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心世界  作者: rin極
第九章 ソルジャー試験編
40/48

第40話 「ゲヘナの谷を渡れ」



 「みなさん、まずご自分の手の甲をご覧ください」


 試験管にそう言われ、その場にいた選別者達は自分の手背を見る。

 

 『50』

 

 俺の右手に、そう刻まれていた。

 

「皆さんの手には、数字が刻まれていることでしょう。この数字が4444になれば、この試験会場を通過できます」


 この試験会場を出る頃に既定値を超えていなければ、失格となる。


 ムガロは『20』、ソーマは『32』だった。

 現時点では俺が最高得点だった。


「質問です。なぜ彼らの点数は高いのですか?」


 誰かが俺達を指差して言った。

 いつの間に盗み見たのだろうか。

 そんな事はさておき、どうやら俺達は他の選別者と比べて点数が高いらしい。


「彼らは特別枠で入ってきた選別者だ」

「特別枠とは?」


当の俺達も初めて聞いた単語に困惑する。


「ただの願書を出し忘れた間抜けとは違うってことだよ。非選別者が間引きの門を通り抜けるぐらいすごい」


よく分からない例えだ。


「さて、皆さん宜しいですね。それでは……」

 


--

 

 

 選択の扉、勇者の証ときて、今度は度胸試しだった。     

 極細橋渡。平均台を20メートルほど伸ばしたような橋。もはや橋と言えるのかコレ、は、最初はある程度の足場があるのだが進んでいくに連れて非情にどんどん細くなっていく。

 

 趣旨は綱渡りに限りなく近い。


「ゲヘナの谷を渡れ、か」

「この下は地獄らしいな」


いきなり何でこんなファンタジーなんだよ。


「まずは様子見だな」

 

 周囲には20人ほどいて、度胸あるものが我先にと進んでいく。


 なぜなら先着一人と明記されているからだ、焦るのも無理ない。

 かくいう俺達も、先を越されてたまるかと息巻いている。

 試験管の説明によると、今回の試験内容はゲヘナの谷を渡るというシンプルなもの。

 しかし、ゲヘナを渡るための橋が信じられないほどの激細なのだ。


「っで、どうするよ、先着一人って書いてあるぜ、俺達の友情もここまでか?」

「ショウが先に行ってくれ、それで上手くいくよ」

「・・・・」


自己犠牲、とはいかないのが彼らであった。


「うん、行って」


 ソーマとムガロは互いの顔を見て頷いた。

 なにやら考えがあるようだ。無策で挑まないのが俺達だ。


 でも、少し嫌な感じがした。


「なあ、お前ら、俺は…お前らが嫌なら、やめても良いんだぜ」


 お前ら無理してんじゃねえのかと、思ったからだ。 


「何言ってるの?あなたが決めたんでしょ?私は、あなたに着いていくって決めたの」

「そっか、なら…」

「そうさせてもらうぜ」


 ソーマには聞かなかった。アイツには不要だからだ。


 ムガロはたぶん、俺と一緒にいれば、楽しいって思ってるんだ。

 それは、間違ってない。

 俺もそう思うよ。俺も楽しい。

 でも…。


「ショウ、どうかした?」

「いや、なんでもねえ」


 俺は頭振って雑念を払う。無駄な思考は削ぎ落とせ。今やるべき思惟(しい)ではない。



 ショウ達の前列にいた若い男女二人は、目前の肝試しをふんぞり返って、軽くかけ合う。

 

「吊橋効果で恋が始まっちゃう?」

「バカ言わないで、地獄に落ちろ」


 彼女に言われた通り、その男は谷の底に落ちた。

 誰かが彼の背中を押したことを、彼女は気づかない。


「・・・・」

 

「本当に落ちちゃった…」

 

 奈落の底を見る。

 

「この下は地獄だろうか…」


 誰かが私の背中を押した。


「あ、あんた!」

 

 振り返ってその男を睨む。

 落下に逆らえなかった私は恨みがましくそう叫んだ。

 

「ライバルを減らすのは当然だろう?」


 私を突き落としたその男はそう言った。

 彼女はそのまま成す術もなく落ちていった。


 それがきっかけとなって、この試験は選別者同士の潰し合いが始まってしまった。

 

 自分より先に進んだ奴に石を投げて落そうとする者がいたり、橋の上で選別者同士が取っ組みあいを始めてみたりする。

 橋の上に数人いたはずが、全員すぐに地獄の底に落っこちた。


 そして皆は気づく。いや、気づくのが遅すぎた。この試験は一筋縄ではいかない。橋は何本かあるけど。

 こっから先もずっとそうだ。これが試験だ。それこそがソルジャー試験だ。


 急いで渡らないといけないのに、周りの選別者達がそうさせてくれない。

 焦って急いで渡ろうとしても、体のバランスを崩して自滅するし、かといって、慎重に渡ろうとしたら誰かに落とされる。


「どけ!俺が先に征く」


 俺の目の前でまた、橋の上で取っ組み合いをおっぱじめやがった。おいそこのオマエ、橋の上でセックスするな。なにどさくさに紛れてヤッてんだよ。


 彼らは共倒れ、まとめて橋から落ちて地獄行き。

 馬鹿な奴らだ。愚かだ。しかしそれが人間だ。

 

「ん?」


 おい、まさかっ。


 谷の幅は20メートルほどだ。だから、走り幅跳びの要領で、飛び越えようとするものが出没した。

 

 飛び越えるなんて発想なかったぜ。

 

 ショウは負けじと飛び出した。思いは一緒、先を越されてたまるかよ。


「は!?」

 

 先に跳んだ奴は谷の中間地点で、刹那の刻で骨骸(こつがい)に成った。

 これはヤバい。


 俺も骨になってしまうのかと思ったが、そんな事にはならなかった。

 その障壁は肉体を溶かす作用がある。どうやら飛び越え防止の策が講じられているようだ。耐性のあったショウは弾かれただけで済んだ。

 選別者の壁と同じような透明な壁に、思いっきりぶち当たったような感覚に近い。

 

 何とかギリギリ橋に捕まることを成功させ、俺は暫定1位に上り詰める。

 橋に捕まった瞬間電流が流れたので危うく落ちるところだったが、なんとか気合で耐えた。

 この高電圧電流は橋に獅噛みつくのを防ぐためだろう。

 

「にししっ、やったぜ」

「おいお前ら!さっさと来い!」


 前を向いて、すぐそこにあった谷の向こう側を見る。

 それから、橋の上を歩く。

 

「おわっ!っはあ…っぶねえ」


 一瞬、バランスを崩した。

 幸いにも、すぐに重心を取り戻すことに成功する。

 

 ふう、落っこちる所だったぜ。

 

 進めば進むほど足場が細くなるのだ。バランスを取るのが至難の業だ。

 

 そして俺は辿り着いた。

 谷の向こう側へ。

 

「・・・・」

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ。

 

 やっとの思いで安全地帯に足を踏み入れ、一息ついたその時だった。俺が向こう岸まで連れてった橋が、突発的に崩れ始めたのだ。


 俺は振り返って、ソーマとムガロの姿を見る。


 ムガロ… ソーマ…。

 

「大丈夫、心配しないで」


 そう言ってムガロは自分の顎下を鉄砲で撃ち抜いて、


 自殺した。


 パアアアン!!


 短兵急(たんぺいきゅう)な銃声に選別者達は驚く。

 紳士である事を自覚しているソーマは倒れるムガロを抱え、お姫様だっこをする。

 命を落とした彼女は、彼の腕の上で首をゴロンと上向いた。

 

 頭からボタボタと血が滴り落ちる。

 

 それから、ソーマが黒い物質を用いてゲヘナの谷に橋を造る。

 そして、自分達以外に誰にもその橋を渡らせないように、背後に壁を作った。


 ブオオオン。ボワボワボワボワボッ。

 

「な、なんだ…なんだよコレ」

 

 死体に群がる羽蟲のような、モワッとした嫌な感じのする壁だった。

 その壁に触った瞬間、そこから蝕まれていくようだ。


 普通なら、というか、本来なら透明な壁に谷越えを邪魔をされるはずだったのに、彼らは何事もなくショウのいる谷の向こう側に渡った。

 ショウが橋を渡った後、橋が崩れ落ちたことにより、他の受験者は谷の向こう側に行く手段が無くなり事実上の失格となった。

 ショウ以外は全員、失格となるはずだったが、この試験には穴があった。

 

 前にも言ったが、この試験で合格するのは()()()()だ。

 わざわざ“一名”ではなく“一人”と表記されている。

 人間ではないソーマはこの試験の判定を受けない。

 

 そして、()()()ゲヘナの谷を渡ることが条件だった。

 つまり、死んでしまえば判定を受けない。

 だからムガロは自殺した(死体はノーカン故、透明な壁を通過できる)。

 そして、ソーマ(こいつは人間ではないのでノーカン)がムガロの死体を抱えて橋を造りながら渡る。当然クリアではないので得点は貰えないが失格ではないので先へ進める。

 合格ではないが失格でもない。


 自分の手の甲を見る。

 50から、66になっていた。


 ムガロとソーマの手の甲に刻まれている数値は、もちろん何も変わっていない。


 ずっと疑問に思っていたことをソーマに問いかける。


「人でなければ渡れるって屁理屈だよな」

「それだったら亜人は通れることになるぞ」


 ソーマの理屈はおかしい。

 

 人間でなければノーカンって、それなら俺だって人間ではない。なのにポイントは貰っている。それに、ムガロに至ってはゾンビだ。半分死んでると言っても過言ではない。なのに自殺する必要があった。


 なんでだ。

 

「亜人の数え方は、人間と一緒だろ?」


 じゃあお前は一体なんだ。

 亜人ですらないお前は何なんだ。

 半人半魔っていうのは嘘なのか?

 

 ソーマはなにか、隠している。

 

「じゃあお前のことはどうやって数えるんだ?」


 俺の言葉に、ソーマは不敵に笑った。

 答えはまだ、出てこなかった。

 

 谷の向こう側の通路は、しばらく続いた。歩いても歩いても、景色は変わらず、精神的苦痛を感じることだろう。

 体感3日ほど歩いたらやっと、


 次のステージだ。



--



 ここは、ゲヘナのどこか。

 谷から落ちてしまった何某(なにがし)男の終わりのない、永久(とこしえ)艱苦(かんく)起首(きしゅ)である。

 

 両眼が揃ったままゲヘナで生きるよりは、片目で生を受けるほうがいい。

 マタイによる福音書第18章9節。


 ゲヘナ・サイパン。

 それが、ゲヘナの何処かである。


 男が目を覚ますと、石の寝台の上に仰向きで寝かされ、手足を拘束されていた。


 周りには5人程の先住民(先輩)が男を囲って儀式のようなものをしていた。

 先住民たちが奇妙な呪文のようなものを唱え続けている。

 

「イソイソ ナウナウ」

「なんだ?」

「タウタウ ウィー ナム バッバッ」

「なんだよ!やめてくれ!」


 男の声には誰も反応しなかった。

 

「ダウダウ サシッ イソイマ ナウマウ ウィー タムウナウ ナー」

「ガシッ」

「があお!があっ!ああ!」

「ドゥううう!どぅあアアア!!」


 生きたまま顔を剥がされ、先住民たちが歓声を上げる。

 

「うああああああああああああああああああああ!!!!!」

「あああああああああ!!!!!」

「今から、オマエのちんこを切り取って肛門に突っ込もうと思いま〜〜す!」


奇妙な呪文のようなものを歌っていた先住民がいきなり流暢に喋った。ていうか喋れるのかよ。


「セルフおかま掘り!」


他の先住民が笑えない冗談を言う。


「ぶへはははははははは!!!」


先住民たちはみな狂気じみた笑い声を上げる。

俺も、思わず乾いた笑いをする。

やっと喋ったかと思えば俺の幻聴かと疑った。


「や、やめろ!やめてくれえエアア嗚呼!!」

「ちんこ!切り取ったりいいいいい!!!」

「うをおおおおおおおおおおおお!!!」


先住民たちが雄叫びをあげた。

俺は悲鳴をあげた。

 

「イタウタウ ママママ イソイマ ナウナウ」

「ウィー ミナ タウタウ」

「イタウサ アーエー」


 顔の皮を剥ぎ取られ、ちんこを切り取られ、肛門に押し込まれた男はまっ暗闇な部屋に閉じ込められる。永久に。



--



 迷宮、ダンジョン。

 楽しいかよ。

 俺はワクワクしに来たんじゃない。


 迷宮の通路には、獣用のお粗末な罠が張り巡らされていた。

 見りゃ分かる。

 なのに、罠にかかってしまった。お馬鹿にも程がある。

 一体どうやったら猪用の罠に捕まるってんだ。

 俺は皆に笑われた。

 

 後2ヶ月で、俺達はとある目的を達成させる。

 こんな所で罠にかかっている場合ではない。


 近くで無数の羽音がした。

 

 ガキが喚いてる。


  見たくないよ。

 

 それが蠢いている。胸がざわついた。目を逸らしたかった。

 目に映るあの子達の幸せそうな光景が、仮初(かりそめ)のようだった。

 

 それは迷宮の妖精だった。

 その小さな女の子の妖精は出会った。遠い階層からやってきた黒い髪の女の子。

 その2匹の妖精は惹かれ合う。

 金髪の妖精はその子に恋をした。

 

 それから、前からやってきた愛すべき馬の妖精が、その黒い髪の妖精を呼び出して、会話を楽しんだ。

 金髪の妖精はそれが許せなかった。

 愛馬と楽しそうにしている黒髪の妖精を。

 

 やがて群れでその黒髪をいじめるようになった。

 とあるふくよかなちょっと変な妖精が、その黒髪が住んでいる巣を燃やした。

 その変な妖精は、金髪の妖精に執着していた。

 

 あの黒髪にばかり構うようになって、あの子のせいで、あの子さえいなければ…。

 

 黒髪の親と妹は家ごと焼かれて死んだ。

 黒髪は復讐に走った。

 妖精たちは殺し合いを始めた。


 最後は、金髪の妖精と、傍観者だけが残った。


 いつの間にか66から70点になっていた。

 俺達は更に進んだ。



--



 (ほこり)の被った食料備蓄庫で、瓶詰めを貪り食っていた。その男は明かりのないこの部屋に光が見えた。

 思わず便を捨ててその光がある方へ向いた。


 俺達は廃墟のような場所にいた。

 ここは地下、歴史的価値のありそうな物があちこちに散らばっていた。


「あれ?なんかいるぞ?」

「んにゃふっ、ふはにむん、ん」


 その男は卑しい餓鬼のようだった。

 

「何だあれは?」 

「こんにちは」


 ムガロがそいつに挨拶すると、その男はピタッと止まった。

 俺達はそれの姿を確認した。


 (むくろ)だった。

 洋画に出てくるゾンビのようだった。

 

 そのゾンビみたいな奴が俺達の存在に気づいた瞬間、俺達に向かって歩き出した。

 体の筋肉が衰えているのか、腐って筋肉繊維が足りていないのかは知らないが、身体を震わせながら、ガクガクと近づいてきた。


 手持ちのランプの光がガッツリとそいつの顔に当たったとき、不覚にも恐ろしいと思ってしまった。

 とにかく不測の事態に陥ったのだと、俺はその時そう思った。

 ビックリするだけで、その場に立ったまま動けなかったのだ。


「おいおいおいおい!」

「ショウ!」

 

 そいつが俺の両肩を掴んだ。

 

 『ここから出ていけ…』

 『早く立ち去れ』


 そいつの目は、酸でもぶっかけられて失明したような腐った白眼だった。


「離せ!」


 俺はそいつを突き飛ばした。

 壁に当たって強く頭を打ったのか、意識を彷徨わせている様に見える。


「なんなんだよコイツ!」

「不死者の匂いがするわ…ゾンビのようなものね」

 

 ムガロがそう言った。

 同族であるからして何かシンパシーのようなモノを感じ取ったのだろうか。


「殺したの?」

「まだ息してるわ」


 それは、何かを伝えようとしていた。


『ぅ゙う、うんん…んなあふん』


「おい、もう行こうぜ」

「こんな奴ほっておこう」

 

『ショウ…!』

 

 俺の名を読んだ。

 そいつに自分の名を呼ばれ、俺は息を呑んだ。

 

『お前…絶対…死ね』


 そう言って息絶えた。

 ムガロが確認をしようとして、そいつの心臓部に耳を当てる。

 

 そいつはいきなり動いてムガロの首を触った。

 まだ生きていた。


「ふあっ!」


 ムガロはびっくりして飛び退いた。


『お前のせいだ』


「ひっ…!」


 ムガロは不可解に襲ってくる悪寒のせいで、そいつからジリジリと離れた。


「・・・・・」


 今度こそ、そいつは死んだようだ。

 

「どうして名前を」

「知るか」


「・・・・っ!」


 グ午後午後午後おおおおおおお!!!

 

 突如、地面が揺れた。

 地震が起こった。大きく振動した。

 洞窟が崩壊する勢いだ。


 そして、サイレンのような不協和音が鳴り響き、思わず耳を塞がずにはいられなかった。

 ソーマやムガロでさえも、耳を抑えてその場でうずくまった。


 頭がガンガンと迷彩色唸った。

 視界がチラチラと点滅する。

 

「あああああああああああああああああああ!!!!」


 最後に、一際大きな振動が起こり、その衝撃で俺達の意識は合法的に飛んだ。



--



「みんな無事?」

「ああ、大丈夫だ」


 ムガロが俺とソーマに声をかける。

 どうやら俺達はここで伸びていたようだ。


 周りを確認する。


 明かりがついていた。壁に備え付けられている松明が、淡い光を放っていた。

 廊下全体が明るくなっている。


「誰が明かりを…」


 食料備蓄庫の中に入っている食料が、さっきまでカツカツだったのに、十分な物資の量になっていた。

 誰かが補充したのか?


「さっさと出るぞ」


「あの老人がいない」


 死んでいたあのゾンビみたいなやつが、消えていた。


「他の死体もない」


 さっきまであった他の2体の死体も消えていた。

 男女の、肩を寄せ合った死体。


 それがとても重要なことであることを、俺達は後で知ることになるのだが、今はまだ、気が付かなかった。


 とりあえず俺達は探索した。

 ここに入った時と同じ入口に戻ってきた。

 

 だがその扉は何をやっても開かなかった。開かずの扉だ。

 山をも貫通する高出力ブレスを放っても、少し焦げるだけでびくともしなかったのだ。頑固過ぎるにも程がある。


「ダメだ」

「さっきの先住民の仕業か?」

「他の出口を探そう」

 

 前に入った居室も、新しくなっていた。

 部屋の位置、広さ、設計、ベッドの配置までも、すべて一緒だった。


「ここ、同じ部屋か」


 ソーマがベッドに潜った。


「僕ここでしばらく休憩する」

「おい、まじかよ、神経疑うぞ」

「私も疲れたから寝る」


「お前ら、こんな薄気味悪い所でよく眠れるな」

 

 仕方がないので俺も休息を取ることにした。

 

 ベッドに潜って考え込む。


 廃墟だった場所が、当時の姿に戻った。

 これはどういうことなのだろうか。

 幻覚を見ているのだろうか。


 そんなふうに考察しながら暫く休憩したあと、探査を再開した。


 次に見つけたのは、軍の司令部みたいな部屋だった。

 立派な勉強机の上に、資料が散乱しており、小型の銃も置いてあった。


「これはムガロが持っとけ」


 俺はその銃をムガロに渡す。


 机の上にある物資を漁った。


「日記?」


 俺はそれを読む。


「ショウ、読めるの?」

「ああ」


 ムガロは読めないみたいだ。素知らぬ言語だからだ。俺はなぜかそれが読めた。


 俺の脳みそはこの世界に来たときからそう仕組まれている。誰かが俺の脳みそを弄くったのだ。

 だから俺は、この世界の全ての言葉を理解できる。


「ふむ…」

 

 その日記は血痕が染みていたり、何枚もの紙が破れていたり、文字が掠れていたなど、読める部分が少なかった。


「なんて書いてあるの?」 


俺は答える。


「数え切れない罪が夢となって現れる」

「命を引き換えに償えば、夢は消える」

 

「そう、自殺したのね」


 俺とソーマはこの部屋の血溜まりと、血塗られた小型の刀に視線を向けた。


「そういえばソーマは?」

 

 ソーマがいつの間にか居なくなっていることに気づいた。

 部屋から廊下に出る。


 すると、いた。ソーマは両手を上げて立っていた。

 知らぬ男性がソーマに銃口を向けていた。


 「誰だ!?」


 ソーマが片手で俺達の動きを制した。

 それで、不審者に飛びつこうとした俺達を止めた。


 未だソーマはその男の引き金でこの場は緊張した。


「貴様ら、上から、ここにどうやって来た」


 ソーマが首をかしげた。

 ムガロも同様に、その場で固まった。

 そうか、こいつらには分からない言葉で喋っているのか。

 

「入口からだ」


 俺が答えることにした。

 ソーマとムガロはギョッとして俺の顔を見た。俺がその言語を操れることに虚をつかれたのだ。

 

「他に出口は無ェのか?」

「は、はあ、もうない…」

「出口なんかない」

「出口は無いんだよ!」


 その男の悲痛な叫びを、俺は、聞こえた気がした。


「・・・・おい、その日記…」

「ああ、コレか?そこに落ちてた」

「お前たちどうやって来たんだ」


 再び銃口を向けた。

 

「待て、落ち着け」


 バンッ!!


「うわああ!!」


 その男は自分の頭を撃った。


「なんだったんだ」


 俺はその場に落ちていた小型の刀を拾った。

 雑巾で血をふき取って、懐にしまう。

 男が持っていた銃はソーマに持たせた。


 気を取り直して移動する。

 色々回っていると、大きな亀裂が入った壁を見つけた。

 壁の割れ目から、その中は、洞窟のようなものがあった。


「おい、お前が先行けよ、レディーファーストだ」

「はあ?こんな時だけ私をレディー扱い?たまには男気見せてよ」

「やだな、僕はゲイだ」


ソーマが急に変なことを言い出す。

俺もそれに乗る。


「俺も」


 

 結局、リーダーである俺が先頭を行くことになった。


「ひどい匂いだ」


 その洞窟は下に続いていた。


「何だこの石は」


 何かの遺跡のようだった。


「墓か何かな?」


「この場で何らかの儀式を行えそうだ」


 洞窟の壁に、意味深な絵画があった。

 その意図までは読み取れなかった。


 壁に文字があった。


 許してくれ。助けてくれ。出して。

 そして、殺してくれ。


 地面のくぼみで足を捻ってバランスを崩す。

 地面に転がる。

 

 ぐぎゃあ。


「ああああ!痛ェええ!」


 足首が脱臼した。

 ソーマが駆け寄る。そして、俺の足首を持って捻る。


 墓ギイ。


「あ゙ああああっ!!!」


 予想外の俺の叫び声にソーマは面食らう。

 

「バカッ!曲げる向きが逆だ!」

「ごめんよショウ」

「ああクソ痛え」


 俺は足首をバタバタさせて軽く振った。

 治った。


「早く出口見つけないとな」


 歩くと、足首に違和感があった。

 

「…骨が砕けたまま再生したか」

 

 俺はすぐに自分の足首を切断して、さっさと新しいのを生やす。


「トカゲかよ」


 ソーマが呆れた声を出す。


「バカ言え、ドラゴンの血だ」


 俺達は元いた場所に戻った。

 さっきの部屋で、少し居座る。


 ここ、同じ部屋だよな、やっぱり。


「この絵、見覚えがあるぞ」

「同じ部屋だ」

「これは、どういうことだ?」


「ううむ」


 先祖の言葉には耳を傾けなければならない。


「どうした、ショウ」

「いや、先住民の事を思い出してな」


 ここは所謂、ゲヘナと現実の境目なんじゃないのか?


「死んで罪を償えって」

「やなこった、死んでやるもんか」


 辺りを見回す。


「俺達は、別の時代にいるんだな」

「つまりここは、過去だ」


 『お前、絶対に死ね』


 俺はあの時の、あの干からびた老人の言葉を思い出した。

 なぜ俺に言ったんだ。


 暫くそう思考に耽っていると、ムガロが戻ってきた。


「見て見て、変なの拾った」


「女の人形だね」

「は?どう見たら女って分かるんだ?」

「スカートを履いているじゃない」

「ホントだ」

「男の人形を見つけ出して、一緒にしてやろう」


ソーマが言い出した。


「男と女を一緒にすれば喜ぶでしょ」

「なんだその発想は」

「そういう迷信があるんでしょ」

「この人形は、この地の先住民におまじないみたいなもんだから」

「結び方で意味が変わるの」

「入口にあった人形は、“入るな”って言っていた」


「分かった。取りあえずその人形を探してみよう」


 ムガロは謎にご当地系の知識を保有している。

 200年生きた年の功というものだろう。

 長いこと生きているくせに精神年齢は俺より低いのはなぜだろうか。


 俺達は歩いた。

 歩きながら、俺達は会話した。


「日記によると、幻聴が聞こえるそうだ」

「そのうち幻聴が聞こえてくるかもな」

「そしたらどうする?」

「俺達が互いに監視しとけば、問題になることはないだろ」

「そうね」


 俺は歩きながら彼の日記を読み耽る。


「カチューンが壁を掘っていた。奇妙な人形を見つけた」


 ムガロはそれを聞いて、人形を取り出す。


「絵画の女の人形に似ているね」


「カチューンの奇行は続いた。彼が見つけ穴の先には、ゲヘナがあった」


「さっき入ったあの洞窟か」


「呪が始まった場所だ」

「化け物がいて、そいつを殺した」


 化け物はなんて?

 

「聞こえたまま書いてあるな」

「ソロ ウノ プエデ ビビア」

「どういう意味?」

 

「一人だけ生きる」



「その後、彼らはこの洞窟に閉じ込められたらしい、今の俺達のように」


 音読を続ける。


「正気のものは私だけ、殺すしかなかった」


 ページをめくる。

 また捲る。

 更に捲る。

 

「なんて書いてある?」


「終わりだ」


 整った文字で書かれてあった。

 急に落ち着いたな。

 

「いや、まて、続きがある。……私の命では足りないようだ。地獄で、一人で生き続けるのか」


 俺は壁を見る。

 

「…もうすぐ松明が切れそうだな」


 明かりはもうすぐ無くなる。



--運営側の視点。



 そこには、今試験の監視官をしている者たちがいた。

 目玉クリーチャーから外部接続で映像を出力して、洞窟内での選別者達の行動を見ていた。

 

「おいどうなっている!」

「コイツラ全員幻覚見えてねえぞ!」

「おかしいですね、恐怖心が少しでもあれば幻聴が聞こえたり幻覚が見えたりするはずなんですが」

「じゃあ彼らはちっともビビってないってことか?そんなのあり得るかよ」

「こいつら何物だ?」

「黒髪の大剣背負った少年が、ショウ・ニドネスーキー、フード被った大鎌持ちがムガロ、悪趣味な仮面をつけてるのがソーマです」

「なるほど、例の特別枠で入った選別者か」

「ええ」

「にしても驚きましたよ。序盤のあれ、ベッドがあるからって、普通あのタイミングで寝ないでしょ」

「本当に能天気な奴らだ、普通なら阿鼻叫喚な様になる所だが」

「他の選別者はどうなっている」

「すでにリタイア組が三組出ています」

「は?三組だと?少な過ぎねえか?」

「はい、今期は中々の粒ぞろいです」

「有望な新人が入ってくるのは喜ばしいことだが、趣向を凝らした俺達が浮かばれねえ」


 結構拘っているのだ。凝りまくっているのだ。


「やっぱりこんな肝試し、試験になりませんよ」

「ああん?今までは八割方脱落者を出してきた試験だぞ?」

「最近の若者は、こういう奇っ怪な現象にはあまり驚かないですから」

「そうなのか?」


 

--ショウ達。



「ここだな」

「日記出てくる登場人物達の死体だ」


 山積みになっている死体を並べる。

 死体を漁ったあと、再び壁の割れ目の向こう側に行った。


 壁の文字を見つける。


「ソロ ウノ プエデ ビビア」


一人で生きる。


「トルメント パラ トドス」

「皆に苦しみを」


 ソーマとムガロにも意味が分かるように訳す。


「テスティゴ ポル エタニダット」

「永遠の証人、永遠の苦しみ」


 これで分かったな。

 先住民が奴隷のように扱われた。

 呪術師が呪いをかけた。それが事の始まり。

 

 此処に閉じ込めたんだ。

 何百年も一人きりに。


「俺達は今もまだ生まれていない」

「なぜなら、ここでは時間は無意味だからだ」

「また時間がずれ、2つの人形を一緒にできる」

「この人形が鍵だ」

「今なら呪いを解いて戻れる」


 男の人形を拾った。


 ムガロが女の人形を出した。

 受け取って、2つの人形の手を結ぼうとした。


 これで此処を出られる。


 そう思った矢先、俺はその2つの人形を落とした。


 ザシュッ。

 

「・・・っ!」


 お腹に手を当てる。

 血が流れる。


 再生しない。


「刺された」


 ムガロの方を見やると、彼女もお腹を抑えてうずくまっていた。


 見えない何かが、俺達を襲った。


 ソーマは無事か?


「逃げろ」

 

 俺の言葉で、ソーマは脇目も振らずに逃げた。

 俺はムガロの腹を抑えながら、服を破って包帯代わりに巻く。

 これで出血量を抑えられる。

 それから自分の処置をする。

 

「俺達もここを出るぞ」


 人形を拾って、ムガロを引っ張ってこの狭い空間から身を移す。

 人形の頭が取れていた。くっつけたらイケるか?



 

 俺達は、最初のあの、食料備蓄庫に戻っていた。


 ソーマはその辺の壁もたれかかっていた。


「ソーマ、大丈夫か?」

「刺されたけど、僕に物理攻撃は効かないから」

「なんでそんな苦しそうなんだ」

「わからないよ。こんなことは初めてだ。なんだかとても眠い」

「これが眠気ってやつなんだね、初めての経験だ」


 ソーマはズルズルと、背中を壁にこすりながら座る。

 ムガロはソーマの隣に座った。


《はあ…いい加減、気が付かねえか?ショウよ》


 ソーマは眠った。

 こいつが眠る所は初めて見た。

 奴に睡眠は不要だからだ。


 だからこそ、今目の前にしているこの状況が、どれだけ異常なのかが分かる。


《この場所で、70年後に…》


「なんて?」

 

 ソルジャー試験、正直舐めていた。

 簡単にいけると思っていた。

 だが、一筋縄ではいかないのだ。


 この試験会場は、始天使様の力が働いているらしい。

 かのお方の力で、この場所はまるでダンジョンのようで、自由自在に世界を形作っている。


 ソルジャーギルドは、この迷宮のコアを操作することでモチーフに合わせた試験場を作る事が出来る。

 

 扉の試験や、大きなクジラ、そしてこの狭い洞窟も、すべては始天使の力で成り立っている。


 《この感じ、覚えはねえか?》


「違和感、そう、違和感だ。これがその違和感の正体って奴だな」


《こいつら肩を寄せあって眠ってやがる。これはまるで》


「まるで、あの時の、2つの死体みてえだ」


《そうだ、やっと分かったか愚鈍め》


「そうか、分かったぞ」

「ムガロ、お前らが、あの死体なんだ」


 ムガロは無気力に俺の顔を見る。

 かなり衰弱している。


 だが、俺の言葉を理解しているようだ。

 だから何だ、って顔しているけど。


 そりゃそうだ。

 だから何だって話なのよ。

 ムガロは死んでも生き返る。


 そしてソーマは、そもそもそんな死生観で生きてはいない。


「生き残るのは俺か、嫌だな」


 腹の傷を見る。

 治っている。


 洞窟内全体の明かりが消失した。

 光を失った暗闇に、俺は一人取り残された。

 これから待ち受けているのは無為な人生だ。


 俺はこの真っ暗な洞窟に閉じ込められた。

 文字通りお先真っ暗である。


 扉はいまだ開かぬまま、俺は一人で生き続けた。

 孤独に、侘びしく、叫んでも返ってくるのは嫌味なほどの静粛。


 ずっと、ずっと、一人で何もせずに生きた。

 これぞ、無為な人生。


 70年後、俺の姿はさながらゾンビのように痩せこけた老体になっていた。

 食料備蓄庫で、最後の瓶詰めを貪っていた時、この暗い場所で、初めて光が差した。

 俺は俺と出会った。

 

 思わず瓶詰めを投げ捨てて、俺は若かりし頃の俺に詰め寄る。

 周りにいる懐かしき仲間には目をくれず。


 俺は俺の事にしか目に入らなかった。


 そして言った。


「一人だけ生きる…」

「お前は、絶対に死ね、最初に」


 そうすれば、この永遠の地獄を味わなくて済む。


 俺が俺を突き飛ばした。

 俺は壁に頭を打ち付けて、視界が真っ白に光った。

 

 キーンという高周波な音がする。

 意識が曖昧になる。


 ゆっくりと、俺は、やっと、永遠かと思われた地獄から開放された。


 なんてな。


「おはよう、よく眠れたか」


 ムガロが死んで、生き返って、目を覚ました。

 ソーマはまだ眠ったままだが、死んでいない。

 そりゃ、コイツ死なねえもんな。

 こいつの殺害方法は未だ不明。

 どうやったら殺せるんだろうか、コイツ。


「ふぁあ、死んで生き返った後は、不快感でいっぱいだわ」

「寝覚め最悪」


 ムガロはそう言ってのっそりと立ち上がった。


 俺は人形の頭をくっつけて、男と女の手を結んだ。


 あの時のように、地震みたいに揺れた。


 これで扉は開いたはずだ。

 それから、俺はソーマを引きずってムガロと一緒にこの洞窟を出た。


 ショウ「70→100」

 ムガロ「24→54」

 ソーマ「36→66」


 結局、何なんだったんだろう、この試験。


 

 




 


A place for all living things

生きとし生ける場所

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