何かある……
「お待たせしました、あやかさん。お体の方大丈夫ですか?」
「ごめんね……心配かけちゃって……」
インターホンを鳴らすと、玄関のドアを開けて顔色の悪いあやかさんが出て来てくれた。あやかさんが住むアマンションは失礼な話だけどもかなりリッチなものであった。
モダンなデザインのエントランスに、住居設備としてオートロックはもちろん、防犯カメラ等のセキュリティーもバッチリ。
マンションのエントランスからコールする時、絶対に何かの間違いだろう、と心の中で連呼したもんな。
あやかさん=貧乏のイメージしか沸かないので、この高級マンションを目の当たりするや、何度メモった住所を見直したことか。
「大丈夫? あやかさん。何か欲しいものとかある?」
「三条さんもごめんね、授業サボっちゃって——こほっこほっ……」
「そんな事気にしなくていいわ。ほら、早く横になって……」
先ほどの不審者セットのマスクを装着し、優しく布団に寝かせてくれた。やはり女性を呼んで良かった。
勢いで家に来てしまったが、よくよく考えるとJDの家に男が押しかける時点でかなり大それた事ではないかと思う。よく承諾してくれたもんだ……。
「何も食べていないってお聞きしましたので、簡単ですが食欲が無い時にでもなんとか食べれるような料理を作りますね。申し訳ありませんが少しキッチンの方、お借りしますね」
「うん……どうぞ」
「結構汗かいてるね。ねえ、あやかさん、着替えはどこ? 服とかタオルもある?」
早速甲斐甲斐しくお世話をしてくれているようだ。非常に助かる。高校生の男がJDのお世話をする訳にいかない。いや、おっさんはもっとダメだけど。
汗を拭いたり着替えさせるなんて、ただの痴漢行為にしかならないもんな。おまわりさん出動案件でしかないよね。
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キッチンにて持参した食材を出し、早速調理開始することにした。お茶碗に持参した白米を盛り、その上に梅干しと、とろろこんぶを添えてお湯を注ぎ込んだ。
即席料理の完成である。本来であれば出汁を注いだ方が風味が良いのだが、いかんせん材料が無かったのと、作るにしても時間がかかるので省かせてもらった。
とはいえ、シンプルな味付けで仕上げたこの一品は、食欲の無い人でも喉に通しやすいであろう。
さっぱりとした梅の味に、とろりとした昆布の塩っ気のアクセントは、食欲も増進させてくれる上、風邪の栄養補給にはもってこいだ。
「はい、完成しましたよ。おぼろ梅の湯漬けです」
着替えを終えたあやかさんの元に料理を運んだ、目もうつろ気味でかなり辛そうではある。
「ありがと……修君。いつもながら美味しそうなお料理だね……こほっこほっ……二人とも、うつっちゃうからあまり近寄らない方がいいよ……。ここまでしてくれたら大丈夫、私のことはいいから、二人で……どこかで遊んできたら?」
そんな事が出来る訳がない。目の前に普段からお世話になっている人が苦しんででいるのに。
「何を馬鹿なこと言ってるんですか。さ、これを食べて下さい。薬も市販品ですが持ってきましたから。でも少し様子を見て改善しないようでしたら病院に行って下さいね?」
「そうよ、あやかさんが弱ってる時に……そ、そんなことしないわ!」
今の間は? 今、ちょっと遊びに行く気を出しました?
あやかさんはゆっくりと体を起こし、俺の作った料理を食べてくれた。少し辛そうな顔ではあったが、微笑みをくれた。
「美味しい……お料理、ほんと上手だね……流石は元板前さんだね……けほっ……」
「いえいえ、有り合わせの材料でこしらえただけのものなので。とてもお客様に出せるような物ではありませんが、賄いのような感じで食べてもらえればと」
ゆっくり食べ進めるあやかさんから目が離れなかった。これほどまでに庇護欲が出てしまうものなのか、弱ってる女性って。
「うん、ご飯を食べたおかげでなんか少し元気出てきたよ……。ありがとね、修君、三条さん」
料理を食べ切り、薬を飲むと幾分か顔色が良くなった気がする。あとはゆっくり休めば回復に向かうだろう。
あやかさんにはそのまま寝ていてもらい、片付けながら晩御飯に食べてもらおうとお粥をこしらえていた時の事だった。三条さんがあやかさんのお世話を終え、キッチンにやってきた。
「ねえ、後輩君。失礼な話だけど、あやかさんの家、豪華な割には……」
「ええ。俺も考えていました。現に冷蔵庫にはもやしが入っているだけでしたし……」
何か使える食材は残っていないかと、失礼ながら他人様の冷蔵庫の中身を拝見させていただいたのだが、ど真ん中にもやしの袋が一つ置いてあるだけだった。
まじでもやし生活してたことに驚きを隠せなかった。お金、持ってますよね? もはや漫画ですよ、これ。
置かれている家具も簡易なタンスと同じく簡易なテーブルがあるのみで贅沢感は一切無い。
見慣れた愛用のアコギはあるものの、他に家具という家具は置かれていない模様。
完全に部屋の品質に対し、家具のグレードが追い付いていない。今寝ているのもベッドではなく布団だし。
「このクラスの賃貸ならかなりお値段が張ると思うんだけど……」
「ちょっと本人に聞いてみましょうか?」
怖いもの見たさの領域ではあるが、純粋に物を置かない主義なだけだったり、ベッド派ではなく、布団派なだけかも知れない。冷蔵庫のもやしは……ダイエット用とか? 毎日お昼とおやつは食べてるし。
「あやかさん、お粥作っておきましたからまた夜にでも食べて下さいね」
「なにからなにまでありがとうね……何もお構い出来なくてごめんね……」
「病人が何を言ってるんですか。それと、大変失礼なのですが、このご自宅、大学生が借りるにしてはかなり豪勢と言いますか、なんと言いますか……」
出来る限りオブラートに包んでお話したつもりなのだが、どうやら考えていることはバレていたらしい。
「貧乏学生のなんちゃってミュージシャンが、どうしてこんないい所に住んでるのかって事でしょ? ここね、超穴場の物件でね? なんとお家賃一万円なの」
見た感じ2LDKはあるぞ? それにこの当時の最新設備にほぼ新築のような綺麗な部屋。
それが家賃たったの一万だと……。
急に背中に寒気を感じた。そして俺と同じ表情をしている三条先輩が目に入った。
俺達は怖い物が苦手だ。作り物と分かってるお化け屋敷ですら、鳥肌全開で泣き叫ぶ程の肝っ玉の小ささなのだ。
そんな俺達にガチ案件? んなもん、心停止するわ……。
「で、でもあれですよね!? 学生割引とかで安いとかそんな感じですよねぇぇぇっ!?」
三条先輩が取り乱しながら割り込んできた。あと、語尾に祈りと願いがこもっているのを感じ取れた。頼む、そうであってくれぇ!!
「うん? そんなの無いよ? 純粋に一万円ぽっきりなの。ただ、入居する時、ここに住む人ってなぜかすぐに引っ越しちゃうとは言われたけど。でも私は大学へのアクセスもいいから結構長く住んでるよ?」
「「ひぃぃぃっ!!?」」
思わず、俺と三条先輩が声を上げた。
それ、事故物件ですやん! お化け出るやつやんかぁぁっ!!
「ほんとお家賃安くて助かってるんだ。でもね、何故か玄関の上の変なお札だけは絶対に外しちゃダメって言われ——おぼっっ!?」
俺と三条先輩のツインタックルが病人であるあやかさんに決まった。そして流れるように鬼ホールドへ移行した。
病人に対して愚行ではあるのは重々承知であるが、体が勝手に動いたのだ。
「ちょ、ちょっと!? ど、どうしたの二人共!? わ、私、汗かいてるからぁ……、そ、そこは!? ちょ、ちょっとダメだってぇぇ!? ほんとそこはダメだってばぁぁぁ!!」
明らかに拒絶反応を示すあやかさんを無視し、震えながら無我夢中で抱き着いた。そして三条先輩も同じくだ。もう恥もへったくれもない。
俺達はお見舞いに来ただけであって、そこにホラー要素とか要らないですってぇぇ!! 一万円で借りれる最新設備の高級マンションの玄関先にお札なんて、完全に何かあるでしょうがよぉぉぉっ!!




