34.レンガ積みは気合です!
午後になった。
急に窓の外からコッコの騒々しい足音が聞こえてきた。
コココーコココー、心なしかコッコが鳴く声が、黄色い悲鳴に聞こえる。
(これは・・・絶対ポールさんだ!)
そんな確信をもっていると、庭から聴こえてくるポールの声。
律儀にコッコに挨拶をして、ヨシヨシと撫でているようだ。
撫で回しに満足したコッコは、ポールを庭が見渡せる窓まで連れてきた。
そして、《コケコッコー》とポールの来訪を漸くアイリ達に告げた。
鳴き声のあった窓辺を見ると、ポールがひょいと顔を出した。
一言「庭にお邪魔するよ」と声をかけると、足早に作業準備を始めたのだった。
それを聞いたアイリは、ポールのお手伝いをしようと、新しいズボンに着替えた。
これは、母が作ってくれたズボンだ。
このズボンは、使い易い位置にいくつもポケットが作られていた。更にポケットの周りにいくつも刺繍も施されてあり、作業ズボンというより、オシャレなズボンに仕上がっていた。
貰った時は、母とズボンを二度見してしまった。
これが、母の作製したものだと到底信じられなかったのだ。
日頃のあの不器用っぷりをみていたため、実物をみるまで、こんなに見事なズボンが出来上がるとは、本当に、本当に思ってもみなかった。
この器用さ、何故料理には発揮されないのだろうか心の底から思ったものだった。
前回は試着で軽く足を通したが、今回は実践での着用になる。
きっと母もこちらを見てくるだろうと思い、右手を頭の後ろに回し、左手を腰に着け、腰をクイッと左に突き出して待機してみた。
所謂モデルのポージングだ。
こっちの世界であるのかはわからないが、何となく笑ってくれるきがしたのだ。
《こっちをみて〜》とばかりに視線を送る。
だが、母はチラリともこちらを見なかった。
母の視線の先は、手元の布に注がれていた。絶え間なく、チクチク、チクチクリズミカルに縫っていた。
自分と目を合わせたくないからなのか、単に裁縫に没頭しているだけなのか・・・アイリにはわからなかった。
ただ言えるのは、自分を見てくれないというその事実だけだった。
(なんだか、寂しい・・・)
母から視線をはずし、落ち込んだ気分でドアを開けた。
先程、ちょうどいい天気と思えたのが嘘の様に、暗くどんよりした天気に思えた。
(やっぱり・・・今日の天気、晴れてたら良かったのにな)
そんな事を思うアイリであった。
ポールが作業している場所へつくと、アイリは口角を上げ、満面の笑みを作った。
元気よく「こんにちは!」と挨拶をする。
「・・・アイリちゃん、何かあった?」
「あ、いや、何にもないですよ」
「・・・そうか」
そう言うと、アイリの頭の上に大きな手のひらをポンと乗せた。それ以上踏み込んでこないポール。
じんわりと伝わるその手の温かさに、すこし励まされる。
「今日は、何かお手伝いさせてください!」
「今からレンガの積み上げを行うから、アイリちゃん手伝ってくれるかい?」
「わかりました」
ポールは持ってきた細かい砂、水、セメントを混ぜ合わせ、モルタルを作り始めた。
なかなかの重労働なのか、汗をポタポタ垂らしながらかき混ぜている。筋肉も張り切ってるのかモリモリだ。
その姿を、汗も滴るいい男・・・なんて思いながら、静かに眺めているアイリであった。
暫くすると、ポールは手を止め、小さめのバケツにモルタルを取り分けく、アイリに渡した。
「アイリちゃん、これはレンガとレンガをくっつけるモルタルというものなんだ。これをレンガとレンガの間に塗ってくっつけていくんだ。レンガは一列作ったら、次の列は半分くらいずらして積み上げていくんだよ。あと積み上げるレンガは、予め水にぬらしてからモルタルに接着させるようにしていくんだよ」
そう説明すると、ポールはさっそくやってみようとアイリに声をかけた。
(ポールさんだから、きっと優しく教えてくれるだろうな)
「はい!」と元気よく返事をし、ポールと一緒に指示された自分の作業場へ移動するのであった。
こうして、アイリはポールの指導の下、レンガ積みを行うことになった。
ポールの講義は、最初ヘラの持ち方から始まると思いきや、まさかのヘラの歴史はから始まったのだった。
30分後、ようやく持ち方の実践指導が始まった。
この時点で、アイリは、ものすごく嫌な予感がした・・・。
その予感はすぐに的中することになる・・・。
「アイリちゃん、そこ違う5度ずれている」
「えっ??」
「ほら、今置いた場所ちょっと角度が違うだろう」
(・・・えぇ!!よくわからないんですけど)
アイリはとりあえず、ポールの表情を見ながら角度の修正をする。
ホッとしたのもつかの間、一つやるごとに指導がはいる。
「そこモルタルはみ出ている」
「すぐ拭き取ります!」
「レンガの持ち方が違う、そうじゃない!」
「すいません!」
「モルタル用のヘラはこの角度で持たないと、やり辛いだろ!」
「はい!」
「レンガは芸術だ!!積み上げ方も、接着にも、美しさがある。ほら、このはみ出し具合でその芸術が壊れてしまうんだぞ。判るだろう!ここがこうなると、こうみえるだろう!気合が足らん!」
(だれだ、だれだ・・・この人は一体誰?この熱い指導に細かい指摘。普段のポールさんはどこ行った、あの爽やかイケメンポールさん。優しさと気配りができるポールさん。私の知っているポールさんはどこ!!)
アイリ脳内は、もう大パニックだ。
だが、そんなことは表に出さず、混乱しながらも必死に指導に食らいついていくアイリ。
それに気を良くしたポールは、指導にもますます気合がはいる。
はた目からみると既に師匠と弟子の姿となっていた。
そんな熱血指導のお蔭で、すっかりスイリとの気まずさを忘れ去ることができたアイリであった。
因みに、スイリは途中からその様子を窓越しに眺めていた。
というのも、午後からポールのシャツを縫い始めたのだが、なかなか満足のいく仕上がりに成らなかった。
ポールの筋肉は美しい、だからこそ、その優美さを際立たせるシャツを作らなければと使命に燃えていたのだった。
(私の邪念がこの一針に出てしまっているんだわ!)
そう考えたスイリは、一切の私情を遮った。
全神経を集中させて、漸く高難度筋肉モリモリ部位を縫い終えることができたのであった。
一息ついて、顔を上げると娘がいつの間にか、熱血指導を受けていたのてあった。
(ポールさん建物の事になったら、人柄変わっちゃうって有名なのよね・・・あれ本当だったのね。あ、アイリちゃん早速私の作ったズボン履いてくれてるじゃない!可愛い、似合ってる)
そんなことをのんびりと思うスイリであった。
こうして、ポールの細かい指導のお蔭で、ちっともレンガ積みの面積が・・・・増えなかった。
(こんな調子で、冬の前に建て替え終わるかなぁ・・・)
思いがけない新たな悩みがでてくるアイリであった・・・。




