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38.大木は事を見守ります!

出産を控えたスイリは、この指輪をどうするのか考えていた。

誰にも相談できる内容ではない。

1人で悩むしかなかった。

妊娠判明後から今の今まで悩んできたが、未だに答えは出せなかった。

スイリにとって、これは母の形見だ。

そして、父からの成人祝でもあった。

わだかまりはあるが、これは唯一スイリの身分を証明してくれるものでもあった。

複雑な思いはあるが、自分の子に引き継ぎたい気持ちがあった。

また、指輪には高価な宝石も埋められている。

万が一何かあった際、換金し金銭面で助かる場面があるかもしれない・・・貧しい生活を送っている今だからこそ、それを考えずにはいられなかった。

その一方、万が一自身が儚くなってしまった時のことも想像する。

この世界では、出産は命がけだ。

それは、スイリが町で暮らしている時もちょくちょく伝え聞く話で合った。

母子ともに無事に生存できる可能性は、50%と半分の確率であった。

そう考えると、この緑の石をはめ込まれた指輪はとても高価すぎるものだった。

何も知らせずに、ただこの指輪を残してしまうと、この子が不幸に巻き込まれる可能性が高いではないかと・・・そんな想像が頭を過る。

自ずと、安易に手元に残す選択も躊躇われたのたった。


こうして、結論を出せないまま、刻一刻と出産予定日が近づいていった。


ある日の事、スイリは気晴らしに一人で散歩に出かけた。

無意識に歩いていると、いつの間にか森の方に来ていた。

「この森懐かしいわ・・・・」

思い出すのは、アルと過ごした森の中での日々。

無意識に向かった先は、アルと良くザリガニ釣りをした清水の湧き出る小川だった。


小川の周りは、相変わらず、大きな大木がシンボルの様に一本立っていた。

そこを爽やかな風が颯爽と抜けていく。

水辺の中には様々な生き物がいた。


当時と違うのは、私の横にアルがいないこと・・・。


あの時、アルに刺繍を施さなければ・・・そう何度思ったことだろう。

そうすれば、この景色の中に今も二人で佇むことができたかもしれない。

当時と変わらない風景が、スイリの中にほろ苦い感情を呼び起こした。


(すでに起こったことを振り返るのは、不毛よ、不毛!)

そう頭を切り替えようと、水辺付近の石に腰かける。

身重の状態で歩いてきた足を水に浸す。

ひんやりとした冷たさが心地よく、少し心が軽くなった。


暫く水辺をボーっと眺めていたスイリは、結局指輪の扱いに結論をだせないまま、帰ろうと立ち上がった。

帰る前に向かった先は、水辺のシンボルの大木。

スイリは大木の幹に両手を広げ抱き着いた。

両手を広げても、まだ余りある樹幹。

樹齢何年経つのだろうかわからない。

「あなたみたいに産まれてくる子も長生きできますように」

願掛けのつもりで、そっと囁いた。


すると幹の根元に小さな小箱を発見した。

元々あったのかどうかわからない。

ただ、なんとなくスイリには必要な時までここで守っておくから、指輪を埋めていきなさいと言われているような感じがした。

これも運命だと感じたスイリは、小箱を拾い上げ、指輪をしまっていた袋ごと箱の中へと入れた。

蓋を閉じ、小箱が置いてあった場所に置いてみた。

すると、小箱自身が大木の根元へみるみる沈んでいった。

「この指輪を宜しくお願いいたします」そうして、スイリはその場を離れたのだった。

帰り際ふっと「不思議な現象だったわ。まるで初めてシーナ領で調味料群を見せてもらった時のようだったわ、フフフ、懐かしいわ・・・・ゼラチンの実は特殊だから生えないで欲しいけれどね」っとそんなことを呟いたのだった。


こうして、指輪を手元から手放したのであった。


ここまで話すと、スイリはミントティを一口飲んだ。

そして、アイリのへ向き合った。

「ママはね、あの大木が小箱くれた理由が、緑の石に反応してだとおもうの」

「??」

「あの大木は幹の太さから樹齢が何百年を超えていると思うわ。緑の石がもつ力の大きさを知っているからこそ、私に悪用される可能性があるなら事前に手放すように促したと思うの・・・」

そう言うと、スイリは真剣な瞳でアイリに諭すように言った。


「アイリちゃん、これだけは絶対に覚えておいて、この指輪は力がありすぎるのよ。力は使い方によってはとても危険なものになるのよ。正しく使うには、それに付随する責任も負わないといけない物なのよ」


そういうと、スイリは遠い目をした。


公爵令嬢としての教育を受けてきたスイリには、この緑の石の価値がどれほどのものか相対的に判っていた。

周りに施された豪華な宝石は目眩しに過ぎない。

一般人なら緑の石が付いていることがわからないだろう、だが、なにかの拍子で、指輪に緑の石が埋め込まれていることを知られてしまい、それを悪用されてしまったら、多くの人が危険に晒されてしまうと思っていた。


ちらっとアイリを見る。


アイリは緑の石よりも、周りの宝石に視線が向いていた。

宝石など見慣れないアイリには、緑の石よりキラキラ光る宝石の方が魅力的に映るのだろう。

ましてや、平民の育ちでは権力やそれに付随する責任等わかるはずもない。また、過大な力を持つものを手に入れた時、正しい使い方ができるとは考えられない。

そう考えると、大木の助言は正しかったのだと確信を持つスイリであった。


そこまで話すと、今度はアイリが口を開いた。

「緑の石がすごい力というのはわかったけど、今の話だと大木の根元にあったって話だったから、探せばすぐみつかるものじゃないの?ゼラチンの実は関係ないじゃない」


そう、アイリには不思議だった。

今の話だと、指輪の埋まっている場所とゼラチンの実に関連性が無いと思われた。

なぜ母がそこでゼラチンの実を持ち出すのか訳が分からなかった。


そう伝えるとスイリは少し言いにくそうに話し始めた。


スイリは無事にアイリを出産後、指輪はそのままあそこに埋めておくことにしたのだ。

いつかアイリが理解できるようになったら、その時に掘り起こそうとしていたのだ。

だが、その前に掘り起こせざることが起きた。

そう、アイリが病気を患ってしまったからだった。

家財をすべて売り払っても薬代に変えてきたが、アイリはよくならなかった。

それどころか、症状は日増しに悪化していった。

残るはあの指輪を換金するしかないと決意し、薬代を工面しようと何度もあの場所を訪れていた。

一度目は、小箱を出してもらうように大木に話しかけた。

だが反応がなかった。

それ以降は、実力行使とばかりにスコップを持ち掘り起こしに行った。

だが、木の根元を一周掘り起こしても、不思議なほど見つけることはできなかった。

途中から、スイリはこの大木が緑の石を吸収してしまったのかもしれないと思い始めていた。

最後に大木に探しに来た時、アイリは瀕死の状態に陥っていた。

スイリは拳で大木を叩き、泣きながら叫んだ。

「どうして!どうしてあの指輪をだしてくれないのですか!今必要な時なんです。娘の命が危ないのです。お願いです、あの指輪をお金に換えなければ、あの子の薬がかえないのです。指輪をだしてくださらないなら、せめて薬を出してください・・・」


スイリの願いもむなしく、大木はいつも通り静かに佇んだままだった。

ノロノロと崩れ落ちた身を起こし、立ち上ろうと手を着いた先に触れたのは青々とした緑の1枚の葉っぱだった。

とてもいい香りのするものだった。

香りをかぐとともに、不思議と心が落ち着いてきた。

「もう帰ろう・・・」

それを手織り、アイリの部屋に飾ろうと持ち帰ったのだった。


暫くすると、アイリが瀕死の状況から奇跡的に回復した。


スイリには、お医者様の尽力が実ったのか、はたまた持ち帰った緑の葉のお蔭かどうかはわからなかった。

だが、スイリはなんとなくあの緑の葉っぱのお蔭ではないかと思っていた。

自身の願いを聞き入れて、大木のが出してくれたのではないかと・・・。

「お陰様で娘の命が助かりました。ありがとうございました」っとお礼を言ったのであった。


大木は反応しない。

ただ、風に揺られて葉が大きく揺れただけだった。

スイリ安堵したまま、家へ戻っていった。

その時、あの周辺に何が生えていたのかは覚えていない。

だが、確実に知っていることは、アルと何度か行った際、シオーナも甜菜糖も胡椒も生えていなかったこと、もちろんゼラチンの実もなかったことだった。


だから、ゼラチンの実を持って帰ってきたアイリの話を聞いて確信したのだった、あそこにやはり指輪が埋まっているだろうと。

そして、シーナ領でしかとれないゼラチンの実がわざわざ大木の近くでなっている理由は、スイリに取りにおいでと合図しているとしか思えなかった。

予想通り、今日小箱を発見した場所は、前回確実に掘り起こした場所だった。


スイリは一連の出来事を振りかえる。


あの指輪を売らせないために大木が隠したこと。

緑の石が、スイリのアイリを救いたい願いを聞き入れて、あの香りのいい緑の葉っぱを渡してくれたこと。

大木がスイリを呼ぶために、緑の石にゼラチンの実を成らせたこと。

全てをつなぎ合わせると、緑の石がその力を発揮したのだろうと、そう結論付けることができたのであった。

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