大魔法
「失礼します、医者のヘルマとその手伝い、レオが参りました」
赤毛をざっくりとした三つ編みにまとめ、やや薄汚れた白衣をまとったヘルマが部屋に入る。その後から皮の大きな鞄を持った青年が続いた。レオと呼ばれた青年はヘルマに比べれば多少身なりに気を使っているようだったが、金の前髪は不自然なほど長く伸ばし、その下の奇妙な形の傷を隠していた。
部屋の中央には天蓋付きのベッドが置かれ、シルクのネグリジェに身を包んだ、レオとほぼ同い年ほどの少女が横たわっていた。ベッドの脇のテーブルには新鮮な果物の入ったバスケットが置かれている。
「発熱と呼吸困難、脈拍の上昇がみられるね」
ヘルマは少女の額に手を当てた。少女はぶるりと身震いする。その身体には脂汗が滲んでいた。
「それと、魔法の痕跡……。彼女は最近、変な魔法生物を口にしたりした? それか、妙な気配のする場所、例えばいわくつきの墓とか遺跡に足を運んだりした?」
ヘルマはベッドの傍に控えていた少女の従者とみられる女に聞いた。
「いいえ。エミーリア様がそのような俗っぽい場所においでになるはずがありません。このようにお伏せになる前は、貴族としての社交場に行くことはあっても、基本的にこの屋敷から出ておりませんでした」
「そうか。それなら社交場にいた誰かから呪いをかけられた可能性もある」
従者の女はかっと目を見開く。
「社交場にいた誰か? あなたはただの町医者という立場でありながら、貴族や国の重要人物が親交を深める場でそのようなことがあったというのですか? ありえません。そのようなことを、あなたが思うならまだしも口に出すなど、社交場にいらっしゃった方々のみならず、この家の品位を貶める侮辱です」
「わかった、わかったよ。軽率な発言だった。ただ、可能性の話をしただけだ。治すためには重要な聞き取りだからね」
「魔法による病気ということくらい、我々もとっくに把握しています。そのうえであなたたちを屋敷に招き入れたのは、エミーリア様の身体的苦痛をできるだけ取り除かんとするためです。あなたたちには最初から魔法的な治療を期待してなどおりません」
従者の女はまくしたてる。
レオはその間、エミーリアの額の汗を拭き、氷枕を用意していた。エミーリアは薄く目を開けて、弱弱しく微笑んだ。深い青の瞳にレオは吸い込まれそうになる。
「ありがとう、助かるわ」
耳を唇に近づけてやっと聞こえるほどの大きさでエミーリアはつぶやいた。
「レオ、03の注射を打っておけ。それと、解熱剤を処方しておく。氷枕はこまめに変えて、栄養バランスの取れた温かいものを食え。これでその場しのぎではあるが、多少は楽になるだろう。また数日後に様子を見に来る」
まだ従者はぶつぶつと何か言っていたが、最後まで聞かず、ヘルマは部屋を出た。
「ヘルマの魔法では治せないの?」
薬の補充をしながらレオは聞いた。ヘルマの個人医院は街の中でも一二を争うほど細い路地裏に位置していた。建物の間に無理やり建物をねじ込んだような医院の内部は、小さな診療室と、巨大な薬棚が多くを占め、屋根裏に当たる場所にかろうじて二人の生活スペースがあった。
「私も一応魔法が使えないことはないが、並みの人間に比べればかなり自由度が低い。というか、私がまともに魔法を使えたならこの国で医者なんて職業をやっていない。もう3か月も診てるが、回復の兆候が無いし、私の力では難しい」
「そっか」
レオは身長の何倍もある棚に梯子をかけ、慣れた手つきで無数に並ぶ瓶から適切な位置を見つけ出し、補充の終わった瓶を並べ戻していく。この医院に魔法が使える者がいれば、このような作業も、棚の中の薬品の位置や効能を覚える記憶力も必要がなくなる。
「なんだ? 彼女を治したいのか?」
「まあ、僕らは医者だし。人を救えてる手ごたえが無いとさ、ほら、この街で居心地悪いよ」
ヘルマは医術書を読む手を止め、かけていた分厚い眼鏡を取った。
「この国では99パーセントの人間が魔法使いだ。そして体調不良のほとんどが魔法に由来するもの。魔法が使えないのに別角度から人の苦しみを癒そうなんて、旧時代のオカルトみたいなもんだ。非魔法使いはなんだか科学っぽい処置をして、それでいくらか安心させたり、心持ちを楽にさせること以上はできない。でも、心持ちで影響力が変わる魔術もたくさんあるから、私たちみたいな医者も必要ではあるんだよ。私たちは直接的なアプローチはできないが、できる範囲で役に立っている」
「わかってるよ。で、僕らのやってることもある意味魔法みたいなもんだって言うんでしょ」
レオは何度も聞いたヘルマの持論を続けた。
「ああそれ、言おうと思った。私たちはできる範囲のことをすべきで、それで満足しなきゃいけないんだよ」
ヘルマは言い聞かせるように言う。
「そうじゃなきゃ、この国ではすぐに居場所を失う……」
余計なことをつぶやいたのに気づいて、ヘルマはレオの横顔に目をやった。蝋燭の灯りに照らされたその顔はどこか上の空で、最後の言葉は耳に入ってはいないようだった。おそらく、愛する人のことでも考えていたのだろう。
ヘルマはレオとエミーリアが文通をしていることを知っている。文通といえども、エミーリアはとてもペンを持てる状態ではないので、レオが手紙を書き、診察の時に渡すというのが習慣になっていた。ヘルマがちらりと盗み見た文章の書きぶりからして、レオの中にはたしかに愛情のようなものが芽生えているのは明らかだった。
「……お前、恋してるのか?」
ヘルマの問いにレオは危うく梯子から足を滑らせるところだった。
「は? いや、違うよ!」
ヘルマは椅子から立ち上がり、伸びをした。床に置かれていた医術書が少し崩れる。それを踏み越えるようにして屋根裏への階段へ向かう。
「明日の朝にでも隣国に行ってみよう。昔読んだ医術書に呪いを直接取り除く薬の作り方があった気がする。それか、外国の優秀な医者や魔法使いに助力を頼むこともできるだろう」
「ぼ、僕は、いや、でもそんな薬が本当に?」
「彼女を助けたいんだろう? 彼女を救うことができればお前が満足するなら協力する」
レオはしばらく髪を掻きむしったり身体をよじってうめいていたが、やがて顔を赤らめて俯いた。そしてつぶやくように言う。
「僕はエミーリアを助けたい。愛してるんだ」
「私はお前が赤ん坊のころから見てる。お前の考えていることくらいお見通しだ」
「ずっとぬかるみの道が続いて足が疲れてきたな。もう川幅も十分狭くなってきたし、泳いで渡ってもいいんじゃないか?」
二人は川沿いを上流に向かって歩いていた。
「駄目だよ。まだ水深が深すぎる。僕がヘルマを負ぶって渡るにしても、川の一番真ん中は胸よりは深い。大事な医術書が濡れたら大変だ」
「負ぶってくれるのか。昔はチビだったのに、こんなに成長したかと思うとちょっと嬉しいね」
「あっ、橋だ!」
ヘルマの声をかき消してレオが前方を指さした。石造りの立派な橋が掛けられている。現在の時刻は人気は無かったが、近くの道が踏み固められている様子から、多くの人に日常的に使われているのが見て取れ、隣国が近いことがうかがえた。橋が見えたことで、二人の足取りもいくらか軽くなり、ほどなくして橋までたどり着いた。
「舗装された道は歩きやすくていいな。ああ旅なんてしんどいものを進んでやるやつの気が知れない。安全で確実、大勢の誰かの通った道は最高だ」
「シッ、静かに。何か聞こえない? 泣き声みたいな」
レオはあたりを注意深く見渡した。欄干につかまって橋の下を覗き込むと、少年が膝を抱えてうずくまって泣いていた。レオはすぐに土手を駆け下り、少年の傍にしゃがんだ。
「どうしたの? どこか痛む? 大丈夫、僕は医者の卵だし、橋の上には医者もいるからね」
少年はひどくしゃくりあげていて、しばらくはまともに声が出なかったが、レオが辛抱強く背中をさすっていると、しだいに落ち着いた。右の足首が赤く腫れていて、頭にも小さく傷があった。
「ぼく、ここで川を見るのが好きなんだ。でも、壁の外に出てはいけないっておかあさんによく怒られてて。それで、今日もけんかしたの。ぼく、家をとびだしてきちゃって。いつもみたいにこの橋に来たんだけど、橋の上から川を見ていたら足をすべらせて落ちちゃった」
レオは鞄からすぐに救急用の道具を取り出して処置をした。その処置を少年は不思議そうに眺めていた。
「骨は折れてない。軽い捻挫だね。固定したからもう大丈夫。それと、額の傷も見せてごらん」
「え? ああこの傷? これに包帯なんか巻かないよ。変なの。お兄さんの顔にもあるじゃん」
少年はレオの顔の傷を指さした。
「足首は固定したな? レオ、その子を負ぶってやれ。早く行こう。ここの雰囲気はあまり好きじゃない。隣国の入り口はすぐそこだ」
いつの間にかレオのすぐ後ろにヘルマが来ていて、レオの代わりに鞄を持った。レオは少年の額の傷を見ながら、無意識に何度も長い前髪の中に手を入れ、自分の傷をなぞっていた。
それからすぐに城壁で守られた国の入り口に着いた。捻挫をした少年が事情を説明してくれたため、入国はスムーズだった。少年を家族のもとに送り届けると、少年と母親は抱擁を交わした。母親は何度も叱っているのに懲りずに橋に行った息子をまた叱ったが、その叱り方は愛情に満ちていることが傍目からでも明らかだった。少年も今回ばかりは深く反省し、謝っていた。
「あそこはね、とても不吉な場所なの。悪い魔法使いもうろついているし、子供が捨てられる場所として縁起も悪いの。見通しも良くなくて怪我しやすいって何度も言ったわよね?」
「うん、おかあさん、ごめんなさい。もうしないよ。それから、昼ごはんのお手伝いもサボってごめんなさい」
「料理の手伝いなんていいのよ。また明日いっしょにやりましょう。お母さんはあなたのことを本当に愛しているから、危険なところにいくのが心配なのはわかってね。足が折れちゃってたら、あなたが将来どんなに大変かと思うと悲しくなるわ」
少年の母親は二人にお礼の品を持たせようとしてきたが、レオは丁重に断った。
「いえ、僕はただ目の前の彼を助けたかっただけです。腫れているので魔法での治癒をしてあげてください。包帯で固定はしましたが、僕にはそれしかできないので」
「こんな治療の仕方、このあたりでは初めて見ました」
「私たちは別の国から来た医者なんです。つかぬことをお聞きしますが、このあたりで人の呪いを癒すのに長けた魔法使いを知っていますか?」
ヘルマが聞くと、母親はすぐに頷いた。
「この先の丘の上に大魔法使い様が住んでいます。その方に聞けばほとんどの困りごとは解決するかと思いますよ」
ヘルマとレオは少年と母親に別れを告げた。ヘルマは振り返ることもなく歩を進めていたが、レオは何度も親子の方を振り返り、手を振っていた。
「もし僕の母が今も死なずに、僕を医院に預けずに、僕といっしょに暮せていたら、あんなふうな人だったのかな?」
「あんなふうって?」
「なんていうか、優しくて、包み込むように見守ってくれて、なんていうんだろう、とにかく、深く愛してくれるような」
レオの目は遠くを見た。
「愛、ね。そんなのを語るようになったか。ところでそれはお前がエミーリアに抱いているような種類の愛と同じか?」
「どうだろう、僕はエミーリアと数度しか会った事がないし、文通でしか彼女を知らないから。でも、これから先もっと深い愛情で接することができたら、幸せだろうな」
ヘルマはふんと鼻を鳴らした。
「そういう妄想は、彼女を癒す手立てを得てからしろ」
「エミーリアの話はヘルマから出してきたんじゃないか」
「ほら、もう大魔法使い様の屋敷が見えて来たぞ」
大魔法使いという呼び名で、大きな屋敷に住んでいるが、貴族階級というわけではなさそうだった。ヘルマとレオの暮らす国では、多くの魔力を持つ魔法使いは貴族として私腹を肥やすことができ、一方、魔力の少ない者は代々下町で暮らすような厳しい階級社会である。しかし、この国では魔力の多さと階級は必ずしも比例しないようだった。
レオはごくりと唾を飲み、扉をノックした。
「まず、目に見える症状について話してもらおうかの」
二人は屋敷の応接間で大魔法使いと向かい合っていた。大魔法使いは骨と皮のような細く老いた身体に長いローブをまとい、杖をついていた。従者が大魔法使いの後ろに背もたれ付きの上等な椅子を用意し、大魔法使いはゆっくりとした動作でそこに座った。二人のためにも長椅子が用意され、二人はそこに腰かけた。
「まず、彼女は39度の発熱があり、脈は一分間に120回前後、呼吸は苦しそうでした。私の目から見ても魔法による痕跡がはっきりわかりました。従者への聞き取りによると、魔法生物や古代遺物との接触が無く、社交での人的接触以外に魔法を受ける経路がなさそうに思ったので、従者の言葉を完全に信じるのなら他者からの呪いだと思います」
ヘルマはエミーリアの診察時の状態を説明した。
「ふむ、皮膚に魔法攻撃によるわかりやすい斑点や、身体の一部が何かに変化している様子はなかったのじゃな?」
「はい。魔法の痕跡以外の見た目上は、ウイルス感染や病気の類にしか見えませんでした」
「そうか、それは厄介じゃな。かなり手練れの魔法使いに目を着けられている」
大魔法使いは長い髭を撫でた。
「呪いを取り除くことができる薬の作り方を知りませんか? 彼女の病を治したいんです」
レオが声を上げると、大魔法使いはゆっくりした動作で首を回し、レオの方を見た。
「呪いは、いろいろな魔法によってやわらげたり封印することは一応可能だが、解除の魔法によってのみ解かれる。解除の魔法をかけた薬を作れば、それを服用したときに呪いも解けるだろうが、そうするよりはそのまま魔法をかけた方が早い。さらに、どんな呪いにも鍵と鍵穴のように、それに適した解除の魔法が必要じゃ。解除の魔法を知るのはその呪いをかけた者だけなのじゃ」
「そ、そんな! じゃあ彼女を治すためには、彼女に呪いをかけた、おそらく貴族の誰かを探しだしてお願いしなければならないのですか?」
「基本的にはそうじゃ。その者に解くように説得するか、もしくは殺すかしなければ、完全に治すということは無理じゃろう」
レオはうなだれた。貴族の知り合いなど一人もいないし、知らない世界に足を踏み入れ、たった一人を探さなければならないなど、不可能だった。そうしているうちに彼女の容態は取り返しのつかないことになるだろう。
「レオ、医院に帰ろう。魔法使いじゃない医者にはこれ以上無理だ。私たちはできることをした」
ヘルマはレオに肩を貸して立ち上がった。その唇は噛みしめたせいか血が流れていた。
「待て」
大魔法使いの声が追いかけて来た。ヘルマは足を止めなかったが、大魔法使いは続けた。
「そんなにその人を愛しているのならば、大魔法を使えばよいではないか。額に傷を持つ魔法使いのみが、一生に一度使うことができる、最後の手段。すべての魔法や呪いを無くす、大魔法を」
レオは振り返る。指が自分の傷をなぞる。この傷は生まれつきついていたものだった。これが、選ばれし魔法使いの印だったのだろうか。
「大魔法? 教えてください、それを使います」
「大変な苦しみを伴う。時には命を落とす可能性もある。この国には多くの傷を持つ魔法使いがいるが、一生この大魔法を使わずに生きる魔法使いの方が多い。それでもやるのか?」
レオは頷く。
「僕は人の役に立ちたい。あの国の中で人の役に立てなかった。それがすごく歯がゆかった! 人の役に立てないなら、どうして僕は生きているんだろうと、いつも自分を責めていました。医者として、どんな手段を使ったとしても、愛しているあの人だけは僕の力で救いたいんです」
その覚悟を認めたのか、大魔法使いは椅子からゆっくりと立ち上がった。
「いいだろう。方法は、願い事を言って、魔力を最大限に放出することだけだ」
大魔法使いは、ペンとインクを持ってくると、レオの両手の甲に魔力を放出することのできる印を描きこんだ。
「ありがとうございます」
レオは踵を返す。
「レオ、本当にやるのか?」
ヘルマの声は震えていた。レオは頷き、自分の国への道を駆け戻り始めた。足は疲れ、肺は痛んだが、生まれて初めて感じる有能感だけがレオを突き動かした。
「エミーリアに会わせてください!」
エミーリアの従者は、目の中に恋の炎を燃やす青年の気迫に、思わず扉を開けた。臨終の時を待ち、エミーリアの家族とおぼしき人々と、それに加えて上等な服装の高貴な魔法使いたちがベッドを囲んでいた。
「僕は医者です!」
エミーリアの親族らしき男がレオの進入を止めようとしたが、従者が男に耳打ちした。
「例の手紙の青年です」
人々は部屋から出ていった。何人かはレオの肩に手を置いた。
レオはベッドに駆け寄り、以前の診察の時よりも細くなったエミーリアの手を握り、一切の躊躇なく叫んだ。
「エミーリアの呪いよ、熱よ、すべての患いよ、消え去れ!」
途端に光が部屋に満ち、巨大なエネルギーが彼女の病をすべて癒す、
などということはなかった。ただ、そこにはほぼ死にかけのエミーリアと、その横で汗だくになりながら叫んでいるレオがいるだけだった。
「エミーリアの呪いよ、熱よ、すべての患いよ、消え去れ! 消え去れ! 消え去れ!」
しかし、いくら叫んでも大魔法が起きることは無く、魔法の伴わない空虚な叫びが部屋に響くだけだった。レオはがくりと膝をつく。エミーリアの手はだらりとベッドの淵に垂れ下がった。浅い呼吸がやがて止まった。枝のように細い腕はもう、生気を完全に失い、温もりが消えてゆく。従者が目に涙を溜める。最後の希望も潰えた。
「なんで……、どうして魔法が使えない? 僕は顔に傷を持つ魔法使いなのに。一生に一度の大魔法が使えるはずなのに。大魔法を使って、愛する人を救って、幸せになりたかった。愛されたかった……」
レオは這うようにしてベッドサイドのテーブルに近づき、バスケットの横に置かれた果物ナイフを取った。
「逝かないで。君を救えなくちゃ、僕には何の価値も無い。そうとしか思えないんだ。君を追いかけるよ。君を救えるまであきらめない。あきらめたくないんだ」
レオは自らの首を果物ナイフで搔き切った。扉の陰から様子を伺っていた従者は、悲鳴を上げて部屋を出ていった。そこには、身分を超えた恋の後、死をもっていっしょになった若き男女だけがいた。
「レオ!」
再び扉が開く。そこにはヘルマが立っていた。隣の国から馬を借りて全速力でレオを追いかけて来たのだった。ヘルマは床に広がる赤と、その奥に映った天井を見た。
「ごめん、お前に魔法の力は無いんだ」
ヘルマはその場に頽れる。レオは微かに目を開けるが、その焦点は合わなかった。
「無いんだ。私が消したから。私はお前の母からお前を預かったと話していたけれど、違うんだ。本当はお前をあの橋の下で拾った。見つけた時お前は衰弱していて、このままじゃ生きられなかった。私の医術では救えなかったんだ。私は無力だった! だからお前の両手の甲に今のように印を刻み、お前の大魔法でお前を治した」
大魔法を使った後は、その魔法使いは一切の魔法を使えなくなる。
「私は魔法の使えない役立たずとしてあの国から追われて橋を通った時だった。誰かを救いたかったんだ。誰かを救わなきゃいけないと思った。恨むなら私を恨んでくれ。あの時あの場所で、自分の手でお前を救いたかった私のエゴだ。なあ、まだ私の傍にいてくれ。人の役になんか立たなくていい。お願いだから死なないで」
ヘルマは地面に這いつくばるようにして請う。全てがもう手遅れになった血だまりの中で、レオの体温がゆっくりと消えていく。
「いっしょにいたかったんだ」




