夕日の代償
「ううっ……やだぁ……ねえ、後輩君、嘘って、嘘って言ってよぉ……」
俺の腕を掴み、少々幼い言葉を発しながら瞳に涙を浮かべる三条先輩。こうなったのも先程俺が放った一言が原因だ。
彼女にとっては少々冷酷な言葉になってしまったようだ。
だが俺にはそう伝えるしかなかった。他に選択肢など無かったのだ。いくら三条先輩といえどもここは理解していただくしかない。
「わがままを言わないで下さい。さっきの言葉が俺の本音です……」
「待って! 置いてかないで……。後輩君に見捨てられたら私……どうにかなっちゃうよぉぉ……」
力強く抱き寄せられた腕は柔らかなデケぇに埋まり……おふっ、煩悩が……。いやいやなに考えてんだ、冷静にならねば。
「ここで時間を費やしても何も変わりません。分かって下さい……」
「分かってるわよ! そんなのずっと前から分かってる! でもっ! 私の気持ちはどうなるの!?」
普段から大きな瞳だが、更に大きく見開き訴えかけてきた。かなり感情が高ぶっているようだ。だがそれは俺も同じだ。
俺は頬に涙の痕を付けている三条先輩を見据え、大きく肺に空気を送り込んだ。
もう一度、先程三条先輩に伝えた言葉を繰り返す為に。
「だから言ったでしょ!? 暗くなる前に早く帰りましょうって!! 夜の学校は不気味なんですからっ!! さあ、走って駆け抜けて下校しますよ!?」
「待って!? この部室の電気を消す気なの!? 無理無理無理っ!! そうだっ! 電気全部付けていきましょう!? 昼間みたいに煌々と!」
「いや、それはダメでしょ!? ほら、三条先輩って確かスマホ持ってたでしょ? ライトモードで照らしながら先に進みましょうよ!」
「いやっ! 無理っ! 真っ暗な校舎を歩くなんて! 絶対に私はここから出ないからっ!」
拒絶の言葉を放ちながら実験室の角に陣取り、籠城の構えを崩さない。それでは何の解決にもならないと、何度も説得を試みてはいるものの、確固たる意思を崩すには至っていない。
沈みゆく赤く燃える夕日を眺めていると、妙にロマンチックな雰囲気が流れ出し『これがアオハルか……悪くない気分だな』と浸っていたところ、夕日が沈みきって空一面が真っ暗になった途端、誰もいない校舎という現実が恐怖となって俺達二人を襲った。
ホラー系が大の苦手な二人にとって夜の校舎など、ただただ鬼門である。ぶっちゃけあり得ない。
そんな絶望感に苛まれながらも、現在俺の腕はデケぇの谷間に抱き寄せられている加減で幸せの絶頂にいる。
しかしながら俺も同じく部室の隅で座り込まされている状況であり、三条先輩はテコでも動いてくれそうにもない。
やむを得ない。ここは荻野修、漢を見せる時だ。曲がりなりにも三十代だしな!
「じゃあこうしましょう。俺と手を繋いで行きましょう。校舎から脱出するまでしっかりと掴んでいますから」
少し心残りはあったが、ゆっくりと掴まれた腕をほどき、三条先輩の手を手繰りよせ、固く繋いだ。
「んっ!? こ、これって……こ、こ、恋人繋ぎ……!?」
いや、指と指とをしっかり絡ませて、途中で逃げれないようにしただけですけど……。これ、恋人繋ぎって言うの?
ところで手を繋いだだけで随分と驚いていますが、胸に腕を埋める方が大事件ですからね?
「さあ、行きましょう。俺が先頭を歩くのでスマホを貸してもらえますか?」
「後輩君……分かったわ。その、ちょっと見直しちゃったかも……」
やっと重い腰を上げてくれたか。さて……めっちゃ怖ええけど、ここまで恰好付けた以上、もう引く訳にはいかない。前進あるのみ!
大丈夫だ、お化けなんて現実には存在しない! あんなもの架空の存在でしかないのだ。アニメや漫画みたいにゾンビみたいな奴が襲ってくる事など、所詮は作り話である。
何度でも言おう、お化けなどという存在なんてあり得ないのだ!
……無いよね!? これ、フラグになったりしないよね!? この学校、実は墓地の跡地に建てたとか逸話は無いよね!?




