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短編集  作者: 岡倉桜紅
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鏡よ鏡

「ねーアスミ、私さ、気づいちゃったんだけど聞いてー」

 昼休みの教室は談笑の声であふれている。

「何ぃー、モモカ。今ちょっとアイラインやるのに忙しいんだけど。次の時間の勉強でもしたらー」

 スマホのインカメラを駆使しながらギャルが返事をした。昨日の夜に予習をしすぎたせいで朝メイクする時間がなかった。近いうちににテストがありそうだ、という予感がしたためちゃんと準備をした、根は真面目なギャルである。

「聞いてってば、割とすごいことだよ。私、世界の秘密に気づいちゃったかも」

 真面目なアスミとは真逆のモモカは、次の授業のことなど頭に全くないようで、のんびりと昼休みの雑談に興じている。モモカはアスミの後ろまで歩いて行って肩を小突いた。

「あー!ずれたー!」

 アスミは悲痛な声で叫んだ。アイラインは耳まで届くほどはみだした。

「まじふざけんな。もぉー。一瞬でブスじゃんか」

「まさにそのこと。あのさ、写真に写った自分よりもさ、風呂上りに鏡で見る自分の方が可愛くね?」

「写真って、ノーマルカメラの話?」

 アスミはメイク落としではみ出したアイラインをこする。

「うん。どう考えても風呂上りのほうがすっぴんだし、眼鏡だし、しゃくれてるのに、なぜかその時のほうが証明写真とか集合写真の何倍も可愛く見えるの」

「風呂上りにしゃくれてるのはあんたくらいだと思うけど、まあたしかにわからんこともないかも。血色がいいからかな?」

「しゃくれと血色って関係あるの?」

「血色悪いよりは血色良い顎のほうが可愛いと思うよ」

 アスミは適当にあしらう。

「それでさ、私は、思ったんだけど、鏡の中の自分を見るときってさ、私の顔と私の目に特に遮るものが無いわけでしょ。写真は間にカメラがあるけどそれが無いじゃん。てことはさ、私の目は、私の頭が思う通りに私の顔面を見るってことになる」

 モモカは真剣な顔で言った。

「えーっと、モモカは頭の中では、モモカの顔面が現実よりも可愛いと思っているから、鏡の中のモモカの顔面を見たとき、カメラが正直に映す現実より可愛く頭が認識しちゃってるわけだ。脳みそに『私可愛いフィルター』を一枚挟んでると」

 モモカはアスミの要約を聞いてこくこくと何度も頷いた。

「それで?いったいその発見が世界の秘密とどう関係あるわけ?」

「それはね、そのフィルターは、鏡の中の私を見るとき以外も発動するんじゃないかってこと。例えばさ、私がアスミを見るとき、アスミのことを最高に可愛い友達だって思ってるから、アスミを脳内フィルターに掛けながら見てるかもしれない」

「発想の飛躍だ。大発見だね」

 アスミはインカメラを起動させっぱなしだったスマホを机から取って、カメラを頭上に掲げ、ポーズをとる。ギャルの条件反射に従い、モモカはすばやく前髪を直してその隣でポーズをする。写真を撮る。この間3秒。

「さて、久しぶりにノーマルカメラで自撮りしたわけだけど、カメラに映った私たちは果たしてブスかな?」

 二人は写真を見た。

「アスミ、アイラインなんか引かなくても可愛いよ」

「えー、そんなことないよー。モモカもちゃんと可愛い」

 二人は顔を見合わせた。そしてお互いの顔と写真の中の相手の顔を見比べる。

「やばい、モモカ。あんたマジやばいことに気づいちゃったかもしれないよ。私から見て、現実のモモカと写真のモモカはちゃんとどっちも可愛い。私はモモカを見るときいつも『モモカ可愛いフィルター』をかけてる。でも私は、写真の私の顔面の方が可愛くない気がしてる」

「でしょ!これがやばい大発見だって。私も現実のアスミも写真のアスミも可愛いと思うけど、写真の私は割とブスに見える。フィルターがあるおかげで世界中の人は他の人と友達でいられるんだよ。そして、自分のことも好きでいられる。多少ブスでも、幸せに生きることができるってわけ。まじ良かったー!世界の秘密だよ!」

 モモカはその場でぴょんぴょんと飛び跳ねた。短すぎるスカートの中が見えそうになるが、幸か不幸かここは女子高なので誰も咎めない。アスミは眉間にしわを寄せてうなると、言葉を続けた。

「違うよモモカ。あんたが気付いたのはもっとすごいことだよ。飛躍が足りない。もしかしたら、世界中の誰もが、この世界のことを本当に見ることはできていないのかも。すべての人がすべてのものにフィルターをかけて見ているんだったらさ、同じものを見ても、同じと思う人なんかいない。他の人には見えなくて、自分では見ることができるものがあっても全然おかしくない」

「ん?どういうこと?幽霊はいるかもってこと?」

「ちょっと違うような……。いや、違くない。幽霊はいるかもね。例えば誰かが今あそこの渡り廊下に幽霊がいるのが見えますって言ったとしてさ、世界中の全員が見えませんって言ったとしても、世界中の全員が『幽霊なんかいないフィルター』で渡り廊下を見てるかもしんないでしょ」

「やばい。それってやばいね!すぐ皆を集めようよ!」

 モモカは教室を飛び出した。


「さ、授業を始めるぞー。今日は抜き打ちテストだ。席に着け」

 数学教師が教室に入ってきた。

「先生!今日は先生の顔がなんだか鬼みたいに見えます」

 モモカが手を勢いよく挙げて言った。

「はあ?急になんて失礼なことを言うんだ」

「先生、私は先生の顔が悪魔みたいに見えます」

 他のギャルが言った。

「私は金剛力士像の顔が怖い方に見えます」「私は般若みたいに見えます」「青鬼みたいです」「なまはげ」「ひょっとこ」「ジェイソン」「デーモン」「納豆」「ガーゴイル」「メタボ中年男性」

 ギャルたちはそれぞれ自分の目に映る先生の姿を描写した。普通に傷ついた先生は一番教卓の手前の席のアスミに説明を求めるように涙目を向けた。

「みんなは見たまんまを正直に言ってるだけですよ。先生、世界中の人間すべては、世界を見るときに、自分の頭の中でフィルターを通さずには認識できないんですよ。そして、すべての人間がフィルターを通して世界を見ることしかできないのなら、誰の認識が現実なのか、正しい世界の姿なのか知り得ることもできません。例え正しく認識できる人がいたとして、それをそのまま他の人に認識させることは不可能なんですよ。誰の見る世界も一致しない、そんな状況の中で、奇跡的にも、このクラスの私たちは世界の認識を等しくしています。それは、抜き打ちテストをやろうとする先生が恐ろしいということです」

「俺は急に罵倒してくるお前らのほうが恐ろしいよ」

「先生の世界の見方がそうなのならば、今日は自習にしたらいいんじゃないですかね。その見方が正しいかはわかりませんが、少なくとも間違っているということはこの世の誰にも言うことはできません」

「何言ってるのかわからないよお」

 先生は教室から出て行った。教室内で歓声が上がる。アスミはふぅと息をついて、上手く先生を煙に巻けたことに安堵する。これが詭弁であることは承知であった。

「今日はなんだか空が綺麗に見えるね!」

 モモカが可愛らしい満面の笑顔でアスミに笑いかけた。世界の秘密の乱用も案外悪くないかもなと思いながら、アスミはモモカ以外の人のために、昼休みの続きのメイクを始めた。

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