35.それは狩りではありません!
朝になった。
母が窓を開けたのだろう、瞼越しに陽の光を感じ、ちょっと眩しさを感じる。
今日は日曜。
遅く起きても問題の無い素敵な曜日だ。
休日の朝、母はアイリを起こさない。
だが、今は何だか揺さぶられている気がした。
無意識に感じとれる空気はまだ少し湿っぽく、昼の時間帯ではないことは確実だった。
とすれば、地震だろうとアイリは早々に結論付け、浮上しかけた意識を、再度眠りの淵に落とそうとした。
半分目を開きかけたアイリが、再度目を閉じ始めたのを見て、スイリは遂に大きな声で叫んだ。
「起きてちょうだい!」
だが、アイリは目を閉じようとする。
「もう!アイリちゃん、起きてちょうだい。今日は狩りにでかけるわよ」
スイリの突拍子もない発言に、アイリは勢いよく起き上がった。
「狩りってどういうこと?!」
「フフフ、ママ実は狩りができるのよ」
そう言うと、すでに身支度を整えた母の姿があった。
高い位置でポニーテールをし、見慣れないズボン姿になっていた。
しかも、このズボンに見覚えがあった。
「これってもしかして・・・」
「そうよ、アイリちゃんとお揃いなの。親子コーデがずっとしたいと思ってたの。可愛いでしょ」
そういうと、両手を広げ一周する。
コミカルな動きに思わずプッと噴きだしつつ、「ママ、とっても似合ってる!」と伝えた。
母は、嬉しそうにふんわり笑ったのであった。
母の用意した朝食を平らげ、アイリは急いで支度を始めた。
昨日履いたズボンは、昨晩裏干ししていたおかげで乾いていたため、それを着用し、上はシャツを着た。
あとは、背中に籠を背負い、水筒とスコップをもって準備完了だ。
母の待つ家の外へ向かった。
「おまたせ~」
「準備はやかったわね、いきましょう」
そう言うと、母は歩き始めた。
母は基本アイリと同じ格好をしていたが、何故か左手に桶を抱えていた。
「ママ、その桶もってくの?」
「そうよ、だって狩りには必要な物よ」
アイリは前世では狩り等したことがなかったので、若干の違和感を感じつつも、そんなものかと思いなおし母の後をついていく。
想像するのは、今夜の夕食。
(遂に我が家も、肉食生活!初日はやっぱり塩、胡椒を振ったステーキかな。ステーキ、ステーキ、ランランラン)
大いに期待に胸を膨らませ、スキップしながら母の後をついていくアイリであった。
道中さらに、母の森に対する精通ぷりはアイリの肉期待値を全力で押し上げたのだった。
特に以前母が語ったように、野草に詳しかった。
あれは食べれる、これは毒があるなどアイリに色々教えながら進んでくれるのであった。
あまりに詳しすぎるので、この森に何度か入ったことがあるのかを聞いていると、なんと転移直後暫く暮らしていた森はこの森だったとのことだった。
あの転移先の話は、身近なこの森と知り、今更ながら驚くアイリであった。
(それにしても、こんな身近に狩りもできて、食用植物に詳しい人がいたとは盲点だったな。多分サラさん並みかそれ以上かも・・・私、あんなに食糧確保に色々動いていたのになぁ。ママに素直に聞けばよかった。いやいや、でもあの料理レベルから、食材に詳しいとは誰も思いつかないよ・・・うん、うん、これはあの一幕は不可抗力よね)
自分の努力が徒労に終わったことを認めたくないアイリは、必死に自分に言い訳をするのであった。
歩き始めてから、暫くすると母が急に止まった。
どうやら、ここが目的地らしい。
だが、到着場所は非常に見覚えのあるところだった。
前回サラさんにつれてきてもらった水飲み場と同じ場所だったのだ。
「えっ?ママ、ここで狩りするの」
「そうよ」
そう母は返事すると、辺りをキョロキョロ見渡して、細い枝と握り易そうなくらいの太さの枝を拾ってきた。
ポケットから長い糸を取り出し、細い枝と太い枝を結んだ。
それを水飲み場の水たまりに向けてヒョイと投げ入れた。
「えっ・・・ママ狩りするんじゃないの?」
口の前に1本指を立てて、静かにの合図をしてくる。
わけが分からず、黙ってみていると竿が揺れた。
その隙を見逃さず、母はさっと獲物を釣り上げた。
そう、釣れたのはザリガニであった。
釣ったばかりのザリガニをブランブランさせながら、得意げにアイリを見てくるスイリ。
(いやいや、これ狩りじゃなくて、釣りでしょ!私の肉ライフ、ステーキが・・・)
そんなアイリの思いは伝わるはずもなく、スイリは次の獲物を釣り上げるべく糸をすぐ垂らす。
(というか・・・ザリガニって食べれるの?まぁ、よくわからないけどその辺は後で聞けばいいか)
期待したものとは違うが、植物性由来の物以外の物を食べられることは確実だ。
食べるなら、とことんたべてやろうと決意したアイリは、ジェスチャーで《私の分は?》と母に尋ねた。
すると、既に作り終えていたのか、自分の横を示し《ここにあるわよ》と合図をしてきたのであった。
(糸つかう系に関しては、本当に器用なんだよね・・・)
そんなことを思いつつ、アイリもスイリの横に座り、ザリガニ釣りに参戦するのであった。
初めて見ると結構面白く、ヒョイヒョイと連れて行った。
当然外すときは、捕まってなるものかと持ち前のハサミで攻撃してくるザリガニと格闘しながら、
何とか桶へと放り込んでいった。
1時間ほどたつと、桶が満杯になった。
そこまで来ると、母が「もういいわよね」と言いようやく釣りタイムが終わったのであった。
満足そうに母は、穴が少し空いた蓋を桶に被せた。
これで逃げ出さないから安心よとどや顔でアイリに告げたのであった。
獲物も大量に捕まえたし、もう帰るのかなとアイリが思っていると、母は、キョロキョロと辺りを見回しはじめた。
何か目的の物があるようだった。
それを発見したのか、足早に向かっていった。
向かった先は、水辺の近くにあったゼラチンの実だった。
「やっぱりここにあったのね・・・」スイリは誰に問いかけるでもなく呟く。
ゼラチンの実のすぐ近くには、大きな大木があった。
スイリはゼラチンの実と木の根元が重なりあった場所を掘り起こし始めた。
すると土の中から小さな四角い箱が現れた。
土まみれのその箱を大事そうに胸に抱きしめたのであった。
そんな姿のスイリをアイリは離れた場所から静かに見守っていたのであった・・・。




