第15話 「出会い」
《やあ、おはよう、もう朝だよ?》
誰だ、こんな朝っぱらから。
たくっ、クレイジーなや奴め。
いい子はおねんねの時間だってのに。
心地よい眠りから目を覚ます。
といっても、目はまだ開けていない。
ちょっと意識が覚醒しただけ。
もうすでに二度寝の準備は出来ている。
俺の本名は、ショウ=ニドネスキーだ。
寝起きの俺は機嫌が悪い。
なぜなら睡眠は俺にとっては特別だ、神聖なる行いでもある。
この儀式は疲れた体を回復させるのだ。
それを今、邪魔された。
そのものに神罰を下さねば。
やれやれだぜ。
マナーも気遣いもない同居人よ。
お前は、他人の家に何も言わず土足で入って冷蔵庫の中を食い荒らすネズミの如き害虫野郎だ。
今すぐ駆除せねば。
クソッ、しまった!
業者の電話番号が分からない!
思い出せ。
最初はフリーダイヤルだったはずだ。
《やだなあもう、ショウちゃんったら》
喋るなよ寄生虫が。
《起きろ、朝だぞ》
ああもう!
《起きろ、朝だぞ》
うるせえな!
お前は携帯電話のアラームか!!
《目を開けたらどうだ?》
おいヒバナ、俺の二度寝を邪魔するな。
《女の子待たせちゃ駄目だよ?ショウくん》
ヒバナに言われ、俺は気づく。
人の気配、人の視線。
流石にこれは鈍感な俺でも気づいた。
俺はやっとの思いで重いまぶたのガレージを開けた。
「あら、やっと起きたの?」
「死んでいるのかと思った」
少女が見ていた。
「・・・」
俺は次第に視界が良好になり、その姿がはっきりと目に写ったその瞬間。
背中に何か冷たい感触を感じた。
言い知れぬ恐怖だ。
俺は逃げ出そうとした。
「待って」
少女の一言で俺は静止した。
ゆっくりと、確認するように、俺はもう一度少女の姿を見る。
俺の心臓は落ち着きがなく、暴れている。
早くこの場から去りたいようだ。
やれやれ、俺の心臓は正直な奴だ。
「いきなり逃げようとするなんて、失礼じゃないの?」
「安心して、襲ったりしないわ」
少女が情けない俺に話しかけた。
それにしても、失礼、か。
まあ、そうだけど。
でも、お前の髪。
真っ白だよな。
俺はそう思いながら、少女の姿を見つめる。
やっぱり、奴にそっくりだ。
あの殺人集団の。
仲間の。
イカれた女。
ゼロゲイン=エルザディアン。
そいつがガルムを死に追いやった。
しかし、目の前の少女はゼロゲインではない。
バスキアスだ。
バスキアスはゼロゲインの手伝いをした。
ガルムがそう言っていたから間違いない。
また会ったな。
「ねえ、貴方なんで私の目を見ないの?」
「・・・」
「な、なあお前、バスキアスじゃねえだろうな?」
俺は、恐る恐る少女に質問をした。
怒りと恐怖で震えた声を、絞り出すように。
少女は俺の声を聞いて眉を潜める。
「人違いじゃないの?」
その少女はそっけない態度で答えた。
俺の事もたいして興味は無さそうだ。
「そ、そっか」
俺はまだ少女の言葉を信じない。
俺は少女に疑いの目を向ける。
少女は黒い傘をさしていた。
雨が降っているわけでは無い。
ならば、日傘のつもりなんだろうか。
朝日はまだ昇っていないのだが。
そう、日の出はまだだ。
周囲はとても暗い。
まだ寝ていたい。
その少女は老人のような白い髪をしていた。
言い換えれば、絹のように真っ白で美しい髪だ。
その白い髪の少女は、漆黒の目を持っている。
そう、漆黒。
真っ黒なのだ。
闇色と言ってもいい。
実にコントラストが効いていると言えよう。
そして、目にハイライトがない。
他人の事なんてどうでも良さそうな目つきだ。
いや、眠いだけなのかもしれない。
その眠そうな目をしている少女は、黒よりの灰色をしている体の大きさに見合ってないローブを羽織っており、ブカブカだ。
そのやや大きめのローブはボロボロだ。
そして、フードを深くかぶっている。
ローブの袖から不健康そうな白い手、いや、青白い手が出ており、りんごの入ったバスケットを持っている。
今の時期にりんごは育たないはずなのだが、どうやって手に入れたのだろうか。
といっても、大きな町に行けば少なからず売ってはいるだろう。
しかし、ここから町まで歩いていくのは安易ではない。
もっとも、ノアの町でりんごを売ることは禁止されている。
その理由は、りんごは死神の食べ物とされているからだ。
なおさら、今この時期にりんごを手に入れるのは困難だろう。
ここからはノアの町が一番近いのに。
りんごを手に入れるのは空でも飛べなきゃ不可能だろう。
移動中に腐っちまう。
そして、何より驚いたのは少女の額にある2本の角だ。
まるで鬼のようだ。
そして、少女はというと。
自分の事をマジマジと見てくる少年に、少女は少し機嫌を悪くしていた。
苛立ちを隠さずそれを言葉にする。
「そんなに熱い目で見ないでくれる?」
「脱ぎたくなるじゃない」
「え?」
少女は口下手だった。
他人に自分の思いを伝えることが得意では無いのだ。
現に、少年は困惑の色を表していた。
その時だった。
少女に助け舟を出したものがいた。
アブソリュート。
ショウの師匠である。
ていうか居たのかよ。
気配消しやがって。
「おい小娘、挨拶をしてやれ」
言われ、少女は面倒くさそうな顔をした。
やれやれといった感じでショウにちっとばかし変わった挨拶を始める。
「こんばんは、私はナレーター」
「フラフラしているゾンビです」
「だけどあなたのママも私にディープスロートしてますよ」
急に敬語で変な挨拶をされ、少年の困惑はさらに深まった。
「小娘、以前よりマシな挨拶が出来るようになったな」
師匠も、変な事を口走る。
ナレーターはそれに答える。
「はい、言われたとおり練習しましたので」
少女はそう言って、面倒くさそうに鼻をほじっていた。
師匠の前で堂々と。
この女、只者ではない。
師匠もまじかよって顔をしている。
「おい、鼻ほじんなよ。女の子だろ?」
「・・・」
俺がそう言うと、ナレーターは小指を鼻の穴に突っ込むのをやめた。
少女は、少し残念そうな顔をした。
大物が取れそうだったのかもしれない。
申し訳ない事をした。
それから、少女は少々不満があるような目で俺を見てきた。
やがて、その少女は語りだした。
「いいか?ケツの穴かっぽじってよく聞け」
いきなり少女が口調を変えた。
「人は何故、鼻クソを食べるのか」
「知っているか?」
「・・・」
「それは耳クソに飽きたからだ」
「・・・?」
「っと、耳糞婆は語ったらしい」
「・・・ん?」
「何言ってんだお前」
反応に困っている俺を尻目に、少女は周りを確認するかのように周囲を見回した。
そして何かに気づいたのか、少女は少し慌てていた。
「あっと、いけませんね」
「今度は何だ?」
「もうすぐ日が昇ってしまいます。一足先に私は帰らせてもらいますね」
「なんで?」
俺がそう言うと、少女は面倒くさそうな顔をした。
少女は自分の手で顎を触り少し考える。
やがて、考えるのが面倒くさくなったのか。
適当に答えた。
どうやら、説明をするのが面倒くさいらしい。
「日焼けは乙女の敵ですからね」
少女はそんなふうに俺の質問に答えた。
こうして、少女は傘を差したまま歩いて師匠の家に入っていった。
俺ですら師匠の家に入れてくれないのに、不公平なんじゃないのだろうか。
正確には、物理的に入れないのだが。
俺がそんな事を考えていると、ヒバナが言った。
《ショウ、言い忘れてたんだが、お前は今体重が無い》
「は?」
俺はヒバナの言葉に驚いた。
体重が無い。
それを聞いて俺は疑問に思う。
『じゃあさ、なんで俺、風で飛ばされたりしないんだ?』
《それなんだが、お前は今重さは無いが質量はあるんだ》
なんだそれ、意味分かんねえ。
「ショウ」
師匠が俺を呼んだ。
俺はそれに応答する。
「あ?」
「なんすか?」
師匠は俺の態度に苦笑する。
「ショウ、朝飯を食わんか?」
「おう」
それから、師匠と二人で歩き始めた。
徒歩一分もせずに着く行き場所は、師匠の家だ。
師匠と特に会話をせず歩き続ける。
俺は到着する前にヒバナと会話をした。
『おいヒバナ、俺に体重が無いってどういう事だよ』
《俺様がそうしたんだ》
『マジ?ていうか、どうやったんだよ』
《ああ説明するの面倒くせえ》
『言えよ!』
《それ、今やらないと駄目なの?》
『うぜえ』
《まあそう言うなよ。気が向いた時にちゃんと説明するさ》
『本当かよ』
それから、ヒバナは眠ってしまった。
あいつは、一日三時間しか起きていられないので特に用が無いときは基本的に居眠りしている。
ヒバナは、毎日短い時間しか活動ができないので時間を大切にしているのだとか。
それなりに充実しているそうだ。
俺の中で。
まあ、そんなだから俺もヒバナにはあまり話しかけない。
ヒバナは、俺にもしの事があった時に助けてくれる。
と信じたい。
いつの間にか、朝日が昇りかけている。
周囲が少し明るい。
森の冷たい風が吹いている。
森林の爽やかな香りと小鳥たちの歌声を乗せて。
それにしても、清々しい良い朝だ。
もう春か、早いもんだ。
あくびをする。
うん、良いね。
グットモーニングだ。
よく眠れた。
体調もこころなしかいつもより優れている気がする。
今日一日、頑張れそうだ。
そんなふうに朝を堪能していると、師匠の家に到着した。
「師匠、いい朝っすね」
「ああ」
「そういやさ、さっきの不思議子ちゃんは一体全体何者なんだ?」
「ん?お前さん、あの小娘の事が気になっておるのか?」
「まあ、そりゃ」
師匠はなんか嬉しそうだ。
何か良いことでもあったのか?
「あの小娘はお前と同じ遭難者だ」
おっと爺さん、何か勘違いしていないかい?
「俺は遭難してここに来たわけじゃねえぜ?」
「訂正する」
あの少女は森で迷って困っていたところを師匠に助けてもらったわけだ。
でも俺が初めて師匠の家に来た時はいなかったはずだが。
あ、そっか。
俺が帰らずの森であんな事やこんな事で死にかけている間に、あの女はこの森に来たわけだ。
「名前は?」
「知らん」
「何で知らないんだ?もしかして嫌われてんの?」
「かもしれんな。避けられておる気がする。話しかけても無視されるからの」
「・・・それは、可哀想に」
恩人にそんな扱いをするとは、いやはや、あの女は只者ではないな。
何やったんだよジジイ。
師匠は家の扉を開けて靴を履いたまま入る。
俺も続いて中へ入ろうとする。
ヒバナの言葉が本当なら、俺も家に入れるはずだ。
「おい、ショウ、お前さんは入って来るでない」
「大丈夫だって心配すんな」
俺は家の床に足を置く。
師匠の顔は青い。
俺はついに、師匠の家に入ることが出来たのだ。
今、俺はこうして室内に立っている。
それが証拠に、師匠の顔はびっくり仰天。
「お、お前さん、ダイエットに成功したのか?たった一日で?」
師匠は面白いことを言う。
まあ、俺は久しぶりの室内で謎の感動を覚えた。
「ヒバナのおかげさ」
「方法は?」
「それは知らない」
「ふぁ?」
俺はこの日、久しぶりに落ち着いて朝食を取った。
メニューは昨日の晩の残りカスのシチューと食パンのカス。
家畜の餌であるパンの耳はシチューにつけて食べると美味しい。
柔らかくて、ドロドロしている食感だが。
シチューの味とパンの小麦の香ばしさがマッチしている。
やはり、椅子に座って机に食卓を並べて、それを眠気がさめないうちに食うのは俺にとって幸せなことなのだ。
懐かしさに、俺は急に自分の家が恋しくなった。
あの頃は楽で良かった。
居心地も良かったし、気を張ることなんて無かった。
強いて言うなら、なんか悪いことしてそれが親にばれた日。
その日の夕方の5時。
父が帰って来る時ぐらいだ。
そんな事を考えていたらあっという間に平らげてしまった。
ごちそうさまをして食器を運んだ。
「懐かしいな」
師匠がそう呟いた。
師匠は遠いところを見ていた。
俺が来て、何か思う事があるんだろう。
「ワシには、3人の孫がいたんだ」
「2人の女の子と、男の子が一人」
俺は、食器を洗いながらそれを聞く。
「孫って?」
「ガルムはワシの孫だ」
俺は手を止めて、食器を洗うのをやめた。
「女の子の方は?」
「行方不明だ」
「そっか」
俺は食器洗いの一時停止を解除した。
師匠はそれ以上は話さなかった。
俺も、あまり詳しい事は聞かなかった。
ガルムは死んで、他の孫は行方不明。
中々よろしくない状況だ。
見たところ、師匠の妻も死んだのだろう。
師匠は家の窓を閉めた。
天井の明かりが揺れていた。
食器を洗い終えると、俺たちはまた森に行った。
今日はテストをするらしい。
3日間サバイバルテストだ。
俺のサバイバル能力を見たいらしい。
帰らずの森で十分だと言ったら、あんなんじゃすぐ死ぬと言われた。
俺は早く対人格闘術を学びたいのだと言ってみたら、お前はまだ早いと言われた。
まずは一人でも生きていける術を覚えろと言われた。
これからは飯も寝床も自分で確保しろ。
ということだろう。
やれやれ、ワイルドな爺さんだ。
そんなこんなで、婆捨て山の隣りにあるスンマーセン山の麓にやって来た。
半日かけて。
何故婆捨て山よりも遠いスンマーセン山なのかと疑問を持つものもいるだろう。
説明しよう。
婆捨て山の近くに帰らずの森があるからだ。
間違えて入ってしまったら面倒だということだ。
帰らずの森の見分け方が分からない俺としてはその方が都合がいい。
というわけで、まだ見ぬ未開の地へいざ参らん!
はっ!!
こうして、俺は不用心にも程があるたたずまいで森に足を踏み入れた。
師匠もついてくるらしい。
といっても、助けてくれたりはしない。
助言もくれない。
これじゃあ、俺はそのへんの虫にでも刺されて野垂れ死ぬ事になりそうだ。
頑張ろう。
食量はどうしよう。
水は、その辺の川でいい。
ならば、鹿を探そうか。
ああ、不安だ。
寝床も作らないとな。
師匠は隣で寝っ転がって酒を飲んでいる。
気楽な奴め。
さて、まずは寝床を作ろうか。
材料を探そう。
「冒険だ。ワクワクするぜ」
そんなふうに、体の内部から溢れ出てくる高揚感を胸に。
待っていたのは地獄だった。
地獄のまま、3日が経過し、森を脱出。
師匠の厳しい言葉ととてつもない疲労感のサンドイッチ。
まさに美味だった。
いや、不味かった。
軽く事の顛末を説明すると。
俺はまず寝床を作るべく材料を集めたのは良いものの。
どうやって作ろうかと試行錯誤をしていたら日が暮れたので寝床は諦めて、眠れそうな場所を探し、丁度良い洞窟があったので入ってみたら。
なんとそこはコウモリの巣。
夕方なのでコウモリは主張中だった。
なので中はもぬけの殻だったのだが。
しかし大量のウンコは俺の鼻に過度な刺激を与えた。
完全に日が沈んでも寝床が見つからず。
お腹の虫を好きにさせながら木の下で眠った。
寝心地は最悪だった。
睡眠不足のまま朝を迎え。
大きな木の下に葉っぱをかき集めて寝床を作った後。
水を求め川へ行く。
水を飲んでしばらくしたら激しい腹痛と下痢に襲われた。
そこへ水を飲みに来た子連れのイノシシに襲われて、絶望を味わった。
俺はヒバナの力を使えなかったので死にかけた。
なんとかイノシシの足を捕まえて川に投げ捨てた。
小さめのイノシシで助かった。
それからも地獄は続いた。
怪我でろくに身動きが取れずに腹は減る。
激しい飢餓に襲われた。
ヒバナが言う。
亜人の飢餓はとてつもなく苦しいものだ。
でも、お前は亜人じゃない。
そもそもお前は数ヶ月間何も食べなくても生きていける。
と。
怪我は回復しなかった。
応急処置を取ってなんとか歩けるようになり、その日は寝て過ごした。
3日目は、きのこを食べた。
毒があって腹痛になった。
草を食べた。
不味かった。
鹿を探したが見つからない。
魚を捕まえようとしたが上手くいかなかった。
そんな感じで、まあ大変な3日間だった。
自分のサバイバル能力のなさに痛感したよ。
帰らずの森の時は運が良かったみたいだ。
俺は今、一人で森にでも遭難したら生きていける自身はない。
ていうか、あのジジイちょっとは助けてくれよ。
ずっと酒飲みやがって。
チキショウ。
『なあヒバナ、なんかアドバイスとかしてくれても良かったんだぜ?』
《わりいい、俺様はそこんとこ、詳しく無いんだ》
『そっか、お前ドラゴンだもんな』
サバイバル知識なんて無くても生きていけるんだろうよ。
はあ、いろいろと疲れた。
早く休みたい。
俺は今、師匠におんぶしてもらっている。
乗り心地は良くない。
なんていうか、背骨というか肩甲骨というか、硬い。
筋肉も必要最低限に削ぎ落とされている。
俺はいま怪我をしているのでまともに歩けないのだ。
何故回復しないのか。
それはヒバナの能力が使えない事に関係する。
怪我をしてもトカゲの尻尾のように回復するのはヒバナの力だからな。
それにしても、この体は不思議だ。
体重が重くなったと思ったら軽くなって。
あ、そうそう。
ヒバナは重さが無くなったと言っていたが、完全に無くなったわけでは無い。
といっても、師匠が片手で俺を持ち上げられる程度の重さだけど。
うん、軽すぎる。
《ショウ、実はな。お前には元々持っている能力があるんだ》
『なんだよ急に』
《気が向いたんだ。お前の体について説明してやるよ》
《分かりやすく。丁寧にな》
『おう、そうか、よろしく頼むよ』
俺の同居人ヒバナが、突然だが俺の今の体について説明してくれた。
ちょっと難しくて分かりにくいが、現状をなんとか理解した。
《まず、お前が俺様の力が使えない理由だが、今のお前の体は俺様のエネルギーに耐えれる器になっていない》
《不完全と言ったほうが正しい》
《完全体になるにはあと2年必要だ》
『それはもう聞いた』
《知っているさ、最後まで聞け。んでもって、俺様はお前の魔力回路を遮断し、魔光路を閉じさせた》
『ちょっと待て、専門用語が出てよう分からん』
ヒバナは俺の声が聞こえなかったのか、たんたんと説明を始めた。
《まあ、再生能力は戻してやる》
俺の怪我が治った。
師匠の背中から降りる。
《よし、治ったな。再生はもう使わせんぞ》
《後、さっきお前の体は再構築を始めていると言ったろ?》
《あれは元々のお前の肉体じゃ間に合わねえから俺様が新しい体を用意した》
《顔が変わったのもそれが原因だ》
《なら最初から自分で用意した体に乗り移ればよかったと思うだろ?》
《しかしこれには落とし穴があってだな》
《まあその説明は面倒くさいからしないが》
しねえのかよ。
《安心しろ。お前の元々の肉体はちゃんとある》
《洞窟が崩れたから潰れているかもしれんが》
《あ、最初にお前には元々固有の能力があると言ったな》
《教えてやるよ。お前自身の能力を》
《いいか?能力の使い方も教えてやるからよく聞けよ?》
《一度しか説明せんぞ?これまた面倒くさい能力だからな》
早く言えよ。
《お前の能力は「編集」だ》
《この世界の法則や仕組み、設計を書き換える能力だ》
《お前の体重が軽くなったのも、俺が「編集」の能力の一部を行使したからだ》
《まあ、難しくて使いこなせそうにないがな》
それから、ヒバナによって俺の能力の使い方や理論を教わった。
正直、全然理解出来なかった。
《なんで俺がこんな能力持ってんだと疑問に思っているだろう》
《まあ能力ってもんはそんなもんだよ。いつの間にか持ってんだ》
《自分の能力に気づかずそのまま死ぬやつも多い》
《まあ、能力なんざ、有っても無くても変わらんが》
それからヒバナは満足げに眠ってしまった。
まだ聞きたいことは山程有ったのだが。
それにしても、俺にこんな能力があったとは。
全然現実味がわかないのだが。
使い方もよく分かんねえし。
ていうか、突然すぎて頭の整理が追いつかない。
あの野郎、一気に説明しやがって。
ヒバナが説明してくれた後、俺も「編集」の能力を試そうとしたのだが、いまいち使い方が分からなかった。
ヒバナによると、ある決まりや法則を書き換える場合、その代行措置として埋め合わせをしなければならない。
自分の体重を無くすことも、その元々の体重をどこに散らすかも自分自身で新たに決まりや法則を作らなければならない。
だがヒバナはやってくれた。
ヒバナはドラゴンだ。
体の大きさと翼の大きさが合っていないにもかかわらず空を飛ぶことが出来る。
ヒバナはそれを可能とする理論を知っていた。
ヒバナはそれを応用して俺の体重を軽くしたそうだ。
つまり、この能力はとても複雑で難しい。
俺が使えそうもない。
なのでこの能力の行使はヒバナに任せることにした。
とりあえず俺の体重を50キロぐらいにしてもらう。
ヒバナはこれから研究生活をしてもらおう。
俺の体の中で。
そんなふうに考え事をしていると、師匠の家に到着した。
もうすっかり夕方だ。
歩き疲れた。
服を着替え、水浴びをした。
師匠はその間に残っていたシチューを温めていた。
それと並行して羊の肉も焼いている。
いいね、焼肉だ。
師匠は調理を終えると茶碗にシチューを入れて俺に渡した。
それから師匠は自分の分も用意する。
忘れずにスプーンもだ。
「ほれ」
「ありがとな」
俺はお礼をそこそこ、すぐさま食べ始めた。
さあ、たんとお食べ。
と言いそうな顔ではない爺さんもスプーンを使って食べ始めた。
「ああ、うめえ」
「それにしても、死ぬかと思ったぜ」
俺がそう呟くと師匠は少し呆れた顔をした。
「ふん、ワシはお前さんの能力のなさに呆れておるぞ」
「これから教えるのも面倒だ」
「・・・」
困ったなあ。
「なあ、前に会った女の分は用意しないのか?」
「ん、ああ、あの小娘は食べない」
「なんで?」
「あの小娘は今までワシが用意した飯を食べたことが無いのだ」
「お、それはそれは」
「でもどうやって自分の食料を確保しているんだ?」
「さあ、それはワシも知らん」
「あの小娘は一日中寝ておるから、案外食べなくても何とか生きていけるのかもしれん」
「へえ、謎だ」
俺はシチューのおかわりをする。
肉も焼けたみたいで師匠が皿に盛り付けをする。
「お主、何故強くなりたいんのだ?」
師匠が突然聞いてきた。
「それ、前に答えた気がするが」
「はて、覚えておらんがな」
ジジイ。
「・・・」
あれ、答えられない。
なんでだ?
俺はガルムやステファが死んだのが悔しくて。
次にまたあの時みたいに惨めにならないように。
無力な自分を変えるために。
でも、なんかそうじゃない気がする。
そりゃ、あの時みたいに何も出来ない自分は哀れだったけど。
ガルムやステファみたいにカッコよくて立派な男になりたいけど。
なんで俺、強くなりたいんだ?
「お前さんは、強くなってどうしたい?」
「強くなって」
「それで・・・」
何がしたかったんだろう。
強くなって、どうしたいんだろう。
そもそも、強くなることに意味を求めるのは間違っている気もするが。
でも、なんでだろ。
「お前の目標は何だ」
俺の目標か。
「家に帰ること」
師匠は聞き返す。
「それは難しいことなのか?」
「まあ、無理だと思う。だけど、やっぱり諦めきれねえ」
師匠はそれを聞いてため息をついた。
「お前さんのその目標はただの願い事にすぎん。計画性のない目標なんざガキのすることだ。お前さん、もうガキでは無いのだろ?」
「願い事じゃねえ、絶対に帰るんだ」
「ほう、先程までは無理と言っておっただろう?」
「絶対に無理ってわけじゃねえ」
「明日こそ、手がかりを見つけてやるさ」
「明日?」
「そ、そうだ。明日こそ・・」
師匠は俺をあざ笑うかのように、鋭い言葉を浴びさせる。
「ハッ、お前さん、そこまでバカだったか」
俺は怒った。
「クソジジイ!!」
「ざけんな!!!」
「・・・」
師匠は俺を蔑むような目で見てきた。
なんだよ。
その目は。
なんでそんな目で俺を見てくるんだ。
「お前さん、明日こそはと言ったな」
「あ、ああ、明日こそは」
明日こそは、何かを。
見つける?
俺はこの時、気づいた。
自分の過ちを。
「お前さんのその言葉、墓場行きになっても知らんぞ」
言われ、俺は下を向いた。
目を合わせられない。
なんだろう、この気持は。
頭の中がごちゃごちゃだ。
師匠は続ける。
「新しく目標を作れ」
師匠は俺にそう言った。
俺はうつむいたまま、無言で頷いた。
この日から、俺はやる気が出なくなった。
目標も思いつかない。
なんで強くなりたいんだろ。
俺。
あれ?
俺、強くなる必要無くね?
「はあ、なんかどうでも良くなった」
それから、俺は修行をサボるようになった。
最初のうちは、サバイバル術を教えてくれるらしい。
俺は師匠の教えてくれた事を真面目に覚えようとしなかった。
一週間たって、師匠の家で泊まっている女の子に話しかけられた。
「あんたもいろいろと大変ね」と。
その女の子とはあまり話さない。
日の光に弱いようで、昼間は寝ているようだ。
夜になってから起きるらしい。
あと、師匠の家には泊まらせてくれなくなった。
飯も用意してくれない。
仕方ないので自分の力だけで生活を始めた。
一ヶ月たっても、俺は修行をサボっていた。
そもそも、この人は俺の何の師匠なんだろうか。
最近、師匠とはあまり話していない。
もう、師匠に見捨てられそうだ。
しかし、何日たっても師匠は俺にサバイバル術を教えてくれた。
最近は毒キノコの見分け方を教わっている。
夏になった。
俺は、虫に刺されて病気になった。
一週間寝込んで、良くはなった。
でも、もうすぐ薬が切れそうだ。
師匠は薬を買いにノアの町へ。
何故か、遭難者の女の子は「私も行きたい」と言った。
師匠はそれを承諾し、2人でノアの町まで出かけていった。
--アブソリュート視点
「それにしても、お前さんが町に興味があるとは」
「あ、はい」
少女が鬱陶しそうに答える。
リュートは少女の態度に苦笑した。
今回の移動は骨が折れた。
何故ならば、この小娘は日差しに弱いので昼間はまともに移動出来ないのだ。
故に、夜間でしか動けない。
小娘の方は、完全に夜行性のようで元気そうだった。
年寄のワシはまいった。
本当にしんどかったのだ。
ノアの町は狭い。
建物は全て古く。
そこに住んでいる住民たちの考え方も昔のままだ。
法律も意味のわからない決まりが多い。
しかし、ノアの町は美しい。
世界の観光地の名スポットなのだから。
それだけでは無い、この町には歴史的価値のある装飾品や書物、道具などを保管する博物館がある。
世界で一番古い町だ。
ここは、ノアの拠点があった由緒正しき町なのだ。
こんなに小さい町だが、国として認められている。
この町には世界の権力者、アレクサンドラ王妃が住んでいるからだ。
だからこそ、こんな作物が育たない貧しい土地でも国としてやっていけるのだ。
このノアの町はパナム王国のスネをかじって統治されている。
ノアの町には属国が多い。
戦争も無い。
ノアの町を攻めたら、その国は国際的に居場所がなくなるからだ。
「ん、ここが薬屋ですか」
「そうだ」
ワシはノアの町が好きではない。
ここは金持ちが多いからだ。
物価も高く。
貧乏人はいい暮らしをできないだろう。
だから、用を済ませたらさっさとこの町を出ていくつもりだ。
ワシがいま着ている服装では、あまりいい目では見られない。
それに、亜人も多い。
奴らは生意気だ。
ワシは小娘を背負ったまま影道を通る。
小娘は片手で傘を差したままぐったりとしていた。
日が降りてから出発しよう。
そう思い、ワシは休憩場に向かう。
人が多い通りを避けて歩く。
10分ほど歩いたところで生意気な小娘がワシの歩みを止めさせた。
「止まって」
言われた通り、ワシは立ち止まる。
少女は気になる張り紙を見つけた。
「どうした、小娘」
少女は壁に貼ってあった紙をじっと見つめていた。
ワシも気になりその紙を見てみる。
ワシはその内容を知って驚愕した。
『マスターピース学園、学費無料』
そもそも学校は、通うのに大金が必要だ。
それは、学校の建築費、人件費、道具にかかるお金を学生達で支払わなければならないからだ。
国は学校の教育施設に無関心なのだ。
そもそも識字率を上げたくないのだろう。
「私、学校行きたい」
この小娘はとんでもないワガママを言う。
学費が無料とはいえ、住むところや食費も考えなければならない。
ワシは裕福ではないのだ。
しかし、悪くはない。
考えてもいいだろう。
それにしても、この小娘はいつの間に敬語をやめたのだろうか。
「いいだろう、お前さんの入学を認めよう。ただし、ショウも一緒にな」
「えーーー」
小娘が棒読みで嫌がる。
ショウは今、腐っている。
やる気がない。
あの時、少し言い過ぎたのだろう。
あんなに落ち込むとは思わなかった。
あの子は繊細なのだろう。
学校に行ってみれば、少し変わるかもしれん。
学校に通うことは、いい経験になるはずだ。
小娘にとってもいい経験になるだろう。
あの子には、協調性を学んでほしい。
--ショウ視点
なんか、学校に通うことになった。
何で?
マジなんなの?
まあ良いけどさ。
マスターピース学園は、どうせこの世界は終わるのだから多くの子供達に学校に行かせたいということで、学費を無料にしたらしい。
それに続いて多くの学校が学費を免除したそうだ。
明日から出発だそうだ。
早く行かないと秋の入学式に間に合わないってさ。
やれやれ、せっかちな野郎だぜ。
これから、学校生活が始まるのか。
それなりに頑張るとしよう。
This is not the first time we have met
私達が出会ったのは、これが初めてでは無い




