料サー、夏の特別企画
夏休みも早い物で中盤に差し掛かり、遂にあのプランを実行に移す時が来た。
本日、料サーの夏の特別料理の懐石を作る予定となっている。
まだ日も登っていない時間ではあるが、懐石を作るのに必要な旬の食材を求め、三条家の執事さんである立花さんと、まだ夢見心地のメイドのみさきさんも同行し、板前時代から買い付けを行っている市場に顔を出す事になった。
しかし、顔ぶれがあまりにも市場に似合わなさ過ぎる。
松葉杖をついた男子高校生を筆頭に、それを気遣って隣を歩くデケぇ持ちの美少女JK。
その背後には燕尾服を着込んだナイスエイジの執事さんに、歩きながら寝てる超デケぇをお持ちのメイドさん。
こんな現場に不釣り合いな四人組が夜明け前の市場を闊歩しているのだ。ねじり鉢巻きをしているおっちゃん達は、みんな二度見は当たり前にしてくる。
「でも本当にいいのですか? 好きな食材を選んでも……」
「ええ、お金に糸目はつけないから最高の食材を選んで頂戴。なにせ私だけの懐石料理を作ってもらうんだから」
「え? お嬢様? 私達には……振舞ってくれないのですか!?」
三条先輩の一言でみさきさんが覚醒したようだ。先程の死んだ魚の目から生気を取り戻し『嘘でしょ!? 食べさせてくれないの!?』と訴えているようだ。
目は口ほどに物を言うという言葉があるが、ここまで見事なものは初めて見ましたよ?
「みさきちゃんはファストフードが好きだって言ってたじゃない。帰りにハンバーガーショップのドライブスルーに寄ってあげるわ」
「お嬢様は鬼か悪魔ですかっ!? 確かにハンバーガーは大好きですけど、たまにはそういった一般的な物でなくてリッチな物を食べてみたいじゃないですか!! なにより経費で食べれるご馳走程、美味しい物はありませんからね!? 私も美味しい物をタダで食べたいぃぃ!!」
想像以上に本音が駄々洩れだった。
清々しい程に自分に正直なお方だ。そんな駄々っ子メイドを引き連れ、一行が辿り着いたお店、店名は【魔王】さんだ。
少々ぶっ飛んだ店名ではあるが、どの業界でもインパクトは大事であるとは思う。
「おや、一見さんかい?」
店先に現れた女性を見て冷や汗が流れた。そのスタイルたるや、見事なまでの八頭身。
端正な顔立ちにモデルさん以上にモデルさん体型。三条先輩やみさきさんのように、目を見張るようなデケぇという訳ではないが、胸部の膨らみも申し分なし。
この方こそ、この魔王さんの店長。彼女は抜群のプロポーションを誇っており、当時から人気が高かったお方だ。いや、人気がどうのとかじゃない。完全に魚河岸の神として崇められていた。店名、魔王なのに……。
それはさておき、俺が驚いたのは、見た目が全然変わっていないという事だ。当時、俺が現役の三十代だった時と同じく、瑞々しい二十代半ばぐらいの美貌のままだということだ。
タイムリープしたこの時代の魔王さんの店長はもっと幼いか、別人だと思っていたのだが……。
一体いくつなんだこの人。まじでこの人、魔王なんじゃないか?
「後輩君って女心はまぁっ~たく分からないのに、女性自体は節操なく好きなのね?」
なにやら腕に痛烈な痛みを感じる……つねり倒されてるのだが。あと、随分と溜めの長い皮肉があった。しかし童貞街道をばく進しているこの俺に、女心を理解しろというのは少々酷な話とは思いませんか?
「い、痛いですって三条先輩……。すみません、品物を少し見せてもらいたいのですが……」
「ウチはプロ御用達の店だからねぇ。一見さんはお断りして……って今、三条って言わなかったかい?」
流暢に話す姉御口調はこの時から健在だったんだな。それにビックネームに気付いてくれたようだ。もともとこのお店は店長の言う通り、一見はお断りのお店。
それもそのはず、魔王さんの卸す品物はどれも超が付く一級品。各料亭に引っ張りだこの仕入れ業者さんなのだ。
正直、元居た料亭も料理長と古い知り合いとのことで、特別に卸してもらっていた。
魔王さんの品を卸してもらえるかは、名だたる料亭であることは最低条件とし、真の難関としては魔王さんの店長さんに気に入ってもらえるかどうかにかかっている。
でもほんと、料理長の古い知り合いがどうして二十歳そこそこの美貌のお姉さんなんだ? マジで謎なんだけど……。
「申し遅れました。私、三条家の執事をしている立花と申します。今後ご贔屓にさせてもらえればと……」
立花さんが名刺を渡し、大人の駆け引きが行われてる。流石の魔王さんも三条の名には屈するのか!?
「だ、ダメだ! ダメだ! いくら天下の三条財閥とはいえ私が認めてもいないやつにここの品を卸す訳には——んぐんぐっ!?」
「店長っ!? どうしてそんな極上客をみすみす逃がそうとしてるんですかぁ!? ちょっと黙って下さい!! すみませぇ~ん、ご自由に店内を見て回って下さいね。あ、売約済とかいてある札も無視して下さいね!」
奥から慌てて出てきて店長の口を押さえ込んだのは、魔王さんの副店長さんだった。
店長さんがねじり鉢巻きに前掛けと完全に河岸装備なのに対し、副店長さんはシャープな眼鏡にキャリアスーツ姿のお姉様だ。
場違いこの上ない格好であるのは、魚河岸一致の意見だ。
魔王さんはこの二人で回しておられる。雨の日も風の日も、大しけの日ですら極上品を常に供給してくれる謎の仕入れ業者さんでもある。
ちなみに買い付けが終わっている品は横取り出来ませんよ……。他の料亭さんに恨まれちゃう。
「ぷはっ!? おい、何をする! あたしが卸すのは、あたしが気に入った客だけで——」
「シャラップ! だまらっしゃい! 大切な事だから言い方を変えて二回言いました! まずはそんなチンケなプライド、オキアミと一緒に海にばらまいて下さい! 三条財閥と関係が持てれば、毎月温泉旅行にだって行けますよ!?」
「な……なんだと……? ま、毎月だと? 季節の変わり目だけでなくか!?」
副店長さんが店長を丸め込みだした。魔王の店長さんの温泉好きは有名だったからな。てかオキアミって……漁までこの二人がやっているのか?
しかし副店長さんまでも見た目が変わらねぇな……。少しばかりの垂れ下がった目元に、細眼鏡がトレードマークのデケぇをお持ちの方だ。
タイムリープした今だからこそ思うのだけど、この人達ってワンチャン異世界転生とかした人達じゃないかな?
おっさんだって若返ってもう一回高校生してるんだ。この二人がリアルに魔王とその配下の側近さんの可能性だってあるよな……。
「ふ、ふん、そんなこと言っても騙されんぞ!? どうせあれだろ!? スーパー銭湯とかで茶を濁して誤魔化す気だろ!? 私は騙されないからな!!」
「別府、登別、草津、有馬……まずはどこに行きたいですか? あ、もちろん宿は最高グレードで料理も旬の物を用意しますが?」
「らっしゃい! ウチの店はどれもこれも新鮮で特級品しか扱っていないからな。どれでも好きなのを選びな!」
おそるべし、三条財閥の看板。店長さんも温泉地名を並べられ、簡単に手のひらを返してきたし。
しかしこの魔王さんと懇意な付き合いになる為に料理長はあししげく十年通ったと聞いていたが、名刺の一枚で勝負がつくとは……。
「ふ~ん……後輩君ってわざわざ綺麗なお姉さん達が居る店を選ぶのね?」
冷たい……目がとても冷たいんですけど? もし三条先輩がファンタジー世界の人間なら氷魔法が得意な魔法使いさんだと思う。
「ち、違いますよ!? この店は俺がお世話になっていた店で。買い付けとかにも毎日足を運んでたんですよ? そこの邪な気持ちは一切ありません!」
「本当に一切なかったのね?」
「……あの頃の俺は馬鹿でした。すみません……」
素直に謝罪した。だってモデルさんとデケぇ持ちのインテリさんが居る店ですよ? そりゃあ朝が早かろうと雨だろうとスキップで買い付けに行くってもんですよ。




