25.美味しい物は、ついつい口を滑らせます!
ニヤニヤ顔に向かい入れられたスイリは、一旦アイリの両頬むにゅっと横に引っ張った。
お次は縦に引っ張った。
(うん、表情筋に異常はないみたい)
アイリの筋肉チェックを行い問題ことを確認したスイリは、安心して入浴に向かったのだった。
こざっぱりして帰ってくると、あると思っていた食事が用意されていなかった。
今日、アイリはお休みの日だった。
スイリはてっきり、何か用意してくれているだろうと思い、今日に限って残飯を持って帰ってこなかったのだ。更に、見るからに腕負傷中娘の姿があった。
(よりによって、今日なのかしら・・・)
夕食を思いため息をつく。
何の原因で、腕がダメになってしまったのかわからないが、あの気持ち悪い笑顔からして、きっと故意的にやらかしたんだろうなっと察するスイリ。
かたや、未だにニヤニヤした顔でこちらに視線を向けてくるアイリがいた。
これは、聞いてくれってことだろうと察し、諦めてスイリは尋ねた。
「アイリちゃん、その腕どうしたの?」
そこまで言うと、待ってましたとばかりに、怒涛の勢いで話し始めるアイリ。
昨日の収穫物からの保存食作りと、コッコの卵献上事件等、ボリューム満点の食話であった。
聞いていくうちに、「本当食いしん坊さんなんだから!」とツイツイ笑うスイリ。
そして、アイリの差し出した黄色い謎の物体が気になった。
質問するも「食べればわかるよママ!」としか返さない。
問題は夕食がないことだ。
「アイリちゃん・・・テーブルの上にあるのは、これと砂糖、塩、酢、油だけよ。ママもさすがに、調味料だけの食事は嫌かな・・・・」なるべく娘を傷つけないように、言葉を選んで話す。
(元々夕食を用意するのは、親の務めよね・・・アイリちゃんが用意していなかったといって、別に悪くはないのだけれど、私、料理できないのよね。カピパンとトマトはあるはずだから、ひとまずしれでいいかしら)
夕食の事を憂い、スイリは帰ってきてから、二度目のため息をついた。
アイリはスイリの様子をみて、ようやく母がなんで悩んでいるのか察するのであった。
マヨネーズフィーバーから目が覚めたアイリは、ようやく説明を始めた。
「これは、マヨネーズという調味料なの、つけた食材を何でも美味しい物に変身させるの」と言った。そして、いつものカピパンを指さした。
(カピパンだけなのね・・・)そんなことを思っているだろうスイリの顔をみて、アイリはニヤッとした。
(ママがマヨネーズ食べた後の反応が楽しみ!)
そんなことを思われていると知らず、スイリは言われたとおりにマヨネーズを付けた。
(酸っぱい匂いがするけれど・・・何かしら?)
見慣れない調味料に、恐る恐るマヨネーズ付きカピパンを口に入れた。
「・・・これは!!」
マヨネーズのあまりのおいしさに、言葉を失うスイリ。
「アイリちゃん、このマヨネーズとやらは、私が今まで食べてきた料理の中でも、一品中の一品よ!公爵家の調理師に負けないぐらい美味しいわ!」
「でしょ!このマヨネーズはもう調味料界NO.1なんだから」
「本当ね、これなんにでも合いそうね!」
「うん、野菜との相性も抜群よ」
「それにしても、どこで作り方聞いたの??」
母からそんな鋭い質問を受けると思っていなかったアイリは、しどろもどろに「たまたまなの!なんかこうやったらおいしそうって想像してやってみたら、できたんだ!凄いでしょ!私天才でしょ」
っと言い切ったのだった。
「えー!凄いわね、アイリちゃん調理師になれるわよ!!」
(素人が偶然こんなおいしい調味料作れるわけないけど、ママチョロすぎるわ)
アイリの嘘にコロッと騙されるスイリにちょっと心配になる。
(それにしても・・・気になる単語がでてきた・・・)
「もうママ、公爵家なんて我が家に関係ないでしょ~大げさよ」
敢てオーバーリアクションも添えてみる。
すると、母はしまったという顔を見せ、黙ってしまった。
「えっ・・・どういうこと?」
「・・・・」
「ゼラチンの実を見た時からママちょっと変だよ・・・」
そこまで言うと、はぁ~っとスイリは本日3回目のため息をついた。
今度のため息は、深かった・・・。
「アイリちゃん、ゼラチンの実を見た時から話さないといけないと思っていたの・・・」
二人は簡単に夕食を終えると、テーブルに向かい合った。
張り詰めた空気が食卓を覆う・・・。
「アイリちゃん、いつかは貴女に話さないといけないと思っていたの・・・でもこんなに早く伝える」そう切り出すと母の長いお話が始まったのだった。
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スイリは元々公爵家の令嬢であった。
病弱な母と5歳年上の兄と多忙な父と4人家族であった。
母と父は、貴族社会には珍しい恋愛結婚であった。
子供の目からみても、父と母はとても仲が良かった。
刺繍の上手な優しい母で、ベットの上で刺繍や裁縫を教えてもらっていた。
家の雰囲気も明るく、そのころの父もスイリの頭を撫でたりとても気にかけてくれていた。
そんな家庭がガラッと変わったのは、スイリ10歳の頃だった。
母は元々病弱であり、更にスイリの出産で拍車がかかり、ついに亡くなってしまったのだった。
5歳離れている兄は他国へ留学しており、葬式のためだけに一旦帰ってくるも、すぐ去って行ってしまった。
父はというと、母が亡くなる前までは、仕事の隙間を縫って頻繁に自宅に帰ってきていたが、母が亡くなってからは、屋敷に一切寄り付かないようになってしまった。
まるで、母の居ない屋敷は意味がないとばかりに・・・。
広い屋敷には、スイリ一人が残された。
使用人たちも、母が亡くなった頃から事務的な対応になってしまった。
それは、少しでもミスをすると、父の耳に入りすぐ首にしてしまうのだった。
スイリが慕っていた乳母も父に「スイリ様がお可哀そうです」と公爵に苦言を呈したところ、即解雇されてしまった。
こうして、スイリの周りには一人、また一人と笑顔を向けてくれてた使用人が去っていき、残ったのは父のいう事を聞く事務的な人ばかりとなってしまったのだった。
母の居た期間で育ってきたスイリには、いきなり距離を置き始めた使用人達の事を寂しく感じていた。
それに加え、公爵令嬢ということもあり、詰め込まれた分刻みのレッスン。
スイリはひどく疲れていた。そして、寂しかった・・・。
そんな時に、一人の少年が執事見習いとしてやってきた。
名前はエリックという。
エリックは、教養溢れ、剣や格闘技に優れていた、話をするととても優しい青年だった。
スイリの環境に同情し、良く話し相手になってくれていた。
だが、それが良くなかった。
使用人たちからその話を聞くなり、父はエリックを解雇してしまったのだった。
いくらスイリが「話し相手になってもらっていただけです」と言っても取り合ってもらえなかった。
また、独りぼっちの生活に戻ってしまった。
誰かと親しくなると、その人が解雇されてしまう。
スイリは人と話すのが怖くなった。
使用人との会話も、事務的なものにとどめ、口を開くのは教師の質問だけ。
唯一の安らぎは、ひっそり自宅の庭にある母の墓参りだけであった。
墓参りの時だけは、護衛もメイドも付かなかった。
スイリは、来る日も来る日も墓地に通ったのであった・・・。
そして、月日は流れ15歳の誕生日を迎えた。
母が亡くなってからは、自身の誕生日会は開かれることなく、毎年一人で過ごしていた。
『おめでとう』と声をかけてくれる家族はおらず、ただ、遠方地から兄が誕生日プレゼントを贈ってくれるだけであった。
父からはいつも通り何もなかった。
最初は寂しかったが、すでに慣れていたスイリは何とも思わなかった。
ただ、今年は違う誕生日が迎えられるかと期待していた。
今年は15歳、社交界にデビューする年になるのだ。
社交界デビューをする年には、盛大な誕生日会を開き、両親から宝石を送ってもらう慣習があるのだ。
一応執事長が父に今年は、宝石を送られてはっと言ってくれたのだが、それすら「新しい宝石が欲しいなら、宝石商を勝手に呼べばいいだろう、本人に好きに選ばせろ」とのことだった。
誕生日会は期待してなかったが、デビューのお祝いの宝石すら贈ってもらえない・・・。
執事から伝え聞き、スイリはただただ悲しかった・・。
唯一貰った、兄のプレゼントをもって、母の墓石へ向かう。
「お母様、スイリ15歳になりました。今年社交界デビューの年になります。でも、お父様からは宝石も送ってもらえませんでした・・・お母様がいらしていたらよかったのに・・・」
自然と涙があふれてくる。
一しきり悲しみに暮れ、立ち上がると墓石の横にキラッと光る物があった。
近づいてみると、それは緑の石だった。
宝石のエメラルドとは異なり、太陽に透かして見ると、角度によって緑の濃ゆさが変化する物だった。
お母様からの贈り物に違わないわと思ったスイリは、ポケットにいれて持ちかえることにした。
この石との出会いが、スイリの運命を変えることになるとは、この時想像もつかなかったのだった・・。




