第52話 魂の残滓
「……あ、赤いオーガ……!? ウソっ、あんなヤバいのいるなんて知らないし聞いてない! あとでオセロアちゃんにクレーム入れなきゃ!」
赤褐色の肌に魔虎の毛皮を腰に巻いた見知らぬ大鬼。
ただでさえデカいブルーオーガよりもひと回りデカいうえにプレッシャーの質が全く違うことから目の前にいるヤツの方が強いのは明らか。そう、何をどう考えてもヤツの方が──って、だから名前知らないっての!
勝手に名前を決めた。ヤツは『レッドオーガ』だ。見た目赤いし無難なところ──ってか何アレ凄ぉっ!?
レッドオーガ……奴はデカくて強いだけでなく、なんと知らない鉱石で造られたなんかゴツい金棒を装備しているのだ! もしあんなので殴られたら確実に死ねるけど是非とも性能の程を確かめてみたい! あっ、でも勝てるわけないから逃げなきゃ! けどめっちゃ気になるぅ!
……と、未知なる鉱石と風変わりな武器に興味津々。つい悪い癖が出てしまったようだ。
それはそうと、私がバトるかズラかるかの二択で葛藤している間に奴は飄々とした態度で近寄ってきていた。
とはいえ、歩み自体はかなり遅いためあれならいつでも逃げ切れる! ……とか思ったのだろう、マイセルたち四人は各自武器を構えて戦闘の意思を露わに──
「──ダメッ!! みんな逃げて早く!!」
豹変の如く突然駆けだしたレッドオーガに不覚を取り、焦燥。
くっ、完全に騙された……もう逃げ切れない!
信じられぬことに、こちらの油断を誘うために演技をしていたのだ。色々と。
更にはあからさまな殺気まで放ち、狙いを定めた様子で一直線に迫りくる奴の姿はまさしく恐怖そのもの。一時でも戦おうとしたことを心底悔やむほどに……怖い。
しかし、同時に判明した。
私たちが密集しているがために初めは分かりづらかったが、奴から放たれる殺気の行方を追うことで狙いが誰なのかに気づけたのだ。
《あの殺気……まさか四人だけに向けられてる!? ──!! そうか! シンカーが視たのって──》
この瞬間、全てを理解する。
彼ら四人は〝神隠し〟で消されるのではなく、あの悪鬼によって殺されるということなのだと。
あと理由は不明だが……私とシンカーが奴の眼中にないことは明白であり、その腸が煮え繰り返るような事実が我が身を動かす原動力となり得たのはまず間違いない。
侮られたことによる強い憤りと彼らを守りたいという確固たる意志によって、私は猛る感情のまま胸の谷間に仕舞っておいた『ゴクウの棍』を取り出しては速攻で伸ばすとともに棍技を繰り出した。心の中で獣の如く激しく吼えながら、この一撃で仕留める気で。
棍技『捩れ鴉突』……下半身を安定させた状態で上半身(腰・肩・肘・手首)を可能な限り外側へ捻ることで力を生み出しつつ蓄積し、全ての力を解放するように片手で棍を捩り戻しながら標的を突く強力な溜め技。
脅威度ランクAの化鳥種『ファングバード』の特技(スクリュー回転しながら突撃するやつ)を見て編み出されたと云われている。
螺旋状に鋭く回転しながら急速に伸びていく棍は、カウンター気味にレッドオーガの腹部中央に直撃し、そのまま押し切るかたちで頑丈な岩壁に叩きつけては深くめり込ませた。
手応えは充分にある……が、倒せたかまでは分からない。
そのため五人に今すぐ逃げるよう伝えんとしたところ、直前に同様の声を上げる者が。
「今のうちに逃げよう! 僕らがいては足手纏いになる!」
動揺する四人を急いで外へと誘導するシンカー。
流石は策士、私の意図を完璧に読み切っている。好感度+200P。
因みに好感度アップの内訳だが……先ずは四人を手早く逃したことに100P、あとは彼自身も戦力外だと自覚して速やかに撤退した判断力や決断力を高く評価しての100Pとなっている。
逆にもし私のためを想い残っていたなら−50Pを、自分ならやれると勘違いして残るようなら−100Pをくれていただろう。勿論、文句付きでね。
「まっ、そりゃそうだよ。足手纏いを気にする余裕なんてないし、別に私は一人ってわけじゃないもの。……!! はぁ……残念、やっぱ無理だったかぁ」
辛辣な独り言に加えて落胆のため息を吐く一方で、腹部に突き入れたはずの棍が徐々に押し戻されている。つまりは倒せなかったのだ、奴を。
だがそれは既に理解していた。私だけでは倒せるはずがないと。
それにこのままだと力負けして疲弊するだけ。要は体力の無駄。
なので棍を縮めて力を抜き、横を向いて一言こう叫んだ。「みんなお願い!!」……と。
「──ッッ!?」
私の吐いた嘘に騙され、奥へと続く通路の方に透かさず振り向くレッドオーガ。先程騙してくれた仕返しだ。
そんな間抜けな奴の隙を突き、な〜んちゃってぇ〜……隙ありッ!! と再び棍を伸ばしながら今度は丸太以上に太い首を狙う……のは取りやめ、弱体化させるために自慢の双角をへし折りに掛かる。それも、『剛力』までも使って。
ふんぬらばっ!! と力を込めて渾身の一振りを放つ私。
ただその最中に感じたのは、隙だらけであるはずの奴から微かに漂う〝あの女〟と思しき魂の残滓。
──ッ!? この凍てつく感じマズいやつじゃ──ううんっ、それでもやらなきゃダメだ!!
思わず怯んだものの、今更攻撃をやめるわけにはいかぬと決し、より一層の力を込めて振り抜いた。この嫌な予感を振り払うかのように。
ガギィィィーンッ!! ……と重く鈍い金属音とともに私の両腕には波打つような痛みが走り、痺れ、じきに力が入らず動かせなくなった。そのうえ、まさかヒビすら入らずとは……と放心。
それでも手放さなかった自分を褒めてあげたい……だって、この棍は私の相棒だもん。
愛おしく武器を見つめながら、静かに死を悟った。
……ややあって、全く動かずにいる私の正面にまで来たレッドオーガは、その大きな手に携えたゴツい金棒をゆっくりと振り上げた後、僅かな笑みを浮かべては勢いよくソレを振り下ろす。当たれば即死級の超重厚な一撃。
しかし、その行為はあまりにも早計で稚拙。
何故なら私は微塵も諦めてなどいないからだ。
どれほど強力無比な攻撃であろうとも狙い所さえ分かっていれば避けること自体はそう難しくはない。といっても、あくまでも速くなければの話だが。
見えろ見えろ見えろ見えろ見えろっ……見えた──ッ!!
瞳孔が開くほど集中することで振り下ろされた金棒の軌道をどうにか見切ると、回り込むように攻撃を躱しつつ右膝裏を強く蹴り入れて体勢を崩し、奥へと続く通路の方へ向かうかたちで距離を取るなり振り返っては即観察。
ギロリとこちらを睨むレッドオーガに対し、構うことなく様子見を決め込む。
その理由は奴の動きを見極めるためのみならず、この先起こるであろう〝ある事〟に備えているからだ。
……尚も様子見の最中、奴には明確な違和感を覚えた。
てっきり激昂して地団駄でも踏むものかと思われたがそのような素振りは一切なく、寧ろ冷静かつ淡々とした態度で少しずつ距離を詰めてくるような緻密さを感じられ、それらの様相がこれまで見聞きした悪鬼の性格や行動とはあまりにもかけ離れているためだと考えられる。だからこそ余計に恐ろしく……怪しい。
……そう、怪しい……ううん、怪しすぎる。だって全然オーガらしくないもの!!
オーガといえば短気で短絡的な性格。
たとえ変異種であろうともこの道理から外れることはまずあり得ず、それ故にこうして疑わざるを得ないわけだ。実際、戦いづらいし。
オーガの変異種であるブルーオーガも例外ではないことから目の前にいる奴も同等の性格であらねばならぬのだが、何故か真逆の性格かつ似合わぬ行動を取っており、それらの理由が全く見えてこないため迂闊に戦略を立てられずにいるのが今の状態。
とはいえ、一つだけ心当たりがある。
それは奴が〝あの女〟の側にいたであろうこと。魂の残滓を視れば分かる、それくらいは。
されど、その事実が奴への違和感とどう繋がるのかはまだ見当すらつけられていない。だが、裏を返せばソレさえ解明できればなんとかなるはずだと、そう信じ……──
【番外編】
ルゥ「……あ、赤いオーガ……!? ウソっ、あんなヤバいのいるなんて知らないし聞いてない! あとでオセロアちゃんにクレーム入れなきゃ!」
……一方その頃、とある冒ギルでは……
オセロア「──はっ、今し方クレーマー様の気配を感じましたっ。……まぁ、特段気にすることもないでしょう。それでは次の方こちらへどうぞ」
情報屋の爺さん「ウィ〜、今日も酒がうめぇ!」




