21.森へ出発したいです!
待ちに待った水曜日の朝、爽やかな青空とは対照的なアイリの姿があった。
胡椒事件以来、コッコがアイリの事を避けるのだ。
いくら呼び掛けても無視される。
我が家の新菓子ザ・向日葵のタネを使い、懐柔策を練るも、食いしん坊のコッコはなぜか食いつかなかった。
(せっかく仲良くなれたのに・・・・)
アイリは非常に落ち込んでいた。
スイリも二人の仲を取り持とうとしたが、アイリの姿を見るたびに走り去ってしまうコッコになすすべがなかった。
朝からそんなことを思い出し、深いため息を落とすアイリであった。
それもそのはず、トムじいを待つこと1時間。
家の門扉前で待つも、一向にくる気配がないのだ。
それもあり、考える時間だけが沢山あるのだった。
「はぁ・・・トムじいなんで来ないんだろう・・・もしや、忘れてる?」
そんな考えが脳裏をよぎる。
この世界には携帯がない、ましてや電話もない。
あるのは手紙のやり取りだけだ。
例え文字が読めたとしても、そもそもトムじいの家を知らない。
(こんなことなら、トムじいの小屋で待ち合わせをすれば、よかった・・・・)
今日はもう森にはいかないだろうと思い、諦めて家の方へ踵を返した。
その時、遠くの方から誰か走ってくる音が聞こえてきた。
振り向くと、ポニーテールにしている女の人が、こちらに手を振りながら走ってくる。
近くまで来ると、呼吸を整えることなく「ア・・・ア・・イ・・リ・・チャンダヨネ、オ・・・ク・・レ・・テ・・ゴ・・メン」と息も絶え絶えに話しかけてきた。
苦しそうで、言葉が片言になっている。
アイリは、とりあえず用意していた水袋を差しだした。
するとその見知らぬ女の人は、遠慮なくがぶ飲みをする。
「フ~生き返った!ありがとね」そう言うとウィンクしてきた。
改めてみると、黒髪が美しい人であった。
(ところで、この人誰だろう?)
それが顔にでていたのか、女の人は自己紹介をしてくれた。
「私はサラ、このお屋敷で菜師をしているのよ。菜師というのは、野菜や果物を育てる職人のことなの。食べ物系の食物の事なら、何でも聞いてちょうだい」
「あ!あなたが菜師のサラさんなんですね。はじめまして、スイリの娘のアイリです。」
「うん、うん、トムじいやポールに聞いてた通り、本当にしっかりした子ね」
「へへへ、ありがとうございます。あ!サラさんが菜師ということは、トムじいのお弟子さんってことですよね?」
アイリはこの時、トムじいの弟子ならば、兄弟子ってことかしら?いや、この場合は姉弟子になるのかな?っと暢気に考えていた。
するとサラは
「アイリちゃん、私は花師じゃないから、トムじいの弟子ではないよ」と言った。
「え?でもトムじいは、花師は菜師の格上の職業と言ってたんですが・・・」
「ウフフフ、トムじいがそんなことを言ってたのね」
サラはにこやかに笑った。
そして、何やらぶつぶつ呟いている。
聞こえてくるのは『あの爺、いい加減なことを教えやがって・・・』等、先ほどの上品な感じはどこえやら、少しばかり不穏な言葉が聞こえてきた気がした。
アイリは、勿論それらを聞かなかった事にした。
そう臭い物には蓋をした方が、この世の正解なのだ。
アイリはここの生活で、スルースキルを会得していたのだった。
このため、サラが普通に「花師も菜師も建師もみんな同格だから、トムじいの言う事は信じないでいいからね」と微笑みと共に言い切っても、違和感なく「はいっ」と可愛らしく返事をすることができたのであった。
それはさておき、サラに会えたことは嬉しいが、肝心のトムじいは未だ来ない。
キョロキョロ周囲を見ていると、その視線に気が付いたのか、サラが教えてくれたのは残念なお知らせであった。
サラ曰く、今朝トムじいが這いながらサラの家までやってきたそうだ。
というのは、前日に張り切り過ぎたせいで、ギックリ腰をやってしまったとのことだった。
アイリと連絡手段がないため、家の近所のサラに伝言を伝えてくれとやってきたとのことだった。
そこまで話すと、サラは「その姿、なんだか滑稽だったの」容赦なく、フフフと上品に笑う。
(これ、さっきの花師格上説、根に持ってるやつだ・・・)
アイリも、表向き同調して笑うが、内心は、這ってでも、伝言を伝えに行ってくれたトムじいの事を思うと、日頃の恨みつらみは置いておき、ほんのちょっと、可哀そうに思うアイリであった。
それにしても、結局今日は胡椒の所へ行けないという事ね・・・。
一攫千金を夢見ていため、がっかりする。
そこへ空気を読んだサラが「誤解しないで、私が胡椒の所へ連れて行ってあげようと思っているの」
と申し出てくれた。
しかし、胡椒はトムじいが一人で見つけたと言ってたよなとアイリが不思議に思っていると、サラが別の事実を話し始めた。
サラ曰く、トムじいとサラは腐葉土を探しに二人で森へと出かけた。
いつもの場所の腐葉土の出来がいまいちだったため、普段入らない森の奥へと探しにいったところ、偶然赤い実が目に入った。
サラは鼻がとてもよく、珍しい香りだと思いてにとったところ、何粒か落としてしまった。
それを隣にいたトムじいが、たまたますっころんだ拍子に潰してしまったところ、匂いから胡椒だと判明したとのことだった。
(トムじい・・・自分の都合のいいように盛すぎでしょ!!)
そんなことを思うアイリであった。
こうして、サラの道案内で胡椒の場所へ向かうことになった。
想像していた森の中とは違い、途中まで整備されており、非常に歩きやすい道となっていた。
話を聞くと腐葉土や落ち葉を探しに頻繁に訪れるため、ある程度道を整備しているとのことであった。
サクサク道を進むと、途中から未整備の道へ突き当たった。
胡椒はこの奥とのことで、サラの後に続きながら、ひたすら森を奥深くへ進んでいった。
すると不思議なことに、不意に小高くなっている場所へ突き当たった。
階段で例えると立った3段くらい。
本当にわずかな変化だった。
そこを上ったとたん、森の雰囲気が変わったのだった。
土の色が赤褐色に代わり、南国に生えているようなヤシの木みたいなものが見える。
まさに熱帯雨林のような感じに様変わりしていた。
更に、3段分しか上っていないのに、異常な蒸し暑さがアイリを襲った。
サラを見ると、やはり汗だくになりつつある。
「サラさん、ここは一体?!」
「驚いたでしょ?少し上がると、こんなに森の景色と風土が変わっちゃうの、私もトムじいもこんな場所があるなんて、おどろいたのよ」
そして、近くの木を指さして胡椒のありかを教えてくれた。
近くによるといくつか手に取り、アイリの手のひらに乗せてくれる。
「ほら、これが胡椒の実なの。生の状態は赤いけれど、乾燥させると黒くなるのよ。生でも食べれるのだけれど、子供にはお勧めできないかな」とお話してくれた。
サラは優しく忠告してくれたのにもかかわらず、「生食可」の部分だけを耳で拾ったアイリは、
そのまま何も考えずに、口の中に放り込みかみ砕いてしまった。
口内に溢れる野性味漂う独特の味と匂い、更に下に感じる痺れと刺激。
声を出せずに、号泣しながら地面をバンバン叩く姿があった・・・・。
そう、飼い主と飼い鶏は、似た者同士だった。
サラはというと、言わんこっちゃないという目でフフフと上品に笑いながら、アイリを介抱してくれるのであった。
アイリはサラに面倒見てもらっているというのに、ずっとサラに笑われているため、すっかりむくれてしまった。
むくれているアイリの頬をツンツンやるサラ。
パシッとサラの手をパシッと振り払うが、すぐツンツンしてくる。
(本当、サラさんいい性格してる・・・・)
「落ち着いた?」
「はい、おかげさまで落ち着きましたからツンツン辞めてください!」
ツンツン攻撃は終わり、ようやく二人は落ち着いて話すことになった。
サラは真面目な顔で、「この胡椒の量だと、少なすぎると思うの。私たちで使ったら、もう終わりよ。だから、私はココで胡椒の生産をやってみたいと思っているの。もしかしたら、失敗するかもしれないけれど、菜師としてやってみたいの!アイリちゃん協力してくれるかな?」
願ってもない申し出に、アイリは即答した。
「もちろんです!私も一攫千金の夢見たいです」
「・・・欲望丸出しよ」
「事実ですから!あ、でもお金のかかる事は協力できないですよ。私の労働力位しか貸せないです。そこは予め言っときます」
「・・・大丈夫、あの家見れば、それはわかるから、お金の心配はいらないわよ。寧ろあの家色々大丈夫?」
「・・・・大丈夫です?」
残念なことに、心配事が多すぎて、『大丈夫です』と言い切れないアイリがいた。
そんな自分を励ましながら、サラと共に森を後にすることになったのであった。




