夏の勉強会
退院した身とはいえ、いかんせんまだ俊敏には動けず、医者からは安静を言い渡されている為、少々無作法だがベッドの上で足を延ばしながら授業を受けさせていただいた。
尚、ギプスは入院の時より一回り小さくなっている。この前の落書きギプスは既に廃棄済みである。ちなみに旧ギプスを交換してくれたのは若い男性の看護師さんだったのだが、小さな声で『リア充か……爆発しろ……』と口の端から漏れた言葉をキャッチしている。
どうやら三条先輩とあやかさんが書いたギプスの落書きを見て、たまらず吐いてしまったのだろう。
好きだの、愛してるだのもいっぱい書いてあったからなぁ……。だがあくまで落書きである。本気で書かれてる訳ではないので許して欲しい。
ちなみにまたまた落書きされそうになったのだが、揉める原因にしかならない旨を話し、なんとか勘弁してもらった。なにより恥ずかしいし、また通院の際にあの看護師さんに当たったら申し訳が立たない。
尚、今はいつも俺が使っていた折り畳み机の前に三条先輩が座り、あやかさん対面で質疑応答を繰り返している。
流れてくる会話を聞く限り、意外にしっかりと受け答えしているようだ。
「三条先輩ってちゃんと勉強出来たんですね」
「貴方、私をお馬鹿さんキャラか何かと思ってる? これでも成績はトップクラスなのよ?」
「でもケアレスミスが多いけどね。落ち着いてじっくり注意深く見直していけば、トップクラスではなくてトップになれると思うよ?」
「むぅぅ……的確なアドバイス……善処するわ」
「はは、三条先輩って妙に落ち着きない時がありますもんね」
「……それは貴方があまりにも鈍感だからよ」
「それには同感……」
なんだ、急に矛先変わって二人からディスられてるんだけど……。
そんなこんなで美女に囲まれながら勉強を続けていたのだが、ある事象をきっかけにペンが止まった。
「うん? どうしたの?」
あやかさんが俺が四苦八苦しているのに気付いた。足が固定されているので立ち上がるのが一苦労なのだ。
「ちょっとトイレに……っく!」
「大丈夫? 無理しちゃダメよ? さ、お姉さんに掴まって」
優しく手を差し伸べていただけたので、お言葉に甘えて体重をかけさせてもらったのだが……。
「あやかさん、後輩君の面倒は私が見るから大丈夫ですよぉ?」
若干舌を巻き気味に発言した後、反対側の腕を確保された。
「あら……三条さんは勉強の続きをしていて下さい。おトイレには私が連れて行ってさしあげますので」
「いえいえ、あやかさんにお手数かけ差す訳にはいきませんわ。怪我をさせてしまった私の責任ですので。そこはしっかりと己が責務を果たさないといけませんゆえ」
なんで急に二人とも敬語? それに何やらバトル臭がするのですが? 俺、両腕掴まれてまるで捕獲された宇宙人宜しくになってるんですけど?
てか漏れるよ? 長くなるようなら放して貰えないでしょうか?
「……さあ、行きましょうか。よいしょ……」
あの、三条先輩? 腕がデケぇに包まれて幸せモードに入ったんですけど?
「くっ……なんて卑猥な……。わ、私だってそれなりにはあるんだから!」
対抗しないで下さ——という前にもう片方の腕にも幸せの感触が舞い降りちゃったよ。
おかげで両腕が幸せになりましたが、今はそれどころではありません。このままだと俺の膀胱が破裂します。どうか今は手を放して下さい……。
そんな願いも空しく、左右に引っ張られてばかりで、ちっとも前進してくれない。あまり刺激や衝撃を与えないで欲しい。二つの意味で。
「お、俺は一人でもトイレぐらいは行けますから……。ついでにお昼ご飯も作ってきますから、二人とも手を離してはもらえないでしょうか……」
「だそうよ? あやかさん」
「らしいよ、三条さん」
いや、いい加減本気で放して? いつまでけん制しあってるの? このままだと本当に漏れちゃうよ? この歳で部屋でお漏らしは笑えないんですけど?
「何やってるの……」
またもやノーノックで扉が開かれ、高級菓子を小脇に抱えた雪が軽蔑の眼差しをなぜか俺に送ってきた。
うん、そうなるよね。二人の女性の胸に腕を埋めてる兄の姿なんて見たくないよね。あ~、なんかウォーミングアップしてます? アキレス腱伸ばしたり、股関節を入念に動かすのやめてもらえます?
そんな雪の姿を見るなり、あれほど頑なに離さなかった手を二人はすんなり放し、俺を差し出してきた。酷過ぎる。




