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短編集  作者: 岡倉桜紅
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SOS

 僕が生まれるずっと前から、その鉄塔は立っていた。

 この星で一番高いその鉄塔は、空がよく晴れた時にだけ、遥か上の頂上が見えた。頂上からは赤い一筋のレーザーが宇宙に向かって伸びていた。

 幼いころ、父と手をつないで、その鉄塔の根本に行ったことがある。近くで見ると錆びついて無骨な鉄塔は、広い草原の真ん中にそびえていた。僕と父は並んで草原に寝転がった。夕方の風が草を撫でるさらさらという音に混じって、耳を澄ませると微かに、塔がレーザーを発するブゥゥンという低い音もしていた。

「お父さん、この塔はなんのためにあるの?」

 父は宇宙関係の会社に雇われていて、時々この塔に上り、メンテナンスをするのが仕事だった。

「ジョン・ブラウンって人を知ってるかい」

 僕は家にある偉人の伝記の漫画を思い出す。

「未来予想をした人だよね」

「そうだ。よく覚えていたな。偉いぞ」

 父は寝ころんだまま横に手を伸ばして僕の頭を撫でた。

「ジョン・ブラウンはな、こう予想したんだ。これからそう遠くない未来に人類は滅亡する。地球にその滅亡を止める手段は一つも無い、と」

 ジョン・ブラウンはたしか、今より300年以上昔の人だ。そしてこの塔もレーザーを発し始めてから270年ほど経つ。

「滅亡を防ぐにはどうしたらいいか。ジョン・ブラウンはその答えを宇宙に求めたんだ。はるか遠くの空の向こうには、人類よりもずっと優れた知的生命体がいて、どうにかしてその知的生命体と交信することができれば、彼らに助けてもらえるかもしれない。宇宙はとても広いから、通信が届くまでにかなりの時間がかかる。だから昔からずっと発信していないといけない。この塔は人類の宇宙人に向けてのSOSなんだよ」

 僕は頭上に手を伸ばした。レーザーの向こうに遠い星がきらめき始めている。

「でも僕は宇宙人に助けてもらわなくても、別に困っていないよ。たくさんの科学者が環境問題や紛争問題に取り組んでいるし、僕だって将来は地球の未来を滅亡から守る科学者になるから大丈夫だよ」

 優しい母と賢い父に恵まれ、家に帰れば温かい食事とふかふかの布団がある。友達もいるし、本を読むという大好きな趣味もある。地球はジョン・ブラウンが思うよりもずっと平和だし、地球にはジョン・ブラウンが思うよりもずっと優秀な人がたくさんいると僕は信じていた。

 父は僕の方を見て、目尻を細めて笑った。

「そうだね。きっとジョン・ブラウンは心配しすぎだっただけだ。予言なんか当たらなかったのさ」


 しかし20年後、僕はジョン・ブラウンの予言は当たっていたことを思い知ることになる。

「あなた、本当に行くの?」

 僕の手を握る妻の手は震えている。妻の後ろでは、まだ幼い息子の不安げな瞳が揺れていた。

「ああ、行くよ。それと、弁当はいらない。食料は貴重なんだ。お前たちで食べなさい」

 僕は妻が差し出してきた弁当の包みを優しく押し戻した。

「僕はお前たちを本当に愛している。それだけは忘れないでくれ」

 僕は後ろ髪を引かれる思いで家のドアを閉めた。僕はフードを目深にかぶり、瓦礫が積み重なって荒れ果てた街を速足で進んだ。鉄塔は遠く土埃の向こうに霞んでいた。

 終末戦争が起きたのは15年前。それまでは科学が発展し、平和な世の中が続いていたが、人々が争いなく暮らしていけるのは、資源が豊富にあるときだけなのだと僕らは思い知ることになる。世界中で土地がなくなり、食料がなくなり、エネルギー資源がなくなり、電力がなくなった。どんなに優秀な科学者の提唱する解決策もことごとく残念な結果に終わった。人々はちっぽけな資源を奪い合い、核兵器が環境を壊した。人々は余裕や思いやりを失い、利己的な略奪ばかりがはびこった。まさに、ジョン・ブラウンの予言通りだった。争いの様子を鉄塔はずっと見下ろしていた。

 やがて、食べる雑草の一本も生えなくなったころに一人が言った。あの鉄塔は膨大な資源の無駄遣いだ、と。レーザーで発信し続けるには大量の電力がいる。その電力があれば助かる人間がたくさんいるのに、来るかどうかもわからない宇宙人の救いを信じて、無駄に電力を投じ続けるのは愚の骨頂だという意見が生まれた。鉄塔を恨み、破壊しようとする運動は瞬く間に人類全体に広がった。皆、何かのせいにしなければやっていられなかったのだ。

「いよいよ決戦だな」

 地下の基地の更衣室で、バトルスーツに着替えながら同僚が言った。バトルスーツは戦争用に開発された、科学技術の粋を尽くして人を殺す着用型のマシンである。空中を飛んだり、敏捷な動きを可能にし、巨大な武器を扱うパワーを備え、人間の能力をはるかに超える力で目の前のものを破壊することができる兵器だ。今から僕たちは人類の希望を背負い、敵と戦う。僕はスーツの内ポケットから父の写真を取り出してロッカーに入れて鍵をかける。鉄塔の保守をしていた父は数年前、()()()()()の誰かに殺された。

「お父さんのことは辛いだろうが、お前は俺たちの部隊のリーダーなんだ。ちゃんとできるよな?」

「もちろんだよ。父のことは人間的に好きだったけど、信念は違ったみたいだ。父の選んだことだからしょうがない。僕は僕の信念のもと、あの鉄塔を切り倒す」

 僕たちはいくつかの小隊に別れて鉄塔を取り囲んだ。鉄塔の周りを守るように、同じくバトルスーツに身を包んだ敵がいるのが見える。

「塔を壊すのはやめろ! これは未来への希望なんだ! お前たちは目先の資源の誘惑に捕らわれている! 塔を壊したって資源を食いつぶすだけなら破滅の未来は変わらない! 先人であり賢人がこのときのために300年前から続けて来た努力をどうして踏みにじれる? この塔が無くなれば地球は破滅から逃れる最後の可能性を自ら放棄することになるんだぞ!」

 敵が叫ぶ。

「僕たちは今苦しいんだ! 今現在を生き抜けないでどうして未来の話ができるんだ? 現在と未来はつながっている! 未来だけを守ろうとするのは無理だし、矛盾している! 宇宙からこの300年間、返事はなかったじゃないか! 宇宙に期待しすぎるのはやめて、僕たちがなんとしてでも生き延び、時間を稼いで、また解決策を考えればいい! 未来のために現在に犠牲を強いるのは間違っている!」

 僕は叫び返す。

「解決策だと? 地球は地球上の者だけではもう解決できないほど終わっているんだ! 今までどれほどの人が解決を試みたと思う? 誰も今日この状態を迎える運命を変えられなかったじゃないか! 時間稼ぎはもう十分になされた! その上でこの有様なんだ! 塔を守ることが最後の希望なんだよ!」

 敵はバトルスーツを戦闘モードに移行する。僕らもすぐに同じようにする。

「僕たちだって塔が最後の希望だ! 塔がガメている資源さえあれば、少なくとも僕らの大切な人の明日を守れるんだよ! 目の前に可能性があるのに犬死なんかできない! お前たちだって資源が無いと死ぬ! 死んだら何もできない! 全員死んだ地球に宇宙人が助けに来ても遅いんだよ! 今、生きたいんだ!」

 僕らの武器は空中で激しくぶつかり合う。自分の信念のために殺しあう。目の前の敵を殺さなければ、主張は通らない。生きていけない。世界中の人類が二つの陣営に分かれ、それぞれを応援している。街では喧嘩や暴動まで起きて、世界中がほとんど戦場と化していた。

 僕は敵を倒しながら間を抜け、なんとか塔の根本にたどり着く。20年前のような草原はとうに消え失せ、荒野に塔がそびえていた。これからこの塔を切り倒す。僕は武器を大きく振りかぶった。

「やめて!」

 一瞬手が止まる。塔の根本に、小さな人影が見えたような気がした。もしかしたら、幻だったかもしれない。

 次の瞬間、世界を滅ぼす巨大な爆弾が炸裂し、僕の目の前は真っ白になり、強烈な熱波に、それを認識するより早く焼かれ、身体は人類の文明とともに宙に千切れて消えた。どちらの陣営が仕掛けたのかはわからない。もしかしたら、どちらもだったのかもしれない。目の前の敵を殺すためにはこれ以外の手段はなかった。

 後には果てしない静かな荒野と、一本の傾いてレーザー角度が歪んだ鉄塔だけがそこにあった。


「ん? なんだろう、この通信は。難破船かな?」

 見知らぬ通信をキャッチした乗組員は、機械のつまみをいじって周波数を合わせた。この宇宙船はある決まった軌道上を周回しているので、知らない通信をキャッチすることは滅多に無い。

「おーい、これ、何語かわかるやついるか?」

 他の乗組員が集まってきてそれを聞いたが、誰もその言語を知らなかった。きっと、何世代かかっても行くことができないほど、遠く離れた別の銀河系の通信をキャッチしたのだろう。

「わかんないな。でも、なんだか綺麗な音色だな。まるで、音楽みたいな」

 乗組員の一人がそう言った。言われてみれば、それは音楽のようにも聞こえた。

 宇宙船の乗組員たちは、その通信が遠くなるまで、少しだけ手を止めて、つかの間の宇宙のラジオに聴き入っていた。

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