三条先輩の戦闘力
「ふっっ!! せいっっ!! はっっ!!」
息を吐く音と同時に、三つの低く鈍い音と鎖が鳴る音が部屋に響いた。
鬱憤の溜まった三条先輩の綺麗なハイキック三連発がサンドバックを揺らしたのだ。
俺達はレストランを出た後、少しばかり歩いて広々とした建屋に入った。そこでタイトなトレーニングウェアに着替えさせられ、今に至る。
そう、今俺達が居る場所は……なんとジムであった。名前の知らない器具が盛り沢山置いてある。
……ところで三条先輩。高校生ってジムってあんまり来ませんよ?
「ふぅ……少しはすっきりしたわ。さあ、貴方達も好きに体を動かしてくれていいわよ? 貸し切りにしてあるから」
遊び……ですよね? ジムを貸し切ってトレーニングなんて絶対に普通の高校生はしませんて……。
「うわぁ……三条さん、この重いのをあんなに吹っ飛ばしたんだ……」
サンドバックをぺちぺちと叩くあやかさん。そして恐ろしいまでのキック力である。あんな細い脚で……どういう理屈なんだろう。
「護身術として最近教えてもらったのよ。でも雪ちゃんの方がもっと凄いわよ?」
うちの妹、何を目指してるの? てかあの威力以上の蹴りを毎回俺の桃尻が被弾してたの? 割れるっていうかそろそろ弾け飛ぶぞ……マジで。
「へ、へぇ……。でも私はそんな事出来ないから……あ、縄跳びがある! 懐かしい~! これなら出来るかも!」
「私も少しクールダウンしようかしら」
……いかんぞ!? 今レンタルで着ているこのトレーニングウェアは肌にぴったりフィットしている。上下共だ。
先ほどから極力、三条先輩の方を見ないようににしていたのだけども、縄跳びなんかしたらデケぇが跳ねる瞬間が……。そうなるとガン見は不可避だ。
「後輩君? 見ててよ?」
「よおし、縄飛びなら負けないよ!」
やめて? 貴女達、縄飛びなんてしたらどうなるかなんて、いい歳なんだから分かるでしょ?
ああ、でも、でも……目線を背ける事が出来ない。
辞めるんだ! 俺は大人で長男だ! まだ今なら間に合う! そんな馬鹿な真似は辞めて目を反ら、反ら……うぉ……おぉ……。
な、なんだよ、それ……ええ? 嘘だろう? そ、そんな……。弾んで回って上がって下がって、くるっと回って……。
それにこっちはこっちで脚が綺麗ぇ……ふとももにかけてお尻も小さくて……。眼福でございます……ゼウス様、七福神様ぁ。ほんとありがとうございますぅ。
非常に目に毒な映像を見せられ、フラストレーション溜まりまくりな俺は、やみくもに体を動かし、なんとか心を自制させた。
とんでもない光景を目に焼き付けた後、汗を流してトレーニングジムを後にした時には、太陽は傾き出しており、時刻は夕方にさしかかろうとしていた。
しかし、脳裏から離れない。あの飛び散る汗に滲む汗、揺れる——ゲフンゲフン。やめよう、妄想が捗り過ぎて今夜寝れなくなってしまう。
「結構いい時間になっちゃいましたね」
「この後はどうする?」
本当ならここで『一杯飲みにでも行きますか!』と言たいところなのだが、未成年に酒を飲む権利はない。
悔しい、そして辛い。そもそも高校生に夜ブラする程の財力は無いのだけどね。
「じゃあ日が暮れる前に帰りましょうか」
その一言に口には出していないが、二人の目が物語っていた。
『ないわぁ……』と。
「ねえ、貴方? 一体いくつなの? 小学生か何か? まがりなりにも精神年齢は私達より上でしょ? ここに女性が二人も居るのよ? 少しは気を利かせて『夜景でも見に行きませんか?』ぐらい言えないのかしら?」
「いきなり帰りましょうは減点対象だよ!? 三条さんの言う通り、もっと女の子に気を遣わなくちゃ!」
なしてオラ怒られてるんだべぇ……。暗くなる前に帰るのは良い事だべぇ……。てか三条先輩に限っては未成年だからね? 俺もだけど。
と、まあ、お二人のおっしゃる通りだ。三条先輩はともかく、あやかさんは成人してるもんな。確かに配慮が足りなかったのも事実だ。
「ではお二人には今日遊んでくれたお礼に、次は俺のおすすめのスポットを紹介いたしますよ。絶景という訳ではありませんが、物静かで感慨に更けれる場所があるんですよ」
「えっ、そんな場所知ってるの!? 貴方が? どうして?」
「む、無理しなくてもいいんだよ? 知らないなら知らないで正直に話してくれたらいいから……」
なんかめちゃめちゃ心配された。ねえ、なんか対応酷くない? その話題を振ってきたのはそっちでしょ?
≪
小馬鹿にされつつも俺の案内で二人を連れて来た場所は、俺が修業時代に辛くなった時、現実逃避しに来ていた店の近くを流れる川だ。
現実逃避の原因は主に料理長絡みではあったが……。あの人マジで厳し過ぎる時あるからなぁ。この土手沿いに座って色々物思いに更けたものだ。何も考えずに延々と小石投げてたっけな……。
「静かでいい場所ね……」
「川の流れる音が心地いいね」
どうやら二人もご満悦な様子だ。でもこの場所を人に教えたのは始めてだ。あの恭介にだって教えていないもんな。
ロマンチック……とはちょっと違うかも知れないが、穏やかに過ごせるのは間違いないだろう。
「今日は一日ありがとうございました。笑ったり驚いたりといろんな感情を出すことが出来ました。ほんと、この夏の一番の思い出になったと思います」
改めて二人にお礼を述べた。女性と友達感覚で遊ぶなんて初めての体験だもんな。あ、今、良い様に考えてしまった。そもそも女性と遊ぶ事なんて経験したことないんだけどね?
「あら? もうひとつ、大事な感想を忘れてるんじゃない?」
「そうだねぇ~。一番大事なやつをね」
はい? 何ですか? 二人して近づいて来て……。なに? そんなにでっかい忘れ物しましたか?
二人は呼吸を合わせるようにお互い頷くと、俺を見据えてきた。思わず息を飲んで体に力が入った。俺はこれから何を告げられるんだ?
「「えっちい目で見てたでしょ」」
はい、すみません。とりあえず裁判所はどこでしょうか? 甘んじて敗訴を受け入れます。
「もう見え見えだったよ? ずっと目で追ってくるんだもん……」
「気付かないフリするのも大変なのよ?」
その場ですぐに土下座し、謝罪した。これで俺の印象は地に落ちたと確信していたのだが、意外に笑って許してはくれた。
分からん……。自分で言うのもなんだが完全に痴漢行為だぞ? 何故許してくれるんだ……。だがこれに事欠いて浮かれる訳にはいかない、しっかりと自戒せねば……。




