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不在

 

「……遅過ぎますね」


「ええ、いつも時間には正確な人なのに」


 今日も今日とて俺の家で勉強を続けている三条先輩なのだが、珍しくあやか先生の到着が遅れている。


 尚、三条先輩の服装は昨日までのラフな物から随分と引き締まったものに変わっていた。

 いつもの感じと言えばそれまでなのだけど、昨日までの格好が涼しげだったので妙に違和感はある。

 どういう心境の変化なのだろうか……。車で往来してるから暑さの被害は少なそうだけど。


 それに三条先輩が言うように、あやかさんは時間には正確な方だ。いつも五分前にはきっちり自宅に来てくれるのだが、もう三十分も遅れている……。


「もしや道中で何かあったのでは!? 熱中症で倒れたとか!」


「熱中症? そんな……子供じゃあるまいし」


 そうか、この時代ではまだ熱中症対策に本腰を入れていない時代だったな……。


 流石に体育会系においての水分補給は悪……の時代ではないだろうけども、まだまだ認識の甘さは感じるな。


「何を言ってるんですか。水分補給は大切なんですよ!? 喉が渇く前にしっかりと水分摂取しないと! 乾いたと感じた時点で水分不足の状態なんですからね!?」


「う、うん、分かった、分かったから……。ちょ、ちょっと近いような……。な、なんか火照ってきちゃったじゃないの……」


 つい興奮して目と鼻の先までJKに迫っていた。少々踏み込み過ぎてしまったようだ。


「す、すみません……すぐに離れ——」


「あ、ちょ、ちょっと待って! そ、そのまま……」


 なぜこんな変な体勢でフリーズを要望するのですか……。足も固定されてますし、結構辛いんですけど?


 ベッドの上で前かがみの体勢を維持する為、奥歯を噛みしめた時だった。三条先輩の首元に流れる汗が見えた。そして何か柔らかな匂いも。


 いやいや、JKの匂いを嗅ぐなんて摘発されたら即逮捕案件だ。無心だ、無心になるんだ……。


 無ぅぅっ!!


「後輩君、あのね……私ね……」


「は、はい。なんでしょうか……」


「何してるの?」


 甲高いながらもドスの効いた幼い声が聞こえた。親の声より聞いた声。雪だった。


「あ、いや!? ね、熱中症の話をしてただけだぞ!? ね、ねえ、三条先輩っ!?」


「あ、う、うん! そうだよ!? ははっ! なんか喉が渇いちゃったぁ!」


 瞬時に距離を取り、威力の全く無い手の平うちわで懸命に自分の顔に風を送る三条先輩。どうやらお互いに滝汗を絶賛放出中のようである。


「いくら冷房の効いた部屋とはいえ、そんな距離で話してると暑くもなると思うよ? あと思春期の女の子がいるんだからその辺りを考慮して欲しい。イチャつくなら外でやって?」


 ふふ、その通りだな。ぐぅの音も出ねえですぜ、我が妹よ。でも別にイチャついている訳ではないよ?


「じゃ、じゃあお外に行こう!?」


「行きません。今は勉強中です。それに暑いから嫌ですよ」


 急にがっくり項垂れる三条先輩。前屈みになるとデケぇが誇張されますね。


「お兄ちゃんは超鈍感だから」


「知ってる……」


 なぜか女性陣で話が通じ合っているようだ。そしてナチュラルに馬鹿にされている気がする。


「雪、前にも言ったが部屋に入る時はノックくらいしてくれ。お客さんも来てるんだし、あやかさんと授業してる時だって——」


「はい、そのあやか先生から電話」


 不愛想な顔で電話の子機を押し渡された。


 先に言えよ……このどうでもいい時間、ずっと保留音を聞かせる羽目になったじゃねえか。


「あ~、もしもし、お待たせして申し訳ございません。修ですが……。ん? もしもし? もしも~し?」


『……あ、修君? ごめん、ちょっとぼ~っとしちゃってて。なんか風邪引いちゃったみたいで……こほっ。申し訳無いんだけど、今日の授業はお休みさせてもらえないかな……』


 弱々しい声が受話器の奥から聞こえてきた。


「風邪ですか……。授業の方は一向に構いませんが、体の方は大丈夫なのですか? 食べる物とかありますか?」


『あ、う~ん、食欲はなくて……。昨日の晩から何も食べてはないかな……』


「ダメじゃないですか……。あやかさん、家の場所教えてもらえますか? 俺が何か作りに行きますから」


『ふぇ? わ、悪いよ、そんなの! 風邪うつしちゃうかもしれないし……。大丈夫、お姉さん、こうみえても体は強い方だから、少し寝て休めば元気になるから……』


 あまり問答で体力を使わせたくない。それに栄養面が心配だ。お金がない時はもやしがどうのこうのと言ってたし。

 この前の三條さんからのバイト代で金欠ではないだろうけど。


「住所教えて下さい、俺、行きますから」


『で、でも……』


「あやかさん」


『わ、分かったよぉ……えっと、住所は……』


 ノートに住所を書き記し、電話を切ったのだが。目を座らせて睨んでくるJKが居た。


「ど、どうしました?」


「貴方は学校の勉学よりも、もっと女心ってやつを勉強した方がいいわ!」


 女心って……それは雪に少女漫画でも借りて読めという事なのだろうか。漫画をどうこう言うつもりはないが、普通、逆では? 漫画ばかり読んでないで勉強しろ的な。


「とりあえず今日の勉強会は中止にさせて下さい。雪、ちょっと俺、あやかさんの所に行って来るわ」


「うん、分かった。風邪がどうのと言ってたからマスク持って行った方がいいよ。あと……」


 アドバイスと同時に少し、いや、かなり引き気味の表情で明後日の方向に指を向ける雪。その方向には三条先輩が居る筈。人に向かって指を指してはいけま……。 


 振り返ると、瞳いっぱいに涙を溜めて口をへの字にした三条先輩が居た。


 普段の毅然とした態度は微塵も無く、泣きっ面の子供のお顔そのものだ。やべえ、なんか知らねえけど泣きかけてるぞ!?


「さ、三条先輩!? ど、どうしました!?」


「もう知らないっ!!」


 声を震わせ叫ぶや、激怒しながら帰って行った……。


「雪……」


「なに? お兄ちゃん」


「どうして三条先輩、怒ってたんだろう?」


「はぁ……自分で考えなよ」


 妹に深いため息を吐かれた。なんだよ教えてくれよ、JC。同じ血を分けた兄妹じゃないか。


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― 新着の感想 ―
[一言] 教えても信じないし、理解も出来ないし、聞く耳もないじゃろう。馬に念仏じゃ(酷)
[良い点] こんなこと家でされてたら年頃の妹はそらキレるわな
[一言] 女心の理解に関しては最早次の転生に期待するしかないかもしれないw
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