40.事態は闇の中で動き出す!
澄み渡った秋の空を眺めながら、アイリはサラに誤魔化せたことを安堵していた。
寧ろ、カボチャも貰えたし、今日は幸運だったかも。
カボチャにすっかり気を取られてしまい、そのほかの事を忘れ去って浮かれた様子でトムじいの小屋へ帰りついた。
アイリは一つ肝心なことを忘れていたのだった。
トムじいが結構嫉妬深い事を・・・。
浮かれた気分で、扉をノックし小屋へ入ると、開口一番に浴びせられた言葉が何故か『裏切者』だった。
(そこ?!どうみても強制連行だったでしょ!トムじいみていたでしょ!)
そんな言葉をぐっと堪え、冷静に強制的に連れられて行ったのだと伝える。
追加で心の底から、トムじいの元へ留まりたかったと訴えた。
だが、トムじいの一度曲がったヘソは簡単に戻らなかった・・・。
そんなやり取りを繰り返すこと10分。
だんだん面倒になってきたアイリは、強制的にこの不毛な会話を終わらせることにしたのだった。
「だから、あれは強制連行だったんですよって、ん?、もしかしてその態度は今日は終わりにしていいよってことですか?私がサラさんの所へ行って戻ってきて疲れただろうってことですね!」
「ちが・・・」
「ちがわないですか!そうですよね、トムじいの優しさが身に沁みます!机の上の野菜も今日のお駄賃ってことですね、今日はもう帰ります」
トムじいに口をはさむ間を与えず、勝手に会話を終わらせたアイリは、お駄賃を袋に詰めてそそくさと小屋を出ていったのであった。
基本的に甘味に飢えているアイリにとって、このカボチャは至福の喜びであった。
カボチャと言えば、何をどう調理しても甘くなるのだ。
茹でても甘い、焼いても甘い、揚げても甘い。
もうデザートそのものと言ってよい。
何を作るか考えながら、スキップしながら家へ帰るアイリであった。
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一方その頃、スイリはというと、クローバー男爵夫人の部屋でドレス総仕上げの刺繍を施していた。
繊細な図柄のため、スイリ一人にしか縫えない部分であった。
これを終えれば、あとはドレスに縫い付け微調整を施すだけであった。
(なんとか、間に合いそうだわ・・・これに気づいてくれるといいのだけれど・・・)
そう思いながら、一針また一針と糸を通していった。
今年はメール国設立100周年を迎える年。
冬の始まりの第一週目に、王室主催のパーティーが開かれる。
この10周年単位で行われる祝賀会は、貴族なら階級問わず全員王城に招待されるという稀有なパーティーであった。
当然クローバー男爵家も招待されていたため、それに向けて、スイリは男爵夫人のドレスを制作していた。
社交界といったら、ドレス。
ドレスといったらその人のセンスが問われると言っての過言ではない世界。
センスの欠けるドレスを着ようものならば、次の年からお茶会が減るのは暗黙の了解であった。
というのも、センスが悪い人を誘う=誘った人も同類とみなされる傾向があるのだった。
女性の世界では戦々恐々の格付けを兼ねたファッションショーであり、ドレス次第で今後の未来が決まると言ってもいいほど重要な物だった。
男爵夫人は以前自身がこのパーティーに参加した時のことを思い返していた。
当時は、参加する2年前から最新のドレス情報を収集し、友人たちと作戦を立てドレスを誂えたものだった。
だが、今年は違う。
スイリという最強の刺繍師が手元にいるのだ。
近年、男爵夫人のドレスはこの界隈では注目の的であった。
スイリの作るドレスはデザインも画期的だが、なによりも刺繍が美しく、男爵夫人のドレスはこの辺の社交界では、品がありセンスがいいと有名になっていた。
人は褒められると、その気になるものだ。
そう言われてきた夫人は、この機会に自分の名声を全国規模に拡大させようと、スイリに全権を委ねることにしたのだった。
この日のために、節約で貯め続けた虎の子を出動させた。
(今年は、全国のファッションリーダーになるわ!)
熱い思いをこの舞踏会に抱いているのだった。
スイリもスイリで、何時もよりもふんだんに設けられた予算に、刺繍師兼デザイナーとしての腕がなる。
周りもドンびくほど、予算を気にせず、高価な布や糸を次々と買いそろえていった。
その姿はまるで、どこぞの令嬢かと思わせるようだったとか。
こうして、ある意味利害の一致した二人は、最高潮の熱を抱いたまま打ち合わせを繰り広げた。
その結果、煌びやかで華やかなドレスが今頃はもう完成しているはずだった。
だが、スイリが夏の終わりごろ突如刺繍の図柄変更を男爵夫人に申し入れた。
その図案はとても細かく、どうみてもスイリにしか縫えない物であった。
また、期日も猶予がないため、男爵夫人はためらった。
しかし、最終的にはスイリの熱意に負け、必ず期日までに間に合わせることを条件に変更することを許したのだった。
そのため、スイリはそれ以降何とか図柄を完成させようと時間を忘れて没頭することが多くなっていった。
時には家に持ち帰り仕上げていたくらいだった。
今日も今日とて、いつの間にか日が暮れていたのだった。
男爵夫人が心配してスイリに声をかけた。
「スイリ、まだ作業していてだいじょうぶなのかしら、アイリがまっているのでなくて」
声を掛けられ、ようやく外を見るスイリ。
外は既に真っ暗になっており、月も明るく輝いていた。
「!!」
「まったく貴女は、裁縫の事になると時間をわすれてしまうんだから・・・ちょっとまってなさい」
奥方がベルを鳴らすと、メイド長がやってきた。
「スイリに何か食べ物を持たせて、帰らせてやって」
そう告げると、スイリに退室を促したのだった。
こうして、スイリは慌てて帰宅したのであった。
道中既に道は真っ暗で、空には丸い月が浮かんでいた。
アイリが待っているだろうと、道を急いだのだった。
急いで帰ると、心配していたのだろうアイリが飛びついてきた。
「ママおかえり!」
「アイリちゃん、遅くなってごめんなさい」
「今忙しいのわかっているから、気にしないで」
そう言ってくれる優しいアイリに、スイリは目頭が熱くなる。
目についた食卓の上には、すでに冷め切った夕食が並べられていた。
(あと少し、あと少しで全部終わるはずだから、本当にごめんね)
伝えきれない思いを、アイリをギュッと抱きしめることで補った。
アイリはスイリが何となく落ち込んでいるのを感じた。
(別に遊んで遅くなったわけじゃないから、落ち込まなくてもいいのにね)
そんな思いをまた、アイリもスイリをギュッと抱きしめることで伝えることにしたのだった。
抱き着いたまま、アイリは場の雰囲気を変えようとカボチャの話を持ち出した。
「今日はねなんとカボチャのスープと、カボチャの揚げ物だよ!スープはもう一回温めちゃうからちょっとまってて」
そう言うと、スイリの腕から抜け出して台所に向かった。
アイリのどことなく、浮足立っているような姿に、スイリは目を細める。
微笑ましい態度のアイリに、スイリは今日の疲れが吹き飛んでいく感じがした。
スイリも忘れないうちにと、男爵夫人が持たせてくれたサンドウィッチをお皿の上へ置いた。
それに目を止めたアイリは、その量に驚いた。
「うぁ~今日の残飯はサンドウィッチだったの?誰も持ち帰らなかったの」
「違うわよ、今日は夫人が遅くなったからといって、夕飯をもたせてくれたのよ」
「男爵夫人はまともな人なんだね・・・・」
「そうよ!アイリちゃん、ママもうお腹ペコペコだわ、温め終わったなら食べましょう」
二人は「「いただきます~」」というと食事をとり始めた。
カボチャのスープは、アーモンドミルクと塩コショウで味付けし、ポタージュ風に仕上げた。
濾していないため、カボチャがゴロゴロして繊維を感じるが味はカボチャの優しい甘みが引き立っていた。
カボチャの揚げ物は、単純な素揚げになってしまったが、これはこれで甘みが引き立って美味しかった。
そのほか夫人から貰ったサンドウィッチも、男爵家の料理長が作っただけあり、味付けも美味しく具材も厚切りハムが使われており、更にパンも柔らかい物だった。
「本当全部おいしいわ!サンドウィッチもだけれど、アイリちゃんのカボチャ料理もとてもおいしかったわ、このカボチャはトムじいから貰ったの?」
「えっと・・・実はサラさんから貰ったの」
「サラさん?!」
「うん、今日いきなりトムじいの所で作業している私の元へやってきて、連れ去られてしまって・・・やっぱり調味料系の植物が全滅したことと私が関係するのではないかと疑われちゃったんだ」
「それで?」
「でも大丈夫、上手く誤魔化したから緑の石とかのこととかも言ってないし・・・・最後は謝ってくれて、このカボチャくれたの、だから大丈夫だと思う」
「・・・それなら、よかったわ」
そういうとスイリはにっこり笑った。
こうして、二人は美味しい時間を過ごしたのであった。
夕飯が遅めだったこともあり、今日はお茶の時間は無しでふとに入った。
すると、よほど眠かったのかアイリからは、すぐスースーと寝息が聞こえてきた。
スイリはアイリの頭を撫でた。
「サラさんがアイリちゃんに接触してきた・・・・ということは、おそらくもう時間がないわ。・・・本当は、アルを最後までここで待ちたかったわ・・・」
スイリは静かに泣いた。
涙はシーツに吸い込まれ、夜の闇に消えていった。
丁度そのころ、馬にまたがった人物が男爵家の領地を去ろうとしていた。
スラっとした体格は目深なローブでおおわれていたが、月に照らされている華奢な体つきがその人物を女性だという事を示していた。
門番はその人物を止めた。
今から門外に外出すると、夜遅くて危険だと。
だが、その人物は門番を振り切り勢いよく馬で門外へと出ていった。
ローブから少しはみ出ている髪は漆黒で、まるで夜の闇に消えゆくようであった。




