41.町へお買い物にでかけます!
サラが消えた―。
スイリがそんな噂を耳にしたのは、サラが消えてから一週間たったころだった。
仕事がひと段落付き、お水を貰うため厨房付近に着くと、廊下で立ち話している厨房係と野菜係の話が聞こえてきたのだった。
サラの名前が出てきたため、思わず聞き耳を立てる。
すると、サラが置手紙をして忽然と屋敷から消えたとのことだった。
最初のころは、皆サラが来ていると思っていた。
彼女ほど植物を愛し、三度の飯より水やりが好きという事は、仲間内で非常に有名だった。
担当場所の植物も青々と生い茂ったため、失踪後2日間だれも彼女が不在ということに気が付かなかった。
だが、失踪3日目、遠目にも植物が萎れているのが目立ち始めた。
これはおかしいとサラの同僚がサラの小屋を訪ねたところ、そこに置手紙があった。
内容は謝罪と共に、急用ができ突然やめざるを得なくなったことと、菜師の名を返上すると記載されていたとのことだった。
(サラさん、やはり何か知っているのね・・・)
既に自分がコントロールできない事態になっていることを実感したスイリ。
だが、自分には打つ手立てはもうない。
不安な気持ちのまま、そのままそっとその場を離れたのであった。
その足で向かった先は、男爵夫人の元だった。
コンコンとノックをし、許可を得て部屋へ入った。
今日から遂に三日掛けて男爵夫妻は王城へ向かうのであった。
その前に夫人から呼び出しを受けていたのであった。
夫人はスイリを見るなり、くるっと回って見せた。
そして、見た目は普通のドレスにしか見えないが、実際着用してみるとゆったりして締め付けなく快適だと。馬車に長時間乗るのに、締め付けがないから楽にだろうと褒めちぎったのだった。
「おほめにあずかり光栄です」
「あのドレスも披露するのが楽しみだわ!きっと社交界で話題になる事間違いなしよ。帰ってきたら何か褒美を取らせるからちょっとまっててちょうだい」
「いえ、いえ!そのお言葉だけで十分でございます。道中お気をつけて」
「そんな事言わないでちょうだい!楽しみにしていて」
そういうと、スイリを下がらせたのだった。
スイリはペコリと頭を下げ、夫人の部屋を後にした。
扉を閉めると途端に罪悪感にかられる。
(こんな良い方を騙す形になってしまうなんて・・・申し訳ございません奥様)
誰もいない廊下で一人頭を下げ続けるスイリの姿があった。
やがて、屋敷内のすべての使用人が呼び出され男爵夫妻の馬車のお見送りをしたのだった。
男爵領から王城まで、馬車で3日。
到着翌日に記念パーティーがあり、次の日馬車王城を出発というスケジュールだった。
1週間屋敷には不在とのことで、多くの使用人が休暇を与えられていた。
特にスイリはドレス作りを休日返上で行っていたため、男爵夫人から特別に一週間丸々休みが与えられていた。
男爵夫人の見送りを終えると、そそくさと自宅へ戻った。
家に入る前、深く深呼吸をし・・・そして、笑顔を作った。
「ただいま~!アイリちゃん、今からお買い物に行きましょう!」
「えっ、うちお金ないよ?」
「今日頂いたのよ!」
スイリは腰に手を当てて、どや顔でアイリに給料の入った袋を見せつける。
「わぁ~い!お金だ!」
「ねっ!、行きましょう!」
アイリはそこで、早々出発しようとするスイリを引き留める。
「ちょっと待ってママ、そのお金全部持っていくの?」
「・・・そうだけど?」
「いやいや、ダメでしょ!」
「えっ?なんで?」
「万が一、落としたら全財産なくしちゃうよ!それにうち貯金ないのだから、少し家に置いておかないと困るでしょ?」
「それもそうね!アイリちゃん頭いいわね」
「・・・・」
こうして、半分のお金を残して二人は家を出た。
向かった先は、男爵のお屋敷から徒歩1時間程度の町の広場。
町の入口はとても簡素なものだったが、奥に進んていくと、
レンガ造りの建物がずらっと並んでいた。
派手な建物はなかったが、素朴ながらの親しみの持ちやすい景観だった。
時折店舗が入っていると思わしき店から、いい匂いがただよってきた。
そちらに無意識に向かいそうになるも、スイリがぐいっとアイリの手を引っ張る。
何事かと思い、アイリがスイリを見ると、真剣な顔をしてアイリに注意してきた。
「ふらふら寄り道してると、市場の品物が無くなっちゃうわよ」
「えっ?ここ田舎町なのに?」
「アイリちゃんは知らないかもしれないけど、ここで販売されている食材は豊富な上に、新鮮で安いの。たから、近隣の村や町からも買いに来る人が多いから売り切れてしまう事も多いのよ」
「えー!そうなの?!じゃぁ、早くお肉買わないと売り切れちゃう!急ごうママ」
こうして、今度は逆にアイリに急かされながら、スイリは広場へ向かうのであった。
広場に一歩足を踏み入れると、あちらこちらで呼び込みが聞こえる。
「魚安いよ~本日とれたてだよ!さぁ買った買った」と威勢の良い掛け声が聞こえたかと思うと、すぐ隣からは「とれたて新鮮野菜だよ~今日は茄子がおすすめだよ」と聞こえてきた。
アイリは迷子にならないように、スイリと手をしっかり握った。
しっかり握りつつも、始めての異世界の地での買い物に好奇心を抑えることがてきなかった。
先ほど、あれほど早く買わないと売り切れるものもあると聞いたばかりだったのだが、その言葉は頭からすっぽり抜け、スイリの手を引張っては、あれはなんだ、これはなんだと次々と質問攻めにしていた。
そんなアイリの事を町の人たちは温かい眼差しで眺めていたのだった。
それとは対象的に、鋭い眼光でその様子を見ている人物がいた。
「やっと見つけた。イーリスお嬢様」
そう呟くのは、ボロボロの衣服をまとった老婆。
靴もすり減り、背負っているバックも継ぎ接ぎだらけ、ぐちゃぐちゃになった白髪がその生活を物語っていた。
醜くゆがんだその顔には、憎しみの色が込められていた。
老婆は、小さい頃からイーリスを見てきた。
だからこそ、髪の色ごときでは騙されなかった。
顔の造形、声のトーン、仕草からも目の前の人物がイーリスだと確信を得る。
「おや、おや、お嬢様は結婚されておったのか・・・」
隣には、小さい頃のイーリスそっくりのアイリがいた。
「これは、これは、楽しみが増えたのぅ・・・」
老婆は不気味に笑った。
そして、スイリとアイリが人気のない場所へ移動したところを見計らい、弱弱しい声音で二人に近づいた。
「イーリスお嬢様!!お探しいたしておりました」
スイリの前で膝を付く。
突如目の前に現れた老婆に、スイリは目を大きく見開く。
「・・・もしかして・・ばあや?」
「さようでございます。お嬢様、お久しぶりでございます」
「どうしてそんな姿に!!」
「公爵様に追い出されてから、死に場所を求めて彷徨っておりました。そこで、お嬢様が公爵領から消えた噂を耳にし、死ぬ前にお嬢様に一目お会いしたいと噂を頼りに旅をしておりました。これで思い残すことはございません」
「何言っているのよ!ばあや、苦労を掛けたわね・・・」
「お嬢様・・・」
二人は抱き合って感動の再会を果たしたのであった。
ひとしきり落ち着いた頃、ばあやはスイリの近況を訪ねた。
スイリは、アイリを自分の子と紹介し、今は男爵のお屋敷で働いている事などをかいつまんで話す。
スイリもばあやにどこに住んでいるのかを尋ねる。
すると、ばあやは現在は一文無しで知合いの元に身を寄せている伝えたのだった。
それを聞き、スイリは家で一緒に暮らそうと誘う。
貧しいが、食べ物には困っていないのよと伝えるも、迷惑はかけれないとばあやは断った。
スイリは、ばあやの言葉を尊重し、これで美味しいものでも食べて頂戴と持っていた有り金全部を渡した。
そして、何かあれば自分を訪ねてくるように伝えるのであった・・・。




