15.お金がすべてではありません!
長々と話しているうちに、辺りはすっかり暗くなっていた。
アイリは、家に入るとすぐ照明の光石を所定の場所に置き、灯をつけた。
部屋中が一気に、オレンジ色の光に包まれる。
この光景は、いつ見ても不思議な感覚になる。
この光石というものは、その名の通り光をため込んでいる石で、照明の中にある所定の位置に置くと、反応して光を照らしてくれるというものだ。
しかも、光が差し込むところに置いておくだけで、自動的に光をため込んでくれるというエコ中のエコな石であった。
その説明を最初に母から聞いたとき、ふっと前世の太陽光パネルミニチュア版だなっとアイリは思ったものだった。
だけど、実際につけてみると、前世のギラギラする電気とは違う感じがして、ふんわりという言葉が合うのか優しい光という感じになる。
そんなことを思っていると・・・
『コケ~コッコ、コッコ、コッコ』
興奮して羽をバタバタさせはじる鶏が意識を呼び戻させた。
暗いところから、部屋の中が急に明るくなったことに驚いたのか、短い羽毛と土埃が容赦なくあたりを汚していった。
更には、アイリにくちばしで噛みつき、爪で攻撃を仕掛けてくる。
『痛い、痛いって!』
何とか振り払い、興奮した鶏を落ち着かせるため、鶏につけている手綱を、唯一ぐらつきの無いベットの脚に括り付け素早く離れた。
鶏は不満げに『コケ!コケコケ!!』訴えるようにぐるぐる動いている。
とりあえず自分の身の安全の確保はできた。
あとは、母が苦戦している荷下ろしを手伝うことにした。
それにしても・・・あまりの量の多さに、若干眩暈がしてくる。
(今月は、あといくらで生活しないといけないんだろう・・・)
わずか5歳児でする心配ではないが、使ったお金の金額が非常に気になった。
この極貧生活の中で、初めて入った現ナマだ。
漸く、もう少しまともな物、特にお肉が食べれるようになると期待していた。
だが、この大荷物である。
もはや、荷物の中身より、残金が気になって、気になって、気になって仕方がない!
そんなアイリの気持ちを知らずに、母は意気揚々と物を取り出していく。
「みてみて、アイリちゃん!この色の生地可愛いでしょ、この肌触りとこの絶妙な色合いといい、アイリちゃんに似合うと思うのよね~これをズボンに仕立てて、刺繡はお花とかどうかしら、糸はこの色の・・・・」
キャッキャとはしゃぐ母。
手も口も止まらない母。
袋の中からでてくるのは、裁縫関連の物だけ・・・・。
額に冷や汗をかきながら、母の解説が終わったものから冷静に仕分けしていく。
(はぁ・・・これ、もしかしなくても詰んだやつかな・・・)
諦めモードに突入しつつ、母の話を聞いていると、急に母の手が止まった。
何だろうと見ると、手元には大きな鋏をもっていた。
「ようやく手元に戻ってきたわ」そうポツリとつぶやいていた。
よくよく話を聞いてみると、アイリの薬代のために、一度売り払ったものとのことだった。
その時は、とにかく家にある売れそうな物は売り払っていた。
それこそ、お手製の家にあったカーテンから洋服、裁縫道具や関連グッツも含まれており、最後の最後にとても大事にしていたこの裁ち鋏も手放していた。
だが、このハサミは、母が幼いころに裁縫を教えてくれた師匠から貰ったものであった。
さらに、この鋏自体も所謂工匠と呼ばれる人が作った名品だったため、大切に扱ってくれそうな布屋に持っていき、買い取ってもらったとのことだった。
そこの店主とは、もともと顔なじみで仲が良く、アイリが病気で薬代の足しにすること、いつか買い戻したいと話していたところ、店主が売らずに保管してくれていたとのことだった。
それも、快気祝いとして利子無しにしてくれたことを嬉しそうに話した。
鋏があっても、縫う道具がないため、裁縫道具一式を購入し、布地と糸とかの買い物が楽しくて、ついつい時間を忘れちゃったと語る母は、うれしそうな眼差しで鋏をみていた。
(・・・家にカーテンすらなかったのは、全部私のためだったのか・・・)
自然に涙がこぼれ落ちそうになる。
アイリはくるっと後ろを振り向いて、天井を見上げた。
隙間から月の優しい光が落ちてくる。
そのあたえられる優しさが、今は嬉しくて悲しくて申し訳なくなってくる。
私は、母の知っている5歳児のアイリではない。
母の言うアイリと私は同一人物なのかわからない。
その記憶もない。
単純に転生だとおもっていたけれど・・・
考えないようにしていたけれど・・・
本当は、本物を乗っ取ってしまったのではないかと思う時もある。
全部を投げ売ってでも、なんとしてでも私を助けてくれようとした母。
前世では、どんなに求めても得られなかった愛情が、この世界では簡単に実感できた。
目の前で微笑んでいる母から、山のように・・・。
私はこれを手放せそうにもない。
今は伝える勇気がない私を許してほしい。
もっと大きくなって母に恩返しが沢山出来たら、この話を感謝と共に母に伝えたい。
アイリは、そんなことを思うのであった。
アイリが別の箇所へ意識を飛ばしている間、母は、立ち上がり思い出の鋏を棚にしまった。
これで、一旦お買い物トークが終わるのかと思いきや、期待を裏切り熱いトークの続きをしだした。
家に入ってから一時間・・・まだ終わらない。
先ほどの感傷は何処やら、段々相槌を打つのも面倒になってきた。
母の話す合間に、産地知らない、興味ないよ、ご飯食べようようのさりげないアピールをするのだが、
『知りたいってことだよね、大丈夫はじめはだれもわからない物だから』と斜め上の回答をしてくる。
(これは、だめだ・・・)
延々と熱く語る母を放置して、一旦夕飯の支度をすることにした。
今日の夕飯のメニューは、ポールが用意してくれたスイリの分のパンの実、ソーセージ、ゆで卵と庭でさっきとったトマトだ。彩的にも申し分ない。
パンの実も昼は丸々一個食べたが、今はそんなにいらない。
トマトも数個あるから十分かなっと思っていると、さっきまで布地について熱く語っていた母が、どや顔でやってきた。
手に持っているものは、ソーセージ、蜂蜜、パンだった。
(食料品があるとは!!)
驚きに、アイリの瞳孔がかっと開く、
すると母は、「ちゃんと食料品もかってきているのよ」と自慢げに言い放った。
(こ・・これは、もしかして、ちゃんと残金も残して買い物してきたよってことかな!)
ワクワクして次の言葉を待っていると
「これ買ったせいで、お金全部なくなっちゃったの」と言い放ったのであった。
目の前には少量の食糧、ベットの上には大量の手芸用品。
(いや、いや、どう見ても食費でなくなりましたって無理があるでしょ?!)
アイリは心の中でもっともな突っ込みを入れながら、「・・・・高かったんだね」と告げるのが精いっぱいであった。
こうして、食卓に蜂蜜以外を追加して並べ、夕飯をとることになった。
驚いたことに、母の買ってきたパンは、白くてフワフワで柔らかく前世のロールパンに似ているものであった。
少しちぎって、口の中に入れるとバターの風味が充満し、ほんのりと甘みも広がってくる。
トムじいのパンを超えるぐらいの味で、何もつけなくてもただただ美味しかった。
母曰く、町で評判のパン屋さんで購入したとのことだった。
(パンの実やカピパンではなく、いつかこのパンを常食できるようになりたい!)
アイリは、この日新たな目標ができるのであった。
入浴もすませ、こざっぱりしたアイリは布団にもぐりこんだ。
大あくびをしながら、母にポールが明日来ることを何とか伝え終え、そのまま眠りについた。
残された母は、「!!うゎ~ん、今日上腕二頭筋堪能できなかったー!!ねぇねぇ、アイリちゃん聞いて!」と揺さぶるも、アイリは爆睡中。
こうして、スイリの話を聞いてくれる人は、誰一人おらず夜も更けていくのであった。




