第36話 〝G〟
「え……? な、何故急にそのような……」
突然の申し出にルーファスさんは困惑の表情を見せ、疑念の気配を醸し出す。
それはそうだ。見ず知らずの連中にいきなり善意を向けられたら〝もしや何か裏があるのでは?〟と勘繰るのはごく自然なこと。
だからこそ、正直にこう答えた。「私の大切な家族がこの店の大ファンなんです。だからどうか助けさせてください。娘さんと貴方を……」と。
私の目をジッと見つめるルーファスさん。まるで真偽を確かめるかのよう。
するとこの想いが伝わったのか、深く頭を下げた彼は「……よろしく、お願いします……」と述べ、より一層の涙を流した後、希望を見出したかの如く笑顔を浮かべて私の両手を握った。
《……あぁ、なんだか懐かしい……》
包み込むように握るこの人の手はとても力強いのに優しくて……まるで父の手みたいに温かく心地良い。そう、だからつい……
「お父さん……」
「……? 今何か……?」
「あっ、いっ、いえっ! そっ、それより例のネックレス見せてもらっていいですか!? もしかして何か分かるかもしれないし!」
思ったことを口にして焦り捲るも、どうにか誤魔化すことに成功。その宝物とも云える代物を実際に見せてもらえる運びに。
「……!? こ、これは──!?」
思わずショックを受けた私。
銀色のチェーンが無残にも引き千切られていたからだ。破損具合からして強引に引っ張ったためだろう。
それと僅かながら青黒い液体が付着しているのが見受けられ、色味から察するにごく最近のものだと分かる。きっと出掛け先で付いたに違いない。
ひ、酷い……ただ付けてるだけじゃ絶対こうはならない……一体誰がこんなことを……それにこの液体はなんなの? 何かの塗料? 今まで見たことないよ……うん、先ずはこの液体が何かを特定しなきゃだ……
ネックレスをマジマジと見ながら考え事に没頭していたところ、私の左肩まで顔を寄せたフェルムが口を開く。
「……あぁ、こりゃ魔物の血だな」
「──ッ!? 顔近っ!? ……って、魔物ぉ!?」
フェルムの一言により緊迫感が奔り、この場の空気は急激に重苦しいものへ。
特に動揺を見せたのはルーファスさんで、〝魔物〟という単語に何かを思い出したのか早口で話し始めた。
そのお陰で分かったことが3つある。
一、娘は冒険者。それもEランクの。
二、出掛けた理由は魔物討伐のため。
三、四人パーティを組んでいる。パーティ名は不明。
これらの情報から推測される答えは1つ。それは、ゴブリンの討伐依頼を受けたということ。
フェルムの話によると、現在Eランクで受注可能なパーティ専用の討伐依頼はゴブリンとホーンラビットの2件のみ。
チェーンの壊れ方からすると魔物は手を使う種族……つまり人型であり、野獣種や化鳥種では決してない。
以上のことを踏まえた結果、イレギュラーを除けば人型であるゴブリンしかあり得ないというわけだ。
「ゴブリン……見たことないけどお父さんから聞いたことがある。確か悪意の塊、女の敵……」
悪鬼種『ゴブリン』
通称【G】
単体での脅威度は最低位のFランク。集団ではF〜Dランクと総数によって異なる。
大の悪戯好きで加減を知らず、弱者をいたぶることでしか快感を得られない真の鬼畜。
夜目と聴覚に優れ、洞窟を棲家にする人型の魔物。
女性を執拗に狙う習性を持ち、人の子並みの体格と知能だが性欲は成人よりも強い。
本能によるものなのか、低知能にも拘らず連携の取れた集団戦を得意とする。
短剣や手斧といった軽量武器を好んで使い、種族スキル『救援要請』がとにかくウザい。
雑食なうえ、一体見つけたら三十体はいると云われていることから冒険者たちの間では【G】と呼ばれている。
「G……なんと悍ましい魔物……ですが、それだけに許せません! お姉様っ、一刻も早くキーニャ様御一行の捜索を!!」
猛り立つティナちゃん。物凄いやる気だ。
本当は工房に帰すつもりだったのだが、どうやら余計なお世話というものらしい。それほどまでに今の彼女は頼もしく感じる。
「どうか娘をお願いします……!!」
「はい! 任せてください!!」
こうして意気揚々と出立した私たち。
ルーファスさんの願いを叶えるべく街を出た後、ゴブリンが出現しそうな場所を順に巡り、キーニャたち四人の行方を捜していた。
街を出る直前、ダメ元で冒ギルの受付職員(男)に確認を試みた……が、当然ながら守秘義務により依頼内容は一切教えてもらえず。
まぁ尤も、行き先までは知らぬであろうから殆ど意味はないのだが。
そんな一幕を思い出しつつ捜し続けたものの、一向に見つかる気配がない。
ホーンラビットやナインバードなど他の魔物はチラホラと見掛けたがゴブリンだけは何故か全く見掛けず。
その様子にフェルムは「明らかにおかしい……」と一言呟き、今度は奴らの棲家として知られている小さな洞窟へと赴くことに。
「……ここだ。足元に気をつけろよ」
早々に到着。
足場が悪いなか、周囲を警戒しながら慎重に内部を探索。
しかし、四人の姿どころかゴブリンのゴの字すらも見当たらない。完全に蛻の殻。
しかもその後に向かった3箇所の洞窟も同様の状態であったため、私たちは皆一様に異様な不気味さを感じていた。
「……さて、ここでラストだ。もしこれでいなかったら完璧お手上げだな。きっとバラバラにされて魚の餌にでもなったんだろうよ」
「なっ──!?」
このお馬鹿っ! 縁起でもないこと言うな! ……と言おうとしたが、強ち間違いではないので言えなかった。
それほどまでに膨れ上がっていたのだ、この異様な不気味さが。
《くっ、どうかここにいてくれますように……!!》
切にそう願いつつ、5箇所目にして最後の洞窟の探索を開始。
……
……
……ダメだ、ここにもいない……まさかホントに魚の餌になって……
私の願いは呆気なく砕かれた……神も仏もない。
ゴブリンは飽きるのが早い。
粗方楽しんだ後、他の魔物が寄ってくる前に捕らえた者をバラバラにして魔魚の餌にし、匂いも自分たちの糞尿で誤魔化す。謂わゆる証拠隠滅というやつだ。
「にしてもさぁ、争った形跡すらないとかあり得なくない? 奴らの仕業っていうよりこれじゃまるで神隠し──」
不意にぼやいたこの瞬間、プラータに見せてもらった〝あのリスト〟の内容がふと頭に浮かび、咄嗟に叫ぶ。
「──そうだ! 神隠しの洞ッ!!」
どうやらフェルムも全く同じ思考に至ったらしく、私たちは同時に叫んだ後に「……あ」と互いに顔を見合わせて呆気。
それからの行動は早かった。
フェルムと一瞬だが笑い合ったのち、自らを奮起させ、洞窟から出るなり進路を南へ。
ゴブリン・神隠しとくればもうアソコしかない! そう確信し、向かう途中で後ろの二人にも簡単に説明を。
寧ろ今の今まで思い至らなかったのが不思議なレベルだが、それでも助けられればそれでいい。
……というわけで、行き着いた先は南の洞窟こと【ミスリル鉱山跡地】
今では【神隠しの洞】と呼ばれ、変異種ブルーオーガが支配する悪鬼集団の共同棲家だ。
「どうやらこちらで正解のようですね……」
「そうみたいだね……」
「だな……」
「……」
……なんも言わんのかい。
それはともかく私たちは今、洞窟から少し離れた草叢に身を潜めながら様子見をしているところ。
出入口には見張りのゴブリンが二体。人の目がないからか完全にダラけ切っている。
洞窟内部は『望遠』と『暗視』の合わせ技で覗くも他には誰もおらず、鉱山跡地なだけあって広々としている模様。
見える範囲ではこの程度の情報しか得られていないが奴らのことだ、恐らく奥の方はイジられているだろう。
「……で、どうする? このまま突入しちゃう? 今なら私の棍でワンパンできそうだけど」
私の提案に対し、フェルムは思案してから返答を。
「……いや、今突入しても失敗に終わるだけだ。それなら一旦冒ギルに戻って作戦を──」
「──お待ちなさい。あちらのゴブリンに動きがあります」
ティナちゃんの指差す先には、呑気に涅槃をかましているゴブリンAの姿が。
そして徐ろに奴が腰蓑から取り出したもの、それは……──
【オセロアのマメな豆知識】
オルド「オセロアさーん! 今日もおなしゃーす!」
オセロア「はいっ、お願いします!」
《よーしっ、今回も華麗に熟してみせるわ!》
オルド「んじゃいきまーす! 5、4、3……」
オセロア「皆様、ご機嫌いかがでしょうか。私は至って普通です。さて、本日五回目となりますオセロアのマメな豆知識。進行は私オセロアが務めさせていただきます。それでは早速ですが、本日も〝魔物〟についてご説明いたしますのでこちらの白板をご覧ください」
【フィッシュソイルランド:怪魚種。脅威度ランクF。〝裂き易い魔魚〟として有名。ひと回り大きめな白鮭に2本の髭を生やしたような見た目でよく跳ねるのが特徴。攻撃的な性格だがピンチになると速攻で逃げる。味や色身は紅鮭に近くとても美味】
【フィッシュブルー:怪魚種。脅威度ランクF。〝青花魔魚〟の異名で知られ、見た目は真鯖よりもやや大振りで青みが強く、性格はドライでサバサバしているが群れで行動する習性を持つ。独特な臭みはあるが栄養価は高くとても美味。但し、寄生虫には要注意】
【ホーンラビット:野獣種。脅威度ランクF。一本角を生やした、突進と穴掘りが得意な魔兎。性格は臆病だがやるときはやるタイプ。種族スキル『脱兎』を使われたら並の脚力では決して追いつくことができない。肉は少しばかり獣臭いが柔らかくとても美味】
「……ふふっ、ホーンラビット……実に可愛らしいですね♡ ……コホンッ、失礼いたしました。さて、本日は小さな魔物たちでしたね。次はどのような魔物が登場するのでしょうか。皆様も気になって気になって食事が喉を通らないかもしれませんがどうにか頑張って胃袋まで通すようお願い申し上げます」
オルド:カンペ【ん゙〜っ、フィニッシュ!】
オセロア:「……はい、それではお時間が来てしまいましたので次回またお逢いしましょう。白黒つけたいお年頃のオセロアでした」
オルド「はいカーット! お疲れ様っしたー!
オセロア「お疲れ様でした!」
オルド「今日も完璧? っした! 次もこの調子でおなしゃーす!」
オセロア「はいっ、お願いします!」
《ちょっと危なかったけど間違いなく聞こえたわ! 主役へと駆け上がっていく確かな足音が!》
……翌日、あの足音の正体(雑用で駆けずり回っていたネウのマイクがオンのまま垂れ下がっていたらしい)を知ってショックのあまり四つん這いとなって項垂れるオセロアであった……
ネウ「……!?!? え゙ぇ〜っ!? わっ、私のせいですかぁ!? ななっ、なんかすみませぇぇぇ〜ん!!」




