悪役たちの多重奏
「ああ?こんだけか?まだあるだろ、出せや」
ブレザーを着崩した茶髪の少年は足元に転がる、同じくブレザーの小柄な少年の腹をけり上げた。茶髪の少年の背後で仲間たちがその呻く様子をスマートフォンで笑いながら撮影している。
「おい、さっさと!よこ!せ!」
茶髪の少年はまた激しく小柄な少年の腹をけり上げる。二学期初日の朝、いじめられっ子の少年は運悪くいじめっ子集団に遭遇した。駅のホームで電車を待つほかの人たちはあくまでも彼らを空気のように扱うつもりらしかった。
「ちっ、動かなくなっちまった。もう行こうぜ。おい、ゴミ、今日といつものとこ来いよ。逃げんじゃねーぞ」
そういって最後にその場にいたいじめっ子たち全員が一発ずつ彼の腹を蹴ってから去っていこうとした。
小柄な少年はその背中を睨みつけた。いつもの彼ならば逆らうことも無かったのだが、今日は違った。
「くそやろう、こんなことして楽しいか!?」
「あ?」
茶髪の少年は振り返る。その眼にははっきりと殺気がこもっていた。
「お前、今なん…」
言い終わらないうちに小柄な少年がその顔を殴った。
しかし、彼のパンチは相手に鼻血一滴をたらさせるだけに終わり、次の瞬間にはその10倍もの力で彼は殴り飛ばされた。問題は、少年が争ったそのフィールドは駅のホームであり、さらに間の悪いことに通過列車が轟音を立てて彼と重なった。
哀れにも彼はバラバラになった。
「…や、やべえよ、お、俺、知らねえ」
茶髪の少年の仲間たちはすぐにその場を逃げ出した。
ホームは水を打ったように静かになり、また音を取り戻した。駅利用者達にももう見ないふりは限界がきた。
「きゅ、救急車!」
誰かがが叫ぶが、皆それが手遅れであるとわかっていた。
茶髪の少年はふらふらとホームの淵をのぞき込んだ。
そこにはもはや人間であったことが疑わしいくらいの肉塊が散らばり、真っ赤な血の海が広がっていた。
訳ではなかった。
彼の目に映ったのは、千切れて砕けた電子部品、ねじ、導線の残骸だった。
「ねえ、どんな気持ち?」
ふいに彼の後ろから声がした。
少年が振り返るとそこにはスマートフォンをかまえた小柄な少年が立っていた。
「お、お前、死んだんじゃあ…!」
「玩具が壊れてショック?それとも気に入らない存在が消えて大喜びかな?」
幽霊を見たかのように茶髪の少年は腰を抜かした。
その様子をレンズに収めると、小柄な少年は満足そうにスマートフォンを胸ポケットにしまった。
「あれは僕そっくりなアンドロイドさ。あれ、もしかしてあいつのこと、ずっと人間だと思ってたのかな?死んじゃって虚しくなったかい?」
「あれは、ロボット…?」
「そうだよ。アンドロイドだ。君らが楽しく遊べるように僕が操ってたのさ。ま、僕も貴重な映像がいっぱいとれたし、ウィンウィンってことでいこうよ」
「ロボットなわけはない。夏前は蹴れば血を吐いた」
「アンドロイドだって血くらいだせるさ。そんなにかわいがってくれてたとは涙がでるね」
小柄な少年はハンカチで目元をぬぐうしぐさをして見せる。
「俺たちをずっと陰から馬鹿にしてたのか」
茶髪の少年の目にはまた殺気が戻っていた。
「俺があいつを壊すまで。嘲笑ってたってことだろう、お前ごときが、ゴミ風情が、俺を!」
茶髪の少年は立ち上がった。
「落ち着いてよ。アンドロイド殺しはまだ法律に記載されてないから、心配しなくていいよ」
「殺すぞてめえ」
茶髪の少年は小柄な少年に詰め寄った。
『まもなく、列車が参ります。危ないですから下がってお待ちください』
アナウンスも茶髪の彼には届いていないようだ。ただ一点、小柄な少年を殴りたいという獣のような野蛮な欲求だけが彼の頭を占めていた。
「まあ待ってよ。ここにいる僕がどうしてアンドロイドじゃないと思えるんだい?さっきの僕がアンドロイドだったのと同様に僕だって人間じゃないかもよ」
「うるさい。お前がどうだろうと関係ない。むかつくからいじめる」
「アンドロイドをいじめて楽しいなら続ければいい。でもアンドロイドじゃ君が求めてる憂さ晴らしはできないぜ。君がいじめによって満たされることは一生ないんだよ」
小柄な少年はホームの端に追いやられる。
「それで満たされるんだとしたらきっとそれはプログラムさ。なあんだ、君の方が僕よりずっとロボットらしいね」
「俺はアンドロイドじゃない!」
茶髪の少年は振りかぶる。
「君は君がアンドロイドじゃないとどう証明するんだい?」
小柄な少年はしゃがんでこぶしをよける。
「ああそっか」
茶髪の少年の背中を誰かが押した。
「一回死んでみな」
ホームに列車が滑り込む。救急車のサイレンに混じってパトカーの音が近づいていた。
「言い忘れてた。この国ではアンドロイドによる殺しも法律適用外なんだった」
彼はホームの下を覗き込んだ。