第43話 「地獄のマラソン」
進路方向の前方で銃声みたいな大きな破裂音が聞こえた!
誰かが発煙筒を鳴らしたのだろう。
つまり、この先には脱落者が現れるような大変困難な道が俺達に待ち構えているのかもしれない!?怯えながらもアレスはひたすら登る。
崖を2〜3個超えると割と平坦なコースが現れた。助かった!と思い、進んでいると突然激しい頭痛に見舞われる。
気を緩めたらすぐこれだ!
仕方ないからコースを逸れて、誰もいない所で用を足す。
羞恥心はない。むしろ爽快感すら感じた。
お腹も空いた。
のどが渇いた。ベロが乾燥して口の中が変な感じだ。
一体なんのために走っているのだろうか。みんなただの変態ではないか。
そこからさらに進むと、「今気温60度だ!気をつけろ!」と言われる。
道中人がバタバタと倒れていた。
熱中症や脱水症状、もしくはその両方、当然死人もいた。
当たり前のように死体が道端に転がっていた。
いぇい。
列をなしてゆけあの地まで。
遺影。
そんな奴此処に置いていけ後腐れ。
選別者達の多くが激しく疲弊していた。
過酷な試練、度重なる死闘、乱戦などによる傷のために、医師の手当を要する身体だった。
したがって、僅か50メートルを歩くことさえ困難であった。にも関わらず水も食料もない。選別者に与えられるのは試験官からの有り難いお言葉とチンケな発煙筒だけ、過酷さを極める競争だった。
流行ってるのはテング熱、血尿血便赤痢もりもり込みっと。
次の日は死んでる保証をコミット。
この地獄のマラソンは、後に『死の行進』と呼ばれることになる。
過酷な道を走り抜け、ついにゴール。
完走したらどんな気分になるのだろうと想像しながら走っていたが、実際にゴールしてみると、なんという呆気ない幕切れなのだろうか。大きな感動もなく。強い達成感もなかった。残ったのは形容し難い感情と、ひどい疲労感だけだった。
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遡ること数時間前、ショウ等3人含む選別者達が列になって並ばされる。
死体処理を終え、やっと初日の試験をクリアした彼らは疲れのあまり、用意された寝床で泥のように眠った。
そして、なぜか突然明朝明け方に叩き起こされ、『大草原』に集められる。
疲れが残る二日目の試験が始まろうとしていた。
何が始まるのだろうかと多くの選別者は不安に駆られながらも少しワクワクしていた。
「今から、君たちには走ってもらう」
それは、体力、忍耐力、協調性を問われる試験だった。
「あそこに見えるボドカ山脈の手前の山のてっぺんまで行って戻ってこい」
「明日の日の出までに戻ってこられたら合格だ」
それから、選別者達全員に発煙筒を配られる。
発煙筒を鳴らせば、リタイアしたとみなされ試験官に回収されるシステムだ。
俺達選別者は20人~30人なるチームを運営によって勝手に作られ分けられた。勝手に決められたそのチームの足並み揃え、皆で一斉ゴールしなければならないそうだ。
そういう訳で俺達3人はどっかのチームに配属された。
このチームで一緒に走らなければならないのか。
俺はチームの顔ぶれを見ながら嫌な気分になる。
知った顔が何人かいたのだ。
モニカ一味とアレス。
こいつらは見るからに鈍足である。
「どうしたものか…」
「あなた達、足手まといだけは勘弁してよ」
ムガロがそいつらに言う。
「はあ?お前の方こそ転んで怪我すんなよ!」
「足手まといでごめんなさい」
「ハッ!」
「足手まといと一緒に走るのは嫌だな〜と思っているそこら辺の諸君!朗報だ!元から組んでいるバディ(試験に申し込むときに登録していたチーム)で一位を取れば、残りの20人を置いていっても良しとしよう!ただし、一位でなかったらマイナス2000点だ!」
因みに、チーム全員で走って一位でゴールした場合は3000点。
普通にゴールしたら1000点。
制限時間を超えてゴールしたら100点。
リタイアしたら失格即退場だ。お家へ帰れ!
「用意は良いかな諸君?」
「それでは、よ~い!どん!」
選別者達は一斉に走り出す。
「ああ!お前らオラ達を置いてく気か~!」
「その通りだボケ!」
そう、俺、ムガロ、ソーマの3人は、奴らを置いて一位を目指すことにしたのだ。
走れ走れ、さもなくば置いてくぞ、もう置いてくことにしたけど。
でもリスクはデカい。
なぜならこの2000人近い選別者の中で一番早くゴールしなきゃならないからな。
10分も全速力で走ればムガロが潰れたので、俺が背負って走る。
こうなると分かっていたが、如何せんムガロがバテるのが早すぎた。
俺ちょっとしんどいぞ……。でもその甲斐あって、現在我々は先頭集団にいる。
このまま前から3番目くらいの位置をキープして終盤・ラストスパートを頑張って一位を掻っ攫う算段である。
それにしてもこれホントにマラソンかよペースが速すぎるぜ。
ほぼ全速力じゃねえか。
そろそろペースダウンしても良い頃だぜ。
「ねえ君、流石に無理しすぎじゃない?」
「ああ?」
「ペースを落としても良いんじゃない?」
「話しかけてくんなよ!鬱陶しいんだよ!」
「君のために言ってんだよ?このままじゃ序盤で潰れてリタイアだね自分でも分かってるでしょ」
「うふううううう!!頑張ってんだよ俺はあああああ!はあ、はあ!はあっ、はあ…」
「ふう、ひいい!ひっ、ふっ!」
「息苦しいでしょ?肺が焼けるように熱いでしょ?もう辛くて、しんどくて、今すぐ走るのを辞めてしまいたい、そう思ってるんでしょ」
「・・・・・」
「もう休んじゃいなよ」
「一息付いて、また走れば良いじゃない」
「は、はははははははあはっは…」
ソーマに悪魔の囁きをされたその男は走るのを辞めた。
あ、こりゃもう駄目だな。
この男は、二度も走れない。
そいつが一人走るのを辞めたことにより、そのチームは全体的に走るのを辞めざるを得ない。
これで1チームを蹴落とすことに成功したって訳か。
「悪魔…だ」
隣を走っていた選別者がそう言った。
全くその通りだな。
「おいソーマ、あんまり他の選別者を虐めんなよ、ライバルが減ったらつまんねえじゃねえか」
「ただ走るだけのほうが、余っ程つまんないよ」
ソーマにとっては退屈を紛らわす為にすぎない。
彼にとってはただそれだけだったの事なのだ。
俺よりもサイコパスな奴がここにいた。
俺はソシオパスでも心がある。奴にはそれが有るのか定かではない。
「おいムガロ、そろそろ自分の足で走れ」
「一生このままで」
「そんなわけに行くか!」
「まずは立て、自分の足で立て自立しろ!」
俺は問答無用でムガロを下ろし、走らせた。
「もおおしんどいよ!」
「おいまだ走り始めてからものの数分しか経ってないぞ!さあ走らんかい!まだ山の麓にすら着いていてないんだぞ!」
「死ぬ!」
「うるせえ死ぬ気で走れ!つ〜か死ね!」
「なんで…!?」
「いや死んでも走れ!お前ゾンビだろ!」
「さすがに苦しいです!」
「弱音を吐くな!まだ道のりは長いぞ!」
「死んで味わう苦痛を、今の内に味わうんだ!」
「何度味わえば済むのよ!」
俺は地獄のマラソンコーチと化していた。
『専ら大草原』を抜け、俺達は『とんだ荒地』にやって来た。
荒地はとにかく熱かった。
湿気がヤバい。
空気が重い。
たぶん酸素が薄い。
俺達は今、呼吸器官を酷使する運動を持続的に行っている訳で、つまりこの環境はとても厳しいということだ。
本当に血反吐はきながら走っている奴がいるくらいだ。
くしゃみをするように火を吐く俺にとってはこの程度寧ろ過ごしやすいが、ムガロからすればやはり堪えたようで次第に動けなくなった。その様は比較的生命力の強い野生動物がゆっくりと息絶えるみたいだった。
やはり生きているものが死ぬ瞬間は生命の神秘というか一種の美しさを感じるが、何度も見ていると飽きてくるな。
ホントに死ぬまで走ったのか。やりゃあ出来んじゃん。
「・・・・・ん?」
ムガロの死に顔に、その口元に血が流れていた。
「こいつベロ噛んでやがる」
「あははっ、早く楽になりたかったんだね。ムガロらしいや」
なんじゃそれ。
「まあもう3度目だもんな、流石にキツイか」
しかし、ムガロを運ぶのは面倒が人糞並に臭くて生理的に嫌だからソーマの射精物で運んでもらうことにした。
ムガロを黒い煙で包みこんで、それで空中で運べる。
ソーマの黒い粒子はあらゆる力に影響されないから、重力やら抵抗などの物理法則の一切を無視できる。
しかし、ソーマの謎の黒い物質で完璧に包みこんでしまった状態なので、あの煙の中は空気がなく呼吸ができない。
つまり生き返ったばかりのムガロは息ができずに気絶してそのままお眠りだ。
目が覚めたらゴールってな感じ。
200歳でありながら、刹那的に生きているムガロにとっては悲劇的で喜劇的な時だった。
この世の終わりみたいな場所から抜け、魔女は去った。
そろそろいいかとムガロを解放したら、なんか紫になっていた。
「おっは〜、ムガロ息してる?肌もなんか紫になってるしサノスみたいじゃんか」
「生き返った…息絶えた」
「はっしゃご!泣いたらあかんぜよ!だがよ!1・2・3・4・5!はよ立ち上がれや!」
「3で立ち上がれ3で!」
「聞こえるか俺の心臓!頑張ったから結構やばい心拍数だ!対してお前はなんて静かなんだ」
「・・・…・・・〜〜・・…」
「ああ〜…心臓止まってたからしょーがない?おでんには辛子って何時も言ってんだろ」
「・・・…!」
「しかしもヘチマもあるか!」
「でもゴーヤはあるよ」
「わお」
「今お前が思ってること当てようか?あんたの説教いらんわな」
どうやら俺の言葉はなかなかに的を射ていたようだ。
ムガロはとても分かり易い顔をした。
「隠せてねえぞ図星だなあ!」
あまりにもその様が可笑しかったので半分笑いながら語気を強めて咎めた。
「馬鹿に折半、釈迦に説法」
「仏は誰だ」
「なにちょっとうまいこと言ってんの?」
「・・・・」
(馬鹿がここにいるな)
っと、このように脳みそに酸素が十分に行き渡っていないせいか、頭脳指数が少し低めの会話をしている俺達だが、こうしている間にも懸命に走っていた。
荒れ地から丘陵、そしてボドカ山脈の手前の山へ。
俺達は本気で勝ちに来ているんだ。
ムガロの舐めた態度は些細な問題である。
俺達の走りに揺らぎはない。
歩んでいく人生、俺は走る。
立ち止まったりはする。
俺には、足が不自由だった時期がある。
思うように動かせない自分の足に苛つかせたことが何度かある。
いつからこの足で走れるようになったのだろうか。
そもそもなぜ俺は足が不自由だった?
話は3年前に遡る。
俺が11歳の時、原因は不明だがダイオウグソクムシが俺の脳内で羽化して、それで足が動かなくなった。
それがある時、グソクムシが脳みそを食い破って、鼻の穴から飛び出したことにより、俺の足は動くようになったのだ。
あの時の感動を今でも覚えている。
走ってるだけで幸せなのさ。
だから、この一時が心地よかった。生きた心地した。
体たらくな俺に直向きさを取り戻した瞬間だった。
生きた証を残すより、今はただ走るひたすらに。
稼ぐより踊れ。
人生はマスターベーション。
お前のオナニー見せつけてやれ。
すべて己、おんどれ、どうでもいいは俺。
そんな人生楽しいか?わりかし楽しいけど、ちょっとエネルギーが足りないかも。
そんなふうに思っていたのが俺の黎明期だった。
駆け足から疾走へ、生きるはエクスタシーこそ重要だ。
ああ、いい感じ。
みんなでオナニーして、共感する。
これが正解だったんだ。
「すう…」
俺は息を深く深く吸った。
両手を広げ、青宇宙をこの身に受精させた。
世界だ。
感じるぜ。
全部。
空気を、
大地を、
星を、
呼吸も全て、
何もかもが。
「はあ」
御心に秘めた思いを含めてすべてを吐き出した。
そこに広がっていたのは、壮大で果てしなく広い、大自然だった。
山頂の頂きは、とてもこの世とは思えないような美しい眺めだった。
え?いやここマジ天国?
まじであの世なんじゃね?
うん、ないない、そんなわけないや。
「お前ら、この星に生まれついて良かったな」
俺はお前達に向けてそう言った。
彼らは総じて首を傾げる。
彼らはこの御胸に繋がっている。
彼らの心の静寂にはやがて喧騒が訪れる。
雄大なこの景色にも、流石に心が動かなくなりつつあった。
よくよく考えたらここは試練の塔の中だ。
じゃあこの景色は、始天使の創作物かな。センス良いじゃん。
「そろそろ」
飽きてきたかな。
「うん」
「そうだね」
そうして俺達は走り出す。
I'm not counting on getting any answers once I start running.If you're a man, you'll always have a stray bullet or two in your chest.You only live once, and if you're unlucky, you'll die.You can stay with me tomorrow if you feel like it, but don't worry about me.If you ever decide to leave this town, I'll smile and see you off.
走り出したら、何か答えが出るんだろうなんて、俺もあてにはしてないさ。男だったら流れ弾のひとつやふたつ、胸にいつでも刺さってる。どうせ一度きりの人生さ、運が悪けりゃ死ぬだけさ。明日も気がむきゃ俺のそばに居てもいいけれど、俺のことには構うなよ。お前がこの街、離れてゆく気になったら、俺は微笑って見送るぜ。




