27.隠すことは優しさではありません!
朝日が部屋に降り注ぎ、一日を告げる。
スイリはぼんやりと起きた。
いつも通り、メイドがスイリの身支度を整え、何か声をかけてきていた。
(なんていってたのかしら?)
聞き返そうとして、口を開いたが、声が出ない。
メイドが訝しげにスイリを見る。
スイリは、咄嗟にふんわり笑って誤魔化した。
メイドは、「かしこまりました。朝食はお部屋にお運びするよう致します。失礼いたします」一礼すると退室していったのであった。
どうやら、メイドは朝食を部屋で食べるか聞いていたようだった。
メイドが部屋を出た後、スイリは声を出そうとした。
何回やろうとしても、喉からでるのはヒューヒューと声にならない音ばかり。
(どうしましょう・・・これからレッスンがあるというのに・・・)
そう思っていると、部屋の外からノックが聞こえた。
何時もなら、「どうぞ」と声をかけるのだが、声がでなくて返事ができない。
(どうしましょう・・・)
そんなことを思っていると、暫くすると、足音は去っていった。
(よかったわ・・・)
安心して、ベットに倒れ込む。
整えてもらった髪も服もぐちゃっとなるが、そんなのはお構いなしだ。
仰向けのまま、窓から外を見る。
数匹の鳥たちが青空を自由に飛びまわり、ピピピと楽しそうに会話しているようだった。
スイリはその姿を羨ましそうに眺めていた。
そんなことをしていると、いつの間にか眠りについてしまっていた。
こうして、スイリは生まれて初めて、授業をすっぽかしてしまったのであった。
そのころ、待てど暮らせど授業にスイリが来ないため、痺れを切らした家庭教師は帰ってしまったのであった。
その報告を受けた執事長が、慌てた様子でスイリの部屋にやってきた。
コンコンとノックをするも、返事が返ってこない。
心配になった執事長は、部屋の外から「お嬢様、入りますぞ」と声をかけスイリの部屋に入ったのであった。
部屋では、公爵令嬢の姿であるまじき格好でベットで寝ているスイリがいた。
執事長はベットに近づいた。
スースーと寝てる様子に、安堵をしつつスイリを見る。
(お嬢様は、ここ数か月ですっかりやせ細られてしまった・・・)
スイリの姿にやりきれない思いが募る。
本当はこのまま寝させてあげたいが、婚姻までの準備期間がわずか半年しかないため、次の授業までに、起こさなければならなかった。
「お嬢様、お嬢様!起きてくだされ」
執事長が声をかけると、スイリが目を擦りながら起き上がった。
声が出ないことをすっかり忘れ((ごめんなさい、寝てしまったわ))と音のない声で言った。
執事長が目を丸くする。
「お嬢様、お声が・・・お声は、どうされたのですか?!」
スイリが口をパクパクすると、執事長は素早く胸ポケットから、紙とペンを取り出し、スイリに渡した。
スイリは、今朝起きたら声が出なくなってしまったことを書き記すのであった。
執事長はそれを見るなり、控えていたメイドへ、医師を呼ぶよう指示を出すのであった。
知らせを受け、すぐに公爵家専従医師がやってきた。
スイリを診察するなり『心因性の発声障害でしょう、精神的ショックでなってしまうことがあり、ストレスが無くなるともと通り話せるようになるでしょう』と診断するのであった。
このことは、即シーナ公爵の耳にも入り、すぐにスイリのスケジュールはすべて空白に戻されるのであった。
突然暇になったスイリは、久しぶりに庭をフラフラ散歩していた。
色とりどりの花々が咲き乱れているが、視線を向けることなく、やることがなくただ、ただ歩いていた。数か月前まで、キラキラしていた水色の瞳は見る影もなく、今は泥で濁ってしまったかの如く、淀んだ瞳へと変わり果てていた。
執事長は、そんなスイリの後を静かについていった。
フラフラしていたスイリが突如ぴたりと止まった。
(どういうことなの?!)
スイリは衝撃を受けた。
歩みを止めた場所は、かつて母、メイリー公爵夫人が愛でていたゼラチンの実がなる場所であった。
この場所は、広大な敷地内で最も森に近い場所で緑豊かな上に調味料系植物がワンサカ育成できる場所でもあった。
このゼラチンの実は、特殊な環境でしかならず、この実の近くには必ずシオーナと甜菜糖、胡椒がななるのであった。主食が育ちにくいシーナ領の重要な資金源となっていた。
言わば領民にとってもこれらの調味料は生命線ともいえるものだ。
そんな場所が、公爵家の敷地内というのにもかかわらず、今や枯れた大地へとなりかけていたのであった。
スイリは、執事長をじっと見つめた。
執事長は、スイリの視線に根負けし、「お嬢様、今から言うのは私の独り言でございます」と前置きをしながら領地の状態を話し始めたのであった・・・。
メール国の領地の一つであるシーナ領は、ザード国、フォレス国と国境を交える領地である。
この2国間とは友好関係を築いていた。
シーナ領は調味料を、ザード国は火の石を、フォレス国は主食をはじめとする食糧を提供し、いいバランスを保っていた。
ただ、シーナ領は10年くらい前から、調味料の収穫高が年々減少していく事態に視回れていた。
将来を危惧し、植物の生態に詳しいフォレスト国へ、兄のウィルを学術留学へさせるも、解決策は見つからなかった。
そして、事態が急変したのが4年前、シーナ領で保管していたザード国とフォレス国へ提供する輸出用の調味料の収穫量が足りず、火の石と一般的な食糧品を現金での購入に変えてほしいと父は申し出たとのことだった。
だが、フォレス国ははかたくなに現物支給にこだわってきた。
領民を飢えさせるためにはいかないため、残っているわずかな調味料植物を致し方なく乱獲をしてしまったとのことだった。
すると、その翌年から更に収穫物が減ってしまい、悪循環に陥ってしまっている状態とのことだった。
このままいくと、調味料の現物がないため、食糧を得られず領民を飢えさせてしまうと危機感を抱いた公爵が、フォレス国と縁を繋ぐため、今回の婚姻を薦めたとのことだった。
また、いつまでも跡取りの兄をフォレスト国へ置いておくわけには行かなかった。
複雑な事情が絡み合い、今回の縁談が来たのだと、公爵の嫌がらせでもなんでもないのですぞと暗に伝えた執事長であった。
スイリはというと、その事実に愕然としていたのだ。
(知らなかったわ・・・領地がそんな大変なことになっていたなんて・・・)
この事実を受け止めきれず、足が向いた先は、母の眠る墓地であった。
墓地の周辺に近づくと、執事長は足を止めた。
スイリは、そのまま母の眠る墓地に向かった。
墓石に向かって心の中で話しかける。
(お母様・・・私、領地のこと何も知らなかったわ。お父様とお兄様が領民の事を思って色々動かれていたというのに・・・私だけ・・・私だけ領民に目を向けていなかったわ。公爵令嬢失格ね・・・)
そこまで話すと、ポケットからハンカチで包まれた不思議な緑色の石を取り出した。
ココで拾ったものだった。手のひらサイズのそれは、太陽に照らすと相変わらず変化して美しい。
(お母様、これが緑の石だったらいいのにね。こんなに大きなものだったら、何でも願いを叶えてもらえそうだわ・・・。もし叶うならば、領地の胡椒やシオーナや甜菜糖が、昔のように豊作になり、多量生産できる品種になってくれたらいいのにな・・・そして、私は、なんだか疲れちゃったわ。誰も知らないところへ行ってしまいたいわ・・・)
そうスイリが心か願うと、手の中にあった緑色の石が突如強い輝きを放ちだす。
その光は、一瞬ピカっと光ると、消滅した。
スイリの落としたハンカチだけを残して・・・。




