第35話 「馬の精子」
俺は日が昇る前に起きた。
ムガロが動けるうちに出来るだけ距離を稼ぎたかったからだ。
「お〜い、お前ら起きろ」
「お〜い」
ムガロとソーマを揺さぶり起こした。
「もうすぐ出るぞ、さっさと仕度しろ」
「うん…」
ムガロがげっそりと起きた。
ソーマは反応なし、木の幹に背中を預けて気を失っていた。
「ソーマ」
「るせえなあ、起きてるってば、僕は不眠症なんだ」
彼は動かなかった。
ソーマは口だけ動かして体を動かそうとしなかった。
ホントにずっと起きていたみたいだった。
「だったら今度から寝たふりなんかせず見張りでもしとけ」
「っあれ、ムガロんがまた眠り始めた」
ソーマの言う通り、俺がせっかく起こしたムガロが二度目と洒落込んでいた。
「ムガロ〜、おい起きろ、いい加減にしろ!」
「クソッ、寝顔が腹立つな」
俺は揺さぶり起こそうとしたが、しかしそれでも奴は目を覚まさなかった。
まぶたを指で無理やりこじ開けて見たが、反応なし。
「これでも起きねえのか、もうほっとくか、永遠に」
「ショウ、それは薄情ってもんだ」
「僕に考えがある、少し待ってろ」
「考えって?」
「ショウ、人間ってのは不快感で目を覚ますものだ。例えばほら、暑い日とか汗で服がくっついて嫌んなって目を覚ました事とかあるだろ?」
「あ、ああ、確かに」
「他にもさ、喉が乾いたり腹が減ったりしたりとか、糞漏らしたとかさ」
「な、なるほど」
「しかし、どうするんだ?」
「まあ待ってろよ、僕にいい考えがあるんだ」
そういって彼は数分ほど姿を消した。
遅いなあ、まだかなあ、俺はせっかちなんだ早くしてくれ。
しっかし、コイツほんと良く寝るな。
ムガロの腹立つ寝顔を見ながらしばらくの時を過ごし、邪念が振り払われた頃にソーマが戻ってきた。
「おい、なんだそれは」
「ウンコだ。あっちで拾ってきた」
ああ、なるほど。
俺はそれを聞いただけで察しがついた。
「ったく、どっちが薄情なんだか」
「ショウ、少し炙ってくれ、乾燥していて臭いが少ない」
「おう」
俺はそのウンコを火で炙った。
「うおっ、くっせえ!コイツはやべえぜ!とんだ悪臭だ!もはや兵器だぞ!」
「山猫の糞は、主に戦争などで敵の野営地に放り込んで嫌がらせをするのに使われたほどのポテンシャルを持っているからね」
「えげつないぜ、ムガロの奴、もう起きるんじゃねえのか?」
ソーマはさっそく、日で炙ったウンコをムガロの鼻の穴に近づけた。
「さあ、臭いを嗅げ、そして悪臭と共に目を覚ましやがれ」
「起きないと、このまま鼻の穴に突っ込むぞ〜」
そのままつまみ上げたウンコをムガロの鼻の穴に近づける。
奴が言った通り、本当に鼻の穴に突っ込む気だ。
「うげえっ!!!」
さすがの異臭に目を覚ましたのか、ムガロが変なうめき声を上げて飛び起きた。
あまりにも悪臭だったのか、咳き込んで呼吸困難に陥っていた。
しばらくして落ち着くと、ムガロは殺意の籠もった目でソーマを見た。
「あはっ!やっと起きた!」
「おはちんぽ!」
「んああ…」
「はいっ!これでも食べて元気だしな!」
「なにそれえ」
ソーマがどこからか出してきた器に入った謎の白い液体をスプーンですくってムガロに食べさせようとする。
「いいからいいから、お口を開けて〜」
「あー…」
「はい、あ〜ん」
ムガロはまだ寝ぼけているのか、大人しくそれを口に含んで飲み込んだ。
「ん?」
彼女は首を傾げた。
不思議な味がしたらしい。
「おいソーマ、何を食わせたんだ」
「え?何って?」
「馬の精子」
「はああ!?」
俺はムガロの方を見る。
彼女は気づいていない様子だった。
俺はムガロに聞こえないようにソーマに質問する。
バレたらまずい。
「馬の精子っておまっ、どこでそれ手に入れたんだよっ」
「さっき、森の中でさ、丁度ヤッてる最中の馬に出くわしたのよ、ちょっとだけお裾分けして貰ったのさ」
「へえあ〜」
「ん?どうかしたの?何話してるの?」
「え?いや別に?そんな大した話じゃない、ムガロは気にすんな」
「ふ〜ん」
「ねえ、ソウルイーターさん、教えて?」
「嫌だっ」
「つれないわねえ、性癖を語り合った仲じゃない」
「前から思ってたんだけど、その薄気味悪い仮面はさっさとはずしたらどうかしら」
「それも嫌だっ」
「顔を見せるのが恥ずかしいの?だったら私が手伝ってあげるわ!」
ムガロがそう言ってソーマの仮面を無理やり剥がした。
そしていつの間にか拾っていた山猫の糞をソーマの口の中に無理やりねじ込んだ。
「うぶぶぶぶおおえ゙え゙え゙え゙工エエェェェェエエ工!!!!」
ソーマはすぐさま吐き出そうとしたが、ムガロが彼の口を押さえて蓋をした。
結果、鼻の穴からウンコを混ぜたゲロが吹き出したのだった。
これはのちにソーマにっと、ムガロとの最初の一番の思い出になったそうだ。
それにしても、ソーマの素顔は意外だった。
「顔は悪くないのよね」
割と普通の人間の顔だった。
でも、顔の右半分が普通ではなかった。
右半分の口だけ、無かったのだ。
右目を白かったので、失明しているのかもしれない。
「・・・・・」
「別に変じゃないだろ?」
ソーマは無言で仮面を拾い、元に戻した。
「はあ…ムガロちゃんさ〜」
「君夜行性だよね、なんで昨日、途中で寝ちゃったの」
「夜中僕一人だけ見張りじゃあ、暇すぎて嫌んなっちゃうよ」
「嫌よ、そしたら次の日私寝不足で歩けないじゃない」
「まあ、見張りなんざ必要ねえけどな」
「ヒバナがいるから、万が一も無いし、そして俺自身も何かあったらすぐに目が覚める」
「夜の森は危険だぞ、どんなバケモンが寝込みを襲ってくるか分かったもんじゃない」
「ここは昨晩から俺の縄張りにしてんだよ、そんじょそこらに小便撒き散らしてマーキングも済ませてある、獣も馬鹿じゃねえからな、余程のことがなきゃあこのエリアには入ってこんさ」
「げへぇろ…君はヒグマか何かか?」
「しかしショウよ、なんでまたこんな朝早くに、まだお天道さまもお見えになってないじゃないか」
「確かに、なんで?」
「ムガロ、お前、日が昇る前なら動けるだろ」
「まあ、ていうかショウ、昼までなら全然いけるよ」
「なんだ?日が昇ってからも動けるのか?」
「何だかさっきから私、とても元気なの、なんていうか、活力が溢れ出てくる感じ?」
ムガロに聞こえないように話す。
「おいソーマ、もしかして馬の精子の効力か?」
「うん、間違いない」
「?」
「ん?なんだそれ」
「これを巻けば、太陽の光を遮ることができるの」
ムガロは全身を包帯で包んだ。
その様はまさにミイラである。
「昨日のあれか、意味あったんだな」
「うわあ、息苦しい」
「ショウ、それだけじゃないわ、このローブ自体、日の光を通さないからフードを被れば私はついに、太陽を克服できるのよ」
「へえ、そりゃすげえ、そのうち死も克服しそうだ」
「なるほどね、そういうこった」
「しっかしムガロちゃんは、角生えてるし、肌も色白で太陽が天敵ときたらあ、ゾンビといより吸血鬼だな」
「それは俺も思ったぜ」
「はあ?私をあんな羽根虫野郎と一緒にして欲しくないでくれる?」
「おう、もうええわ、よし行くぞてめえら」
「おお!」
俺達はゴッカン・ストリートに出た。
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街道をしばらく歩くと、何度か馬車が通ったが、乗せてもらえなかった。
しかし、それも仕方あるまい、何せ俺達はこの世界においてあまりにも危険な奴らだからだ。
一人は全身包帯巻きで死神が背負ってそうなデカい鎌を持っていて、もう一人は仮面を被ってる変な奴、そして俺は顔に目立つ傷とこの体にあまりにも不釣り合いな大剣、さすがにこの集団に関わろうとするやつは少ないだろう。
これはどうにかしなければ。
「なあムガロ、ソーマ、俺達あまりにも不自然な奴らじゃねえか?」
「このままじゃ、商人がビビって、ここを通り抜けちまうぜ」
「それもそうね、でもこの大鎌は隠せないし、貴方の大剣も、ソウルイーターの仮面も取るわけにもいかないし」
「いや、何とかなるかも」
「ソーマ、なんかいい案があんのか?」
ソーマは笑った。
「これは僕の能力の一つなんだけど、モノを自由に出し入れできるんだ」
「へえ、見せてみろ」
「オ゙エ゙エ゙エ゙ッ!」
「「!!??」」
ソーマは突然、口からショートソードを吐き出した。
それを俺に手渡しする。
「おお、コイツはすげえ」
「汚い」
ムガロは苦い顔をした。
俺はソーマから受け取ったショートソードを確認したが、間違いなく現物だった。
「なるほど、しまいたいものを口から突っ込んで保管するわけだな、お前にこんな特技があったとは」
「な?すごいだろ?まあ別に口から出す必要はないんだけどね」
言いながら、彼は手からロングソードを出してきた。
出したといっても、ポンッと出したわけでなく、手のひらから黒い煙のようなものが出てきてそれが形作った。
「最初っからそうしろよ」
「演出さ、体内に保管できるってことをアピールしたかったんだ」
「これで君たちのその物騒なもんを取っ払うことができる」
「う〜む、それはいい案かもしれんが、俺はこの剣をお前に渡したくない」
「私も手放す気にはなれないわ」
「まあ、そう言わずにさ」
ソーマが勝手に俺の剣を引っこ抜いた。
「重っ」
「変だな、お前、なぜそれを触って平気なんだ?そいつは呪い刀だぜ」
俺の剣が黒い煙に包まれた。
「どうやら僕には効かないみたいだ、あれ?取り込めない、おっかしいなあ」
「とりあえず返せ」
俺はソーマから剣を奪い返した。
「ん〜次!ムガロ、それ貸してよ」
「嫌」
結局俺達はこのまま行くことにした。
途中、ムガロがへばったので背負っていった。
ずっと、傘をさしながら歩いていたが、さすがに太陽が真上まで来ると、動けなくなったようだ。
俺達はゴッカン・ストリートの上を闊歩していた。
荷馬車が通りかかるのを今か今かと待ち構えていた。
次に通りかかった馬車には強引に乗車した。
御者には悪いが、ムシカゴ市まで送ってくれたら礼は弾むぜ。
「な、何なんですかあんたら!?」
「おっさんしばし乗せてくれよ、いいだろ?」
「ムシカゴ市まででいいからよ」
「ひっ、んはあぁもう分かりましたよォ〜」
おっさんの首に手を回し、肩を組む。
御者席には、おっさんを中心に俺とソーマが座り、ムガロは荷台の荷物の上で遠慮なく寝転んでくつろぐ。
「ひょっとして、あんた達、ムシカゴにはソルジャー試験を受けに?」
「そうなんだ、俺たちソルジャー目指してんだ、おっさん、ソルジャー試験について何か知らねえ?」
「ええ、これでも私は若いころ、ソルジャーを目指していましたからね、まあ、結果は敗北を知りすぎたんですが」
「ソルジャー試験が行われるのは年に一度、試験会場は、世界中でたったの3箇所しかありません、ムシカゴ市はその数少ない試験会場の1つです」
「へえ、1年に1回しかないのか、あと何ヶ月後だ?」
「1週間後です」
「おお意外とすぐだった」
「いやあ、危なかったね、あと1週間遅れたら1年待たされるところだった」
「ははっ、確かに」
それからしばらく時を過ごす。
ずっと同じ場所に座るのも飽きたので、俺は場所を変えることにした。
「あ、ちょっ、登らないでくださいよそこ!危ないですよ?」
「ははっ、いいじゃねえか」
「お、ここ景色いいなあ…」
「あの〜聞いてます?」
俺は荷台の屋根の上で寝転んだ。
そっからまたしばらくの時を過ごす。
「おっちゃん、後どのくらい?」
「あと2、3時間したら着きます」
「なんだっ、意外とすぐじゃん」
その時、ソーマが何かに気付いた。
「あ、ていうか応募締切は?」
「だいたい試験日の2ヶ月前ですね」
「俺たちまだ願書出してねえ」
「諦めた方がいいですね」
「え?」
それから、俺達の目的地、北ムシカゴ市へ到着したのだった。
「ん?着いた?」
ムガロが起きた。
包帯をそこらに脱ぎ散らかしていた。
それらを片付けながら準備し始めた。
「あの〜そろそろ降りてくれませんか?」
俺達は荷馬車を降りなかった。
「ええ〜会場まで送ってよ〜、ねえねえいいでしょ?」
ソーマが、おっさんの肩を揉む。
「ねえ、送ってよ〜」
「ねええええアア!!!!!!!!!!!!」
とりあえず一旦、ソルジャー試験の会場に着いた。
More energy!
もっと活力を




