歌えなくなった歌姫
「歌えなく……なった?」
「……うん」
どうにも元気の無いあやかさんに部屋に上がっていただき、いつもの席に座ってもらい理由を伺ったところ、衝撃的な言葉が発せられた。
「体の調子とか悪いんですか!? それとも喉が痛いとか!? もしかして夏風邪ですか!? も、もしかしてこの部屋、いつも冷房ガンガンに効かせてますからそのせいで!?」
「ちょ、ちょっと落ち着いて、修君! 風邪とかじゃないんだ。だって今も普通に声は出てるでしょ?」
世界のミュージシャンの喉を潰したと思い、つい取り乱してしまった。とりあえず明日からは冷房の設定温度を少し上げようと思う。
しかし世界に名を連ねるトップミュージシャンになる予定のあやかさんが歌えなくなったなんて。
まだデビューしてないけども、時代が時代ならネットニュースのトップを飾ってもおかしくない案件だぞ?
「歌えなくなったと言ってもさっきも言った通り声が出なくなった訳じゃなくて、そのなんて言うのかなぁ……。感情や気持ちが入らなくなったって感じかな? ただでさえ下手くそなのに、そんな中途半端な状態で歌っても夏祭りの予選通過すら出来なくて……。へへ、おかげでお姉さん、今日、暇になっちゃって。散々迷ったんだけど、結局修君の家に来ちゃったんだ……」
確かに夏祭りの音楽大会は誰でも出場出来るというものではない。TV局も入るし、運営もある程度の線引きと振り分けはしているだろう。
とはいえ、あの歌声を持つあやかさんが予選落ちなんて……。
「何か悩み事でもあるんですか? あやかさんの歌声は世界ですら通用するものですよ?」
「はは、私の歌はそんな大層なものじゃないよ。でもありがと♪」
にこりと微笑みながらあやかさんは、俺が先程冷蔵庫からルパンした少しお高めのカップ型コーヒーにストローを刺して口に運ぶや、先程の笑顔を消し飛ばしてた。
どうやらブラック珈琲は飲めない系らしい。無理して飲まなくてもいいのに……。
自分の分の珈琲を飲みながら、可愛らしい顔が歪むのをいたたまれない気持ちで眺めていたのだが、可愛い子は何しても可愛いって反則だと思った。俺が同じことしたらただの変顔だもんな。
「にがぁ……やっぱり私はシロップとミルクがないと無理だよ……。こんなのをごくごくいけるなんて修君は本当に大人みたいだねぇ……」
ええ、だって大人ですもん。ブラック珈琲、最高っす。
「私ね……もう音楽、やめようかなって思ってるんだ」
机の上に飲みかけの珈琲を静かに置きながら、とても寂し気な顔で呟かれた。
「ほら、私もいい歳だし……いつまでも夢見てる訳には——」
「音楽が嫌いになったのですか? 折角ここまで頑張ってきたのにやめちゃうんですか?」
つい本気になって言葉の途中で返してしまった。
「……音楽は好きだよ? でもね、才能が無いとこの辺りが限界かなって——」
「俺の知ってるあやかさんは、そんな弱気な態度は微塵も見せませんでしたよ? どんな大きな舞台でも堂々として、自分に自信を持っていました。少なくとも俺はそう思っていました。年末の歌番組では大御所を押しのけてトリの座を掴み、堂々とした姿で唄っていたあやかさんは圧巻でしたよ。全国民が固唾を飲んで聞き入っていましたから!」
「え? お、修君? 一体何の話を……」
「俺は音楽に詳しくありませんが、それであの映像を見た瞬間『この人は他の人とは違う!』と思ったのははっきりと覚えています」
ベッドからゆっくりと立ち上がり、骨折した左足を庇いながらあやかさんの前に立った。
相当困惑している様子だ。まあ、当然だろう。いきなり何の世迷い言かと思うだろう。
「落ち着いて聞いて下さい……。信じてもらえないかも知れませんが、俺は……未来からタイムリープしてきた人間なんです。あやかさんは……将来超一流のミュージシャンになる人なんです」
俺は本性を明かし、あやかさんの未来を伝えた。
この判断が良いのか悪いのか分からないが、少なくとも後悔は無い。俺はあやかさんに夢を諦めて欲しくなかったから。




