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32.一体私は誰の子なの!

男爵夫人の部屋は日当たりの良い角部屋だった。

朝日の柔らかな光を受け、扉のノブが光っていた。

その光が、一瞬スイリの瞳の中に引かを照らし、眩しさに目をつぶる。

目を閉じると、フワフワと霞んでいた思考がはっきりとしてきた。

冷静に考えると、顔合わせも住んでいない主人の旦那様と一晩を共にしてしまったのだ。

こちらがいくら不本意だったと訴えたところで、今の自分は平民だ。

貴族と一平民では発言力が違う。

仕事も恐らく首になってしまうだろう・・・。

それに、町にもこの噂が流れてしまったら、恐らく住むことはできないだろう・・・そうすると、アルを待つこともできなくなってしまう。


アルとの約束だけが、今のスイリの生きる目的だった。

その約束まで失うことになるかもしれない・・・そう考えると、ドアをノックする手が震える。


中から「お入りなさい」と声がかかった。


スイリは、「失礼します」と返答し、気の重いまま扉を開けたのであった。


部屋に入ると男爵夫人が優雅にソファーに腰かけて、お茶を飲んでいた。

その後ろには、メイド長がいた。


通常目下の物は、お声がかかるまで顔も先に上げてはダメで、口も先には開いてはいけない。

貴族令嬢として生きてきたスイリは自然と身についていたため、頭を下げたままで、口を開かなかった。

すると、男爵夫人は「田舎のメイドなのに、よく心得ているね・・・頭を上げていいわよ」と声をかけてきた。

スイリは恐る恐る顔を上げた。

そこには茶色い髪をしたスイリよりも年上と思われる男爵夫人がいた。

「主人から話は聞いているわ、婚約者に捨てられた寂しさを癒してほしいと、あなたから誘惑してきたと聞いたわ」

「!!」

「ずいぶん強か(したた)なのね、金銭目的かしら?」

「発言を許すわよ」

「・・・信じていただけないかもしれませんが、私はクローバー男爵様にお目にかかったのは、昨日が初めてでございます。若い執事の方から、メイドの顔合わせを男爵様がご所望されているからついてくるように指示をされ、お部屋へ参りました。そこで、出されたお茶を頂いたら急に力がはいらなくなりました。抵抗できなかったんです!」


スイリは出来る限り、弁明をした。

一息置いて、「・・・でしょうね」っと信じられない返事が返ってきた。

男爵夫人を見ると、冷静にお茶を飲んでいた。


「実は、最初に貴女を主人の部屋で見つけたのは、後ろのメイド長だったのよ。部屋には飲みかけの紅茶と飾っておいたサルビアの花が散乱し、ベットには旦那様と貴女の姿があったと報告を受けたわ。しかも、二人とも揺さぶっても不思議なほど起きなかったと・・・。今、貴女の話を聞いて確信したわ」

そう言うとふふっと男爵夫人は笑った。


スイリはあっけにとられた。

罵られることはあっても、まさかスイリの事を信じてくれるとは思ってもいなかったのだ。

自然と滝のような涙が溢れ出てくる。

男爵夫人は、メイド長に指示しスイリにハンカチを渡した。

そして、「男爵様からされたことはこの屋敷には広まっていると思いなさい。そして、私は今後、面子のために貴女にきつく当たらないといけないわ。ただ、私は貴女の刺繍が好きだし、このまま働いてほしいと思っているわ。二度と今回のようなことをしないように、旦那様には釘をさしておくから、このまま働いてくれないかしら」


思いがけない申し出に、スイリはコクリと頷いた。

これで、アルをこの地で待つことができると思うと、もう涙が止まらなかった。

スイリが落ち着くのを見計らって、男爵夫人は退室を促したのだった。


男爵夫人の配慮で、自室で休んでいいとのことで、スイリはこの日ゆっくりすることができたのであった。


次の日から、勤務が始まった。

当然噂は広まっており、好機に満ちた視線を浴びる。

たが、誰もがスイリの美しすぎる容姿をみて、なんとなく事情を察していたため同情的な視線がほとんどだった。


男爵夫人は、宣言通りスイリには取り分けきつく当たってきた。

裁縫師達もみなその経緯を察しているため、さり気なく男爵夫人とスイリの接触を少なくしようと配慮してくれていた。

だが、スイリの裁縫の腕は群を抜いていた。

表上キツク当たっていた男爵夫人もその腕前を見て、「うちの領から刺繍師がでる事は名誉の事だから、この子を刺繍を刺繍協会に出して審査してもらって」とあくまでも領のためといって、雇ってわずか1か月程度でスイリを刺繍師として推薦したのであった。

無事に審査も通り、刺繍師として称号を得ることができたスイリであった。


最初こそ事件があったものの、それ以後は穏やかに日々は過ぎ去っていった。

だが、4か月もするとスイリは著しく体調が悪くなっていった。

食欲も落ち吐き気もする。

ずっと隠していたが、遂にメイド長から男爵家の医師にかかるように指示を受けるのであった。

診察を受けると懐妊していると告げられるのであった。


診察が終わると、今度は待機していたメイド長に連れられて、心の整理がつかないまま男爵夫人の元へ連れていかれるのであった・・・。


ーーーーーーーーーーーーーー

ノックをし、男爵夫人の部屋へ入る。

夫人はスイリの顔を見ると、ため息を一つついたのであった。

「結果が分かったわ、懐妊しているんでしょ?」メイド長に聞く。

「そのとおりでございます」

「やっぱりね・・・貴方の様子を見ていてそうじゃないかと思っていたのよ」

「!!」

「発言を許すわよ」

「・・・そうなんですか?」

「そうよ、気づいていて隠していると思ってたわ。貴女今まで気づかなかったの?」

「体調が悪いとは思っておりましたが、まさか懐妊とは思いませんでした・・・。」

「ここで産みなさい。私はまだ男子を産んでいないから・・・。だけど、今後もし私が男子を産んだ場合は、その子が当主となるわ」

「・・・実は旦那様との事の2日前に、元婚約者を関係をもったので、どちらの子かわからないんです・・・ですので、私どうしたらいいのか・・・」

男爵夫人は戸惑い話をメイド長へ振った。

「・・・・意見を頂戴」

「そうですね・・・それであれば、子を見てわかるかもしれませんよ。顔や瞳の色等遺伝しますからわかるかもしれません」

「そうね、スイリ、ここで産みなさい」

「・・・このことは、男爵様には・・・」

「言わないから大丈夫よ」


こうして、スイリはクローバー男爵家にて出産することになったのであった。

それで、アイリが誕生したのだが、容姿はスイリに瓜二つであった。

瞳の色も水色、髪の色も今のスイリと同じ銀髪。


どちらの子か判別がつかなかった。

アイリの姿をみた男爵夫人とメイド長も兼ねて同じ感想で、「スイリに似すぎていてわからない」との結論になったのであった。


スイリは「そうですね」っと返した。


こうして、男爵の子としてこの敷地内にいていいという事になり、温情として男爵夫人は、二人で暮らすように、例の小屋をあてがったのであった。

スイリは男爵家の寮を出て、アイリと二人暮らしを始めるのであった。


ただ、スイリは、二人に伝えられないことがあった。


それは、あの変化の薬の事だ。


スイリは、アルの本当の髪色がわからない。

事実としてわかっているのは、クローバー男爵は、茶髪、自身の本当の髪色は金髪、アルは変身後が茶髪だったから、おそらく違う色だけだ。

薬の影響が切れる10年後、子の髪色が判明してから、おそらく初めて誰の子かわかるようになるかもしれないと思うのであった・・・。

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