37.赤い奴らに挑みます!
結局そのままスイリはアイリとシャワーを浴びることにした。
狭いシャワー室でキャッキャいいながら入浴を楽しむ親子。
その傍ら、部屋では奴らがガサゴソと移動を始めた。
奴らの連携プレーは素早かった。
一人また一人が、組体操のメインのピラミッドを形成しはじめた。
そしてボスと思わしき一番体のでかいやつが一番最初に頂上を目指す。
ボスの重みに耐えきれず、子分達が途中でチャプンと水の中へ落ちるが、水と言うクッションがあるため、ダメージは少なかった。
ボスは頂上の桶の淵に降り立つと、真下にいる子分を次々と鋏で持ち上げては、床へとおろしていった。
そうこうしている間に、残り3匹が桶の水黙りに残った。
ボスは自らの巨大な体を二匹の子分ザリガニに支えさせた。
ボスを支えている二匹のザリガニを、その更に下にいる子分たちが鋏と鋏を取り合い、今度は床から桶に至る橋を作り上げた。
それを確認し終えたボスザリガニは自らの巨大な体を垂らし、残り3匹を助け出したのだった。
こうして、やつらは第一関門を突破しあとはこの家をにげるだけだった。
全員で敵の居るお風呂場前を怒涛の勢いで通り過ぎようとしたその時、ガチャっと扉があいた。
赤いやつらの大群に、思わず「「ぎゃ~!!」」と声を上げる二人。
みつかった奴らは、あるものは攻撃を選び、あるものは逃げ隠れることを選んだ。
とりあえず果敢に挑んできたのは、ボスザリガニだった。
仲間を助けるべく、鋭い鋏で足元を狙い挟んでくる。
あまりの痛さに、スイリは足をぶらぶらさせながらボスザリガニを勢いで振りほどこうとする。
アイリはアイリで、攻撃してくる子分達から逃げようと走り出す。
ベットの所に辿り着き、自身を守ろう上掛けを持ち上げると、そこにも大量のやつらがいた。
もう言葉にならなかった・・・。
その時、スイリとアイリの視線がかち合った。
お互い考えていることは手に取るように分かった。
ドアを開けて、奴らを外に出してしまおうかという誘惑がよぎる。
だが、そうすると今夜のおかずがなくなってしまう・・・それは絶対嫌だった。
二人は無言で首を振り、頷きあう。
まずスイリが反撃の狼煙を上げた。
ボスザリガニをくっ付けたまま、血だらけになった足を引き摺りながら近くにある台所まで移動した。
そして、包丁を取り出すと、迷いなく一刀両断した。
可愛らしい母がフフフと笑いながら包丁を振り下ろす姿は、下手なホラー映画よりも迫力があった。
その作業が終わると、周りに居た子分たちを蹴散らしながら鍋にお湯を沸かし始めた。
その間アイリは、上掛けにいたザリガニをそのまま風呂敷包にし中に閉じ込めてしまった。
更にベットの下に隠れている奴を箒で塵取りまで追い詰め捕獲した。
アイリはスイリの元へ赴くと、上掛けの奴らと塵取りで捕まえた奴らを煮えたぎるお湯の中次々と落としていった。最後は湯の中にいる奴らへシオーナを手向けた。
こうして、無事にザリガニとの死闘は幕を閉じたのであった。
調理法はわからなかったが、駆除をするために偶発的に全員茹で上げてしまった。
これがいい判断だった。
このザリガニ元々清水の所で過ごしていたため、臭みがなかった。
泥抜きしなくても良く、茹でれば寄生虫も退治できるため安心して食べることができるものだった。
そんなことを二人は知る由もないが、本能的にこれは食べれると確信するのであった。
元々赤かったザリガニの赤が更に深紅の色に変わった。
恐らく食べごろだろうと、アイリは判断し、スイリに火を消してもらい茹でザリガニを取り出してもらった。
アイリは茹で上がったザリガニをまじまじと見た。
(こうしてみると、日本でみた事のあるサイズより、大分大きい気がする。伊勢海老のミニチュア版じゃない?これ絶対美味しいよ!)
言葉には出せないが、期待にお腹が鳴りだす。
窓を開けてみると、すでに夕方になっていた。
美味しい物を目の前にして耐えることのできない二人は、このまま夕食をとることにした。
今夜のメインディッシュは、もちろん茹でザリガニ。
アイリが後の副菜どうしようかと考えていると、スイリがザリガニのゆで汁を捨てようとした。
「ママ!まって、それはスープのだしになるの」
アイリの言葉を受け、ピタっと動作が止まるスイリ。
「アイリちゃん、そういうことは早めに教えて欲しいわよ・・・」
貴重なスープを失いそうになり、少し文句を言うスイリ
「今思いついたの!ごめんなさい。ママ足けがしているし、あとは私作っちゃうから椅子に座って待っていて」
そうスイリに伝えると、アイリは手早く野草と玉ねぎを切り始めた。
切り終えると、玉ねぎと野草を炒め終わるとスープの中に入れた。
胡椒と月桂樹の葉で香りをつけ、ザリガニスープが出来上がった。
カピパンを添えれば、今日の夕食の完成だった。
「「いただきます」」
アイリはまず茹で上がったゆであがったザリガニを食べてみた。
食べ方は、なんとなく尾っぽを千切り、殻を剥いて口に運ぶ。
忘れかけていたエビの味が口内でよみがえる。
味に甘みもあり、噛めば噛むほど濃厚で美味しかった。
身もプリプリしており、食べ応えがあった。
想像を絶する美味しさに、目を閉じた。思い返すのは先ほどの死闘。
あの戦いがあったからこそ、一層美味しく感じているのかもしれないと思うアイリであった。
そんな思いでテーブルの正面に座る母をみた。
母も無心でザリガニを食べていた。
よほど美味しいのか、母のお皿の上にはすでに大量の殻の山がでていた。
一息ついて、ザリガニスープに手を伸ばす。
こちらは、先ほどのザリガニの濃厚さに比べあっさりしているため丁度いい口直しになるのであった。
こうして、思いがけないご馳走にありつけた二人は、食事が終わるまで終始無言で食べ続けたのであった。
早めの夕食を終えた二人は、何時もの様にお茶をのみはじめた。
「ザリガニ本当に美味しかったね」
「おいしかったわ!またお休みの日にとりにいきましょうね」
「うん!絶対行こう。今度は焼きザリガニやってみたい」
「いいわね~」
そこで、スイリが例の小箱を取り出した。
泥汚れも落としきり、新品同様の小箱のようだった。
「ママ、これ・・・」
そうアイリが言うと、スイリはパカっと箱を開けた。
更に袋がはいっており、スイリが中身を取りだす。
出てきたのは、水色の大きな宝石と金色の小さい宝石がはめ込まれたゴージャスな指輪と木彫りの指輪だった。
「アイリちゃん、これが前言っていた結婚前に父に貰った指輪よ」
スイリはアイリに手渡す。
アイリはぱっと見でも高価すぎる指輪を恐る恐る受け取った。
小さいのに重量があるのか、見た目以上に重かった。
「ほら、指輪の内側を少し擦ってみて、緑色になる箇所ないかしら?」
言われたとおりに、内側を擦ってみると一部緑色に光った
「あっ!本当だ」
「これが緑の石よ。ちょっと貸してくれるかしら」
アイリは母に指輪を返す。
「やっぱり・・・私が最初に貰った時よりも小さくなっているわ」と呟いた。
「??」
「緑の石、最初欠片とはいえもう少し大きかったのよ。指輪の内側半分くらいまであったのよ。それが今見るとほとんどなくなっているわ。おそらく消費してしまったのね」
「そうなの?」
「ええ、まちがいないわ。それに、ゼラチンの実があると聞いてから、おそらくこの緑の石が使われてしまったと思っていたのよ。でもそのおかげでこの小箱をみつけることができたわ。前に探しに行った時は、見つけることができなかったのよ」
「どういうことなの?」
そう言うと、スイリはこの小箱を埋めた経緯からアイリに話し始めたのだった・・・。




