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31.貴方と一緒にいたいんです!

西陽が完全に消え去る前に、珍しくアルは町から帰ってきた。

早すぎる帰宅にスイリは驚く。

何か良くない事でもあったのかとを思いながら、アルを出迎える。

「おかえり、今日早かったわね」

「今日、裁縫屋の主人がこの服をみて、刺繍を施した人物に仕事を依頼したいといってきた。どうする?」と話しかけてきた。

どうやら、この知らせを早くしたくて急いで帰ってきたみたいだった。

本人は隠しているつもりだろうが、一年一緒に暮らしたスイリにはわかっていた。

(本当、優しい人・・・)


スイリは話を聞くなり、アルの両腕をがっしり握りしめた。

口パクで《やってみたい》と伝える。

この一年で読唇術をマスターしたアルは、「わかった」と一言スイリに告げた。


スイリは、自分の刺繍が認められ嬉しかった。

それに、ずっとアルにお世話になりっぱなしという負い目もある。

だから、やっと彼の役に立てる、そう思うと少しホッとした感情が湧き出てくる。

気付くと、昔習っていたダンスのステップを踏んでいた。クルッとターンをした時、ふっと鏡が目に止まった。

その瞬間、急に現実に引き戻された。

自分の目立つ容姿の事を忘れていた。

今も探しているかどうかわからないが、シーナ公爵令嬢の容姿は金髪に水色の瞳と有名。

こんな姿で町へ降りれば、あっという間に噂が立つ。

そうすれば、アルとはもう一緒にいられなくなるかもしれない、迷惑が掛かってしまうかもしれない。

どうして、大切な部分を忘れていたのだろうと落ち込む。

今まで一度もアルと一緒に町へ出かけることをしなかったのは、目立つこの容姿のせい。

浮かれすぎて、すっかり忘れていた。


せっかくの機会消失に、スイリは落胆の色を隠せなかった。暗い表情でアルに《やっぱり、私にはできないわ》と首を横に振った。

そんなスイリの葛藤を見透かしたように、アルは胸元から袋を取り出す。左右の紐を緩め、中から一粒の薬を取り出した。


《それはなに?》

「これは、我が家に伝わる変化の薬だ。これを飲むと10年の間、別の髪色に変えることができる。髪色の印象を変えたら、スイリと分からないだろう」

《貴重な物じゃないの?》

「・・・」

《お世話になっているのに、そんな、貴重な薬受け取れないわ》

「いいんだ、一緒に町で暮らそう」

《でも・・・》

「・・・好きだ」

《!!》

「詳細は話せないが、俺は追われている身だ。この薬で今は姿を変えている。本当は茶色の髪でなくて銀髪だ。2年前に飲んだから、まだ有効期限は8年ある。それに、新たな薬を手に入れる予定だから、気にするな。町の暮らしに落ち着いたら、一緒になってほしい」

そこまで言うと、スイリの手をとり、掌に薬をそっと置いた。


スイリそのまま手を口元まで持っていき、薬を飲み込む。

なんとも言えない苦みが口内を襲う。

頭もズキンズキンする。

だけど、スイリはアルと居たいと思った。

例え、お互いが追われる身だとしても、いつか、離れ離れになる時が来るとしても、その時まで、ずっとそばにいたい。

告白の返事として、スイリは髪色を金髪から銀髪へと変えた。

嬉しい副作用として、この時からまた声が出るようになった。


こうして、二人は町で暮らしはじめた。

ぼろいアパートだったが、日当たりはよく、森での生活よりは遥かに快適だった。

共働きではあるが、安定的な給金に恵まれ、食べ物に困ることはなかった。

贅沢はできないが、二人でいるだけで幸せだった。


町での生活が一年経つ頃、スイリの刺繍の腕は評判になっていた。

ある日、突然男爵家から直々に引き抜きのオファーが来た。

提示された条件は、給金は今の二倍、週休二日の勤務体系だった。

魅力的な待遇に、スイリは即答でオファーを快諾した。

浮かれ気分で家路へ到着すると、アルがいつものように夕飯の支度をして、スイリの帰りをまっていた。

「ただいま」

「おかえり」

「あのさ、転職する事になった。今日男爵家で最初の一か月だけ腕試しで住み込みで勤務って言うのが、嫌なのよね。しかも、明日からさっそくなのよ」

「・・・」

「でも、本来未婚だったら、住み込み勤務らしいの。結婚間近って伝えたら、最初の一か月だけという条件に変えてもらったから、これ以上は要求できないよね」

「・・・」

「アル、どうしたの?何か変だわ」

アルは暗い表情のまま、「・・・スイリ、たぶん追っ手に見つかった。ここにはもういれない」

「私も一緒にいくわ」

「ダメだ、危険すぎる」

「でも、あなたが好きなの」

「俺もだ・・・だからこそ、この地で待っていて欲しい」

「私も行く」

「・・・頼む」 

「貴方と一緒にいたいの・・・」

「スイリの薬が切れる前に、必ず、必ず迎えに来る」

「いやよ、いやよ・・・」

泣き崩れるスイリをアルは抱きしめた。

抱きしめる腕は温かかった。

その腕を離さないように、しがみつくスイリ。

視線を合わせるアル。

落ちてくる影。


出会って3年目、ふたりはようやく結ばれるのであった。


翌朝、スイリは起きると既にアルの姿はなかった。

自身に残るのは気だるい感覚だけ。

「また・・・独りぼっちになってしまったわ」誰もいない部屋で、むなしい呟きが中を彷徨うのであった。


スイリは泣いて腫れてしまった瞼を冷水で冷やし、荷造りをした。

そうして、男爵家へ向かったのであった。

男爵家で婚約が破棄になったことを伝え、住み込みで働きたいとメイド長へ伝えたのであった。

あっさり許可がおり、さっそく割り当てられた部屋に案内された。

こじんまりとした一人部屋だった。

男爵家で働く事2日目、急にクローバー男爵に呼ばれた。

若い執事から、男爵が新しく来たメイドの顔を覚えておきたいと言われているとのことだった。

初日にメイド長から紹介された執事長とは違ったが、違和感を感じつつも素直に執事の後をついて行ったのであった。


通常、男爵は態々メイドと顔合わせなどしない。

だが、そんなことを知らないスイリは、勧められるまま腰を掛け、出されたお茶を飲んだ。

すると、力が抜けて経てなくなっていった。

(しまったわ!)

そう思ったときは、遅かった。

男爵のベットルームに連れていかれてしまったのであった。


翌朝気づくと、自室へ戻っていた。

鈍い痛みが体を襲う。

誰が自身を運んだのかすらわからないが、身体も綺麗にされていた。

スイリがショックで呆然としていると、今度はクローバー男爵夫人から呼び出しがかかった。

混乱しながら身支度を整えて夫人の部屋に向かうのであった。

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