第19話 「君は...」
フーパーが正気に戻った。
といっても、まだ少し落ち込んでいる感じなのだが、それも仕方のないことだろう。
なぜかと言えば、そう、彼は長く生きられないのだから。
もうじき死ぬのだから、と俺は勝手に思っている。
俺たちは今、食事をしていた。
サジは見張りのために外へ出た。
スピルバーグはフーパーを見ると、その哀れさで思わず酒の瓶を差し出した。
「まあ、飲めよ」
「飲んだら楽になるぜ」
「・・・・」
フーパーはスピルバーグの顔を見て睨む。
数秒ほど睨んだ後、彼はまたうつむいた。
シカトした。
ムガロがその光景を見て何を思ったのか、俺にはわからないでもないことを喋る。
「飲まないなら私に頂戴」
「・・・・」
フーパー、スピルバーグがほぼ同時といっていいほどのタイミングでムガロの顔を見た。
おいマジかよムガロ。
ムガロは良くわからなかった。
彼らがなぜそんな間抜けな表情をしているのか。
何も言ってこないのか。
彼女はスピルバーグが持っていた酒瓶を強奪してそのまま一気飲みを始めた。
「おお…」
「程々にな」
彼女が瓶の中身を半分ほど飲むと、その口から瓶を離した。
そんなムガロのことを唖然として眺めていたら、彼女がそれに気づき俺の顔を見てきた。
「なに?」
「あなたも飲む?」
俺は迷った。
が、しかし迷わなかった。
「よこせ」
俺はムガロから酒を受け取り、半分しか無かった中身を食道に流し込んだ。
味は美味しくなかったが、飲み干すのは容易かった。
数秒で酒瓶を空にする。
そこでスピルバーグがフーパーに言った。
「おいフーパー、子供に負けとるぞ」
「ええんか?お前それでエエんか?」
「・・・・」
「黙れ」
フーパーはそこら辺にあった酒瓶を開けて豪快に飲み始めた。
「ひゅ〜、グイッといくねえ」
「俺も飲むぞおお!」
この時、船長のクイントは珍しく大人しかった。
彼らの行動をゆっくりと酒を飲みながら静かに眺めていただけだったのだ。
「私、子供じゃないんだけど」
「ああ、ごめんよ」
スピルバーグが軽く謝る。
そして、フーパーはムガロを睨んで挑発をし始める。
「酒がちょっと飲めるからって、大人になれるもんじゃないさ」
「子供扱いされるのが嫌なら俺より飲んでみろ」
「私に酒で勝てると思ってるの?まあいい、分かったわ」
「後悔させてあげる」
「おう、やる気は充分だ」
それから俺たちは馬鹿みてえに酒を飲んだ。
やけ酒というやつだろうか。
別に飲んでも気分が良くなるわけでもなかったのだが。
しかし飲んだ。
飲みまくった。
それで分かったことがある。
どうやら俺はアルコールが効かない体質らしい。
いくら飲んでも酔う気配がないのだ。
ムガロを見ると、酔っている感じだったが別に大丈夫そうだった。
彼女もそうとう飲んでいるはずなのだが、随分と平気そうだ。
それに対しフーパーはというと、結構きつそうだった。
女に負けるなんて情けないやつだ。
っと、そう思ったのだった。
「おい嬢ちゃん、随分と余裕そうじゃないか」
「うん」
「お前酒強いな」
フーパーは敗北を認めた。
彼女は勝ち誇った表情でもう一口飲む。
それからムガロは言うのだ。
「わたし哺乳瓶のなか酒だったから…」
面白い冗談だと思った。
少なくとも俺はそう思った。
「それホントかよ」
「そうだけど?」
「そんな事より、あなたもう飲まないの?」
「え、いやもう充分飲んだろ」
「そういうのいらないから」
「え、え?」
それからムガロはフーパーに酒を無理やり飲ませ続けた。
「お、いいぞいいぞ、飲め飲め」
「ゲロ吐くまで飲め!」
スピルバーグが恐ろしいことを言った。
フーパーが一息つくために、酒をやめようとする。
そしてムガロは彼の酒瓶下ろせないように下から手で押した。
その時、フーパーはゴボっと酒を吹き出すも、ムガロは赤ちゃんに哺乳瓶の中身を飲ませるような感じで酒を飲ます。
フーパーが苦しそうだ。
いやマジで死にそう。
「やめろ」
クイントが低い声で言った。
ムガロは言われ、大人しくフーパーに無理やり酒を飲ますのをやめた。
「酒がもったいねえ」
「たくっ、若えもんは量飲めばいいと思ってる」
「ショウ、お前は酒を飲む資格はない」
「二度と飲むな」
「…はあ」
俺はジャーキーを摘む。
そして一口、そいで更にもう一口。
口の中に入れたそれを流し込むために酒を飲もうとしたが、やめた。
代わりに水を飲んだ。
クイントは酒をグイッと一口飲む。
クイントがフーパーに言う。
「そんなもんはいつか消えるさ」
「は?何いってんだ爺さん」
「消えねえのはこれだ」
クイントがそう言って口を開けると、かけている歯を見せる。
「大した事ないだろ」
「いいや、奥歯がかけたんだ。あれ以来、まともに食事を楽しめなくなっちまった」
「それに、よく風邪を引くようになった」
「今では酒を飲む量だけが増えてる」
「・・・・」
「消えねえ傷なら他にもあるぜ、触ってみろ、コブがある」
フーパーはクイントのおでこを触る。
「ボストンでやられたんだ」
「俺にもあるぜ!消えない傷が」
フーパーはクイントから手を離す。
スピルバーグが言って腕をめくる。
「海坊主にやられたんだ」
「そんなのはかすり傷だ」
クイントがそうツッコミ腕を出す。
「ジンギスで腕相撲やって以来腕が伸びねえんだ」
「決勝で腕を折られたんだ。でけえ奴にな」
「がははははは!」
クイントが笑う。
スピルバーグが無言で右足をテーブルに乗っけた。
「見ろよ」
「メジロの怪物だ。味見しやがった」
クイントがそれに対抗し、自分の左足をスピルバーグの足の上に乗っける。
「俺の足にもあるぜ、オナガにやられたんだ」
「オナガ?」
「怪物さ」
「・・・」
「とっておきがある」
スピルバーグはシャツの上のボタンを外し、自慢の胸毛を見せる。
「胸毛か?」
「違う、深い傷さ」
「エレンにやられたんだ」
「エレン?」
「失恋だよ」
スピルバーグのその言葉に、ムガロを除くこの場にいた全員が笑った。
俺も笑った。
フーパーも笑った。
その場は盛り上がった。
「負けたよ…」
クイントがつぶやく。
「乾杯しようか」
「フーパー、俺たちゃみんな、傷があるんだ」
「だからそう気に病むなよ」
「ははっ」
フーパー、クイント、スピルバーグの3人はそれぞれのコップを合わせた。
そして、いっせいに飲む。
フーパーが言った。
「ありがとう。救われたよ」
「気が楽になった」
スピルバーグが言う。
「おいフーパー、俺たちは仲間だろ?」
フーパーが答えた。
「そうだな、俺たちは仲間だ」
そんな感じで、俺とムガロは置いてけぼりで、その場は盛り上がっていた。
俺も混ぜろよなあ。
ムガロを見ると、うつむいていた。
いつもフードを深く被っているので、横からだと表情がよく見えない。
クイントが俺たちに言った。
「お前らはいいよなあ」
「若えんだ。お前たちは何でも出来る」
「そうか?」
「ああそうさ、若いってだけで武器になる」
「オラあ、若え時は色々したもんだ」
「ショウも、ムガロも、若えんだから何でも出来るぜ」
「私は…若くないわ」
「そうか?俺から見りゃあ若えがな」
ムガロはうつむいたままだった。
「見た目だけでしょ」
「そりゃそうさ、見た目が若え」
「・・・・」
「その仕草も」
クイントがそう言った時、彼女はハッと彼の方を見た。
「仕草?」
「喋り方もそうだ」
「ろくに人生経験してねえってのが分かる」
「だから若えんだよ」
「・・・・」
「そうなんだ」
彼女は天井を見上げた。
「へえ…そうなんだ」
ムガロは今、何を考えているのか、何をどう思っているのかは、俺には分からなかった。
彼女はただ呆然としていたように思う。
「お前たちはきっと、いい関係を築ける」
「・・・・」
「なんで?」
「そんな予感がするんだ」
それから、クイントとジョーンズが何やら話していた。
料理をつまみながら、酒を飲む。
俺は水を飲んでいた。
彼女も酒を飲むのをやめた。
クイントがシャンパンを一口飲む。
それから、クイントは語った。
シャンパン混じりのゲップで語ってくれました。
「昔、魚雷をくらった。そんときに1000人ほど海に投げ出された。戦争があって、大量の火薬を運んだ帰りの途中だったんだ。すぐにイタチの怪物が来た。ヒレを見ればそれと分かったよ」
「・・・・」
「状況は最悪だった、極秘の任務だったから助けが来ないんだ。見捨てられたのと同じさ。次の朝には、怪物が群れで来た。我々は円陣を組んだよ」
「ワーテルローの戦いとそっくりだった」
「怪物が来ると全員でわめいて追っ払うわけだ。だが逃げずにまっすぐ進んでくる奴もいる」
「怪物の目は表情がない、人形のように虚ろな目だ」
「奴らは虚ろなのさ。空っぽだから、それを満たそうとして人を食う」
「だから人を食う瞬間だけは、死んだような目が、ひっくり返って白くなる。そして、悲鳴が響き渡り、血の海だ」
「騒ごうが喚こうが、お構いなしだ」
「最初の朝だけで100人はやられた。怪物の数は知れん、600もいたか」
「次の日の朝、ロビンの体にぶつかった」
「元剣奴隷だ。眠っているらしいから揺さぶり起こそうとした。波でコマみたいに揺れていたからだ」
「だが、腰の下は喰われていたよ。ウォッカみたいにな」
「・・・・」
俺はフーパーの顔を見る。
フーパーも俺を見て、すぐにクイントの方に向き直した。
「三日目に友軍が来て、我々を発見してくれた。おかげで数時間後にでかい船が到着した」
「救助を待つ間が最も怖かった」
「1000名の将兵のうち、奴らの餌にならなかったのは216人だ」
「火薬を届けるためにな」
「・・・・」
しばらく続く沈黙。
クイントがゆっくりと歌を歌いだす。
それに続いてフーパも歌いだした。
それは俺も知っている歌だった。
この場にいる全員で歌った。
楽しい。
楽しな。
いいな、これ。
気分がいい。
クイント、フーパー、スピルバーグ、ジョーンズ、ムガロ、みんな歌ってる。
気持ちがいい。
フーパーが机を叩いてリズム取ってやがる。
お、なんだジョーンズも。
みんな楽しそうじゃねえか。
いい。
気分がいい。
最高だ。
ん、なんだこのフレーズ。
苦手だな。
ちょっと濁しておくか。
サビに入るな。
もう少しだ。
--
あれ?
その時、一瞬にして、この船オーロラ号が半壊した。
突然だった。
唐突だった。
俺は思考を行う事ができなかった。
すぐに状況が分かった。
俺はムガロに声をかけた。
「逃げるぞ」
「え?」
「おい!」
「ああ!」
俺はムガロの服を引っ張った。
ムガロは状況を理解していなかった。
ただ呆然としていた。
無理もない。
俺もまともに思考が出来なかった。
クイントが怪物に喰われそうになっていた。
フーパーが危ない所で助ける。
クイントとフーパーが隠れてキスをしていたことを思い出したが、すぐに頭から消えた。
状況を軽く説明する。
オーロラ号の横腹から怪物が突っ込んできた。
スピルバーグとジョーズがその時に押しつぶされて死んだ。
クイントが逃げ出そうとするも体制を崩していた。
船は右側に大きく傾いていた。
クイントは怪物の口の中に滑り落ちていきそうだった所をフーパーが手を掴んで助ける。
そして今、俺はムガロを連れて外に出ようとした。
船に大穴が空いたので海水が大量に入ってきている。
それと同時にピラニアも入ってきた。
怪物はまだ更に突っ込もうとしていた。
歯がギラギラと光っている。
歯磨きが上手みたいだ。
どんどん船が傾いていく。
なんとか、そこら辺を掴んで転げ落ちるのを防いだ。
ムガロも状況を飲み込めたようで俺と同じように柱を掴んで体を支えていた。
扉が開かず、外へ出られなかった。
俺は冷静さを失った。
怪物に向けて手を突き出す。
思いっきり炎を出した。
『ファイアブレス』
気づいたら外にいた。
正気を失っていたらしい。
もうすっかり日が昇っていた。
俺は沈みかけている船の上にいた。
周りを見る。
俺の横にムガロが座っていた。
それを確認し安心する。
「みんなは?」
俺がそうつぶやくと、ムガロが俺の顔を見てきた。
「いないよ」
「どうして…」
「さあ、死んだんじゃないの?」
「そうだよな。みんな死んだか」
「で、どうするの?」
「どうするって」
「・・・・」
俺は再び周囲を見渡した。
近くに小さな島があることに気づく。
「なあムガロ、無人島に何か一つ持っていけるとしたら…」
「お前は何を選ぶんだ…?」
「帰る方法」
「そうか、じゃあ忘れ物の心配はいらねえな…」
「ふ〜ん」
「まあ、何でも良いからさっさと決めてくれる?」
「そうだな、早くしねえと船が沈んじまう…」
「困ったわね」
「ああ、状況は最悪さ…」
「問題はどうやってあそこまで行くかだよな…」
「泳いで行くのは無理か…」
「どうして?」
「ピラニアいるじゃん・・・」
「確かに、一瞬で食べられちゃうわね」
「でも、泳いで行くしかないでしょ?」
「ああ、そっか」
「まさか空でも飛べるの?」
「いや」
「じゃあ泳ぐしかないでしょ?」
正直、俺はあまり頭が働かなかった。
ショックだったんだ。
みんな死んだのが。
ムガロは色々と考えているらしい。
「・・・・」
ムガロが何か思いついたのか、急に立ち上がった。
「ねえ、あいつを引き上げてくれる?」
ムガロが指さして言った。
俺は彼女が指差した方向を見る。
そこには人間の死体が海に浮かんでいた。
顔はぐちゃぐちゃで誰かは分からなかった。
顔に酸でもぶっかけたみたいだ。
俺はムガロに言われた通りにその死体を引きずり上げた。
正直、触りたくもなかった。
気持ちが悪い。
酷い匂いだった。
その匂いで吐きそうになる。
ムガロはナイフを取り出し、自分の指をスッと切る。
そして、死体の唇の上にその血をポタポタと落とした。
それから自分指を舐めて止血をした。
「なにしてんだ?」
「いいから、私の言う通りにして」
「あなたには言っても理解できないから」
「とりあえず足を切断して」
「…どゆこと?」
それから俺は死体の両足をムガロが持っていたナイフで切断した。
頭がおかしくなりそうだ。
多分、俺はもうまともじゃない。
ムガロは切断した足を白い布でグルグルと巻いた。
「その足はどうするんだ?」
「後で食べるの」
「・・・マジかよ」
「それ、あっちに向けて投げてくれる?」
「・・・・」
俺は無人島に向けて死体を投げた。
海にドボンと着水。
それからムガロが一言呟いた。
「爆ぜろ」
その瞬間、海に浮かんでいたそれが爆散した。
それは、まるでダイナマイトが爆発したようだった。
死体の血と肉片がこっちまで飛んできた。
それから数秒後、海にピラニアが大量に浮かんできた。
「どういうことだ、これは」
「ダイナマイト漁って知ってる?」
「爆発のショックで魚が死ぬの」
「面白いでしょ」
「そ、それは知らなかったぜ」
それから俺とムガロは島まで泳いだ。
俺たちは無事無人島へと着いたのだった。
Are you human?
君は人間?




