノト二人から熱く熱弁されたのであった。


そんなトラウマがあるだけに、アイリの前で迂闊なことは言えなかった。

諦めの境地で、再度屋根を眺めるスイリであった。

アイリは、スイリの手をくいっと引っ張った。

「どうかしたの?アイリちゃん」

「ママ!大丈夫だよ、師匠はきっと素敵な丸の屋根を作ってくれるから安心して!」

「・・・・そうね」


こうして、二人は部屋の中へ入っていった。

冬の始まりという事もあり、部屋もやはり寒い。

身体を温めようと、アイリは湯を沸かした。

本日のティータイムは、カモミールティー。

夏の間に収穫し、天日干しした備蓄であった。

お湯を注ぐと、綺麗な黄色い色がお湯のなかにユラユラと抽出される。

棚には所狭しと夏から秋にかけて収穫した食料がぎっしり並んでおり、その中から、アイリは秋に収穫しておいたヤマボウシなどの干した木の実をお茶うけに出した。


二人は席に着くとようやく一息ついた。

流石に町から自宅まで往復3時間徒歩は、結構疲れるものだった。

「ちょっと疲れちゃったわね」

「うん!でも色々みれて楽しかった。また行きたいな」

「そうね、来月こそちゃんとお買い物したいわね」

「そうだね!あ、そうそう次回というかいつかママか私が作ったものとか市場に出しても面白いとおもった」

「そうかしら?」

「そうだよ。特にママのお手製の布の小物とか売れると思う!お金稼ごうよ」

「だったら、アイリちゃんお手製のマヨネーズとかも売れそうね。屋台やってみたいわね」


そんなほのぼのとした会話を楽しむ親子だった。


ーーーーーーーーーーーーー

片やスイリと道端で別れた老婆というと、村一番の高級宿屋へ向かって歩いて行っていた。

宿屋の手前でぐしゃぐしゃになっていた髪を整え、ローブを脱ぎ、靴を履き替える。

貴族然とした姿になった。

「この私が何故物乞いのマネをしなければいけないんじゃ!」

憤りを感じながら、脱いだものを荒々しくその辺に投げ捨てる。

先ほどスイリから渡された袋を除き、「こんなはした金っ」っと言い草った。

沸々と煮えたぎる屈辱を抑えきれないまま、宿泊中の宿屋の門をくぐった。

ダンダンと力強く階段を上がっていく姿は、貴婦人の姿とは思えないものであった。

そんな自身の態度に気づかぬまま、部屋を勢いよく開けた。


部屋の窓辺に、一羽の鳥が待機していた。

老婆は慌てて窓辺にかけより、鳥を中に引き入れた。

そのまま言伝を書き記すと、すぐさま青空へ鳥を解き放ったのだった。

鳥はまっすぐと南へ向かって飛び去って行った。


その様子を老婆は、ゆがんだ笑顔で眺めていたのだった。

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