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短編集  作者: 岡倉桜紅
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テロリスト宇宙人

 制服のポケットに手を突っ込んで猫背に歩く。耳に突っ込んだイヤホンからは三年前のヒットナンバーが一曲リピート垂れ流し。

 通学路のパチ屋には平日朝からオッサンが吸い込まれていき、電車の中では真面目そうなOLが冤罪を騒ぎ立てる。駅のホームにへばりついたガムは三日前からそこにあったし、ホームレスは二か月前から見た目が変わらない。閉じた改札を強引に抜けて速足で逃げていく女。父親に怒鳴られて逃げるようにアパートから出てくる優等生の先輩。お腹が大きかったネコはいつのまにかガリガリになって汚い顔で威嚇してくる。そこまでは概ねいつもと変わらない朝だった。

 さびれた電気屋の店先に置いてあるテレビがニュースをやっている。政治家の汚職、教師の生徒へのセクハラ問題、ブラック企業での自殺の他、飲酒反対の活動家が全身タイツで深夜のスーパーを襲い、酒瓶をすべて叩き割った事件を報道していた。いつも通り世界は汚くて、狂っていた。

 ふいに、画面が乱れたような気がして俺は立ち止った。ノイズが走る。ぱっと画面が変わって、報道番組でニュースキャスターが映されていた位置には、顔全体を覆うようなシリコンマスクをかぶった人が映し出された。緑色のつるりとしたマスクで、大きな二つの目に小さな口、とがった顎をしていて、宇宙人、と言われて誰もが真っ先に思いつくほど浸透したイメージのマスクだった。画面の奥には三人ほど同じマスクをかぶった人がいる。電波ジャックか。

『我々は、宇宙人だ。この放送は我々が一時、乗っ取らせてもらった』

 宇宙人はボイスチェンジャーで改変された声でテレビの前の全国民に語り掛けた。

『地球人かつ日本人の諸君には申し訳ないが、この国は我々宇宙人が征服する。この腐った世界を一度ぶち壊し、新たな世界を築き上げる』

 マスクが大きすぎて座りが悪いのか、ずれかけては直す。体つきからみて若者のようだった。

『我々は本気だ。その力もある。交渉は申し訳ないが受け付けない。この国が滅ぶことは決定事項なのだ』

 宇宙人はマスクを両手で押さえたまま少し首を傾けるようにする。

『しかし、我々にも情けはある。腐ってはいるものの、この日本に希望を持つ人間もいることだろう。二か月だ。二か月あなたたちに時間を与える。日本最後の日に向けて一日一日を大切に生きるがよい』

 画面がまたぱっと切り替わった。再び報道番組のスタジオが映される。ニュースキャスターは口をぽかんと開けていた。

 振り返ると、散歩中のチワワを連れたヤンキーが口をぽかんと開けていた。口から吸いかけのタバコがぽろりと落ちた。

『……あ、ただいま、電波の乱れがあったようです。お詫びいたします。次のニュースです』

 ニュースキャスターはすぐに顔面を取り繕って背筋を伸ばした。ヤンキーと顔を見合わせた。


「なあ、あの映像、見た?」

「ああ、見た見た。渋谷の交差点で広告の画面がさ、あの宇宙人の顔いっぱいになって」

 教室は宇宙人の話題で持ち切りだった。軽い地震があった後の朝みたいに、突然全員にやってきた非日常にそわそわとしていた。

「席に着け。チャイムが鳴ってるのが聞こえんか」

 教室の戸が乱暴に開けられて教師が入って来る。生徒たちはいったんは席に着くが、そわそわした雰囲気は収まらずに隣の人同士でまだ話し続けていた。教師はじろりと教室を睨みまわした。

「テレビの電波を不法に乗っ取った犯罪者の話か?すぐに捕まるだろうから気にするな。ああいう愉快犯は注目されたくてやってるんだから相手にしてはいけない。授業を始めるぞ」

 一人の男子生徒がふざけた調子で手を挙げる。

「でも先生ー。二か月後世界が滅んじゃうかもしんないすよ。授業なんかやってる場合じゃないんじゃないすか?」

 教師は出席簿を教卓に乱暴に打ち付けた。

「あんなの信じるな。お前が信じたいのなら勝手にすればいいが、二か月後も世界は続く。今きちんと勉強しなければ来年の受験で泣くのはお前だぞ」

 教師は黒板の方を向いて板書を始めた。発言した男子生徒は舌をちろりと出して肩をすくめた。


 家に帰って自室のベッドの上にスクールバッグを放り投げて、冷凍庫からアイスバーを取り出して居間のテレビをつけると、警察が宇宙人の捜査を始めたらしいということがわかった。べとべとした安いアイスバーをかじりながら夕方の報道番組を見る。

「悪質な愉快犯です。許せませんね。近頃の若者が引き起こす凶悪事件は統計的に見て増えています。教育現場の腐敗でしょうかね」

 太った評論家はいかにも物知り顔でそう言った。


 電波ジャックから一週間が経った。世間の大人たちはそんな事件なかったかのように、すべて忘れた過去のこととでも言うかのように宇宙人のことは口に出さなくなった。マスコミも早くも興味を失って、酔っ払いが花屋の店先に小便をして裁判になったとか、有名人の浮気とか、神社の賽銭泥棒とか、いつものように日常的にありふれたゴミのような事件をおおげさに報道していた。

 そんな朝、宇宙人がまたも現れた。電気屋のテレビに映る報道番組の途中で突如ノイズが入り、ぱっと画面が切り替わる。

『あなたたちは狂っている』

 宇宙人は言った。

『日本最後の日まで猶予をあげたというのに、誰一人時間を大切に使おうとしない。あなたたちはただ他人に命じられた義務をこなし、朝起き、糞して、夜寝ているだけの肉袋だ。我々は理解に苦しむ』

 宇宙人は両手のひらを天井に向ける。

『我々はあなたたちに、やりたいことを精一杯やりなさい、と言っているのではない。やりたいことがある人は残りの時間でやったらいいが、残念ながらこの国にははっきりとやりたいことを言える人間があまりにも少ない。わかりませんか?これはチャンスなのです。あと一か月と三週間なのですよ』

 ぱっと画面が切り替わる。耳の奥で宇宙人の声が不気味に残った。

「なにをしようと、どうせ終わるわけだ」

 後ろでテレビを見ていた汚いオッサンがつぶやく。いつも朝からパチ屋に入っていくオヤジだ。

 宇宙人の言葉の含みがわかってくる。どうせ一か月と三週間後にはすべてが終わるんだから、犯罪も遊びもし放題ではないか、ということだ。宇宙人は、国民を言葉巧みに誘導して洗脳し、大規模で非倫理的な社会実験をしているのではないか――?


 教師をはじめ、親や大人たちは皆、宇宙人を頑なに無視し続けた。毎日はとても普通に過ぎていく。普通過ぎて、今ここに拳銃をもったテロリストが飛び込んできても授業は普通に続行するんじゃないかと思えるくらいだった。公共の電波をジャックしてあんなことを発言する人がいても、誰も気にしない。朝が来て、仕事に行って、夜帰ってきて、ぼうっとテレビを見て寝る。国民のほとんどが律儀に習慣を守り続けていた。

 そんな中、やつらに感化されて動き出したのは犯罪者たちだった。全国の治安はたちどころに悪くなり、凶悪事件は増加した。凶悪事件が発生していくにつれて、大人たちはそれすらも無視を決め込むことにした。宇宙人とかいう愉快犯の思う壺になるのを拒否するようだった。


 最初の電波ジャックから一か月が経って、宇宙人はまた現れた。

 宇宙人はニュースキャスターが使う電子黒板に、今月報道されたニュースの画像をすべて並べて映した。

『我々は憤っている』

 宇宙人は続ける。

『我々のメッセージがうまく伝わらなかったようなので、今一度皆さんにもわかるように教えよう。今月、事件が増えたことは皆さんでもさすがにお気づきだろう。我々は決して犯罪行為を推奨しているわけではない。ニュースを見ているとなんとまあ狡くて小さい犯罪ばかり溢れている。全員が、自分が他者から勝手に決められた境遇を、その境遇に自分を当てはめられるように自分を変えよう、とするばかりで何の解放性も感じられない。まず変えるべきなのは、その境遇そのものであるとなぜお気づきにならないのか』

 宇宙人の発言の意図がすぐにはわからなくてテレビに一歩近づく。

『これは我々が皆さんに与えたチャンスなのです。あと少しでこの国が滅亡する、法やモラルなどは役に立たない。何が正しくて何が間違っているかはリセットだ。すべてを決するのはあなたの価値観、それ以外ではないのですよ。そんな唯一無二の状況をプレゼントしてあげたではないですか。さあ今こそ思い通りに生きるべき時なのではないですか?』

 宇宙人はマスクを両手で押さえたままゆっくりとお辞儀して、画面がぱっと切り替わった。


「なあ、これからDVDショップに行くんだけど、お前も来るか?」

 同じクラスの友人が放課後話しかけてくる。了承して、大きめの駅の駅ビルにあるチェーンのDVDショップへ足を運ぶ。ぼろく薄暗い店内では、40代のオヤジが一人、小指で耳の穴をほじりながら週刊誌を読んでいた。友人は前々から買うことを決めていたようで、迷わず一つのDVDを棚から取り、会計を済ませた。

「まだ選んでんの?俺、出たとこのゲーセンに行ってるよ」

「ああ、すぐ追いつくよ」

 特に観たい映画もなく、適当にSFの中古の棚の、色あせたタイトルを眺める。ふと、一つのタイトルに目が留まる。『宇宙からの侵略』。手に取ってみる。30年以上前のB級映画だ。それを持って堂々と店の外へ向かう。自動ドアが開く。

「おい、それ、持ってく気か」

 まだ小指を耳に突っ込んだままのオヤジが言った。

「もらってくよ」

 オヤジは少し口を開きかけるが、何も言わずに閉じた。店の外に出る。ゲームセンターに行くと、店先の筐体で友人がチュッパチャップスを口に入れながらひたすらにインベーダーゲームをやっていた。手に持っていた古いDVDにちらりと視線をやる。

「ほんとに観るのか?」

「さあ、観ないかも」

 隣に座ってインベーダーゲームを始める。


 宇宙人が最初に電波ジャックしてから明日の朝でちょうど二か月になる。

 宇宙人がまた現れた。

『人間の皆さん。約束の日は明日に迫った。我々はすべてをぶっ壊す覚悟がある。果たして皆さんにはあるだろうか?明日の朝、この時間、必ず日本全土は爆発する』

 画面がぱっと切り替わる。


 朝になる。いつも通り電気屋へ向かう。

 国会議事堂や皇居など、国の重要な機関に厳重な警備が施されるのかと思いきや、どこも代り映えしない、恐ろしいほど普通な生活を続けていた。

 その時間まであと三分。まだテレビはジャックされない。腕時計のデジタル表示を見つめる。あと二分、あと一分。辺りを見回す。空は曇り空。タバコの吸い殻が落ちていて、看板には落書きのある、何ら変わり映えしない風景。あと三十秒。爆発の気配はない。宇宙人、来てくれよ。ここをぶっ壊してくれ。

 あと十秒。五、四、三、二、一、……ゼロ。

「ぶっ壊れろ!!」

 店の前で絶叫する。道を行く人がぎょっとしてこちらを見る。どうでもよかった。


 出勤中のサラリーマンが人の行きかう巨大な交差点の真ん中に立ち尽くし、空を見上げる。

「ぶっ壊れろ」

 地下鉄の駅のエスカレーターに立つ女子高生が叫ぶ。

「ぶっ壊れろ!」

 朝の職員室の教師が、交番の警察官が、国会議事堂に出勤した国会議員が、ビルの清掃スタッフが、観光バスの添乗員が、綿棒を持ったパン屋の主人が、沖合に出た船の上のアオリイカ漁師が、幼児に囲まれる保育士が、自宅の窓から外を見るジャージのニートが、パチ屋に行く前の住所不定のオッサンが、叫んだ。

「ぶっ壊れろ!!」


 日本は結局、滅亡しなかった。爆発も起きず、誰も死ななかった。

 宇宙人を名乗ったやつらはそれっきり姿を消し、警察は大掛かりな捜査をしたが、誰かは判明しなかった。

 しかし、少しだけ世界は壊れた。日本各地のあらゆるところで、まったく同じ時刻に、まったく同じセリフを叫ぶ国民が多数現れるなど、二度とこんな事件が起こることはないだろう。

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