第34話 「大森林」
俺の隣で歩いているのは今回の旅の同行人であり、謎多き男。その名もソーマ。
脱獄してから一日しか経ってねえが、俺とソーマは現在パナム王国の最西端の街、グラヴマガ市に来ていた。
時刻は早朝である。
グラヴマガはとにかく田舎で、何も無い農村が広がっているだけに思えた。
聞けばもう少し西に行けばちょっとした街があると聞いたので、とりあえずそこに向かうことにした。
グラヴマガに何があるんだと聞かれれば、その質問に答えることは非常に困難である。
強いて言うなれば、この大陸を横断するシルクロードみたいな役割を持つ世界一長い道、通称ゴッカン・ストリートが通っているぐらいな物だ。
まあ、他の市でも通っている所は結構あるので、全くもって微妙である。
あそういえば、魚が美味いらしい。
しかしそれも北ムシカゴ市の魚の方が美味いらしいのだが…
「さて、どうすっかな」
ムガロも探さねえといけねえのに、とんだ道草を食っちまった。
「僕ら一文無しだもんな」
ソーマがそう言った。
「何いってんだソーマ、俺には賭けで得た金が大量にあんだぜ?」
「そう言えばそうだったな、いくら?」
「鮭」
「豆腐」
「明太子」
「・・・・・」
「確か、30万ポンドあった」
「とりあえず飯食おうぜ」
俺達は、この街の唯一の酒場に朝飯を食いに行った。
酒場のくせに朝早くから開いてんだな。
中に入り、定番の日替わり定食を注文した。
「匂いがきついな、ここ」
「ああ」
「お、キタキタ、随分と速えな」
頼んでいた料理が届いた。
俺は早速料理を食べる。
俺はイタダキマスは言わない。
なぜなら頂きますという意味が分からないからだ。
「うん、まあまあだな」
「ソーマ、食べないのか?」
「食べなきゃいけないのか?」
「腹減ってねえのかよ」
「僕は腹をすかさない」
「そりゃ羨ましいね、俺はいつも腹ペコだ」
「なあ、どうして人間は食すという行為を一種の娯楽と捉えることができるんだ」
「なんだ、お前は飯が嫌いなのか?」
「いや、そういうわけじゃないんだ、何が楽しいのかが分からないんだよ」
「僕からすれば、食べるというより吸収すると言ったほうがしっくり来るね」
「へえあ、面倒くせえなあ、ツベコベ言わず取り敢えず食ってみろ、意外と旨いかも知れんぞ?」
「んん」
ソーマは、料理に手をかざした。
すると、手のひらから黒い煙のような物が出て、料理を包んだ。
そしたらまるで手品のように飯が消えていたのだ。
「やっぱり、何が楽しいのかさっぱりだね」
「お、お前…口から食ってみろよ」
「口から?まあ今度試してみるよ」
なん何だこいつ。
「しかしあれだな、いずれにしろ、俺達には生活するための手段がいるよな」
「ああ?適当でいいんじゃない?」
「適当で良い訳ねえだろ」
「ああそうだ、そう言えば俺ェあ、ソルジャーに成りてえんだった」
「ソルジャー…」
「へえ、良いじゃん」
「まずは試験を受けないとね」
「やれやれ、仕方なく付きやってやるよ、僕も一緒に試験を受ける」
「良いのか、あんがとよ、っで、試験はどこで受けれるんだ?」
「まあ、有るとすれば多分あそこだ」
「どこだ?」
「北ムシカゴ市」
「北か…寒いのは嫌だ」
「ははっ、そんなに寒くないって」
「・・・・」
「怖い?」
「そうだな、平気な顔してっけど、いつも胃が痛いの耐えてんだよ」
「お前は良いよなあ、いつも能天気で、さぞかしお前の脳内は快適なんだろうよ」
「何いってんだよ、僕だっていつも幸せな頭してるわけじゃないんだ」
「これでもいろいろ苦労してきたんだよ」
「その面でか?」
「ぎゃはっ、僕そんなひょうきんなお面着けてんの?」
「わざわざそのお面を選んだお前のセンスには思う所がある」
「にしても、見えねえな」
「君は、何時でもハッピーそうだけど、違うの?」
「そりゃあ無ェな」
「だって俺は、怯えてんだ、この先どうなるかなんて全く想像できねえし、正直怖いよ」
「でも、それも日常だ、この不安しかない日常の片隅で、無邪気に笑っていられたら良いよな」
「丁度お前みたいにな」
「仮面で隠した僕の表情は、君には見えるのか?」
「てめえの内蔵まで丸見えだぜ」
「俺には見えてんだよ、てめえのその仏頂面がな」
「僕って、どんな顔?」
ずっと前から、言葉には言い表せない感情が蠢いていた。
「・・・まあ、別に、普通」
嘘だ。
本当は分からなかった。
いくら覗き込んでも、それには近づけなかった。
何だか不吉だった。
それ自体が不吉だった。
あいつ自身でさえも。
「お前は人間じゃねえのは確かただ、人でない何か…その正体は、まだ分からないけど」
「ハハッ、気づけると良いね、僕の正体に」
「でも驚いたよ」
「よく分かったね、完璧に人を模倣したはずなのに」
「・・・・」
「でも、君だって人のこと言えないはずだ、それ、本当の顔じゃないんだろ?」
「お前よりは人間だ」
「にひっ、そりゃそうだ」
そう言って彼はニヒルに笑った。
ああ、ニヒルを思い出す。
俺はここで茶を挟んだ。
そして一息つく。
茶柱が立った。
「初めて君の素顔を見たとき、僕は震えたよ」
「何を見た」
「教えてやんねえよ」
「・・・・・」
「君は、僕の知的好奇心だけを満たしてくれれば、それで良いんだ」
それから、俺達は今後の計画を立てた。
ゴッカン・ストリートを渡り途中で馬車を捕まえカンダハルまで行く。
そして、そこから北上し、北ムシカゴ市へ行く。
計画を立て終えた俺達は、さっさと此処を出る事にした。
「あ、居た!」
俺達に向かって声を上げるやつ居た。
俺はその方を見やる。
ムガロだった。
顔面も包帯でぐるぐる巻きにしていたので一瞬分からなかったが。
声がムガロだった。
なんなんだあの格好は、ミイラがパーカーを羽織ってる様に見えた。
俺はムガロを無視して店を出た。
「いいの?あいつ君の知り合いじゃ」
「何でもねえよ」
当然、ムガロは追いかけてきた。
しかし、何故か店員に止められ、代金を支払うように言われていた。
そう言えば支払いやってなかったな。
そしてあそこの店員はムガロを俺達の連れと認識した訳か。
悪ィな、まあ別に悪く思わん。
後ろを振り返っても、ムガロの姿は見えなかった。
店で時間稼ぎを喰らっているようだ。
俺はそのまま街を出てゴッカン・ストリートを目指すためにグラヴマガ大森林に向かった。
グラヴマガ市は、実は王国内で一番の敷地面積を誇り土地の広さだけは随一だ。
それもあってか大森林はアマゾン並の広大さである。
熱帯雨林ではないので、そこまでジャングルっぽさはないのだが、人工物の欠片もない大自然だ。
半日ほど森の中を歩き続けた。
そしてやっとの思いでゴッカン・ストリートにたどり着いたのだった。
此処までくれば、あいつも追ってこれないだろ。
今日はもう終わりにして、道のすぐ近くで野宿でもするか。
「今日はここでキャンプだ」
道中、薪を集めながら進んでいたので、それを使って火を起こす。
「ねえ、それどうやってんの?」
「詳しくは知らねえな、説明するのも面倒くせえ」
「へえ、面白い」
「狩りに行くぞ、付いてこい」
それから狩猟に向かった。
石を投げて兎を仕留めた。
師匠に教わった捌き方で兎を解体する。
皮と内臓は廃棄。
肉を適当に切り刻んで、鍋に放り込んだ。
今日はシチューだ。
というか、これしか作り方を知らねえ。
兎の肉をじっくりと煮込み、街で買った材料を入れる。
直火の鍋でコトコト、コトコト。
シチューを煮込む音と、焚き火のパキパキという音が合わさって、何だか眠くなるような心地よさがあった。
ん?いま一瞬、なにかの気配を感じた。
俺は立ち上がった。
「どうした?」
ソーマはずっと、焚き火を眺めていた。
「小便撒いてくる」
近くで獣の気配を感じたので、追い出すか殺すかをするつもりで、キャンプ地から離れた。
己の勘を頼りに、その気配を辿った。
そのついでに、このエリアに縄を掛けるために小便を撒き散らそうと思っていたのだ。
五分程度探したが、何もいなかった。
気の所為だったか。
懸念を払拭して、ついでに用も済んだ俺は満足し、さっさと持ち場に戻った。
人の気配が2つあった。
一瞬、女の声が聞こえた。
ムガロだった。
「おいお前ら、何勝手に食ってんだよ」
「あ、ごめ〜ん、腹減ってたからつい」
「うまっうまっ」
俺は鍋の中を覗き込む。
中は空だった。
「ああもう!全部食ってんじゃねえか!せめて俺の分残せよ!」
俺が作ったのに。
「「・・・・・」」
だんまりかよ。
ソーマは無言で飲み干した。
「あ、私の食べかけで良かったら…うぷっ」
言いかけながらムガロは口元を手で抑えた。
「ああ……お前確か人間の飯食えなかったよな」
ムガロが吐きそうだった。
「おい辞めろ!ここで吐くな!あっちで吐けっ!」
「おボボボええええええええええ!!!」
「ああああ糞っ!お椀の中に吐きやがった!」
「ギャハハハははは!!!超ウケんだけど!」
ソーマが腹を抑えながら笑い転げた。
腹筋が鍛えられて良かったな。
「おいソーマ!なに人ごとみたいに笑ってやがんだ!」
「ごめんてっ」
くそっ、コイツラ邪魔だ。
「いやあアリガトね、君のおかげだ」
「僕は食すという行為がこんなにも刺激的なモノだとは知らなかったよ」
どうやらソーマは、生まれて初めて口からモノを摂取したようだ。
「まるで今まで飯を食った事が無いみてえな物言いだな」
「ははっ、確かにっ!」
--
「それにしてもムガロ、久しぶりだな。会えて嬉しいよ、嬉しすぎて涙が出るね、マジで…」
「てめえとの感動の再開は一生忘れねえからな」
「ええ〜、さっさと忘れて」
「それは無理だ」
「つーかムガロ、今まで何してたんだ」
「故郷に戻っていたのよ、ちょっと気になることがあって」
「気になること?そりゃ何だ?」
「そんな大したことじゃないわ、だから気にしないで」
「ねえ、なんであの時私を無視したの?」
「お前がそれを聞くのか?」
「俺は結構気にしてたんだぜ?お前は俺に何も言わずに、黙って出て行ったんだから」
「何言ってるの?置き手紙は残したはずよ」
「そんなものは無かったぞ」
「・・・・・」
「うそっ、そんなはずは…」
「白紙の紙ならあったが」
「白紙?」
「確か白紙の置き手紙の意味は、それまでの関係を無かったことにする…だったよな」
「違う!私じゃない!」
「何が違え、お前、ありゃ何のつもりだ」
「違うって言ってるじゃない!私ちゃんと手紙置いたもん!」
「んなもん無かったってんだよ!」
「まあまあ、二人共喧嘩はよして」
「ソーマ、口を出すな、これは俺とムガロの問題だ」
「そうはいってもなあ…」
「違う…私置いてないもん、もうどうして、どうして信じてくれないの?」
「俺だって信じたいさ、でも、そうさせなかったのはお前の方じゃねえか」
俺はお前の嘘を見抜けないんだ。
だから怖いんだよ、お前を信じるのが。
「頼むよマジで、お願いだから」
「…分かった」
「これ、私からのお詫び」
ムガロから、りんごを渡された。
「はあ…これじゃあ、腹も満たせねえよ」
「ごめん、それしか無かったから」
「もう良いよ、お前はもう良い」
「許してくれるの?」
「ああ?許すとかじゃなくて、もうどうでも良くなったんだよ」
「じゃあ、私も連れてってよ」
「なんでそうなるんだ」
「だって、もうどうでも良いんでしょ?だったら着いて行っても良いでしょ?」
「一緒に旅したいもん」
「んはあもうええわ、オーケイオーケイ」
「勝手にしろ」
俺はため息をつきながらそう言った。
俺は寝転がんで、夜の天井が見えた時、星の光が眩しくて手で目元を隠した。
そのままリラックス。
虫の音が奏でる子守唄が俺の意識を闇へと誘う。
しかしすぐには俺の意識は手放せなかった。
彼らが会話を始めたからだ。
「ねえ、その仮面は何なの?」
「それ…聞いちゃう?」
「嫌なら別にいいよ、興味ないから」
「ええもう、そんなに気になる?んホントもう、困っちゃうな〜」
「あ、そういうのいいから」
ソーマがクネクネして気持ち悪かった。
「これは僕のためであり、世界のためでもあるんだ」
「は?」
「見ないほうが良いよ、仮面なしの僕の顔を…」
「君はきっと後悔する、いや、する暇もないだろうね」
「どうして?」
「もし僕の素顔を見たら、君はきっと後悔する羽目になる」
「だから僕は、この仮面を外せないんだ」
「これを外したら、世界が滅ぶかもしれない…」
「あっそう、じゃあそれ一生外さなくていいから」
「冗談冗談!大した理由じゃないんだ」
「この仮面がなきゃ、僕は人間を演じれない」
「それだけだよ」
「やっぱり貴方、人間じゃないのね」
「まあね」
「僕は人間に成りたかったんだ、醜くて欲にまみれていて、それでいて全生物の中で最も美しい生き物だからだ」
「今は割とどうでもいいけど、何かと便利なんだよね、人間を装うのはさ」
「貴方の正体は?」
「今はまだ、話す気にはなれないよ」
「そっか、まあそれならそれでいいや」
「いつか知れる時は来るさ、僕の正体なんて、そうたいそれたモンじゃないよ」
「ふうん」
それから、静かな時間が訪れた。
会話は無かった。
俺達は眠った。
Fellow
仲間




