3.ご飯の誘惑には勝てません!
鬱蒼とした森の中を、赤褐色の土がむき出しになっている道らしき箇所を辿っていく。
急に視界が眩しくなり、アイリは、一瞬目を瞑る。
次に開いた時は、そよ風に揺れるお花畑が広がっていた。
色とりどりの花々が咲き乱れ、蝶が優雅にヒラリヒラリと舞っている。
絵画を切り取ったかのような、美しい景色。
そう、美しい。
美しい『だけ』だ。
アイリが求めていたのは、コレではなく、野菜畑。
コレジャナイ感半端なく、足の力が抜ける。
勝手に期待したくせに、何故か裏切られた気持ちになる。
この景色を否定する気持ちとかは、全く無い。
アイリも幼児といえど乙女。
色とりどりの花が咲き乱れていれば、本来ならうっとりできる感性の持ち主のはずなのだが、如何せん飢えている。
今は、花より団子、ならぬ花より食料。
そんな事をおもいつつ、アイリはがっかりした気持ちに鞭をうち、辺を観察する。
花畑だけれど、何処か野性味がある感じに思えた。推測になるが、きっとここはお屋敷の庭園外の野原ではないかと思えた。
真上は、雲一つない青空、そよ風が吹いてうたた寝したくなるくらいのいい天気。
でも、お腹が空きすぎて、考えることは食べ物。
朝食抜きは、やっぱり力が出ない。
アイリは、少し休憩してから出発しようと、そのまま真後ろに寝転んだ。
その拍子に潰れた草木の香りが、周囲に立ち込める。
そのまま、ハーブの様な香りに誘われて、軽く目を閉じると完全に眠りに落ちてしまった。
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「お〜い、お嬢ちゃん、起きるんじゃ!」
誰かが、話しかけて気がしたが、アイリは起きない。
眉間に眉を寄せて、身動ぎするくらいだった。
当の本人は、幸せな夢を見ていた。
天日干ししたてのフカフカのベットでゴロゴロしつつ、幸せを噛み締めていた。何処かでこれは夢の中と思っており、夢でしか味わえないようなお寿司に、お肉に、カレーにシチュー、あとケーキを空想上堪能していた。
そんな幸せな夢から、誰かが強制的に起こそうとしていた。
「お〜い、お嬢ちゃん、お昼ごはんたべんかね?」
(う〜ん・・・夢かな?『お昼ご飯』って聞こえたよ。夢でもいい、お昼ご飯、食べる、食べる、食べたい!!)
勢いよくがばっと起き上がると、そこには見知らぬおじいさんがいた。
瞬時に布団を手繰り寄せ、「ぎゃぁーーーーー」と可憐とは程遠い、悲鳴越えを上げるアイリ。
おじいさんはというと、勢いよく上げられたアイリの頭を、顎にくらってしまい、涙目になって椅子の下で呻いていた。
落ち着きを取り戻したアイリは、見知らぬこのおじいさんの目を真っ直ぐ見つめる。
「誘拐犯ですか?残念ながら、うち貧乏で身代金用意できないですよ?」
5歳児と思えない内容を言い放つ。
手応えを感じなかったのか、話を続ける。
「見てください、この貧相な体つきに加え、ボロをまとった格好を!確かに髪の色と顔立ちは美しいですが、それだけです」
顎をスリスリさすりながら、おじいさんは一瞬キョトンとしてアイリを見た。
アイリが発した言葉の意味を理解するやいなや、顔を真っ赤にしながら「わしは誘拐などせぬわ!」と腹立たし気に答える。
だが、アイリはそんなことお構いなしだ。
お喋りに飢えてたのだろう。
いかに家が貧乏で、食べるものに困っているのかも熱弁する。
ついでに、あのケチで人情のかけらの無いクローバー男爵もけちょんけちょうんにこき下ろしておいた。
愚痴れる喜びを噛み締めている最中に『グゥ~』とお盛大にお腹の音が鳴った。
おじいさんは、絶え間なく主張をする腹時計に呆れながら、アイリを昼ご飯を誘ってくれた。
『腹芸は身を助ける』アイリは、ことわざを一つ体得する事ができた。
お昼ご飯を食べさせてもらえる事になってから、アイリの嗅覚はフル稼働を始めた。
部屋に漂うおいしそうな匂い、いや香りと言い換えてもいいくらいだ。
このおいしそうなお昼ご飯を食べれるなんて、なんて今日はついてるなと思いながら、配膳前からワクワクする。
おじいさんの用意してくれた昼食は、我が家の夕飯と比べ物にならないぐらい豪華だった。
ハム入りのサンドイッチに、野菜のスープ。
特にパンがホワホワしていて、やわらかい。
あの食べ慣れたくないカピカピパン、通称カピパンとは比べ物にならないくらい違う。
更にこの世界で初めての肉。
薄切りと言え、いい塩梅のハムが一つのパンに2枚も入っている。
調味料が塩だけと思えるのだが、この新鮮なレタスにハムだけ十分だった。
野菜スープも、じっくりコトコト煮込まれているのがわかるぐらい、野菜の甘みが溶け出したスープだった。
久しぶりすぎるまともなご飯に、知らず知らずのうち目から大量の涙があふれてくる。
だってそうだろう、気づけば前世で死んでいて、転生先は日本と比べ物にならないくらい貧乏家庭。
母は可愛くて優しいくていくらでも推せるが、父は情のないケチな奴。
寝床は固く1つのベットにギュウギュウになりながら、母と寝る。
シャワーっといっても湯シャンのみで、シャンプーもリンスもない。
石鹸はあるが、特別な日だけらしい。
満足に食べられず、もうふらふらだ。
もとは17歳高校生。
急にこんな環境に放り出されたらもうメンタル崩壊するしかないだろう。
泣き止もうとしても、止まらない涙、止まらない手。
行儀の悪さや持っていたはずの遠慮という言葉を置いて、ひたすら眼の前にある食事を食べて食べて食べまくった。
おじいさんは、アイリのそんな姿を黙ってみていた。
暫くすると、アイリの涙も引っ込み、手も止まった。お腹がポコンと出っ張ったところで、おじいさんは話しかけてきた。
「お嬢ちゃん、もしかしてスイリちゃんの子のアイリちゃんかね?」
「そうです。アイリと言います。お恥ずかしいところお見せしました」
フォフォフォっと、豪快に笑うとおじいさん。
「もしかして、お母さんに会いに来たのかね?だとすると、ここから更に20分ほど行ったところに男爵様のお屋敷があるんじゃ」と教えてくれた。
そこで、アイリは本来の目的である庭師と野菜畑についておじいさんに聞くことにした。
「おじいさん、色々お気遣いありがとうございます。でも、ママに会いに来たのではなくて、野菜畑がある場所を教えていただけませんか?あと、庭師に紹介してほしいです」
「どうして野菜畑にいきたいんじゃ?」
「野菜畑で出るくず野菜を貰えないかと思って・・・。うち食べ物が無くて、ママが今日残飯持って帰ってきてくれると言ってたのですが、もし残飯なかったら、カピパンだけになってしまうんです。それに、弟子入りしたいと思ってます」
おじいさんは、なるほどなっとつぶやくと、黙ってしまった。
その沈黙に、アイリは不安を覚えた。
くず野菜でも、お屋敷のもの。もしかしたら、何かを貰うっていうのがダメだったのかなぁ?と思考がぐるぐるしはじめたところで、おじいさんが口を開いた。
「今弟子は募集していないんじゃ、ただ弟子じゃないけどお手伝いをしてくれるなら、食糧いくらか融通してやってもいいの」
「えっ?!おじいさんが庭師だったんですか?」
「うーん、庭師は、花師と菜師両方を指すんじゃ。わしは花師と呼ばれるやつで、花師は花を育てるのが仕事、菜師は野菜を育てるのが仕事」
「おじいさんは、野菜もそだてられるんですか?」
「当り前じゃ!花師は菜師よりも格上なんじゃぞ!」おじいさんはドヤ顔だ。
「本当ですか?やっぱり、野菜は作れないなんてことないですよね?」
「失礼な嬢ちゃんじゃのう・・・このジャガイモと玉ねぎはいらないってことじゃな」
「!!嘘です、やっぱり花師の方って素晴らしい技術力なんですね」
「そうじゃろ、そうじゃろ、わしは誉れ高い花師、頼まれても弟子はとらんのじゃ」
「そこを、ちょこっと融通してくださいよ~ついでに、このパンもついてきますよね?」
「弟子はだめじゃ、だが手伝いならいいぞ。明日から手伝いに来たら、わしの育てている野菜を分けてやるぞ。今日は、パンも特別にやろう!このわしの手作りパンじゃからな」
こうして、アイリは幸先よくお手伝い先と食べ物をゲットすることができた。
花師も食べ物作れるからまぁいいかなんて、のんきに考えていたことを、この時は、知る由もなかった。