第24話 「7000マイル」
俺たちは列車の中の個室で向かい合って座っていた。
ムガロが俺の顔を真剣に見つめている。
二人の間の沈黙はしばらく続いた。
「・・・・・」
気がつけば雨が降り始めていた。
「ザアアアアアアアアアアアア」
列車の線路を渡る騒音と共に、雨の音が聞こえてくる。
雨の音を聞くと、とても落ち着く。
雨の匂いも好きだ。
特に、雷雲の雨が降り始める時の匂いが好きだ。
俺の弟は雷が好きだった。
いつも雷が鳴り始めるとテンションが上がって窓から稲妻が見えないかとずっと外を見張っていたものだ。
俺は、そんなことも忘れていたのだ。
もう、あいつの顔も名前も思い出せない。
さて、みんなには言っておかなければならない事がある。
実は、俺とムガロが駆け落ちした話は実際にあった話ではない。
単なるifストーリーだ。
あれは、あの話は今いる世界とは少し違う世界だ。
この物語ではいくつものifストーリーが交じっている。
どれも本当にあった話で、でも全部が全部、実際に起きた出来事とは限らない。
俺たちは今、もしもの世界にいるのかもしれない。
今いるこの世界が、ここでの出来事が全て本当にあった事だとも限らない。
だから、いくつもの世界線をくぐり抜けて、今のストーリーがある。
これは、そういう物語だ。
二人で会話をしていた時だった。
一瞬、全身に稲妻が走ったような感覚に襲われた。
それは脳の錯覚だったのかもしれない。
ムガロが胸を抑えて、背中を丸めた。
ぜえぜえと呼吸を荒くし、肩を揺らす。
「…あ’’あ’’、かっはああ、はあ、はあ・・・」
ムガロが心筋梗塞にでもなったかのように胸の中央を抑えてうずくまる。
「おいどうしたムガロ、様子が変だぞ?寝不足か?」
呼吸が整い、落ち着きを取り戻したムガロが答える。
「そっちこそ、なんでそんなに汗かいてるわけ?」
ムガロに言われ、俺は気づいた。
首元を触ってみると確かに汗が出ていた。
「お前だって汗ヤバいぞ?」
ムガロは額に物凄い量の汗を垂らしていた。
「・・・・・」
ムガロが再び俺の顔を見つめ直した。
俺は彼女の目を見て決意した。
「まあいいか」
「さて、話の続きをしようか」
「なあムガロ、これは提案なんだが…」
「何?」
「俺と一緒に・・・」
「それは駄目!」
「え?」
「何だよ急に、最後まで聞けよ」
「嫌」
「だから俺、お前のために・・・」
「言わないで!」
「その選択は間違ってるから!」
「は?まだ途中しか言ってねえぞ」
「あなたが何を言おうとしているのかを、私は全て知っているんだもの」
「それはとても魅力的な提案だと思うけど、私はその道には進めない」
「その選択は多分、きっと幸せな選択よ、でも、後で後悔する羽目になる」
「だから何でだよ」
「私はあなたの死神を見たくない」
「はあ?何だよそれ、意味分かんねえ」
突然、俺たちの個室に1人の男性が駆け込んできた。
「おい!大変だ!事件だ!」
「え、何?何だって?事件?」
「はあ…もうこの話は辞めにしましょ」
--
話の流れ的にこれは不適切かもしれないが、この時、列車内で事件が起きていた。
それは普通のリーマンだった。
一般ルーム、つまり満員電車みたいなスペースに彼はいた。
列車が出発してから15時間ほど経過した時だった。
一人の男性が息遣いを荒くしてうずくまっていた。
傍目から見ればそれは間違いなく異常者だと判断するだろう。
近くにいた人は異常者から離れようとしたが、人間がギュウギュウに箱詰め状態となっている一般ルームでは難しい行為だった。
ある時、様子がおかしかったその男性が突然荒い呼吸が止まった。
それから数秒もしないうちに、車内は地獄へと変貌した。
それは一瞬だった。
気づいたときには異臭が漂っていた。
車内はたちまちパニックになり、泣き叫ぶもの、気絶するもの、子供を守ろうと必死になるもの、様々な人となりが目に写った。
その噂は俺たちの耳にも入った。
「え?車内で漏らしたやつが居るって?」
今、俺達の個室に一人の若者がこの事を伝えに来ていた。
「ああそうだ、今一般ルームの方は大パニックになっているらしい」
「まじかよ」
それを聞いたムガロが爆笑した。
「あはははははは!馬鹿じゃんそいつ!公衆脱糞罪で死刑ね!あははっ!」
「おい嘘だろ?糞漏らしたら死刑になんの?」
「んなわけないじゃないの、少し考えたら分かるでしょ能無し君」
「たくっ、腹立つなあおい、つーかそこのお前、この話は本当なんだろうな?」
「マジだ、大マジさ、いいか?これはフィクションでもない、本当の話だ」
「信じられない話かもしれないが事実なんだ、避難してきた者から話を聞いたから間違いない」
「っと、俺はもう行かねえとな、他の奴らにもこの事伝えないといけねえからよ」
「とにかくお前ら、一般ルームにはぜってえ近づくなよ」
彼はそう言って廊下を駆けていった。
--30時間後、お漏らし君視点
民間が運営する自警団組織の施設にある取調室にて、とある男性が取り調べを受けていた。
「列車内で糞を漏らしたと聞いたが、お前で間違いないな」
「はい、違いありません」
「はっはあ、よお、とんでもないことしたなあ、お前のせいで都民は今頃大パニックだ」
「申し訳ないと思っています」
「どこ出身だ?」
「アライブ市です、内房の方」
「リオネルは初めてか?」
「ええ」
「なるほど」
「あんなに混んでるとは知らずに」
「驚いたか?」
「はい、とても」
「だがお前が犯した罪は重い」
「何人病院に運ばれたと思っている?30人だ」
「そんな、でも、僕だって頑張ったんです」
「頑張ったからなんだ?許されるとでも思っているのか?」
「いえ、でも」
「ガキの頃は頑張っただけで褒められてたかもしれんが、社会に出たら結果が全てだ」
「いくら頑張ったって結果が出なきゃ意味がない」
「大人になったら頑張ったで賞なんかないんだよ」
「だから、『頑張ったのに結果が出なかったんですーっ』とか言ったってなあ、『じゃあしょうがないよ、今回の罪は時効でいいよ』ってなるわけないだろう?」
「大事なのはどうやって結果を出すかだ」
「頑張って結果を出す奴もいるし、頑張らなくても結果を出せる奴もいる」
「お前はあの時、頑張って踏ん張ることしかしなかった」
「それだけじゃあいかんよ」
「はい」
「原因は分かってるんです」
「今朝食べた卵が痛んでたんだ」
「今思えばちゃんと事前にトイレに行っておくべきだった」
「初めての大都市で緊張感もあったし、まさかあんなに電車に人が乗るなんて思わなくて、便所に行こうとしたけど人並みに跳ね返されちゃって」
「それで漏らしたってわけか?」
「はい」
「認めるんだな?」
「ええ」
「限界を迎えた時、まず、母親の顔が浮かび上がりました」
「母親か」
「そして開放感と共に同時に熱いものがこみ上げてきたんです」
「その瞬間『やっちまった』と思いました」
「僕は泣いていました」
「屈辱に対する涙かと思いましたが今思えば違います」
「そうか、ふむ、そういえば名前を聞いてなかったな」
「ゲリー・デリックです。」
「ゲリデリック、なるほど、両親の期待通りに成長したってわけか。で、涙を出したその心は?」
「感謝です」
「偉大な建造物や壮大な自然風景に心を打たれた時に流れる涙、あの瞬間僕はこの世界が存在するすべての宇宙と繫がった気がしました」
「不思議なことに罪悪感はありませんでした」
「だってそうでしょう?命を奪いその命を返す、これが自然の摂理というものです」
「ふーむ、出したことに後悔は?」
「ありません」
「そうか、あの中には妊婦もいたんだ。お前はその事についてどう思う?」
「それは…気の毒だったと、思います。」
「僕だって、こんな罪は犯したくはなかった」
「できることなら、あのまま耐えたかった」
「でもそれは不可能です。」
「そんなにきつかったのか。」
「あれは地獄です」
「地獄?」
「はい、生地獄です」
「それほどか」
「だってそうでしょう?」
「この数億年生物が行ってきた自然の摂理に数分とはいえ僕は逆らったんだ。だから、あれは贖罪なんだ。」
「ん〜なるほど、現場を思い出せるか?」
「はい、鮮明に」
「あの電車の中には数十人の人が乗っていました。リーマンから老人、妊婦、学生と幅広い世代が同乗していたと思います。」
「異変に気づいたのは、僕の隣で座っていた学生だった。数分前から腰をよじり背中を丸め、息遣いを荒くしていた僕は、傍目から見ても異常な人間だったでしょうが、さらにそこに追い打ちをかけるように異臭が漂ってきたんです」
「まるで大蛇のように異臭は鼻腔に絡みつき、車内は、たちまち阿鼻叫喚となりました」
「子供は泣き叫び、老人はその様に大粒の涙を流し、疲れ切ったリーマンは・・・」
「もういい」
「あれは、この世の光景ではなかった」
「糞を漏らして、汚物まみれになった僕だけど、心まで腐ったわけじゃない」
「大変、心をいためたよ。僕のせいで、みなさんの快適な旅を地獄にかえたのだから」
「よし、反省もしているようだしこの件については大変結構なことだ」
「だが今回君に罪を問うのは、他にある」
「公衆脱糞罪も立派な罪だがそれよりも、君が持っていたこの3冊の本」
それは、母親の愛情ものだったのだ。
「うーむ、熟女ものかな?これは、お、ん?おいおいこりゃあ駄目だろうゲリデリック」
内容を確かめた試験管は顔をしかめる。
「紙で梱包されていたことからこのポルノ雑誌は販売目的にあったと推察されるが、実際のところはどうなのかね?」
「・・・・」
「はい、全く持ってその通りです」
「ポルノ雑誌の販売はパナム王国内では禁止されている」
「知っているね」
「ハイ…」
「内容も内容だ。完全にアウトだよこれは、つまり重罪だ」
「は、はい」
それを聞いたデリックは腹をくくった。
「恐らく僕は死刑でしょう」
「おかした罪の重さを理解しています」
「ですが、ひとこと言わせてください」
「僕らにとってそれらの本は聖書です。無下に扱わないでください」
--ショウ視点
俺たちはリオネル駅で降りた。
ここはパナム王国でも工業が盛んな都市である。
工業都市リオネル。
ここは、パナム王国三大都市の一つだ。
パナム王国では、王都ラマを中心に、その周りを魔法都市、工業都市、軍事都市と3つの都市が囲っている。
マスターピース学園は魔法学校だ。
だから魔法都市ベレッタにある。
軍事都市では軍の学校が、工業都市では工業系の学校が、そして、王都ラマは商業学校がある。
王都は商業が盛んで、別名商業都市とも呼ばれるのだ。
俺たちはリオネルで一泊したあと、マーシャル鉄道で魔法都市の学生区まで行った。
ベレッタについた我々は、都立学園へと赴いた。
受付で入学希望の書類にサインをし、希望の学科を選択する。
願書を書き終えた俺たちは早速入学試験に進んだ。
まずは魔法適正の有無だ。
魔法適性審査室に入ると、仙人のような老人がどっしりと構えていた。
まずはムガロから魔力を測った。
仙人がムガロの手を両手で握り目を瞑って唸る。
「う〜む、ほうほう、魔光路の内に秘める魔力は絶大のようじゃのう」
「おほっ、こりゃ凄いわいたまげたたまげた、玉もげた」
「もういいでしょ」
「…ううすまんのうお嬢さん、ビックリしてもうてのう」
よし、次は俺の番か、なんかわくわくするな。
俺の内に秘める魔力はどんなもんかな。
「ん?」
俺の手に触れた仙人が首を傾げた。
不思議そうな顔をした仙人はもう一度俺の手を握る。
「ん〜、ん’’?おりょ?おかしいのう」
「どうしたんだ爺さん」
え?
何なんの?
マジなんなの?
「・・・・」
仙人は唸った。
なんなのも~、ドキドキすんじゃんかよ~。
「おほっ、こりゃ珍しいのう」
「なんだ?もしかして凄えのか?」
「うむ、そうじゃのう、わしも長いことやってきて色んなものを見てきたつもりじゃが、これは初めてじゃ」
な、なんだ、も、もしかして・・・
「君の体には、魔力が存在しない」
「え?」
はあ。
あ~あ、やっぱそうだろうと思ってたよ。
「まあ安心せい、魔力がなくとも魔法工学や薬学には進めるからのう、んなに悲観することはないわい」
「まあもっとも、魔力なしで今まで生きてこられたのは奇跡だと思うがね」
魔力の計測が終わったあと、筆記試験を行った。
案内人に試験会場へと紹介され、そこで試験をした。
試験会場には俺たち二人と自警団所属の試験管。
入学において問われるのは読み書きと簡単な四則演算、正直簡単すぎて笑いそうになった。
読み書きと四則演算が出来なければ普通科に進むしかないらしい。
試験に難なく合格した俺たちは、入学に必要な手続きを済ませた。
ムガロは今期の入試成績でトップだったらしく、特待生として入学することになった。
俺の方が筆記テストで上回っていたのに、膨大な魔力量で成績は彼女のが上、何とも理不尽な世界だ。
俺も魔法、使いたかったな。
彼女が選択した学科はもちろん魔法科だ。
魔力のない俺は比較的楽そうな魔法工学科を選択した。
まあそんなことよりも今は、二日後にある秋の入学式に備えて必要な道具を買い揃える必要がある。
てなワケで俺たちはムガロの奨学金を使って、その日の内に服や筆記用具、生活必需品、学生に必要な基本的な物資などを購入した。
つーか、まじでギリギリだったな。
よく間に合ったよ俺たち。
魔法学校は入学式と共に卒業式が年に4回ある。
季節ごとにね。
--
入学式の前に入寮式があるようなので、我々は学生寮に向かった。
女子寮と男子寮に分かれていたので、俺とムガロは途中で別れた。
荷物を持って寮に入る。
俺の部屋は第一学生寮の建物の中にあるらしい。
寮の中に入ってから、階段を登る。
4階にある自分の部屋を探した。
666と書かれた部屋を見つけた後、係から貰った鍵で施錠を開けて中に入る。
因みに二人部屋のようで、同室の子の荷物が置かれていた。
先を越されたか。
そう思いつつ、荷物を見てみるとどうやら梱包されているみたいで、郵送で送った荷物らしい。
そんな手もあるのか。
そっちのがよかったな、楽だし。
俺は両手にもつでけえバックを見てそう思った。
2つの机うち一つが、俺の名前が書かれた紙が置かれていた。
どうやら机の位置はもう決められているみたいだ。
向こう側の机にはアグニ・ランドルフと書かれた紙が置いてあった。
なるほど、俺のルームメイトはアグニ君か。
全ての荷物を運び終えた俺はムガロの部屋に向かった。
女子寮に入ろうとしたら教官の方に止められたので、しかたなく入り口の前で待った。
教官に時々変な目で見られ、俺はメンタルがやられたので女子寮から離れて待つことにした。
時刻は早朝、日が昇る前、ムガロが日の光に弱いことを学校側に伝えているため、いつもより早く門を開けてくださった。
そのため俺たちは他の学生と出くわすこともなく快適に荷物を運び終えたのだ。
--
寮にある食堂で入寮式が行われた。
この日の食堂はいつもより豪華な料理を出した。
入寮式というより、新入生歓迎会だったな。
飯の最後に、寮務主事が寮のルールや常識を説明し、最後に寮の秩序は守るようにと締めくくりその場はお開きとなった。
今日から俺はここで暮らすことになる。
これからの生活は不安もあるが、楽しみでもある。
そうだな、楽しくいこう。
入寮式が終わり、自分に部屋に行くと、ルームメイトと初対面した。
最初の一言どうすっかな。
「よう、お前がアグニか?」
「え、はいそうです」
おっと、初対面には敬語で話すタチか。
とりあえず宜しく言っとかないとな。
俺はアグニ君に手を差し伸べた。
「これから宜しく」
「あ、ああ宜しく」
俺たちは握手を交わした。
「・・・・・」
「で、えっと、名前はなんていうんですか?」
「あれ、知らない?」
「俺の名前はショウ」
「ショウ?へえ、かっこええやん」
「少佐って呼んでいい?」
「辞めてくれ、あだ名とかそういうの苦手なんだ」
「ごめん、じゃあ、なんて呼べばいい?」
「普通に呼べよ」
「分かった、そうするよ」
「なあ、お前のことは普通にアグニって呼ぶけど、いいか?」
「え、まあいいよ?あの、これからどうします?」
「荷物の片付けをしようぜ」
俺はそう言って自分の荷物を片付け始めた。
服をクローゼットに入れたり、ベットにシーツを敷いたり、枕を置いたり。
アグニも自分の荷物を広げていたが、なんだか気まずそうだ。
しまったな、最初は片付けよりも先にコミュニケーションを取った方が良かったのか?
まあいいや、どうせこれから長いんだし、ゆっくりでいいだろ。
この考え方が相手との間に亀裂を生みかねないという事を、俺は知らなかった。
大体の荷物を平らげたあと、アグニと会話してみることにした。
相手の出身地や、なぜこの学校に入学したのか、とか。
まずは相手のことを知るための会話をした。
アグニ君は初めての寮ぐらしに緊張しているようだった。
共同生活も初めてなようで、頑張ると言っていた。
何を頑張るのかは知らないが。
7時半から点呼があるので、俺はアグニと一緒に食堂に向かった。
因みにこれは毎日あるので、点呼に出なかった日には行方不明者とされ大捜索が始まるらしい。
寮生活ってのは面倒くせえな。
点呼のため同学年全員が食堂に集まった。
その場で点呼を取ったあと、寮務主事がルームメイトとの間でルールを作らせた。
俺もアグニと相談し、お互いに守るべきルールを設けた。
これにより寮でのトラブルは減るはずだ。
寮務主事のありがたくも長ったらしいお話が終わったあと、俺はアグニと寮の売店に行ってみた。
そこには、甘いお菓子などが沢山売られていた。
あいにく、俺とアグニのポケット中は空っぽだ。
何も買えないし、店番のおばちゃんの冷たい目が痛いのでさっさとズラかることにした。
まあまた今度財布に余裕が出来た時にでも行くか。
気を取り直した俺たちは、自分たちの部屋に戻り、今後のことについて話した。
消灯時間になって眠りにつく頃には、彼とはそれなりに仲良くなった。
次の日、入学式に出席した。
俺はこれで晴れて学生となったのだ。
たのちい学園生活が今、始まる!
What if world
もしもの世界




